どうぞ、お召し上がりください。魔物の国のお食事係の奮闘記

りんくま

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 スンスン、スンスン。

玲のローブに思いっきり顔を擦らせ涙を拭う子豚ことペルセポネーは、恨みがましい瞳で、ディアブロを睨みつける。

「私どもも、ペルセポネー様のことを、知らぬ存ぜぬでメルル様の側に置いておくわけには、行きませんから」
「ブー。私は、誰にも知られたくなかったの!」

 ハーデスの妻である事を隠しておきたかったペルセポネーは、スンスンと鼻を啜りながらディアブロに噛みつく。

「俺、よくわからないけど。どうして秘密にしなきゃいけないんだ?」

 別に誰の妻であろうと疾しいことがなければ、別に隠す必要はないんじゃないかと思う。素朴な疑問として、ペルセポネーに尋ねると、玲のローブで鼻を噛みつつ、スッと蹄でアレスを指差した。

「うっわ…………」

 今だに深々と腰を折って、お辞儀をし続けるアレス。ペルセポネーへの非礼について、詫びを入れたまま姿勢を貫き通している。

 アレスは、生真面目過ぎる傾向があるけど、これはペルセポネーでなくても引いてしまう。

「あーいう肩っ苦しいのが、嫌なの!サトシは、私がペルセポネーと名乗っても、態度が一切変わらなかったわ」
「俺基準で、考えられても……」
「だけど、事実じゃない」

 異世界から召喚された玲は、この世界での常識は、一切合切解らない、というか知らない。名乗られた時に、ハーデスの妻だと気づいたとしても、今と何ら変わりない態度だったと思う。

「はぁ……アレス。あまり、畏まらないであげて」
「私の息子。真面目すぎて面白いでしょ?」
「ディアブロ……。やっぱり、面白がっていたんだ」

 取り敢えず最敬礼の姿勢は、止めてくれたが落ち着き無く視線を泳がすアレス。玲は、ペルセポネーを抱き抱えるとアレスに向かってポンっと放り投げた。

 空中をくるくると舞うペルセポネーを慌ててアレスが抱き止めた。ガッチリとホールドしているアレスの胸に、逆さまの状態で不細工に抱きしめられている。

「よし!そんな状態で抱っこしたなら、無礼極まりないな。そんな感じでよろしく頼むよ」
「ぷぎっ!」
「サトシ………あ!」

 荒療治も荒療治。不意に放り出されたペルセポネーを丁寧かつ優雅にキャッチできるわけなく、無様な姿で自分の腕の中にいるので、今更取り繕うこともできない。

「やらかしてしまった後で、畏まっても様になりませんね」
「父上!?」
「ア…レスちゃ…ん、私、血が昇っ……ちゃう」
「うわぁ!ペルセポネー様!!」
「ペ、ペルちゃんって呼んでね……ぷぎ」

 大騒動の末、少しぎこちないが大袈裟に畏まらなくなったのは、いうまでもなかった。


◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇


「それで、俺に依頼って聞いたけど何だ?」

 本日、玲たちがディアブロの元に来た理由は、近況報告とは別に黒の神殿として玲に依頼が来ていると聞いていたからだ。

「グリーンビレッジで、サトシが広めた料理によって体調が良くなったと噂が広がったみたいですよ」

 ヨーグルトや納豆は、健康食品の代表でもあるし、酒も飲み過ぎなければ、百薬の長と呼ばれている。

「ウヘヘ、何だか嬉しいな。許可してくれるんなら、俺、どこでも行くよ?」
「待ってください!内容も聞かずに承諾するなんて、早計ですよ。それで、どんな依頼なんですか?」

 玲は、基本的に人を疑う事をしない。困っている人がいれば、自分のことを後回しにしてでも、手を差し伸べてしまう。

「鍛治師の街。レッドタウンからの依頼ですよ。何でも作業中に倒れる者が増えたらしく、相談に乗って欲しいそうですよ」
「レッドタウンってのは?」
「ドワーフ族の街ですよ」

 グリーンビレッジから、南西へ降ること半日くらいの位置にあり、火山と様々な鉱石が採掘できる洞窟に囲まれた鍛治師の街と説明された。

「ゴブリンの次は、ドワーフとの出会いかぁ」

 ドワーフと聞き、テンションが上がる玲。表情を見るだけで、既に行く気満々の様子だった。

「でも、作業中に倒れる者というのは、ドワーフ族のことですか?」
「そのように聞いてます。何だか、食欲不振で倒れる者が増えたらしく、鉱石の採掘に影響が出ているらしいですよ」

 ディアブロは、テーブルの上に一枚の書簡を差し出した。文字の読めない玲に代わり、アレスが書簡に目を通す。

「休みを取っても体力が回復出来ずに、また無理をして倒れてしまう。そんな事の繰り返しのようですね」
「なんか、働き過ぎって感じなのかな?」
「それは、あるかもしれませんね」

 書簡に書かれている依頼内容をアレスは、事細かく確認をしてくれた。アレスの膝の上には、ペルセポネーがちゃっかりと座っており、書簡を覗き見ている。どうやら彼女もレッドタウンに一緒に行く気でいるらしい。

「ペル。もしかして、一緒について来るつもり?」
「もちろん、一緒に行くわよ」

 ハーデスの嫁であるペルセポネー。自由奔放な彼女は、自身の旦那に相談することもなく、レッドタウンへの同行を決めたのだった。







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