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「こちらが、坑場の入り口になります。足元に段差もありますのでお気をつけください」
玲たちはドミニクの案内の元、レッドタウンの掘削坑場に足を運んでいる。入り口から少し進むと大きな広場があり、ドワーフだけでなく出稼ぎで働きに来た獣人たちの姿もチラホラ見える。
「ちょっと暑いわね、……それに臭いわ」
「ギュウ」
ペルセポネーはお鼻に皺を寄せて不満を口にする。坑場の中は、あまり換気が良い状態ではないのか、蒸し暑く、坑夫たちの汗の匂いとでもいうのかむせ返る様な酸っぱい匂いも充満している。「部室を思い出すな」玲は、高校時代柔道部の友人に連れて行かれた、剣道部の部室を思い出した。長年染み付いた汗と各種防具から香る芳しい匂い。玲からすれば、青春の懐かしい匂いと言いたいが、どうも女子には受けが良くない。
「匂いは、そのうち慣れるかと思うから我慢してね。でも、暑さ対策は必要かなぁ」
ウエストポーチの中から、ハンカチ代わりの手拭いを取り出し、「水で濡らしてくれる?」とアレスに渡した。
ウォーターの魔法で、手拭いを濡らして貰い両手で硬く絞り水を切る。
「ペル、こっちにおいで」
首を傾げながら近づいたペルセポネー。バサッと手拭いを広げ、細長く折りたたみ、彼女の首筋に直接巻いてやった。
「何?冷んやりして気持ちいいわ!」
「水分って乾いていく時に熱を放出するんだよ」
同じようにアレスにも濡らした手拭いを渡し、玲は自分の首にも巻きつけ、アレスもそれに倣う。体の小さなメルルには、包帯を濡らしてリボンのように首に巻いてあげた。
「乾いてしまったら、また水で濡らせば良いからね。ドミニク様も必要ですか?」
「いえ、私は大丈夫です。サトシ様は、博識でいらっしゃるのですね」
少し悲しそうに自分の首元の赤いチョーカーを触るドミニクが、玲は少し気になった。
昇降機を使って地下階層の現場へと潜っていく。まるで檻のように鉄格子で囲まれた昇降機に乗り込み、荒く削られた岩肌を眺めつつ下へ下へと降りて行く。
ガヤガヤと下の方から怒鳴りつけるような人の声や鉱石を掘削するためにツルハシを叩きつけるような音が聞こえてくる。
「邪魔だ!!チンタラすんじゃねぇぞ!」
「ソコだ、ソコ!一気に叩き込め!!」
作業をする坑夫たちに指示を飛ばす大声が、ハッキリと聞こえてきた。岩肌が途切れ、昇降機の目の前に作業場が広がった。
大きな広場から何本もの奥へ続く道、何人もの坑夫たちがツルハシなどを抱え行き来している。ドワーフ族と獣人族が大半だろうか、皆が皆筋肉隆々の逞しい体つきだ。
坑夫たちは、昇降機から降りてきた玲たちに視線を向けるが、直ぐに興味を失くして前を向く。大声を出していたのは、坑夫を監督している立場らしき人たちで、坑夫たちは声一つあげずに黙々と作業を続ける。なんだろう?坑夫たちの視点の定まらない胡乱だ瞳が気にかかる。
「まるで奴隷のような扱いだな」
アレスの呟いた言葉で玲は、感じていた違和感に納得した。グリーンビレッジのゴブリン族たちと明らかに違う瞳の力。ゴンゾウもゴースケもイキイキとして働いていた。ここにいる坑夫たちのように澱んだ瞳ではなかった。首元に巻かれた赤い石のついたチョーカーが、その異様さを際立たせている。
「コラァ!勝手に倒れるな!」
「ウゥゥゥ」
「早く立ち上がれ!処分されたいのか!」
ドサリと坑夫の一人が倒れている。誰一人助けるわけでなく、監視員の罵声が響き渡る。坑夫は、どうにかして立ちあがろうとするが、足に力が入らないのか膝をついたまま呻き蠢く。
「ちょっと、待ってくださいよ!」
監視員が、倒れている坑夫に構わず鞭を撃ちつけようとしたため、玲は慌てて駆け寄り静止する。
