37 / 44
第2章 アルワーン王国編
第37話 精霊国と精霊の祝福(2)
しおりを挟む
竜の眠る谷に、剣のぶつかる音が響き渡る。
古竜はようやく体を起こしたものの、まだ地面にじっと座ったままだ。
フィオナは、目の前で繰り広げられる、初めて見る戦いの場面に、目を大きく見開いていた。
心臓がどきどきして、鼓動が早くなるが、目の前で展開される戦いから目を逸らすことができない。
体が硬直して、かすかに震えているのが自分でもわかる。
ユリウスは命令された通り、フィオナの前に立ち、離れる様子がない。
ドレイクは大剣を軽々と振り回し、1人、また 1人と、黒衣の男達を薙ぎ倒していく。
すごい力だ。
どん、と鈍い音が響くと、ドレイクに打ち掛かった男達は左右に投げ出されていく。
剣が鈍くなろうが、刃先がこぼれようが、ドレイクはお構いなしに、大剣を叩き込んでいき、男達はうめき声を上げて、倒れ込んでいく。
骨をやられたのだろう、もう立ち上がることすらできない。
フィオナはドレイクが実戦で戦っている姿を今まで見たことはない。
ドレイクの体は俊敏で、その剣はとても重い。
相手の体に大剣を叩き込み、たとえ防具を付けていたとしても、防具ごと吹き飛ばしている。
その様子は落ち着いていて、危なげがない。
「フィオナ様、こちらへ」
剣を持ったユリウスがフィオナを竜の背後へと誘導する。
「ドレイク様は大丈夫です。心配はなさらないように。あなたは竜の背後へ。恐ろしいでしょうから、目を閉じていても大丈夫ですよ。我々が必ずお守りします」
フィオナが竜の体をしっかりと抱え、体を丸くすると、ユリウスは竜の前に立った。
そこから動かず、ドレイクとアルファイドの剣から逃れてきた者達を着実に仕留めていた。
アルファイドは、湾曲した不思議な形の剣を振り、ドレイクと背中を合わせるようにして戦っている。
まるで舞踊を舞っているようにも見える、柔らかな剣筋だったが、その腕は確かなのだろう。
確実に体の動きを止める箇所を狙い、敵を封じ込めていく。
気がつけば、あれほど圧倒的な数を擁していた、アルワーンの元王太子の手勢は、すでに無く、青ざめた顔をした元王太子だけが、そこに立っていた。
夕暮れが近づき、谷は影に包まれていく。
「兄上」
アルファイドがそう呼びかけた時、元王太子はためらうことなく、アルファイドに斬りかかった。
アルファイドは応戦したが、一瞬、反撃する手が遅れた。
その一瞬の隙に、アルファイドの背後から、隠れていた最後の男が斬りかかったのだ。
「アルファイド!」
ドレイクは素早かった。
アルファイドの背後の男に体当たりをすると、男はそのまま吹き飛んでいった。
しかし、元王太子が今度はドレイクに斬りかかっていった。
ドレイクが防具を着けた腕で剣を弾いたが、湾曲した剣先がかすかに防具から外れ、血が飛んだ。
その瞬間を、フィオナは、古竜の肩越しに見た。
まるで血液が逆流するかのような感覚が湧き上がる。
「ドレイク!!」
フィオナは軽々と古竜の体を飛び越える。
「フィオナ様!?」
ユリウスの慌てたような声が聞こえたが、フィオナは止まらなかった。
フィオナの右手が動いて、無意識に右の耳に触れる。
耳に嵌め込まれた、小さな赤い宝石が光った。
(ドレイクを助けて!!)
