どうぞ、お召し上がりください。魔物の国のお食事係の奮闘記

りんくま

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「お初にお目にかかります。黒の神殿より参りましたアレスと言います」
「フン」
「こちらは、メルル様付きのサトシとペル……です」
「私こそ、レッドタウンの長であるドーリンだ」

 玲たちが、訪問の挨拶を兼ねて面会を申し出たのだが、ドワーフ族の族長であるドーリンは、一段と高い場所に玉座を思わせる煌びやかな装飾が施された椅子に座り、頬杖をついたまま自身の名を名乗った。

 自分以外の他者を見下す様な視線に玲は、嫌悪感を感じつつもアレスに倣い、胸に手を当て礼をする。

「私どもは、レッドタウンからの要請を受け、坑夫達の体調管理の見直しの任のため、やって参りました」
「別に必要ない。私の部下が、大袈裟に考え要請しただけだ……と言いたいところだが、せっかく遠路はるばる来ていただいた。そちらの好意を立て、しばらくの滞在は、許可してやろう」
「プギッ!ちょっと……ムガッ、フゴゴゴ」

 あくまでも上から目線のドーリンのお言葉に反応してしまうのは、ウチの直情型の子豚ちゃん。玲は、慌ててペルセポネーを抱き上げ、暴言を今にも吐き出しそうな乙女の口を手で塞いだ。

「何だ?私は、忙しいのだが?」
「失礼しました。あの…せっかく滞在を許可していただけましたので、採掘現場や街の視察を許可してほしいのですが?」
「視察……だと?」

 面倒だと言わんばかりのドーリンは、頬杖をついたまま片眉を吊り上げる。自分が興味のないことは、一切合切却下するダメダメ上司のお方なんだね。だけど、ここで諦めたら原因追求には程遠い。褒めて、煽て、ドーリンをその気にさせなければならない。

「はい、私たちは坑夫たちの体調改善のお手伝いに呼ばれました。ドーリン様が、治める現場はきっと活気に溢れていることでしょう。更なる生産能力を向上出来るよう、是非現場も確認しておきたいのです」

 フフンと鼻を鳴らしまんざらでもない様子のドーリン、その後方で控えている側近らしきドワーフ族の男性が、膝をついて何やら耳打ちをしている。

 玲の胸元にピッタリとくっついているメルルは、どうやらドーリンの視界から逃れたいらしく、玲のローブの内側に潜り込んでしまった。

 密談が終わったのか、何か含んだ笑みを浮かべドーリンは側近に頷いて玲たちに視線を戻した。

「何やら、沢山の珍しい大量の酒を私に贈答していただいたらしいな。私も、多少は要望に報いるべきであろう。このドミニクに従うので有れば、視察くらい許可を使用ではないか」

 玲は、再び飛び出しそうな血の気の多い子豚ちゃんを抑え込んで、膝をついてドーリンに礼を述べた。

 プギプギと鼻を鳴らしながら腕に噛み付くペルセポネー、腕が地味に痛い。

「私は、分別弁えるレディなの!」

 だからと言って当たり散らされる身にもなって欲しいと思うんだけどね。プンスコ怒っている子豚をメルルは優しく頭を撫でて、うちの姫は優しいなと改めて玲は、感じていた。

 ドーリンが、席を立ち側近を連れ場を後にする。先程、彼に耳打ちをしていた男性は、ドーリンの姿が見えなくなると少し笑みを見せ、段上から降りてくる。

 玲たちの前に立つと、胸に手を当て恭しく頭を下げた。

「黒の神殿の使者様方、私はドミニク。レッドタウンの宰相の任を預かっています。十分なもてなしが出来ず申し訳ありません。どうぞこちらへ」

 ドミニクの首には、彼の好みとは感じられない赤い宝石が施された金属製のチョーカーが鈍い光を放ち揺れているのが目に入る。左頬が少し腫れているように赤みを帯びているのが目視できた。

「ドミニク様、……サトシと申します」

 じっとドミニクの顔を見つめる玲は、彼の口元や目尻に薄く残る内出血の痕に気がついた。色黒のため気づかなかっただけで、目の前にいるドミニクには顔だけではなく手の甲などにも無数の打身や擦り傷の痕が確認できる。どう見ても武ではなく文の者の雰囲気があるドミニクなのだが、出来て日の浅い傷痕が無数に目視出来ることに違和感を感じてしまう。

 アレスに視線を向けると小さく頷いた。玲が感じた違和感は、勘違いではなかったらしい。ウエストポーチから塗り薬を入れた小さな壺を差し出した。手のひらの薬壺と玲の顔を見比べ、目を瞬くドミニクの表情が、少し困惑しているように見える。

「これ、俺が調合した塗り薬で、擦り傷や打ち身に効果あるんですよ。良かったらどうぞ使ってください」
「……有り難く使わせて頂く」

 言葉少なめだけど、ちょっぴり潤んだドミニクの瞳が、感謝の気持ちを映し出していた。「…あなた達なら……」何かを言いかけて言葉を止めると、ドミニクは、深々と玲たちに頭を下げた。

「あなた達に私がお連れできるところを全てお連れしたく存じます。ドーリン様の手前、ご質問にお答え出来ないことも多々あります。同胞をよろしくお願いします」

 直角に腰を折、さらに頭を深く下げ、身体を震わせている。玲は、そっとドミニクの両手を握り「頭を上げてください」と言った。

 瞳から流れる涙を見逃すことが出来ない。だけど、ドミニクはそれ以上の言葉を言わなかった。

「これは、俺の独り言です。俺は、ここまでみんなに助けられてきました。これからもずっと、助け続けられるでしょう。だからこそ、俺が差し伸ばせる手があるのなら、俺は迷うことなく手を差し伸べたいと考えています」
「その独り言だけで、十分です」

 ドミニクは、嬉しそうに瞳を細めた。目尻から溢れる涙が、とてもカッコいいと玲は思ったのだった。



 






 



 
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