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第1章 オークランド王国編
第14話 黒の竜王の夜伽係改めお伽噺を読む係
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翌日の朝、ドレイクはいつものように執務室に入り、コーヒーを飲みながらユリウスの報告を聞いていた。
ユリウスの方は気分次第で紅茶も飲む。彼の机には、ベルガモットの香りがする紅茶が置かれていた。
「……フィオナ様?」
ユリウスがその女性的な美貌の顔に驚きの表情を浮かべ、思わずドレイクの言葉を繰り返した。
「黒竜が、お嬢様をそう呼んだのですか?」
ドレイクはうなづく。
「今までそんなこと言ってなかったですよね?」
「そうだ。俺にもよくわからない。しかし確かに黒竜はそう言って、さらに、『この少女のことは心配しないように』と言うのだ」
「……黒竜にそう言われると、ますます謎が深まりますね」
「お前もそう思うか?」
ドレイクの言葉に、ユリウスもうなづいた。
「少なくとも、ここまでくれば、普通のウサギではありませんよ。人間でもないのかもしれない。彼女はやはり精霊国と関わりがあるのでは。つまりは」
ユリウスはドレイクをまっすぐに見つめた。そして微笑む。
その、まるで美女のような美しい微笑みに、ドレイクはもう嫌な予感しかしなかった。
「つまりは、あなたの扶養がもう1人増えたということですね。竜とウサギ、あなたの責任になりますから、よろしく陛下」
「ユリウス……っ!!」
ユリウスはぺらりと紙をめくった。
「本日は、定例の会議がありますね。それから昼食後、ナイア夫人が私室の方に来ます」
「ウサギ関連か」
ユリウスはうなづいた。
「あと、これはアルワーンからの定期報告ですが」
ユリウスは表情を引き締めた。
「オークランドへの侵攻の気配はまだなし。国王は相変わらず女好きで、最近も何人か女奴隷を後宮に迎え入れたようです」
「あの国は奴隷が非合法ではないからな」
ユリウスはパラリ、と紙をさらにめくる。
「ただ気になることと言えば、報告によると、どうもアルワーンがこの王城にスパイを紛れ込ませている、というのは確かなようです」
ドレイクの手が止まった。
「ユリウス」
ユリウスは静かにうなづく。
「承知しました。早急に洗い出しましょう」
「終戦から10年か。俺には、アルワーンがあれで納得しているとは、到底思えない」
「アルファイドが、でしょう? しかし、アルファイドは今は国王になっているし、前国王と王太子はすでに排除しています。今更、オークランドとわざわざ事を構える理由がわからない。勝ち負けがはっきりつけば、賠償金の話になりますから」
その時、ドレイクとユリウスの心にあったのは、黒髪に驚くほど鮮やかな青い瞳をした、優しげな少年の姿だった。
少年は、ドレイクの母である、王妃サリアの語る精霊の物語を、目を輝かせて聞いていた。
「まだ狙いがはっきりしていない。警戒を怠るな」
ドレイクはコーヒーを飲み干すと、立ち上がった。
ユリウスもそれに倣って紅茶を飲み干す。
会議の時間になったのだ。
* * *
「ナイア夫人、ご紹介いたします。フィオナ・アストランド嬢です」
ユリウスの言葉を受けて、少女が静かに椅子から立ち上がり、ドレスを少し持ち上げながら、腰を落とした。
「初めまして。フィオナと申します」
少女はほっそりとして、そのどことなく儚げな風情が、まるで精霊のようだった。
珍しい白い髪は、ふわふわと波打ちながら、緩やかに広がっている。
目はぱっちりとした、鮮やかなピンク色。
色白で小さな顔は、顔立ちは愛らしく、思わず目が離せなくなってしまいそうだ。
ウサギ改め、フィオナはエマが用意した、クリーム色のデイドレスに身を包んでいた。
スカート部分には、布で作られたピンク色の小さなバラがたくさん縫い付けられて、可憐な印象を作っていた。