フィオナの声が聞こえたかのように、古竜がバサリと翼を広げ、宙に舞い上がった。
次の瞬間、フィオナも素早い動きで、宙に飛び上がる。
瞬時にウサギに変身すると、フィオナはドレイクを飛び越えて、元王太子の、剣を持つ右手に鋭く噛み付いた。
「うあぁっ!」
「フィオナ!?」
剣を落とし、空中で振り回された手から飛ばされて、白いウサギの小さな体が宙を舞う。
ドレイクの大きな体が、驚くほどの俊敏さを見せて、岩の上に落ちる前に、ウサギの体を両手でキャッチした。
一方、古竜は翼を広げて、元王太子めがけて急降下した。
ドレイクは素早く白ウサギを片腕で抱き込み、アルファイドも引っ掴んで、大きな岩の背後に押し込めた。
竜の大きな翼が、周囲を薙ぎ払う。
悲鳴が響いて、ようやく立ち上がろうとしていた黒衣の男達はもちろん、元王太子もまともに竜の翼を喰らって、強烈な力で、岩に叩きつけられる。
彼らの手から離れた剣が、カランカランと金属的な音を立てて、岩の上を転がっていった。
久しぶりに胸の中に収まった、柔らかくて、ふわふわした温かな存在。
ドレイクはウサギの背中を撫で、ぴくぴくと動く耳にそっと自分の頬を押し当てた。
無意識に、深い息を吐いた。
「……ずいぶん、カッコよく変身できるようになったんだな、ウサギ? 今、人間に戻ろうとするなよ? まずはお前の服を回収しよう」
ドレイクがウサギを胴衣の中に入れて、地面にはらりと落ちているフィオナの服を拾おうとした時だった。
赤い光が空中に集まり始め、まるで扉が開くように、そこから1人の女性が現れた。
そして、女性はゆっくりと地上に降り立つと、あっけに取られた顔で見つめるドレイクとユリウス、そしてアルファイドに優しく微笑んだのだった。
* * *
「我が子よ、人の国に介入はしないと言ったのに」
まるで流れ落ちる水のような、美しい銀色の衣装を身に付け、この世離れした美しさの女性が、穏やかな表情で、ドレイクの胸の中に抱えられているウサギを見つめていた。
女性がそっと指先をウサギに向けると、ウサギは金色の光に一瞬包まれ、次の瞬間には、同じように銀色の衣装を身につけたフィオナがドレイクの隣に立っていた。
「あなたが……」
ドレイクが言うと、女性はうなづいた。
「わたくしが、精霊国の女王、モルガンだ。オークランド国王、ドレイクよ」
ドレイクとフィオナの後ろに、大きな体をしているのに、まるで音を立てずに、そっと近寄って来ていた古竜も頭を下げていた。
「アトラス。再び会えて、これほど嬉しいことはない」
女王が優しく、竜の背中を撫でてやった。
(王女殿下の祝福を受け、再び目覚めることができました。これからは、フィオナ様にお仕えする所存です)
古竜の生真面目な言葉に、精霊女王は優雅にうなづいた。
精霊女王は次に、ドレイクに向き合った。
「人の子よ、そなたの国に我が加護を与えよう。ただし、フィオナを生涯かけて守ると誓え。そうすれば、我が子をそなたに預けよう」
ドレイクの顔が輝いた。
「この身にかけて」
その時、ドレイクとフィオナの頭上に、強い風が巻き起こった。
「アルディオン!」
ドレイクが頭上を見上げる。
1頭の黒竜が旋回しながら降り立った。
(我が君)
精霊女王が、黒竜の背中も撫でてやり、祝福を与える。
そして。
「……アルワーン王国国王、アルファイドよ」
精霊女王が呼びかけた。