「何だ、貴様は!部外者は黙っていろ!」
バシンと床を叩きつける鞭の音。監視係の冷酷な瞳が玲を睨み付ける。
「黙ってられるか、馬鹿野郎!」
坑夫の意識は、朦朧としていて視点が定まっていない。玲に怒鳴り返された顔を真っ赤にして喚き散らす監視係を無視して坑夫の額に手を当てた。
「身体は熱を持っているのに、全く汗をかいていない……ヤバイな」
「貴様ら!俺を誰だと思ってる!ドーリン様直属の部下なのだぞ!」
「サトシの邪魔をするな!」
「グハッ」
監視係が、玲に向かって鞭を振り下ろそうと腕を振り被った瞬間、アレスは丸みを帯びたドテッ腹を思いっきり横から蹴飛ばした。くの字になって吹っ飛んだ監視係は、岩肌に激突し白眼を剥いて倒れた。
ウエストポーチから水の入った皮袋を取り出し、塩の塊を放り込むとアレスに水を淹れるように指示を出す。皮袋を受け取ると塩が水に溶け出すように上下に振った。
「アレス、氷水を用意してきてくれ!急いで!」
「了解!」
短い言葉で直ぐに動いてくれるアレスに感謝して、玲は坑夫の体をそっと起こす。飲み口を唇にあて、少しずつ傾きカラカラに渇いた口の中にそろりと塩水を垂らした。
坑夫の舌先が、濡れた唇を舐める。
「ゆっくり、慌てないで……大丈夫だから……ね」
少しずつ、少しずつ、坑夫の唇の中へ水を含ませる。乾いた身体への水分補給。水分を認識した坑夫はガシッと皮袋を両手で掴むとゴキュッ、ゴキュッと喉を鳴らして勢いよく飲み始めた。
「サトシ!氷水だ!」
深めのバケツに大量の氷を入れヒタヒタになるように水が入っている。ウエストポーチから手拭いを数枚取り出し、ジャブリと浚う。硬く絞り冷たい手拭いを坑夫の両脇、首筋へと当てる。
「サトシ、その者は大丈夫なのか?」
アレスとペルセポネーが心配そうに覗き込んで聞いてきた。ドミニクは、自分の首元の赤い石のついたチョーカーを触り続けている。
「たぶん……でも、応急処置でしかないけどね」
玲たちはドミニクの案内の元、レッドタウンの掘削坑場に足を運んでいる。入り口から少し進むと大きな広場があり、ドワーフだけでなく出稼ぎで働きに来た獣人たちの姿もチラホラ見える。
「ちょっと暑いわね、……それに臭いわ」
「ギュウ」
ペルセポネーはお鼻に皺を寄せて不満を口にする。坑場の中は、あまり換気が良い状態ではないのか、蒸し暑く、坑夫たちの汗の匂いとでもいうのかむせ返る様な酸っぱい匂いも充満している。「部室を思い出すな」玲は、高校時代柔道部の友人に連れて行かれた、剣道部の部室を思い出した。長年染み付いた汗と各種防具から香る芳しい匂い。玲からすれば、青春の懐かしい匂いと言いたいが、どうも女子には受けが良くない。
「匂いは、そのうち慣れるかと思うから我慢してね。でも、暑さ対策は必要かなぁ」
ウエストポーチの中から、ハンカチ代わりの手拭いを取り出し、「水で濡らしてくれる?」とアレスに渡した。
ウォーターの魔法で、手拭いを濡らして貰い両手で硬く絞り水を切る。
「ペル、こっちにおいで」
首を傾げながら近づいたペルセポネー。バサッと手拭いを広げ、細長く折りたたみ、彼女の首筋に直接巻いてやった。
「何?冷んやりして気持ちいいわ!」
「水分って乾いていく時に熱を放出するんだよ」
同じようにアレスにも濡らした手拭いを渡し、玲は自分の首にも巻きつけ、アレスもそれに倣う。体の小さなメルルには、包帯を濡らしてリボンのように首に巻いてあげた。
「乾いてしまったら、また水で濡らせば良いからね。ドミニク様も必要ですか?」
「いえ、私は大丈夫です。サトシ様は、博識でいらっしゃるのですね」
少し悲しそうに自分の首元の赤いチョーカーを触るドミニクが、玲は少し気になった。
昇降機を使って地下階層の現場へと潜っていく。まるで檻のように鉄格子で囲まれた昇降機に乗り込み、荒く削られた岩肌を眺めつつ下へ下へと降りて行く。
