どうぞ、お召し上がりください。魔物の国のお食事係の奮闘記

りんくま

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 腐敗とは、有機物が微生物の作用によって変質する現象のことをいう。単純にいうと、腐って異臭を放っている状態になったことを指し示す言葉だ。

「俺が、触れる物全部腐っちゃうってこと?」
「是と答えるべきか、否と答えるべきか……」
「ど、どっちなの!」
「ギュゥ」

 玲の膝の上に座っているメルルが、心配そうに見上げてきた。玲は、そっと頭を撫でようと手を伸ばすが、ハッとしてその手を引っ込める。触れる物を無差別に腐らせてしまう、そんな可能性が玲の頭をよぎり、メルルの頭を撫でることを躊躇したのだ。

「結論から言うと、制御を覚える事で、問題は解決します」
「制御って?」
「腐敗は、状態異常を促す、操術の一つです。それらの操術は、常に発動する事ができます。例えばこのように……」

 ディアブロは、黙って玲の瞳を見つめる。性格破綻者で悪魔神官であっても、爽やかイケメンであるディアブロに、じっと見つめられれば、動悸が激しくなってくる。玲は、ディアブロから瞳を逸らしたいと思うが、青い切長の玲を見据えるその瞳が、視線をを逸らす事を許してくれない。

 徐々に瞳を潤ませ、頬を赤らめる玲は、自分の胸に拳を握り締めると、ソファーから立ち上がった。

「キュキュ!?」
「メルル様」

 膝に座っていたメルルの存在を気にする事なく、立ち上がったため、ゴロリと床に落ちたメルルをアレスが慌てて受け止める。

 「ハァ~」

 何やら熱い吐息を漏らす玲は、ゆっくりとディアブロに近づきその隣に座った。両手をディアブロの首の後ろに回して、玲はゆっくりと自分の顔をディアブロに重ねるように近づけていく。

「ギュギュギュー!!」
「ち、父上!!」

 目の前の光景にメルルとアレスは、大きな声で叫んだ。お互いの鼻息がかかる程の距離、玲はディアブロの唇に吸い寄せられるように顔を傾けていく。

 ディアブロと玲の唇が重なろうとした瞬間、ディアブロは、パチンと指を鳴らした。

 ぷちゅ。

 玲は、意識がはっきりとした瞬間、自分の唇に柔らかい物が触れたのを感じた。そして、自分の唇を割って侵入してくる何か。後頭部を押さえつけられて、頭をよじろうが何しようが、逃げられない。

「んーーーーーーーー!!!」
「ギュギュギュギュギュー!!」
「な、何やってるんですかー」
「あがっ!」

 メルルは、ディアブロの頭めがけ飛んで、足蹴りをくらわし、アレスもディアブロに唇を翻弄される玲を引き剥がすように胸に抱き締める。

「アンタ……」

 ディアブロの背後から指の関節をボキボキ鳴らし、仁王立ちするアーシェ。

「ア、アーシェ…これには、深い訳がありまして……」
「母上、やっちゃってください」
了解ラジャー

 怯むディアブロの胸ぐらを掴んだアーシェは、そのままもう片方の手で、何往復もの往復ビンタを繰り出した。

 暫くお待ちください………。

「俺のファーストキスが……こんな悪魔神官とだなんて……」

 アレスに唇を思いっきり布で扱かれ、たらこ唇状態の玲は、ショックのあまりソファーに座って項垂れる。

 正面に座るディアブロは、アーシェによる愛の裁きによって、見るも無惨なお顔に変貌していた。

「お、俺が、上書きしましょうか?」
「……遠慮します」

 拒否されガーンとショックを隠しきれないアレス。

「キュ、キュキュキュキュキュ!」
「…ありがとう。でも、メルルは、大切な人のために取っておけ」

 メルルも上書きを願い出たが、やんわりと玲にお断りされ、しょんぼりと肩を落とす。

 そして、怒りがおさまらずアレスとメルルは、ディアブロを睨みつけた。

「コホン。今のが、私の状態異常の操術の一つ、【魅了チャーム】です。制御できている事、わかりましたか?」

 ディアブロは、真後ろで世にも恐ろしい形相で仁王立ちしているアーシェに、浮気ではなく、仕事の一貫であることをアピールする為に必死に説明をした。


 そして、玲は【腐敗】の制御の訓練を兼ねて、皮袋に牛乳を入れ、振り回していたのだった。

バシャバシャ、バシャバシャ。

 玲にとって、高い授業料ファーストキスであったが、腐敗も制御できることを教えてもらった。

「操術は、絶対なるイメージが大切なのです。その行先が、どうなるかを明確なイメージを繰り広げる事で、発動をするように制御をするのです」

 腐敗とは、有機物が微生物の作用によって変質する現象のことをいう。

「あ!?【腐敗】ができるんだから、【発酵】もできるんじゃね?」

 発酵とは、有機物が有効な微生物の作用によって変質する現象のことをいう。

 要するに、【腐敗】も【発酵】も同じ現象なのだ。ただ違うのは、前者は有害であり、後者は有益だ。【発酵】に気づいた瞬間、玲の世界が一気に広がった。

「ディアブロ!俺は、食糧ではなく、本物のお食事係になって見せる!」
「おや、良い表情になりましたね」
「あぁ、アンタに食糧だと言われ、俺はそうじゃないって言い返せないのが悔しかった」

 ディアブロは、白い歯を見せて笑った。

「ただ、メルルの世話をして血液を提供するだけじゃ、アンタの言う通り俺は食糧でしかない。それじゃあ、俺がここにいる意味が見出せない。死んでいるのも同然だ」
「それで、本物のお食事係になると?」
「あぁ、この世界は、食文化が発展していないことは、理解した。だから、俺が、この国の食文化を向上させてやる!」
「よろしいでしょう」

 玲の決意を聞き、メルルは、小さな体で抱きついた。玲もいつものようにメルルの頭を優しく撫でた。

 先程とは違い、今度は躊躇することなく白いモコモコの頭を何度も何度も撫でたのだった。


 
 






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