アルファイドがためらいがちに顔を上げた。
「納得したか? 精霊の国は存在する。精霊は存在する。精霊はこうして祝福を与え、生き物や自然は栄えるのだ」
精霊女王は微笑んだ。
「……あとは、そなたの選択次第。自分が何を信じるか、自分で選ぶのだ」
アルファイドは呆然として、言葉も出ない。
そんなアルファイドの様子を一瞥すると、精霊女王はフィオナを抱きしめた。
「お母様……」
「我が子よ。わたくしはもう精霊国に戻る時間だ。そなたは、ここに残ることで、後悔はないか?」
フィオナは隣に立つドレイクを見上げた。
きゅっと表情を引き締め、うなづく。
「後悔はありません。お母様、ありがとうございました」
精霊女王は微笑み、やがて、その体は光そのものとなって、消えていった。
* * *
「ドレイク! ドレイク! ドレイク!!」
フィオナはドレイクの胸に飛び込むと、気が済むまでドレイクの大きな体にかじりついた。
そんなフィオナを、ドレイクは満足げに、その背中をぽんぽん、と叩いてやる。
「アルワーンでは、ひどい目に遭わなかったか? アルファイドは性格が悪いからな」
「やさしくしていただきました」
「何ィ!?」
フィオナの爆弾発言に、ドレイクの眉間はピキィ! と音を立てそうなほど、深い溝が刻まれる。
しかし、フィオナの笑顔は止まらない。
「でも、ドレイクがいいの。ドレイクは無口だけど、愛想もないけれど、でも、ドレイクがいい。ドレイクに会いたかった。ドレイクが1番」
自分の名前を連発してかじりつくフィオナに、あっさりとドレイクは機嫌を直し、嬉しそうにフィオナを抱きしめた。
「……チョロいな」とアルファイドが呟き、ユリウスは黙ってうなづいた。
ドレイクとフィオナは2人を見守るように座っている、2頭の竜を眺める。
ほっそりとした、ドレイクの黒竜と、ガッチリとした体の、フィオナの古竜だ。
「ドレイク様、みんなでオークランドに帰りましょう?」
フィオナがドレイクを見上げて言った。
竜達も嬉しそうに声を上げて、頭を倒す。
まるで、どうぞ背中に乗ってください、と言うかのように。
フィオナは大喜びで古竜の背中に飛び乗る。
とはいえ、精霊女王が着ていたような、薄いヒラヒラの衣装姿である。
ユリウスが不安そうに、ドレイクを見た。
「あの格好で大丈夫でしょうか?」
「精霊王女だから大丈夫じゃないか? フィオナ、お前、何だか、背が高くなったな」
「確かに、少し、大人っぽくなられたようですね」
ユリウスも同意する。
フィオナは笑った。
「ドレイク様! 早く! あ、そうだ……」
フィオナがふと、何かを思い出したかのように言った。
「わたしはウサギじゃなかったんですね?」
その言葉を聞いてドレイクはがっくりとした。
「……そこか?」
ドレイクは並んで立っているユリウスとアルファイドを見た。
「そんなわけで、俺とフィオナは竜に乗って帰る。ユリウス、お前はアルファイドを手伝ってやれ。その辺に転がっている奴らをまとめるのに、人手がいるだろう」
ドレイクはアルファイドの肩をぽん、と叩いた。
「ユリウスは貸してやるが、用が済んだら、オークランドまで責任を持って返してくれ」
そう言うと、黒竜の背に飛び乗った。
2頭の竜は、お互いに仲間ができて嬉しい、とでも言うかのように、キュイ、キュイ、と高らかに鳴いて、翼を広げた。