「初めまして、女官長を務めております、ナイアと申します。フィオナ様」
ナイア夫人も丁寧に礼を取って、エマをほっとさせた。
「フィオナ嬢、ナイア夫人、どうぞお座りください」
ユリウスが声をかけると、2人は椅子に腰を下ろした。
「というわけで、お尋ねの女性が、このフィオナ嬢になります」
ユリウスはそう言うと、ナイア夫人を見た。
ナイア夫人は背筋をすっと伸ばした、礼儀正しい姿勢で、椅子に座っていた。
「陛下がフィオナ嬢を城に入れられた、というのは本当ですか?」
「その通りだ、ナイア夫人」
それまで黙っていたドレイクが口を開いた。
「詳細は明かせないが、視察先の村で、フィオナを見つけた。さる地方貴族と関わりがある令嬢だ。足をケガしていたので王城に連れてきたのだが、そのまま留めおいている。彼女は身寄りがないのだ」
ナイア夫人は厳しい表情でドレイクとフィオナを両方見つめていたが、やがて、ふっと長い息を吐いた。
「わかりました。それで、陛下はフィオナ嬢をこのまま城に置いておきたいと思っておられるのですか?」
「そうだ」
ドレイクの答えを受けて、ナイア夫人はうなづいた。
「わかりました。フィオナ嬢が陛下の私室にいることになった以上、何らかのお役目が必要です。表向きの身分を用意しましょう」
「もう、素直に夜伽係でいいのでは? お毒見役とは言えないでしょう」
あっさりそう言い放ったのは、ユリウスだった。
壁際に控えているエマが無言のまま、目を丸くしているのが見えた。
一方、ドレイクはユリウスを横目で牽制しつつ、小声でささやいた。
(相手はウサギだぞ。しかも人間になっている時も、あの姿だ。夜伽係には幼すぎる! そもそも、成人しているのか? 未成年なら犯罪行為だぞ。それに俺は少女趣味だと思われたくない)
ユリウスもドレイクにささやき返した。
(でも裸になってしまうではありませんか? やはり、素直に夜伽係がいいのでは。まぁ黒の竜王の趣味には皆驚くと思うますが)
調子のよいユリウスの言葉に、ドレイクは思わず声を荒げた。
「だから、俺は、少女趣味、ではないと!!」
その時、ナイア夫人が宣言した。
「読書係です!」
思わず、ドレイクとユリウスが「はぁ?」と声を揃えてしまった。
「国王陛下にご本を読み聞かせ、心身の疲れを癒して差し上げる係ですわ。夜伽ではなく、お伽噺を読んで差し上げるのです!!」
「ナイア夫人、それってジョーク? びっくりしました」
「ウサギは、いやフィオナは多分、文字を読めないと思うぞ」
「お母様、読書係というより、竜のお世話係の方がまだしも信憑性があるのでは」
そこで、ナイア夫人が一喝した。
「あなた方、お黙りなさい! エマ、竜のお世話係は、陛下の寝所をご一緒いたしません!!!」
「そうか……」
ドレイクとユリウスの声が揃ってしまったが、ドレイクがはっとして、言い添える。
「いや、寝所に立ち入りはしているが、共寝はしていないぞ!」
ユリウスがこそっとささやく。
「ウサギがあなたのお腹で寝こけた時があるではありませんか。あれはセーフですか?」
「黙れ。ややこしくなる」
そんな男2人の様子を見て、ナイア夫人は、こほん、と軽く咳払いをした。
「……複雑な事情というものは、よくあるものなのです。そのために、宮廷内には伝統的に『読書係』という方便、いえ、お役目も用意されております」
一連のやりとりを、目を丸くして見守っていたフィオナだったが、ナイア夫人に「フィオナ様」と呼びかけられて、はっと向き直った。
「フィオナ様は、陛下の『読書係』となられました。よろしいですね?」
「は、はい」
もとより、フィオナには選択権はない。
フィオナの返事に、ナイア夫人は満足そうにうなづいた。
「それでは、明日より、わたくしが『読書係』としての教育をいたします。まずは、文字を覚えるところから始めましょうか」
にっこりと笑うナイア夫人に、フィオナはただただ、うなづくしかできなかった。
