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第2章 アルワーン王国編

第35話 お前から大切なものを奪う

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 フィオナは宴会の最中に竜の眠る谷へ連れて行かれた。

 ドレイクが後宮にあるフィオナの部屋に来た時は、すでに夜中だった。
 とはいえ、竜の眠る谷に向かったフィオナとは、数時間の遅れしか、ないはずだった。

 今すぐにでもフィオナを追いかけたいドレイクを、しかし、ユリウスは冷静に止めた。

「今夜は新月。この闇の中を、行ったこともない竜の眠る谷に向かうのは、危険すぎる上、道を外れる可能性が高い。夜明けを待ちましょう」

 そんなわけで、王都を出てから、街道を少し離れ、ドレイクとユリウスは焚き火を囲んでいたのだった。

「ドレイク様、アルファイドは、来ると思いますか?」

 ユリウスが沸かしたコーヒーをカップに入れて差し出した。
 コーヒーの本場、アルワーン産の豆である。
 ドレイクが礼を言って、嬉しそうに口を付ける。

「そうだな……」

 ドレイクが後宮で会ったアルファイドを思い起こす。
 アルファイドと別れた18歳の年から、10年が経った。
 自分自身に多くのことが起こったように、アルファイドにとっても、多くのことが起こった年月だった。

 ドレイクは黒竜と出会い、アルワーンを撤退させることに成功したが、オークランド国王だった父と母を失った。

 アルファイドはアルワーン国王だった父と王太子だった兄によって、オークランドから帰国させられたが、帰国後は塔に幽閉された。

 そしてようやく塔から出られた時には、実の母はすでに後宮から追い出され、すでに死亡したとみなされている。

 オークランドで、アルファイドは幸せそうだった。
 ドレイクの父母は、ある意味、アルファイドにとっても、大切な存在であったのだ。
 そんな2人を失い、さらに実の母までも失ってしまった。

 アルファイドが父親である前国王と兄である王太子を追い詰め、廃位に追い込んだのも、アルファイドの復讐だったと思われた。

 ではなぜ、アルファイドはドレイクが大切にしているフィオナを奪ったのか。
 アルファイドには、オークランドに復讐する理由があるのか?

 ここには、単純な加害者、被害者は存在しない。
 誰もが加害者であり、同時に被害者でもある。

「アルファイドは……本当に、母に懐いていたよな。母上も、アルファイドを、実の子供のように接していた」

 ドレイクがぼそりと言った。

「アルファイドは、信じたいんだと思う。精霊を。精霊がいる世界を、もう1度信じたいのではないだろうか」

「それで、何かが変わるとでも?」

 そっけないユリウスの一言に、ドレイクは苦笑する。

「今のアルファイドが送っているメッセージは、『お前から大切なものを奪う』ですよ。あなたへの思いやりなど砂粒1つほども感じられませんね」

 ユリウスはこの容貌で、一見、女性的な美しさだから忘れてしまうが、その気性は案外乱暴者なのである。
 今も、自分の都合でフィオナをオークランドから連れ去ったアルファイドを、許せていないのだろう。

「それはそうと、ユリウス。ザハラのことだが」

 ドレイクがためらいがちに口にすると、ユリウスは小さくうなづいた。

「そのこともあるんですよ。アルファイドは、あいつは、気づいていたはずなんだ。なのに、わざと、ザハラのことを私に言わなかった。18年もの間、黙っていた。ずいぶん、舐められたものです……この長い間、私達家族が、どんな想いでいたのか……一言で言えば、許せませんね……」

「ユリウス」

「すみません。心配はなさらないでください……時間をかけるつもりです。ザハラはアルファイドの元から離れるつもりはないようだ。それでも、少なくとも、居場所が確実になったのは、救いです」

 ユリウスはばさり、とドレイクのために寝袋を広げた。

「さて。ドレイク様。私が火の番をしますので、少し仮眠を取ってください。夜明けになったら出発しましょう」

 ドレイクには、ユリウスが1人で考え事をしたいと思っているのがわかった。
 ドレイクはうなづくと、火の前で体を丸くした。

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