ほんの数歩、助走したかと思うと、一気に空へと上昇する。
あっという間に、2頭の竜の姿は見えなくなった。
* * *
ウサギに変身する、白い髪にピンク色の瞳の少女、フィオナ。
彼女は、ウサギではなく、精霊国の王女だった。
古竜はようやく体を起こしたものの、まだ地面にじっと座ったままだ。
フィオナは、目の前で繰り広げられる、初めて見る戦いの場面に、目を大きく見開いていた。
心臓がどきどきして、鼓動が早くなるが、目の前で展開される戦いから目を逸らすことができない。
体が硬直して、かすかに震えているのが自分でもわかる。
ユリウスは命令された通り、フィオナの前に立ち、離れる様子がない。
ドレイクは大剣を軽々と振り回し、1人、また 1人と、黒衣の男達を薙ぎ倒していく。
すごい力だ。
どん、と鈍い音が響くと、ドレイクに打ち掛かった男達は左右に投げ出されていく。
剣が鈍くなろうが、刃先がこぼれようが、ドレイクはお構いなしに、大剣を叩き込んでいき、男達はうめき声を上げて、倒れ込んでいく。
骨をやられたのだろう、もう立ち上がることすらできない。
フィオナはドレイクが実戦で戦っている姿を今まで見たことはない。
ドレイクの体は俊敏で、その剣はとても重い。
相手の体に大剣を叩き込み、たとえ防具を付けていたとしても、防具ごと吹き飛ばしている。
その様子は落ち着いていて、危なげがない。
「フィオナ様、こちらへ」
剣を持ったユリウスがフィオナを竜の背後へと誘導する。
「ドレイク様は大丈夫です。心配はなさらないように。あなたは竜の背後へ。恐ろしいでしょうから、目を閉じていても大丈夫ですよ。我々が必ずお守りします」
フィオナが竜の体をしっかりと抱え、体を丸くすると、ユリウスは竜の前に立った。
そこから動かず、ドレイクとアルファイドの剣から逃れてきた者達を着実に仕留めていた。
アルファイドは、湾曲した不思議な形の剣を振り、ドレイクと背中を合わせるようにして戦っている。
まるで舞踊を舞っているようにも見える、柔らかな剣筋だったが、その腕は確かなのだろう。
確実に体の動きを止める箇所を狙い、敵を封じ込めていく。
気がつけば、あれほど圧倒的な数を擁していた、アルワーンの元王太子の手勢は、すでに無く、青ざめた顔をした元王太子だけが、そこに立っていた。
夕暮れが近づき、谷は影に包まれていく。
「兄上」
アルファイドがそう呼びかけた時、元王太子はためらうことなく、アルファイドに斬りかかった。
アルファイドは応戦したが、一瞬、反撃する手が遅れた。
その一瞬の隙に、アルファイドの背後から、隠れていた最後の男が斬りかかったのだ。
「アルファイド!」
ドレイクは素早かった。
アルファイドの背後の男に体当たりをすると、男はそのまま吹き飛んでいった。
しかし、元王太子が今度はドレイクに斬りかかっていった。
ドレイクが防具を着けた腕で剣を弾いたが、湾曲した剣先がかすかに防具から外れ、血が飛んだ。
その瞬間を、フィオナは、古竜の肩越しに見た。
まるで血液が逆流するかのような感覚が湧き上がる。
「ドレイク!!」
フィオナは軽々と古竜の体を飛び越える。
「フィオナ様!?」
ユリウスの慌てたような声が聞こえたが、フィオナは止まらなかった。
フィオナの右手が動いて、無意識に右の耳に触れる。
耳に嵌め込まれた、小さな赤い宝石が光った。
(ドレイクを助けて!!)
フィオナの声が聞こえたかのように、古竜がバサリと翼を広げ、宙に舞い上がった。
次の瞬間、フィオナも素早い動きで、宙に飛び上がる。
瞬時にウサギに変身すると、フィオナはドレイクを飛び越えて、元王太子の、剣を持つ右手に鋭く噛み付いた。
「うあぁっ!」
「フィオナ!?」
剣を落とし、空中で振り回された手から飛ばされて、白いウサギの小さな体が宙を舞う。
ドレイクの大きな体が、驚くほどの俊敏さを見せて、岩の上に落ちる前に、ウサギの体を両手でキャッチした。
一方、古竜は翼を広げて、元王太子めがけて急降下した。
ドレイクは素早く白ウサギを片腕で抱き込み、アルファイドも引っ掴んで、大きな岩の背後に押し込めた。
竜の大きな翼が、周囲を薙ぎ払う。
悲鳴が響いて、ようやく立ち上がろうとしていた黒衣の男達はもちろん、元王太子もまともに竜の翼を喰らって、強烈な力で、岩に叩きつけられる。
彼らの手から離れた剣が、カランカランと金属的な音を立てて、岩の上を転がっていった。
久しぶりに胸の中に収まった、柔らかくて、ふわふわした温かな存在。
ドレイクはウサギの背中を撫で、ぴくぴくと動く耳にそっと自分の頬を押し当てた。
無意識に、深い息を吐いた。
「……ずいぶん、カッコよく変身できるようになったんだな、ウサギ? 今、人間に戻ろうとするなよ? まずはお前の服を回収しよう」
ドレイクがウサギを胴衣の中に入れて、地面にはらりと落ちているフィオナの服を拾おうとした時だった。
赤い光が空中に集まり始め、まるで扉が開くように、そこから1人の女性が現れた。
そして、女性はゆっくりと地上に降り立つと、あっけに取られた顔で見つめるドレイクとユリウス、そしてアルファイドに優しく微笑んだのだった。
* * *
「我が子よ、人の国に介入はしないと言ったのに」
まるで流れ落ちる水のような、美しい銀色の衣装を身に付け、この世離れした美しさの女性が、穏やかな表情で、ドレイクの胸の中に抱えられているウサギを見つめていた。
女性がそっと指先をウサギに向けると、ウサギは金色の光に一瞬包まれ、次の瞬間には、同じように銀色の衣装を身につけたフィオナがドレイクの隣に立っていた。
「あなたが……」
ドレイクが言うと、女性はうなづいた。
「わたくしが、精霊国の女王、モルガンだ。オークランド国王、ドレイクよ」
ドレイクとフィオナの後ろに、大きな体をしているのに、まるで音を立てずに、そっと近寄って来ていた古竜も頭を下げていた。
「アトラス。再び会えて、これほど嬉しいことはない」
女王が優しく、竜の背中を撫でてやった。
(王女殿下の祝福を受け、再び目覚めることができました。これからは、フィオナ様にお仕えする所存です)
古竜の生真面目な言葉に、精霊女王は優雅にうなづいた。
精霊女王は次に、ドレイクに向き合った。
「人の子よ、そなたの国に我が加護を与えよう。ただし、フィオナを生涯かけて守ると誓え。そうすれば、我が子をそなたに預けよう」
ドレイクの顔が輝いた。
「この身にかけて」
その時、ドレイクとフィオナの頭上に、強い風が巻き起こった。
「アルディオン!」
ドレイクが頭上を見上げる。
1頭の黒竜が旋回しながら降り立った。
(我が君)
精霊女王が、黒竜の背中も撫でてやり、祝福を与える。
そして。
「……アルワーン王国国王、アルファイドよ」
精霊女王が呼びかけた。
アルファイドがためらいがちに顔を上げた。
「納得したか? 精霊の国は存在する。精霊は存在する。精霊はこうして祝福を与え、生き物や自然は栄えるのだ」
精霊女王は微笑んだ。
「……あとは、そなたの選択次第。自分が何を信じるか、自分で選ぶのだ」
アルファイドは呆然として、言葉も出ない。
そんなアルファイドの様子を一瞥すると、精霊女王はフィオナを抱きしめた。
「お母様……」
「我が子よ。わたくしはもう精霊国に戻る時間だ。そなたは、ここに残ることで、後悔はないか?」
フィオナは隣に立つドレイクを見上げた。
きゅっと表情を引き締め、うなづく。
「後悔はありません。お母様、ありがとうございました」
精霊女王は微笑み、やがて、その体は光そのものとなって、消えていった。
* * *
「ドレイク! ドレイク! ドレイク!!」
フィオナはドレイクの胸に飛び込むと、気が済むまでドレイクの大きな体にかじりついた。
そんなフィオナを、ドレイクは満足げに、その背中をぽんぽん、と叩いてやる。
「アルワーンでは、ひどい目に遭わなかったか? アルファイドは性格が悪いからな」
「やさしくしていただきました」
「何ィ!?」
フィオナの爆弾発言に、ドレイクの眉間はピキィ! と音を立てそうなほど、深い溝が刻まれる。
しかし、フィオナの笑顔は止まらない。
「でも、ドレイクがいいの。ドレイクは無口だけど、愛想もないけれど、でも、ドレイクがいい。ドレイクに会いたかった。ドレイクが1番」
自分の名前を連発してかじりつくフィオナに、あっさりとドレイクは機嫌を直し、嬉しそうにフィオナを抱きしめた。
「……チョロいな」とアルファイドが呟き、ユリウスは黙ってうなづいた。
