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 玲は、ポムグラネイトを数枚摘むとボウルの中にザラっと入れた。そして上から棒の様な物でザクザクと細かく砕いていった。

「お!いけそう、いけそう」

 細かく砕かれたポムグラネイトを見て、玲は満足そうに微笑んだ。ウバの実を一房掴み、ウニウニと動く様をじっと見つめてしまう。新鮮なウバの実は、芋虫の様に思えてしまう。

「うーん、これも慣れるしか無いんだよな」

 覚悟を決め、ボウルの上で尻尾の様な房の部分を掴み、右手をそっと実部分に添えセッティングすると顔を横に背け、なるべく見ないようにしながら牛の乳を搾るように指を握っていった。実を絞り切ったウバは、もう指の中で動くことはなかった。

「おし、一回やれば、慣れた」

 自分に気合いを入れ、ウバの実を2個、3個と搾っていく。砕いたポムグラネイトが、ヒタヒタに浸るのを確認して、次の工程の作業に取り掛かる。

「食材を切るナイフか包丁ってある?」
「こんな感じですけど、大丈夫ですか?」

 ずらりと作業台に並べられたナイフの類。

「やっぱり用途が同じだと、形状は世界共通なんだな。料理下手でも、包丁の手入れはさすがというかなんというか」

 よく研ぎ澄まされた各種包丁は、武器としても使えそうな程良く手入れされている状態だった。アレスも頬を掻いて苦笑いをする。

「母の料理は、大味なもんで、すみません」
「アレス、庇う必要はないと思うぞ。あれは、大味なんて言葉で誤魔化せるレベルじゃねぇ。逆にずっとあれを喰っているお前らがすげぇわ」
「ハハ…オーガ族は、身も体も強靭ですから。父上は、デーモン族なので、母の血があれば食事は、不要なのです」
「なるほどね……。嫁に文句の一つも言わないのは、そういうことか」

 玲は、並べられた包丁のうち二本をアレスに手渡した。

「その包丁で、この肉をミンチにしてくれるか?両手に持って、ダダダダダっと交互にこうやって叩き切っていってさぁ」
「こうですか?」

 アレスが、作業台に置いたカットされたアウズンブラの肉を細切れにリズム良く叩き潰していく。

「そうそう、そんな感じ。粘りが出て肉の塊を感じない位の状態にしてくれると助かる」
「サトシ、任された!」

 褒められれば、嬉しくなる。アレスは、笑顔でアウズンブラの肉をミンチにして行く。一方でその様子を見る玲は、屈強な肉体を持つオーガが、嬉々として両手に持つ大きな刃物を振りかぶりながら、肉塊をミンチにしていく姿を見て、状況を理解してなければ地獄絵図だと思いながら、包丁と玉ねぎを一つ手に取った。

「【オーガの目にも涙】ですね」
「ん?何それ?」
「その野菜は、切り刻むとどの様な屈強な選手のオーガであっても涙を止めることができないという由来から【オーガの目にも涙】って名付けられたと聞きます」
「なんだ、それ。ハハ、凄いネーミングだな」
「でも、実際に母も号泣しながら、その野菜を切ったりしてますよ?」

 玲は、バスンと玉ねぎの先を切り落とすとずいっとアレスの目の前に突き出した。

「じゃあ、俺が涙を流さなかったら、お願い聞いてくれる?」

 アレスに挑戦する様な視線をおくる玲。別に、そんな事を言われなくても、玲からお願い事をされれば、首を縦に振るつもりのアレスだが、玲のお願いに興味が湧き提案に乗ってみる事にした。万が一失敗したとしても、慰めるついでにお願いを聞いてあげれば良いのだから。

「良いでしょう。じゃあ、失敗したら俺のお願いを聞いてもらいますからね」
「いいぜ!じゃあ見てろよ」

 玲は、玉ねぎの皮をきれいに剥くと、縦に半分にカットした。そして、筋に沿って切り込みを入れると手際良く微塵切りをしていく。細かくカットされた玉ねぎを包丁の腹で撫でて平にすると、刃先を軽く左手で摘み、そこから円を描くようにタンタンと包丁の柄を上下させながら、さらに玉ねぎを微塵に切っていった。

「どうよ、ちょろいモンだろ?全く涙を出してないだろう?」
「し、信じられない……。こ、こっちは、【オーガの目にも涙】の影響で、波が止まらないのに!凄すぎます。サトシ、俺の完敗です」
「お!?めっちゃ泣いてるじゃん。カッカッカ!」

 隣で肉を叩き切っているアレスは、涙をポロポロと流しながら、玲が全く涙を見せずに平然と玉ねぎを微塵切りにしていくのを尊敬の念を送った。

「玉ねぎで涙を流さんコツってあるんだ。ぐふふ!コツは、玉ねぎを切っている時に、絶対鼻で呼吸しない事なんだ」
「鼻でですか?」
「目と鼻と口って全部繋がってるって知ってた?」
「鼻と口は、わかりますが。目も繋がっているんですか?」
「そうそう。目と鼻は、近いやん。鼻で呼吸すると、玉ねぎの滲みるエキスみたいなのが、目に届いてしまうから、口で呼吸すれば、目までは届かないって事」
「凄い!サトシは、博識ですね。医学の知識があるんですか!?」
「医学!?ナイナイ。そんなのないよ。大袈裟だなぁ」

 嘘か本当かは、解らないが、玲は、口から呼吸をすれば、玉ねぎを切り刻む時に目が染みないと思っただけなのかも知れない。玉ねぎが目に滲みない事で、こんなにも褒められるとは思わず、指先で頬を掻いた。

「ンギ!?」

 小さく悲鳴を上げた玲を見ると、ポロポロと大粒の涙を流している。

「ぬ、ぬかった。手が玉ねぎだらけだったのに、その指でほっぺた触ったら、ツーンと来た」
「あはは。可愛いですね。勝負は、サトシの勝ちで良いですよ。俺は、完敗の宣言をしましたから」
「ほ、ほんと?でも、俺は、男だから可愛いって言われても嬉しくないぞ」

 日本人から見れば、玲は普通の青年男子だ。ただ、オーガ族として生まれたアレスにとっては、誰よりも小柄で華奢な玲は、庇護欲の駆られる護りたい可愛らしい対象でしかなかった。

 


 
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