どうぞ、お召し上がりください。魔物の国のお食事係の奮闘記

りんくま

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 ディアブロは、お菓子を一つ摘み玲の口に押し込んだ。モサモサとした食感は、やはり好きになれない味だ。玲は、ウバ茶で、ごくごくと口の中をさっぱりとさせた。

「これ、美味くないんだわ」

 もう、遠慮は必要ないと判断した玲は、不機嫌を顕にして、ディアブロをジロリと睨んだ。

「やはり、素直な方ですね。君が、故郷に帰れない理由は、三つ。一つ目は、我が神、ハーデス様と契約を交わしたこと。二つ目は、このポムグラネイトを食したこと。三つ目は、君の体が、こちらの世界に組み替えられたこと。以上が、理由になります」
「いや、待て待て待て。契約何て交わした覚えねえぞ!……ハーデス?って冥府の王のハーデスか?」
「何と、我が神は、君の世界にも名を知られているのでございますか?流石は、我が神」

 ディアブロは、恍惚の表情を浮かべ、祈りを捧げる様に両手の指を胸の前で重ね合わせて、天を見上げた。

「ディアブロ、契約とは何だ!俺には、覚えがないんだ!」

 玲は、両手でテーブルをダンと叩き大きな音を立てて、大きな声でディアブロに詰め寄った。

 その瞬間、白装束の一人が、玲の腕を取り、ぐいっと後ろ手に拘束した。ハラリとフードが外れ、白装束の顔が現れた。

 赤い肌に少しウェーブのかかったショートヘアの野性味溢れる美女。何よりもこめかみの辺りに、太くくるんと巻いた山羊若しくは水牛のような角が目に入った。

「アーシェ。拘束を解いてあげてください。私は、大丈夫ですから」

 アーシェは、納得できない様子ではあったが、玲をソファーに放り投げるとまた後ろに下がり、白装束の軍団と一緒に並んだ。

「それで、契約って何だ?」
「サトシ。君は、この紙に署名をしましたね」
「あぁ」
「そして、私は、ハーデス様にその名前をお伝えしました。ハーデス様もお認めになり、君に新たな名を与えてくださった」
「……え?」
「サトシ・リンデン。これは、ハーデス様が、授けてくれた君の名前です。その代わり、故郷の名前は、無くなっちゃいました」

 ディアブロは、おしまいとでも言うように、にっこりと微笑んだ。唐突に名前が、無くなったと聞かされた玲は、口を大きくあんぐりと開け、呆然とした。

(待てよ……。再度、名前を聞かれたとき、俺は、名前を名乗ることが出来なかった。無くなったというのは、その瞬間か?)

「も、もう元の名前には、戻せないのか?」
「はい。契約書に署名をする時は、しっかり中身を確認しないといけませんよ」
「こ、この悪魔め!」
「私、デビル族ですから、当然です」
「ハッ!ディアブロもシャイターンも悪魔って意味じゃないか!全部、悪魔、悪魔って、………詐欺だ!詐欺じゃん!!」
「そんなに、悪魔、悪魔と褒められても……」
「褒めてねえよ!」

 散々叫び、疲れ果てた玲は、両腕をソファーの背もたれにかけ、体をソファに沈めた。

 何度、思い出そうとしても、名前が思い出せない。名を奪われた事を実感していた。そして、冷静になればなるほど色々な疑問が紐解けていく。

(ポムグラネイトって、確か柘榴って意味だよな。まるで、ギリシャ神話じゃないか。俺は、冥府の食べ物を食べたから、元の世界に戻れないってか)

 ハァっと大きなため息をついた玲は、今までの生活を思い出す。毎日毎日、就職活動に明け暮れ、時間が有ればバイト。彼女がいる訳でもなく、大学もパッとしない三流大学。将来の夢や希望も特になかった。後悔があるとすれば、親孝行の一つも出来なかったことぐらいだ。

「元の世界の俺って、どう何の?」
「存在自体、消滅します」
「じゃあ、父ちゃん、母ちゃんは、悲しむことは、ないんだな?」
「そこは、ご安心ください」

 玲にとって、両親が悲しむ事がないことは、幸いだと思った。玲には、兄がいた。きっと、兄が玲の分も両親に親孝行をしてくれるだろう。そう、思うしかなかった。玲は、心の中で、両親と兄に別れを告げた。

「それで、俺が、この世界に呼ばれた理由は、何だ?」
「素晴らしい!これは、話が早いです」

 ディアブロからすれば、玲が、この世界での生活を前向きに考えてくれるようになったのだと、思える発言に聞こえた。実際は、玲が、この世界で平和に暮らしていけるのかどうか、探りを入れただけだ。

「それでは、私について来てください」

 ディアブロに促され、玲は、立ち上がると白装束の軍団と共に執務室を後にした。

 白装束の軍団は、アーシェを先頭にゾロゾロと五人いる。玲は、最初にアーシェを見ていたなら、人間とかけ離れた姿にもっとパニックに陥っていたかも知れないと思った。

「ディアブロ、彼女たちも神官なのか?」
「あぁ、アーシェ達ですか?アーシェは、私の妻です。オーガ族は、戦闘民族の為、荒っぽいところもありますが、ベッドの上では、可愛らしいんですよ」
「おまっ!」

 突然、二人の夜の営みを暴露され、アーシェは、赤い顔をさらに真っ赤にして俯いた。その様子をディアブロは、満足気に爽やか笑顔を見せる。

(悪魔なだけに、鬼畜だな。絶対Sだろ)

「そして、後ろに居るのは、私たちの子供達です」

 隠す必要も無くなった為か、白装束の軍団は、フードを取った。

「……全員、オーガ族?」
「はい、右から、アレス、アフィ、アストロ、アガレス、アンジュと申します」

アーシェに見劣りしない立派な二本のツノがあり、二人の子供というだけもあり二人の面影を宿した美男美女であった。

 

 


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