どうぞ、お召し上がりください。魔物の国のお食事係の奮闘記

りんくま

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「サトシ様、こちらが食堂になります」

 食堂は、大きなテーブルが部屋のど真ん中に置かれて、その周りを10脚の椅子が置かれている。食堂の隣に見えるのが台所だろう。アーシェの後ろ姿が見えるところから、本日の食事は、アーシェが作っているのだと判断できた。

 アレスが、椅子を引いてくれたので、玲は、ありがとうとお礼を伝え、その席に座った。テーブルの真ん中には、ディアブロに食べさせられた、美味しくないモサモサとしたお菓子がお皿にドッサリと置かれていた。

「小腹が空いているようでしたら、それを摘んでいても構いませんよ?」
「……大丈夫」

 玲とアレスのやりとりを見ていたディアブロは、玲の気持ちを理解しているのかクスクスと笑っていた。

「アレス、サトシにウバ茶を用意してあげてください」
「はい、父上」

 アレスは、台所からコップと何やら蠢く物が大量に載せられた大皿を持って、玲の元に戻ってきた。

 テーブルに置かれた大皿を見て、玲は、あんぐりと口を開けて固まった。尻尾のついた大きな芋虫が、ウネウネと皿の上で蠢いていたからだ。

「ア、アレス君。コレは、な、何かな?」

 玲は、大皿の上で蠢く何かを凝視しながら、恐る恐る尋ねた。キョトンとしたアレスは、玲が皿をじっと見ている事に気が付いた。

 ディアブロは、玲を見て苛虐心が疼き、ニヤリと笑みを浮かべる。

「サトシが、先ほど飲んでいたウバ茶です。アレス、さあ、サトシに説明をしてあげて」

 涙をうっすら浮かべ、皿を凝視する玲を見て、ディアブロは、玲がウバのフォルムに嫌悪感を抱いているのだと感じた。

「あぁ、コレはウバのですよ。で、新鮮ですよ」
…………って生きたままじゃんコレ!」
「アレス、是非新鮮な搾り立てのウバ茶を淹れて差し上げなさい」
「し、搾りたて?」

 玲は、縋るような目でアレスの服の裾を掴んで見上げた。アレスは、潤んだ玲の瞳に頬を赤らめる。

(サトシ様のご期待に応えなくては)

 ディアブロは、頬を赤らめるアレスの様子を見て、さも面白いものを見るように笑った。アレスは、玲に頼られていると思い込み、突っ走ってしまっている。

「サトシ様、見ていてくださいね」
「ひっ!」

 玲が、短い悲鳴をあげているのにも気づくことはなかった。ディアブロは、我が子に訪れた遅い春を温かく見守っていこうと建前上思う事にした。本音は、こんな面白いことを止めさせるのは、勿体ないという気持ちだけだ。

 アレスは、ウバに生えている尻尾のようなところを摘むと玲の目線の高さに合わせ、目の前のグラスの上で、しっかり玲に見えるように位置をキープした。

 うにょん、うにょんと大きな芋虫のようなウバの実が、玲の目の前で蠢く。日本育ちの現代っ子、大都会とは言わないが、ど田舎ではない所で暮らしていた玲は、芋虫と戯れると言った経験は無い。

「ウバをこの様に吊るして、もう片方の手で上から順々に指を握っていくのです」

 アレスが、右手を添え、牛の乳を搾るように、親指と人差し指を握り、中指、薬指、小指と順番に握り込んだ。

 ウバの実の先端の黒い顔のような所がピリっと裂けて、玲の目の前に置かれたグラスへ勢いよくブシャッと液体が注がれた。

「ひいぃぃ!」

 玲の腕の中でスヤスヤと眠っていたメルルが、玲の悲鳴を聞きゆっくりと目を開けた。小さな鼻をヒクヒクと動かすと、テーブルの上に大量に置いてあるウバの実に気がついた。

 メルルは、お包みの中でモゾモゾと動き、羽根がついている可愛い両腕をウバの実に向かって伸ばした。

「アーアーアー」
「お目覚めですか?あぁ、メルル様は、ウバの実が大好きでしたね。アレス、メルル様にも一つ渡して差し上げなさい」

 アレスは、頷くと、皿の上で一際大きく蠢くウバの実を摘むと、そのままメルルに手渡した。

 そして大きく口を開けると、ウバの実の顔のような部分へ齧り付いた。

ちゅばっ、ちゅばっ、ちゅばっ

 メルルが、勢いよくウバの実を啜っていく。ぷりぷりっとしていた実が、みるみる萎んでいく様は、玲からすると芋虫が、ミイラ化していくように見えた。

 思わずアレスの腕を握る玲に、アレスは、頬を赤らめて嬉しそうに笑った。

「腹減った~」
「母ちゃん飯!」

 玲が、アレスの腕を掴んだまま呆けていると、ディアブロの双子の息子であるアストロとアガレスが、食堂に入ってきた。アレスの弟でもある二人には、まだ幼さが残る顔立ちだが、オーガという種族の為か、アーシェやアレスより、体はひと回り、二回り小さくとも、玲よりも遥かに逞しい体つきである。

「やった!ウバの実じゃん」

 アストロが、テーブルの上のウバの実を掴むと、そのままそのまま大きく口を開けて丸ごと放り込んだ。同様に、アガレスもガシっと鷲掴みすると口の中に放り込む。

「やっぱ、果物は丸齧りが一番うめぇよな!」

 唇の端からウバの実の果汁を垂らしながらアストロとアガレスは、ガシュガシュと音を立てて咀嚼し、指先で唇を拭った。

「へ?果物?」
「おや、お気づきになられましたか?残念ですね」

 ディアブロは、楽しみの一つが減ってしまった事をとても残念に思った。


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