どうぞ、お召し上がりください。魔物の国のお食事係の奮闘記

りんくま

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 俺、玲ことサトシ・リンデンは、異世界に召喚され、白い蝙蝠の赤ちゃんことバンパイアのメルルのお食事係兼お世話係に任命された。

 部屋は、ディアブロ夫婦の私室の隣を一部屋を与えられた。広いベッドにテーブルとソファー、クローゼットや本棚も完備されている。ちょっぴり豪華なホテルの様な部屋の作りで、悪くない。

 メルルは、これから、俺と一緒に暫くここで暮らす事になるらしい。

「メルル様は、これからあなたを通して多くの事を学ばれます。正しくは、サトシの血を媒介してですが……。君が得た知識、喜び、悲しみ、全ての感情、そして体験が、全てメルル様の力となるのです」
「じゃあ、俺が悪いことばかりしてしまったら?」
「……悪の華となるでしょう。でも、君は、そんなこと望みませんよねぇ」
「全て、お見通しってことかよ。ほんとイケスカねぇ野郎だ」

 そうですよ!俺は、小銭入れを拾ってもお巡りさんに拾得物として届けてしまうほど、健全な小市民ですよ。不平や不満は、口にするけど、揉めるくらいなら自分が我慢すれば円満解決出来ると解れば、ぐっと我慢をする良い子ちゃんでしたよ。

「んん…はぁはぁ…気持ち良すぎるだろコレ」

 大きなベッドで、体を震わせながら身悶える俺が、何をしているかというと、メルルのお食事タイムだ。バンパイアの牙は、吸血対象者に拒まれない様、催淫効果を付与させる事で吸血を邪魔される事なくできるのだそうだ。

 まだ、赤ちゃんのメルルは、日に5~6回吸血が必要で、その度に俺は、こうしてベッドの上でのたうちまわる状態だ。

 レイブン卿が云うには、人型になれる様になれば、夜寝る前の吸血で済む様になるらしい。それまでは、いつでも吸血ができるようにずっと側にいてやる必要があるのだとか。

「だが、娘は嫁にやらんぞ」

 厳つい獅子の顔を鼻先まで突きつけられて、威嚇された時は、正直苦笑いをするしかなかった。

 俺は、レイブン卿に『アンタ、そう言ってしっかりマギーさん頂いちゃってるじゃないですか!!』そう大声で叫びたかったが、グッと喉の奥にその言葉を閉まっておいた。

 この神殿には、ディアブロの家族とそのみが暮らしている。マギーさんとレイブン卿は、神殿の近くに屋敷を構えて住んでいるらしい。俺にメルルを預けると『今度、遊びにいらっしゃい』と言って、帰っていった。

「くれぐれも、娘には手を出すなよ」
「嫌だなぁ。こんなに可愛いメルルに悪いことは出来ないってば」

 お包みに包まれ、俺の腕の中ですやすやと無防備に眠るメルルは、まるで天使のように可愛らしい。レイブン卿と二人でメルルの顔をデレっとした顔で見つめてしまい、マギーさんにクスクスっと笑われてしまった。

 快楽の余韻に浸り、ベッドの上でゴロゴロと今日一日の出来事を思い返していると、遠慮がちに扉の向こうからノックと共に声をかけられた。

「サトシ様、お食事の準備が出来ました。父上が、食堂にお越しいただくようにとのことです」

 扉を開けるとディアブロとアーシェの息子の一人、アレスが立っていた。

「たしか、アレス君だったよね。食堂まで案内してくれるかな?」

 満腹になってスヤスヤ眠るメルルをそっとお包みに包み、三角巾の要領で首から下げる。メルルを抱え込むように左手を添えた。

 アレスは、玲が見上げる程の長身で、少し癖っ毛のある赤黒い髪質の短髪、切長の目元は、ディアブロにどことなく似ている。シャイターン家の長男という事らしい。

 丁寧な口調で、食堂までの道を案内してくれるのだが、時たまチラリとメルルを見ては、少し頬を赤らめ口角を上げる。玲が、その視線に気づきじっと見つめていると、アレスは右斜め上を見て視線を逸らせた。

「さては、アレス君も可愛いモフモフが、好きだったりする?」
「か……モフッ……」

 アレスは、口ごもりながら、ますます頬を赤らめた。

「俺なんかが……可愛いと思うのは、変じゃないですか?」

 玲が、隣にいても聞き取れるかどうかの小さな声で、アレスは、呟く。

「なーんも、変じゃないぞ。俺たちの国には、可愛いは正義って文化があるんだ。こっちの世界でも共通するんじゃないかな?」
「可愛いは、正義…ですか?」
「モフモフは、正義ってのもあるぞ!」

 玲は、メルルのモフモフっとした頭を指先で優しく撫でた。玲指先に気持ち良さげに頭をする寄せるメルルは、キュゥっと小さく鳴き声を上げた。

「この中庭を抜けると食堂です」

 アレスに言われ、玲は、中庭に目を向ける。東家の周りには、見たこともない異世界の花が咲き誇り、色鮮やかに陽の光を浴びている。玲が知る大学や近所の公園の花壇とは比べ物にならないくらい、丁寧に整備されていた。

 中庭に見惚れる玲に、アレスの視線が、釘付けになる。

「凄い!まるで夢の世界のような庭園だ!」
「良かったら、東家で少し休憩していきますか?」
「良いのか?じゃあ、アレス君、一緒に行こう」

 玲は、アレスの腕を取ると、目を輝かせて東家に向かった。

 この中庭は、ただ好きで趣味の一環として、アレスが世話をしていた。オーガは、戦闘民族だ。アーシェや他の弟妹が興味を示す訳でもなく、父であるディアブロも自然を愛でる性格でもない。殺伐としているよりは、手入れされている方が見栄えが良い。今までは、その程度の価値観だった。

「俺が、世話をしているんです」

 アレスは、玲ならきっと理解してくれるのではないかと思った。

「すげぇ!俺なら、直ぐに枯らしてしまうぞ。アレス君が、ここまで立派に育てたんだ!綺麗だなぁ」
「花は、好きですか?」
「おう、名前とかは、知らないけど心が癒されるっていうか、好きだな」

 玲が、キラキラと瞳を輝かせ、アレスの育てた花を嬉しそうに見つめている。その表情を見ているだけで、アレスの胸の鼓動が高鳴っていった。

「可愛いが、正義って本当ですね」
「そうだろう、可愛いは正義なんだぜ」

 黒い瞳を細めて屈託のない笑顔を見せた玲に、アレスは、初めての感情を覚えた。







 

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