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 レッドタウン。それは、街の名前が意味する通り赤い岩肌に囲まれたドワーフ族が、生活する街だ。

 街の入り口には、門番が詰めており行商人たちを始めとする街へ来訪する者たちの出入りをチェックしていた。

「結構、厳重にチェックしてるんだな」
「貴重な鉱石が、採掘できますからね。許可証が無ければ、街への出入りが出来ないんですよ」

 長閑の極みであったグリーンビレッジとは異なり、武装した兵士が入り口にいるだけで物々しく見えてしまう。武装国家とでもいうのは、この様な街なのかもしれないと思った。

「許可証拝見しまーす」

 アレスは、懐から許可証を出してドワーフの兵士に手渡した。手に持った小さな箱に差し込み、また引き抜く。そして、許可証をアレスに返した。

「ご協力ありがとうございましたー」

 荷馬車から玲たちもペコリとお辞儀をすると兵士も軽く会釈をしてくれた。ずんぐりむっくりのドワーフの兵士のお辞儀は、とても可愛らしく見えた。

 門を抜けると石造りの街並みが広がる。入り口の付近は、人の往来が激しくドワーフ族だけでなく、様々な種族の姿も多く見られた。

「うわ~。ウサミミ、イヌミミ、あっちにはネコミミもいる」

 獣耳の種族を見て玲は、興奮を隠しきれないでいる。

「獣人は、穴掘りが得意な種族が多いので、レッドタウンに人足として出稼ぎに来るんですよ」
「穴掘りって、鉱石の採掘か?」
「はい、そうです」

 言われてみれば、皆が皆、腕っ節の強そうな筋肉隆々の獣人が多い。可愛らしいウサミミの獣人もよくみれば男性だ。

「俺たちは、これからどうするんだ?」
「宿泊施設まで行って、明日の朝、ドワーフの族長と面会です」
「うん、わかった」

 宿泊施設は、指定されているらしく、アレスは地図を見ながら馬車を進める。

 街の入り口は、人が溢れていたが、奥に進んで行けば行くほど人気が少なくなっていく代わりに、路地の側に座り込む子供の姿が見え気になった。

「アレス、さっきから小さな子供が、俯いて座り込んでいるんだけど、何なんだろう?」
「……孤児たちですよ」
「孤児?」
「親が亡くなり、保護する者がいない為、ああやって物乞いをして食い繋いでいるんです」

 アレスが、視線を送った先にはゴミ箱を漁る子供たちの姿があった。物乞いと言っても道行く大人たちが手を差し伸べることはない。

「……酷い。誰も手を差し伸べたりしないのかよ?」
「一度、手を差し伸べても何も解決するわけではありません」
「だからって、このまま見捨てるなんて……」
「サトシ、気持ちはわかりますが、俺たちに今できることは、何もないのですよ」
「キュウ」
「何よ!だったら明日族長との面会で、孤児たちの保護についても相談したら良いじゃないの」

 ペルセポネーが、玲の膝にぽんっと蹄をのせて見上げて来た。

「そうだね、ペル。今は、手助けをすることが出来なくても、相談すれば何か方法があるのかなあ……米!『ライス』ってグリーンビレッジには、大量にあったよね!」
「今までは、飼料としてしか使い道がありませんでしたので、在庫はかなりあるはずですよ」

 急場凌ぎにしかならないかもしれないが、アレスに頼んでグリーンビレッジより、救援物資として手配してくれる様にお願いをした。

「ペル……ちゃんの加護を受けましたので、グリーンビレッジの作物は、豊作ですから問題ないでしょう」
「アレスちゃん……ちょっとぎこちないわよ」

 ペルセポネー様と毎度呼びそうになる為、じっとりとした視線でアレスは睨まれ、しょんぼりと肩を落とす。

 生真面目なアレスは、頑張ってちゃん呼びを定着させようと努力しているのだが、なんとなく間が開く呼び名になるので、ぎこちなく聞こえてしまう。

「ペル……ちゃん。すみません」
「ハイ、そこ!!」
「キュッキュー」

 メルルも一緒になってアレスを指摘しているが、揶揄われているアレスは、ますますしょんぼりしてしまう。

「あんまり揶揄ってやるなよ。アレスも、面白がって指摘してるんだから、気にする必要ないぞ」

 玲は、ペルセポネーを抱き上げて、ぷにぷにするほっぺたを両手でで摘んだ。

「プギー!サトシは、もうちょっと乙女の扱い方に気をつけなさいよ!もう」

 路地の脇に座り込んでいる子供たちの様子を注意深く見ながら、玲たちは、指定された宿泊施設まで馬車を走らせた。


◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇


「ドーリン様。黒の神殿の使者様たちが、お付きになった様です」

 煌びやかな装飾が施されたソファーに横たわるドーリンと呼ばれた男は、面倒臭そうに報告を聞いていた。

「っ本当に、誰だよ、余計な報告をしたのは」
「ですが、ドーリン様。我が街の現状を考えれば、直ぐに対策をしなければならないのです」
「うるさい、うるさい、うるさーい。私のために、働くのが貴様らの役目、使えない労働力は、街の外にでも捨て置けば様のだ!」

 ずんぐりむっくりした体で、手足をバタバタさせ喚き散らす男は、ドワーフ族の族長ドーリンだった。

 報告に来た男は、握り拳に力を込め今にも殴り倒したい気分をグッと堪えている。

「何だ?私に何か文句でもありそうな面だなドミニクよ」
「いえ、滅相もありません」

 ビシッ

 ドーリンは、手に持ったしなやかな細い棒でドミニクの頬を打ち付けた。頬に一筋のミミズ腫れが瞬時に出来る。

「反抗的な目だ。気に食わん」

 ドーリンは、何度も何度もしなやかな棒をドミニクに打ち付け息が上がっていく。それでも、気に入らないと倒れ込むドミニクを打ち続けた。

「おやめください、ドーリン様。姫さまたちが怯えております」
「ふん。興が逸れた。姫よ寝所に戻るぞ」

 怯える姫の腕を掴み、部屋を立ち去るドーリン。扉が閉まるのを確認して、倒れるドミニクに兵士達が駆け寄った。

「大丈夫ですか、ドミニク様!」
「クソッ!何であんな奴が族長なんだ!」
「待て、滅多なことを言うでない。俺は、大丈夫だから」

 自分を心配してくれる兵士達を諌め、ドミニクは、自分達の首に填められた赤い金属製のチョーカーを触る。その仕草を見て、兵士達は押し黙った。

「とにかく、黒の神殿の使者が来てくれただけでもありがたい」
「そうですね…」

 ドミニクは、立ち上がり膝の埃を払うと、兵士達の肩を軽く叩いて部屋から出て行った。
 



 



 



 
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