35 / 44
第2章 アルワーン王国編
第35話 お前から大切なものを奪う
しおりを挟む
フィオナは宴会の最中に竜の眠る谷へ連れて行かれた。
ドレイクが後宮にあるフィオナの部屋に来た時は、すでに夜中だった。
とはいえ、竜の眠る谷に向かったフィオナとは、数時間の遅れしか、ないはずだった。
今すぐにでもフィオナを追いかけたいドレイクを、しかし、ユリウスは冷静に止めた。
「今夜は新月。この闇の中を、行ったこともない竜の眠る谷に向かうのは、危険すぎる上、道を外れる可能性が高い。夜明けを待ちましょう」
そんなわけで、王都を出てから、街道を少し離れ、ドレイクとユリウスは焚き火を囲んでいたのだった。
「ドレイク様、アルファイドは、来ると思いますか?」
ユリウスが沸かしたコーヒーをカップに入れて差し出した。
コーヒーの本場、アルワーン産の豆である。
ドレイクが礼を言って、嬉しそうに口を付ける。
「そうだな……」
ドレイクが後宮で会ったアルファイドを思い起こす。
アルファイドと別れた18歳の年から、10年が経った。
自分自身に多くのことが起こったように、アルファイドにとっても、多くのことが起こった年月だった。
ドレイクは黒竜と出会い、アルワーンを撤退させることに成功したが、オークランド国王だった父と母を失った。
アルファイドはアルワーン国王だった父と王太子だった兄によって、オークランドから帰国させられたが、帰国後は塔に幽閉された。
そしてようやく塔から出られた時には、実の母はすでに後宮から追い出され、すでに死亡したとみなされている。
オークランドで、アルファイドは幸せそうだった。
ドレイクの父母は、ある意味、アルファイドにとっても、大切な存在であったのだ。
そんな2人を失い、さらに実の母までも失ってしまった。
アルファイドが父親である前国王と兄である王太子を追い詰め、廃位に追い込んだのも、アルファイドの復讐だったと思われた。
ではなぜ、アルファイドはドレイクが大切にしているフィオナを奪ったのか。
アルファイドには、オークランドに復讐する理由があるのか?
ここには、単純な加害者、被害者は存在しない。
誰もが加害者であり、同時に被害者でもある。
「アルファイドは……本当に、母に懐いていたよな。母上も、アルファイドを、実の子供のように接していた」
ドレイクがぼそりと言った。
「アルファイドは、信じたいんだと思う。精霊を。精霊がいる世界を、もう1度信じたいのではないだろうか」
「それで、何かが変わるとでも?」
そっけないユリウスの一言に、ドレイクは苦笑する。
「今のアルファイドが送っているメッセージは、『お前から大切なものを奪う』ですよ。あなたへの思いやりなど砂粒1つほども感じられませんね」
ユリウスはこの容貌で、一見、女性的な美しさだから忘れてしまうが、その気性は案外乱暴者なのである。
今も、自分の都合でフィオナをオークランドから連れ去ったアルファイドを、許せていないのだろう。
「それはそうと、ユリウス。ザハラのことだが」
ドレイクがためらいがちに口にすると、ユリウスは小さくうなづいた。
「そのこともあるんですよ。アルファイドは、あいつは、気づいていたはずなんだ。なのに、わざと、ザハラのことを私に言わなかった。18年もの間、黙っていた。ずいぶん、舐められたものです……この長い間、私達家族が、どんな想いでいたのか……一言で言えば、許せませんね……」
「ユリウス」
「すみません。心配はなさらないでください……時間をかけるつもりです。ザハラはアルファイドの元から離れるつもりはないようだ。それでも、少なくとも、居場所が確実になったのは、救いです」
ユリウスはばさり、とドレイクのために寝袋を広げた。
「さて。ドレイク様。私が火の番をしますので、少し仮眠を取ってください。夜明けになったら出発しましょう」
ドレイクには、ユリウスが1人で考え事をしたいと思っているのがわかった。
ドレイクはうなづくと、火の前で体を丸くした。
ドレイクが後宮にあるフィオナの部屋に来た時は、すでに夜中だった。
とはいえ、竜の眠る谷に向かったフィオナとは、数時間の遅れしか、ないはずだった。
今すぐにでもフィオナを追いかけたいドレイクを、しかし、ユリウスは冷静に止めた。
「今夜は新月。この闇の中を、行ったこともない竜の眠る谷に向かうのは、危険すぎる上、道を外れる可能性が高い。夜明けを待ちましょう」
そんなわけで、王都を出てから、街道を少し離れ、ドレイクとユリウスは焚き火を囲んでいたのだった。
「ドレイク様、アルファイドは、来ると思いますか?」
ユリウスが沸かしたコーヒーをカップに入れて差し出した。
コーヒーの本場、アルワーン産の豆である。
ドレイクが礼を言って、嬉しそうに口を付ける。
「そうだな……」
ドレイクが後宮で会ったアルファイドを思い起こす。
アルファイドと別れた18歳の年から、10年が経った。
自分自身に多くのことが起こったように、アルファイドにとっても、多くのことが起こった年月だった。
ドレイクは黒竜と出会い、アルワーンを撤退させることに成功したが、オークランド国王だった父と母を失った。
アルファイドはアルワーン国王だった父と王太子だった兄によって、オークランドから帰国させられたが、帰国後は塔に幽閉された。
そしてようやく塔から出られた時には、実の母はすでに後宮から追い出され、すでに死亡したとみなされている。
オークランドで、アルファイドは幸せそうだった。
ドレイクの父母は、ある意味、アルファイドにとっても、大切な存在であったのだ。
そんな2人を失い、さらに実の母までも失ってしまった。
アルファイドが父親である前国王と兄である王太子を追い詰め、廃位に追い込んだのも、アルファイドの復讐だったと思われた。
ではなぜ、アルファイドはドレイクが大切にしているフィオナを奪ったのか。
アルファイドには、オークランドに復讐する理由があるのか?
ここには、単純な加害者、被害者は存在しない。
誰もが加害者であり、同時に被害者でもある。
「アルファイドは……本当に、母に懐いていたよな。母上も、アルファイドを、実の子供のように接していた」
ドレイクがぼそりと言った。
「アルファイドは、信じたいんだと思う。精霊を。精霊がいる世界を、もう1度信じたいのではないだろうか」
「それで、何かが変わるとでも?」
そっけないユリウスの一言に、ドレイクは苦笑する。
「今のアルファイドが送っているメッセージは、『お前から大切なものを奪う』ですよ。あなたへの思いやりなど砂粒1つほども感じられませんね」
ユリウスはこの容貌で、一見、女性的な美しさだから忘れてしまうが、その気性は案外乱暴者なのである。
今も、自分の都合でフィオナをオークランドから連れ去ったアルファイドを、許せていないのだろう。
「それはそうと、ユリウス。ザハラのことだが」
ドレイクがためらいがちに口にすると、ユリウスは小さくうなづいた。
「そのこともあるんですよ。アルファイドは、あいつは、気づいていたはずなんだ。なのに、わざと、ザハラのことを私に言わなかった。18年もの間、黙っていた。ずいぶん、舐められたものです……この長い間、私達家族が、どんな想いでいたのか……一言で言えば、許せませんね……」
「ユリウス」
「すみません。心配はなさらないでください……時間をかけるつもりです。ザハラはアルファイドの元から離れるつもりはないようだ。それでも、少なくとも、居場所が確実になったのは、救いです」
ユリウスはばさり、とドレイクのために寝袋を広げた。
「さて。ドレイク様。私が火の番をしますので、少し仮眠を取ってください。夜明けになったら出発しましょう」
ドレイクには、ユリウスが1人で考え事をしたいと思っているのがわかった。
ドレイクはうなづくと、火の前で体を丸くした。
2
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説
義妹に苛められているらしいのですが・・・
天海月
恋愛
穏やかだった男爵令嬢エレーヌの日常は、崩れ去ってしまった。
その原因は、最近屋敷にやってきた義妹のカノンだった。
彼女は遠縁の娘で、両親を亡くした後、親類中をたらい回しにされていたという。
それを不憫に思ったエレーヌの父が、彼女を引き取ると申し出たらしい。
儚げな美しさを持ち、常に柔和な笑みを湛えているカノンに、いつしか皆エレーヌのことなど忘れ、夢中になってしまい、気が付くと、婚約者までも彼女の虜だった。
そして、エレーヌが持っていた高価なドレスや宝飾品の殆どもカノンのものになってしまい、彼女の侍女だけはあんな義妹は許せないと憤慨するが・・・。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
永遠の隣で ~皇帝と妃の物語~
ゆる
恋愛
「15歳差の婚約者、魔女と揶揄される妃、そして帝国を支える皇帝の物語」
アルセリオス皇帝とその婚約者レフィリア――彼らの出会いは、運命のいたずらだった。
生まれたばかりの皇太子アルと婚約を強いられた公爵令嬢レフィリア。幼い彼の乳母として、時には母として、彼女は彼を支え続ける。しかし、魔法の力で若さを保つレフィリアは、宮廷内外で「魔女」と噂され、婚約破棄の陰謀に巻き込まれる。
それでもアルは成長し、15歳の若き皇帝として即位。彼は堂々と宣言する。
「魔女だろうと何だろうと、彼女は俺の妃だ!」
皇帝として、夫として、アルはレフィリアを守り抜き、共に帝国の未来を築いていく。
子どもたちの誕生、新たな改革、そして帝国の安定と繁栄――二人が歩む道のりは困難に満ちているが、その先には揺るぎない絆と希望があった。
恋愛・政治・陰謀が交錯する、壮大な愛と絆の物語!
運命に翻弄されながらも未来を切り開く二人の姿に、きっと胸を打たれるはずです。
---
〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?
詩海猫
恋愛
私の家は子爵家だった。
高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。
泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。
私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。
八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。
*文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*
愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる