どうぞ、お召し上がりください。魔物の国のお食事係の奮闘記

りんくま

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「イッタァ……」

 突然、石畳の床に叩きつけられ、その衝撃で後頭部を打ち、痛みに悶えながらサトシは、周りを見回した。

「………ここ、どこだ?俺、さっきまで風呂に入ってたよなぁ?……○△◇※Σ%〆!!」

 後頭部を摩りながら、自分を取り囲むように見守るおそらく人であろう何か。ビクビクっと体を震わせて、玲は声にならない声を上げ、足をバタつかせた。

 男らしい真っ平らな胸の前で、乙女のように腕を組んでしまうのは、恐怖から来る行動で致し方ない状態だった。

「ようこそ、我らの神殿へ」

 人であろう何かの内の一人が、玲に近づき声をかけてきた。頭の上からすっぽりと白い布を被っていて、シルエットから人間だろうと判断できる状態だ。

「し、神殿?」

 聞き慣れた日本語が聞こえ、玲は固く瞑っていた瞳をゆっくりと開ける。目の前の人物は、フードをゆっくりと外した。見事なプラチナブロンドの長髪、透き通るような色白の肌、赤く燃えるような瞳、薄い唇はゆっくり弧を描き口角を上げた。玲は、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

「ど、どちら様ですか?」

 石畳みの床にずぶ濡れ状態で放り出されていた玲は、ひんやりとした風を感じ身震いをする。いくら目の前にいる人間?が、男性であろうといつまでも素っ裸ででいたくない。というか、このままでいれば確実に風邪を引きそうだ。

 プラチナブロンドの男性は、ゆっくりと玲に近づくと顎に指先を当て値踏みをするように玲を見下ろす。

 ドキドキする玲に構うことなく、側にしゃがみ込むと両手で玲の身体中を触り、隈なく観察していく。まるで、医者の触診を受けている状態だった。

「あのぉ、ちょっと、いや、……だから」

 遠慮がちに嫌がる玲をお構いなしに男性は、玲を調べていく。余りの遠慮の無い状態にイライラとしてくる玲も、自分の息子を指先で摘まれた瞬間、大きな声で男性を怒鳴りつけた。

「ちょっと!あんた何やってんですか!」

 ドンと男性を突き飛ばそうと両手を勢いよく突き出すとヒラリ、プラチナブロンドを靡かせて、男性は玲から距離を取った。

 「うっそん…」

 白い布を被った様子を見守っていた人間が一斉に動き、玲に長い槍の剣先が突きつけられた。平和な日本で暮らしていた玲は、刃物を突きつけられる経験なんて一度もない。冷や汗を流しながら両手をそろそろと上げていき、降参のポーズをして見せた。

「ハッハッハ!イキが良くてよろしいですね。私は、この城の神官を司るディアブロ。おめでとうございます。君は選ばれました」
「この状態で、おめでとうと言われましてもねぇ……。理解できるように説明してもらえませんかねぇ」
「それもそうですね!その方が君も協力してくてるでしょうしね。その前に縮こまったモノをしまいましょうか」

 ディアブロが、ニヤリとしながら玲を見るとパチンと指を鳴らした。剣先が自分から外され、慌てて自分の息子を両手で隠し睨みつける。

(こんな状況で縮こまらない奴なんかいるかよ)

 白装束の内の一人が、そっと真っ黒なローブを差し出してくれた。

「……ありがとう」

 お礼を言うと玲は、差し出されたローブを受け取り袖に腕を通した。指通りが滑らかなローブは、一般庶民である玲から見ても高級な品物であることが一目瞭然だった。

 神殿と言われるだけあり、無機質な石の壁、石畳みの床が続いている。キョロキョロと周りを見ながら、玲は、ディアブロの少し後ろをついて歩く。玲たちの後ろを白装束の軍団が、彼らを護衛するかのように付き従っていた。

(中世的な建造物みたいだな?夢でも見てるのか?)

 にわかに信じられない状況に、玲は右頬をにじりとつねってみた。

(い、痛い…か?)

 そんな玲の様子をディアブロは、横目で見てクスリと笑った。

「な、何だよう……」
「いえ、純心な方だなと思いまして……。さあ、こちらでございます」

 目の前の扉をガチャリと開き、ディアブロの指示で部屋の中に入った。

「ここは、私の執務室になります。どうぞ、そちらのソファーにおかけください」

 執務室の中央に品の良いグリーンのソファーとテーブルが、設置されている。玲は、2人掛けのソファーに腰をかけた。ディアブロは、窓際にある机の上に置いてあった書類を持って、玲の向かい合わせに座る。

 白装束の軍団の一人が、玲とディアブロの前に白いティーカップに注がれた飲み物とクッキーの様なお菓子を用意してくれた。

「…どうも」

 玲が、ペコリと頭を下げるが、白装束は何も言葉を発することなく後ろに下がった。入り口を塞がれているような気がして、少し緊張感を覚えた。

「では、改めて自己紹介をさせて頂きます。私は、ディアブロ・シャイターン。この黒の神殿に仕える、神官の一人です。改めて、君の名前を教えていただけますか?」
「俺は、林田 玲はやしだ さとし

 胡散臭い状況ではあるが、丁寧に名前を尋ねられれば、教えないのも失礼だと思い、玲は正直に名前を名乗った。

「ハヤシディ・サトシ?…少し、発音し辛いですね。私たちの国では、馴染みがない発音だからでしょうか?」

 ディアブロは、少し照れ笑いしながら頬を掻いた。そして、一枚の紙とペンをそっと玲に差し出した。

「サトシと呼ばせてもらっても構いませんか?私のことは、ディアブロとお呼びください」
「わかった。ディアブロ…さん」
「フフッ。さん付けは、不要ですよ。サトシ!君の名前は、どのように書くのですか?興味があります!この紙に書いて教えてくれませんか?」
「名前をか?」
「はい、ぜひぜひ!異国の文字に興味があります」

 パチンと胸の前で両手を揃え、キラキラとした目でディアブロは、真っ白な歯を見せて笑った。男の玲であってもドキっとさせられる程のイケメンの笑顔に絆されて、玲は目の前に置かれたペンを右手に持つと、紙にペンを走らせ名前を書いた。

「異国ってことは、やっぱり俺がいた日本じゃないってことか?」
「はい、ここはあなたが住んでいた世界とは、別の世界になります」

 ディアブロは、玲が名前を書いた紙を手に取ると、満足気にニヤリと微笑んだ。







 
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