ドレイクとフィオナは2人を見守るように座っている、2頭の竜を眺める。
ほっそりとした、ドレイクの黒竜と、ガッチリとした体の、フィオナの古竜だ。
「ドレイク様、みんなでオークランドに帰りましょう?」
フィオナがドレイクを見上げて言った。
竜達も嬉しそうに声を上げて、頭を倒す。
まるで、どうぞ背中に乗ってください、と言うかのように。
フィオナは大喜びで古竜の背中に飛び乗る。
とはいえ、精霊女王が着ていたような、薄いヒラヒラの衣装姿である。
ユリウスが不安そうに、ドレイクを見た。
「あの格好で大丈夫でしょうか?」
「精霊王女だから大丈夫じゃないか? フィオナ、お前、何だか、背が高くなったな」
「確かに、少し、大人っぽくなられたようですね」
ユリウスも同意する。
フィオナは笑った。
「ドレイク様! 早く! あ、そうだ……」
フィオナがふと、何かを思い出したかのように言った。
「わたしはウサギじゃなかったんですね?」
その言葉を聞いてドレイクはがっくりとした。
「……そこか?」
ドレイクは並んで立っているユリウスとアルファイドを見た。
「そんなわけで、俺とフィオナは竜に乗って帰る。ユリウス、お前はアルファイドを手伝ってやれ。その辺に転がっている奴らをまとめるのに、人手がいるだろう」
ドレイクはアルファイドの肩をぽん、と叩いた。
「ユリウスは貸してやるが、用が済んだら、オークランドまで責任を持って返してくれ」
そう言うと、黒竜の背に飛び乗った。
2頭の竜は、お互いに仲間ができて嬉しい、とでも言うかのように、キュイ、キュイ、と高らかに鳴いて、翼を広げた。
ほんの数歩、助走したかと思うと、一気に空へと上昇する。
あっという間に、2頭の竜の姿は見えなくなった。
* * *
ウサギに変身する、白い髪にピンク色の瞳の少女、フィオナ。
彼女は、ウサギではなく、精霊国の王女だった。
2
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです
新条 カイ
恋愛
ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。
それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?
将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!?
婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。
■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…)
■■
神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される
西根羽南
恋愛
豆原あずきは、豆の聖女として豆愛が深すぎる異世界に招かれた。
「開け豆」の言葉と共に強制睡眠の空豆のベッドや聖なる供物のあんこを呼び、日本に帰るために神の豆を育てる日々。
王子の優しさに淡い好意を抱くが、これは豆への愛なので勘違いしてはいけない。
「アズキの心の豆型の穴、俺に埋めさせてください」
「……これ、凄くいいこと言っているんだろうけど。何か緊張感がなくなるのよね。主に豆のせいで」
異世界で豆に愛される聖女になった女の子と、豆への愛がこじれて上手く伝えられない王子のラブコメ……豆コメディです。
※小説家になろうにも掲載しています。

【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない
金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ!
小説家になろうにも書いてます。

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜
清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。
クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。
(過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…)
そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。
移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。
また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。
「俺は君を愛する資格を得たい」
(皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?)
これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる