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第2章 アルワーン王国編

第31話 後宮へ

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 寵姫ちょうきザハラは毎月恒例となっている、寺院への参拝を何事もなく終え、侍女2人を従えて、貴人専用の出入り口から、待たせてある馬車に乗り込んだ。

 馬車の中では、さらに2人の侍女が待機しており、馬車の前後に1人ずつ、護衛の兵士が立ち、ザハラの帰りを待っていた。

 兵士が馬車の扉を開き、ザハラが乗り込むのを待って、再び扉を閉めた。
 寺院に付き添った侍女2人は、もう1台の小型馬車に乗り込むのだ。
 侍女は皆、揃いの紺のベールで全身を覆っている。

 ザハラが座席に腰を下ろした瞬間、1人の侍女にザハラの口は塞がれ、もう1人の侍女がザハラの喉元に剣を突きつけて言った。

「音を立てるな。声を立てたら、殺す」

 男の声だ。

「ベールを取れ。ゆっくりとだ」

 ザハラはため息をついた。
 うなづいて、抵抗しない意思を示すと、ゆっくりと右手を出し、自分のベールを頭から落とした。

 その間、突きつけられている剣は微動だにしない。

「そなたらの要求を聞こう」

 ザハラは落ち着いて言った。
 しかし、次の瞬間、ザハラは今度こそ本気で、悲鳴を上げそうになった声を、押し殺すことになる。

 ザハラと同じようにベールを落としたのは、男2人。1人は黒髪黒眼だったが、もう1人は、ザハラと同じく銀色の髪に、紫の瞳だったのだ。

 まるで鏡を見ているかのように、ザハラとその男の容貌は似通っていた。
 ザハラは衝撃を受けて、銀髪の男の顔から、目を外せない。
 一方、銀髪の男の表情は、一切動くことがなかった。

「国1番の寵姫の外出にしては、警備が薄いな」

 黒髪の男が、自分のことは棚上げにして、不満そうに言っている。
 お前が襲っておいて、偉そうに何を言っているのか。
 ザハラは片眉を上げた。

「……わたくしの存在を快く思わない方も多いのですわ。何かが起これば幸い、と。このように」

 ザハラはそう言ってうっすらと笑う。

 銀髪の男が、何の感情もない手つきで、ザハラの体を触り、あっさりと彼女が身に付けていた短剣ダガーを取り上げた。

 一瞬、ザハラは動揺した。
 この剣は、大事な物なのだ。失うわけにはいかない物。
 無意識に、すがるような目で黒髪の男を見てしまったらしい。

「後で返す」

 黒髪の男がザハラを安心させるように、言い添えた。律儀な悪人らしい。

「あなたには頼みがある。俺達を後宮に入れてほしい」
「何ですって?」

 ザハラは目を見開いた。
 今度こそザハラが吐いたため息は本物だった。

 どうやって、この大男と、顔だけは綺麗だが、女には決して見えない銀髪の男を後宮に連れ込めると言うのか。

「…………まずは馬車を出させましょう。合図をしていいかしら。このままだと怪しまれるわ」

 銀髪が黒髪を見ると、黒髪がうなづいた。
 黒髪の方が立場が上らしい。

 黒髪の男がうなづくのを見て、ザハラが馬車の壁をコツコツと叩くと、馬車は動き出した。
 ザハラは会話を再開する。

「……本気なの?」
「私達がオークランドから来た、と言えば、あなたも納得するのでは?」
「おい!」

 そう簡単にバラすな、と言うように、黒髪の男……ドレイクが、銀髪の男…ユリウスを叩くが、ユリウスの方はあっけらかんとしている。

「オークランド」

 ザハラは小さく繰り返した。

「……オークランドには、あなたのような、銀髪に紫の瞳の人間は多いの?」

 ザハラの質問に、ドレイクは目を瞬いた。
 しかし、ユリウスの方は、一切、表情を変えずに言った。

「いいえ。滅多にいませんね」

 ユリウスの答えに、今度はザハラの方が動揺したように、瞳を揺らしたのだった。

 * * *

 馬車に併走していた兵士は、馬車の窓が開く気配に、馬車を止めるように御者に指示した。
 馬車の窓に回ると、寵姫ザハラが衣装店に寄るように命じた。
 今日の予定にはない指示に、兵士が難色を示すと、ザハラはベール越しにもわかる強いまなざしで、言った。

「気が変わってはいけないか? アルワーン1の寵姫に、新しいカフタンの1着も仕立てられぬと? 国王陛下に恥をかかせる気か?」
「し、失礼いたしました……!」

 兵士は慌てて御者台に向かい、御者に指示すると、馬車は再び動き出した。

 衣装店に着くと、ザハラはベールでしっかりと全身を覆い、同じく、揃いの紺のベール姿の侍女を2人連れて店内に入った。

 寵姫様は、わざわざ兵士に近寄って、「そなたの働き、覚えておこう」とささやいた。
 顔から体を覆っているベールが風ではらりと揺れ、一瞬、寵姫様の白く豊かな胸が見えたのは、役得として秘密にしておこう、と兵士は思った。

 ザハラが侍女を従えて、店に入っていく、上機嫌な様子に、兵士はようやくほっと息をついたのだった。

 飛ぶ鳥を落とす勢いの寵姫様に睨まれてはかなわない。
 わがままな寵姫に、大汗をかいた兵士だった。
 ザハラの様子ばかりを気にして、背後に控えている妙に大柄な侍女2人にはほとんど注意を向けることはなかった。

 * * *

 店内に入れば、そこは女だけの世界だった。
 店の主人は女。店員達も全て女。客ももちろん、女ばかりだ。

 出迎えた女主人に案内され、個室のサロンに入ったザハラはベールを脱ぐ。
 続いてベールを取ったドレイクとユリウスに、女主人は目を見開いた。

「これは大切なお願いですのよ」

 ザハラが言った。

「他言無用に。今日はこのを侍女らしく仕立てていただきたいの。何しろ、これから後宮に入るのですからね」

 ザハラは艶やかに微笑んだ。

 * * *

 ドレイクの支度は、それほど時間がかからずに出来上がった。

 何せ強面の大柄な男だ。
 女に仕立てるのには限度がある。

 衣装店の女主人の知恵で、太った中年の未亡人に化けることになった。
 体型を隠す、黒のたっぷりとした、飾りのないカフタンを用意し、ベールを深く被り、位置がずれないように、頭にはぐるりとヘアバンドをはめた。

 次に、ドレイクは体の周りに綿を巻き付けられた上、背が高くなりすぎないように、中腰で歩くことになった。
 仕草だけは女に見えるように、急ごしらえの特訓を受ける。
 おかげで何とか見れないことはない、という程度には仕上がったのだった。

 しかし、ザハラはため息をついた。
「この女、怪しく見えるわね。後宮に入ったら、あちこち歩き回らないでちょうだい。行動を起こす時までは、わたくしの部屋でじっとしていて」

 一方、ユリウスの方は、その美貌を生かして、すっかり女性に見えるように女装させることになった。

 化粧を施し、銀色の髪は目立つために、粉をはたいて色を変えた上で、まるで女のように結い上げた。
 侍女という設定のため、派手な衣装こそ着ていないが、落ち着いた紫色のカフタンを着たユリウスは女そのもので、ドレイクは口を開けたまま唖然としてユリウスを凝視した。

「……そろそろ口を閉じてくださいませんか」

 ユリウスの冷たい一言に、ドレイクは決まり悪げに頬を掻いた。

 一方、新しいカフタンが欲しい、とわがままを言った設定になっているため、ザハラも女主人の勧める新作のカフタンと、揃いのベールを購入する。

 大荷物を抱えて、ようやく女3人が馬車に納まると、護衛の兵士は安堵のため息をついたのだった。

「宮殿にはもうすぐ着くわ」

 ザハラが言った。

「上手くやってちょうだい。ともかく余計なことは喋らないこと。わたくしが協力するのは、あの子をこの国から追い出したいからよ。ライバルは少ない方がいいもの。でもタイミングが悪いわね、明日、アルファイド様はあの子を寵姫にして、お披露目する予定なの。……時間はあまりないわ」

 そう言い終わると、ザハラは無言で馬車の窓から外を見つめる。
 ドレイクは、そんなザハラの横顔を、ユリウスが食い入るように見つめているのに、気が付いた。

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