ウサ耳の精霊王女は黒の竜王に溺愛される

櫻井金貨

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第1章 オークランド王国編

第17話 ウサギが消えた夜

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 その夜。
 真夜中にも関わらず、オークランド王国国王の私室には明かりが灯されていた。

 夜会で着ていた礼服が、無造作にソファに投げかけられている。

 窓際に無言で立っているのは、ドレイクだった。

「ドレイク様」

 ユリウスの声がけにも、ドレイクは返事もしなければ、表情も変えなかった。
 無造作に手でかきむしったために、バサバサになってしまった黒髪。
 最近は優しい表情を見せることも多かったその顔は、これ以上ないほど厳しい。

「ユリウス」

 ようやく、ドレイクが振り絞るように声を出した。

「フィオナの失踪は、公にするな。元より、その存在は知られていない。行方を秘密裏に探せ。必ず見つけろ。もし、フィオナが……」

 ドレイクはユリウスを暗い目で見つめる。

「もしフィオナがアルワーンに連れて行かれたなら。俺は自らアルファイドの前に出ることも辞さない。オークランドとアルワーンの争いに、フィオナは何も関わりがない。そんな彼女を巻き込んだこと、俺は許さない」

 ユリウスは主君の言葉にうなづいた。

「陛下。私もどこへなりと、お供いたします」


 国王の読書係の令嬢が出席し、国王とダンスを踊った夜会。
 その令嬢は、その夜以来、姿を見せることはなくなった。

 王城の人々、貴族達は、陛下は『お気に入り』を表に出すこともいとわれるほど、大事になさっているらしい、と口々に噂した。

 人々は、まるで精霊のように美しかった令嬢が、元々の素性は言うにはばかられるが、とある地方の下級貴族の令嬢である、という話に納得した。
 そして、まるでお伽噺のようだ、とささやきあったのだった。

 * * *

 女主人を失った小さな部屋は、がらんとして見えた。 
 侍女のエマは、部屋の窓を大きく開け放ち、新鮮な空気を室内に取り込む。

 フィオナは、太陽の光を喜んでいた。

 部屋着姿でベッドの上やソファにころんと転がって、嬉しそうに目を細め、まさにウサギのように鼻をうごめかしていたりしたのだ。

 エマが笑いながら、「まあ、本当にウサギさんのようですよ?」とたしなめると、茶目っ気のある顔を見せて、本当にウサギに変身して、エマを驚かせたりした。

 エマは窓の外から城の中庭越しに、竜舎のある方角を眺める。
 フィオナは黒竜が大好きだった。
 いつも竜はどうしているか、ドレイクはいつ、竜舎に連れていってくれるだろうか、などと話していたのだ。

「ここにいると、思い出すのは、フィオナ様のことばかりね」

 エマは悲しげな顔をすると、窓をきちんと閉めた。
 エマは本来、ドレイクの侍女である。
 フィオナ不在の間、いつも以上に国王陛下にお仕えしなければ。
 そう思って、エマはドレイクの寝室へと向かう。

 ここもやはり、がらんとしていた。

 あちこちに脱ぎ捨てられた衣類。
 昨夜、陛下はベッドの上掛けも剥がさずに、その上から眠ってしまったらしい。
 しかも、ブーツも脱がずに、だ。

 エマは小さなブラシを取って、ベッドカバーに付けられた乾いた泥の跡を、きちんと落とした。

 何人かの侍女達が、エマを手伝うためにやってきた。
 エマは彼女達に指示を出しながら、寝室の窓を大きく開いた。

「きゃっ!!」

 その瞬間、大きな黒いものが窓の近くをすごい勢いで飛び去っていった。

「エマ様!!」

 侍女達が慌てて窓に駆け寄ってくる。

「あれは黒竜ですわ。陛下が乗っていらっしゃいます」
「戰の最中でもないのに、あんな風に乱暴に乗られるなんて……昔の陛下に戻られたようですわ」

 エマは恐る恐る窓から体を出して、すでに遠くへ移動してしまっている竜を見つめる。

 ドレイクは、国民が竜を怖がるから、と、王城や街に近い場所では、決して竜を力一杯飛ばすことはしなかった。
 わざわざ、人気のない森や山岳地帯まで移動してから、竜を思い切り運動させていたのである。

「わたしの夫は騎士団所属なのですが、最近、ドレイク様の様子がおかしいと心配しておりますの」

 1人の侍女が言った。

「騎士に稽古を付けてくださるのですが、疲労が出て、足がフラついても、剣を離さず戦い続けようとなさるのだとか。騎士団は各隊30人はいますわ。それをお1人でずっと相手されると……いくら黒の竜王とはいえ、皆心配しています。ご自身が軽くケガをなさっても、手当てをすることすら許さないとか」

(ドレイク様)

 エマは黒竜が空の遠くへと飛び去っていった方角を見つめる。

(どうぞ、フィオナ様をお助けください)

 エマは心から祈る。

(わたしには難しいことはわかりません。それでも、フィオナ様は、きっと陛下にとってとても必要な方に思えるのです)

「エマ? 皆もここにいたのか」

 ドアをトントン、と叩く音がして、ユリウスが入ってきた。

「ユリウス様!」

 侍女達が慌てて礼を取った。
 それにユリウスは軽くうなづいて見せると、エマを真っ直ぐ見つめた。

「陛下のお支度を頼む。早ければ、明日にでも出発するかもしれない。荷物はいつもので頼むよ」

 エマははっとしてユリウスを見つめた。

「……かしこまりました!!」

 ユリウスはうなづくと、ドレイクの部屋を出た。
 自分にも旅の支度が必要だ。

 ユリウスは新しい情報を得ていた。

 夜会でドレイクが「たまたま」フィオナの護衛に付けた騎士。
 その騎士が行方不明になっている。

 騎士の出自を、ユリウスは調べ上げていた。

「ドレイク様、さあ、早くお帰りください。……忙しくなりますよ」

 ユリウスはその美しい横顔に、見た者が思わず怯えるような、そんな凄みのある微笑みを浮かべたのだった。

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