ガヤガヤと下の方から怒鳴りつけるような人の声や鉱石を掘削するためにツルハシを叩きつけるような音が聞こえてくる。
「邪魔だ!!チンタラすんじゃねぇぞ!」
「ソコだ、ソコ!一気に叩き込め!!」
作業をする坑夫たちに指示を飛ばす大声が、ハッキリと聞こえてきた。岩肌が途切れ、昇降機の目の前に作業場が広がった。
大きな広場から何本もの奥へ続く道、何人もの坑夫たちがツルハシなどを抱え行き来している。ドワーフ族と獣人族が大半だろうか、皆が皆筋肉隆々の逞しい体つきだ。
坑夫たちは、昇降機から降りてきた玲たちに視線を向けるが、直ぐに興味を失くして前を向く。大声を出していたのは、坑夫を監督している立場らしき人たちで、坑夫たちは声一つあげずに黙々と作業を続ける。なんだろう?坑夫たちの視点の定まらない胡乱だ瞳が気にかかる。
「まるで奴隷のような扱いだな」
アレスの呟いた言葉で玲は、感じていた違和感に納得した。グリーンビレッジのゴブリン族たちと明らかに違う瞳の力。ゴンゾウもゴースケもイキイキとして働いていた。ここにいる坑夫たちのように澱んだ瞳ではなかった。首元に巻かれた赤い石のついたチョーカーが、その異様さを際立たせている。
「コラァ!勝手に倒れるな!」
「ウゥゥゥ」
「早く立ち上がれ!処分されたいのか!」
ドサリと坑夫の一人が倒れている。誰一人助けるわけでなく、監視員の罵声が響き渡る。坑夫は、どうにかして立ちあがろうとするが、足に力が入らないのか膝をついたまま呻き蠢く。
「ちょっと、待ってくださいよ!」
監視員が、倒れている坑夫に構わず鞭を撃ちつけようとしたため、玲は慌てて駆け寄り静止する。
「何だ、貴様は!部外者は黙っていろ!」
バシンと床を叩きつける鞭の音。監視係の冷酷な瞳が玲を睨み付ける。
「黙ってられるか、馬鹿野郎!」
坑夫の意識は、朦朧としていて視点が定まっていない。玲に怒鳴り返された顔を真っ赤にして喚き散らす監視係を無視して坑夫の額に手を当てた。
「身体は熱を持っているのに、全く汗をかいていない……ヤバイな」
「貴様ら!俺を誰だと思ってる!ドーリン様直属の部下なのだぞ!」
「サトシの邪魔をするな!」
「グハッ」
監視係が、玲に向かって鞭を振り下ろそうと腕を振り被った瞬間、アレスは丸みを帯びたドテッ腹を思いっきり横から蹴飛ばした。くの字になって吹っ飛んだ監視係は、岩肌に激突し白眼を剥いて倒れた。
ウエストポーチから水の入った皮袋を取り出し、塩の塊を放り込むとアレスに水を淹れるように指示を出す。皮袋を受け取ると塩が水に溶け出すように上下に振った。
「アレス、氷水を用意してきてくれ!急いで!」
「了解!」
短い言葉で直ぐに動いてくれるアレスに感謝して、玲は坑夫の体をそっと起こす。飲み口を唇にあて、少しずつ傾きカラカラに渇いた口の中にそろりと塩水を垂らした。
坑夫の舌先が、濡れた唇を舐める。
「ゆっくり、慌てないで……大丈夫だから……ね」
少しずつ、少しずつ、坑夫の唇の中へ水を含ませる。乾いた身体への水分補給。水分を認識した坑夫はガシッと皮袋を両手で掴むとゴキュッ、ゴキュッと喉を鳴らして勢いよく飲み始めた。
「サトシ!氷水だ!」
深めのバケツに大量の氷を入れヒタヒタになるように水が入っている。ウエストポーチから手拭いを数枚取り出し、ジャブリと浚う。硬く絞り冷たい手拭いを坑夫の両脇、首筋へと当てる。
「サトシ、その者は大丈夫なのか?」
アレスとペルセポネーが心配そうに覗き込んで聞いてきた。ドミニクは、自分の首元の赤い石のついたチョーカーを触り続けている。
「たぶん……でも、応急処置でしかないけどね」
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