そんなフィオナを、ドレイクは気の毒そうに見やり、ユリウスは「まあ、これは仕方ないね」という顔で、微笑んで見せたのだった。
そしてエマは、気の毒な女主人を、明日からしっかりお慰めしよう、そう心意気を新たにした。
ユリウスの方は気分次第で紅茶も飲む。彼の机には、ベルガモットの香りがする紅茶が置かれていた。
「……フィオナ様?」
ユリウスがその女性的な美貌の顔に驚きの表情を浮かべ、思わずドレイクの言葉を繰り返した。
「黒竜が、お嬢様をそう呼んだのですか?」
ドレイクはうなづく。
「今までそんなこと言ってなかったですよね?」
「そうだ。俺にもよくわからない。しかし確かに黒竜はそう言って、さらに、『この少女のことは心配しないように』と言うのだ」
「……黒竜にそう言われると、ますます謎が深まりますね」
「お前もそう思うか?」
ドレイクの言葉に、ユリウスもうなづいた。
「少なくとも、ここまでくれば、普通のウサギではありませんよ。人間でもないのかもしれない。彼女はやはり精霊国と関わりがあるのでは。つまりは」
ユリウスはドレイクをまっすぐに見つめた。そして微笑む。
その、まるで美女のような美しい微笑みに、ドレイクはもう嫌な予感しかしなかった。
「つまりは、あなたの扶養がもう1人増えたということですね。竜とウサギ、あなたの責任になりますから、よろしく陛下」
「ユリウス……っ!!」
ユリウスはぺらりと紙をめくった。
「本日は、定例の会議がありますね。それから昼食後、ナイア夫人が私室の方に来ます」
「ウサギ関連か」
ユリウスはうなづいた。
「あと、これはアルワーンからの定期報告ですが」
ユリウスは表情を引き締めた。
「オークランドへの侵攻の気配はまだなし。国王は相変わらず女好きで、最近も何人か女奴隷を後宮に迎え入れたようです」
「あの国は奴隷が非合法ではないからな」
ユリウスはパラリ、と紙をさらにめくる。
「ただ気になることと言えば、報告によると、どうもアルワーンがこの王城にスパイを紛れ込ませている、というのは確かなようです」
ドレイクの手が止まった。
「ユリウス」
ユリウスは静かにうなづく。
「承知しました。早急に洗い出しましょう」
「終戦から10年か。俺には、アルワーンがあれで納得しているとは、到底思えない」
「アルファイドが、でしょう? しかし、アルファイドは今は国王になっているし、前国王と王太子はすでに排除しています。今更、オークランドとわざわざ事を構える理由がわからない。勝ち負けがはっきりつけば、賠償金の話になりますから」
その時、ドレイクとユリウスの心にあったのは、黒髪に驚くほど鮮やかな青い瞳をした、優しげな少年の姿だった。
少年は、ドレイクの母である、王妃サリアの語る精霊の物語を、目を輝かせて聞いていた。
「まだ狙いがはっきりしていない。警戒を怠るな」
ドレイクはコーヒーを飲み干すと、立ち上がった。
ユリウスもそれに倣って紅茶を飲み干す。
会議の時間になったのだ。
* * *
「ナイア夫人、ご紹介いたします。フィオナ・アストランド嬢です」
ユリウスの言葉を受けて、少女が静かに椅子から立ち上がり、ドレスを少し持ち上げながら、腰を落とした。
「初めまして。フィオナと申します」
少女はほっそりとして、そのどことなく儚げな風情が、まるで精霊のようだった。
珍しい白い髪は、ふわふわと波打ちながら、緩やかに広がっている。
目はぱっちりとした、鮮やかなピンク色。
色白で小さな顔は、顔立ちは愛らしく、思わず目が離せなくなってしまいそうだ。
ウサギ改め、フィオナはエマが用意した、クリーム色のデイドレスに身を包んでいた。
スカート部分には、布で作られたピンク色の小さなバラがたくさん縫い付けられて、可憐な印象を作っていた。
「初めまして、女官長を務めております、ナイアと申します。フィオナ様」
ナイア夫人も丁寧に礼を取って、エマをほっとさせた。
「フィオナ嬢、ナイア夫人、どうぞお座りください」
ユリウスが声をかけると、2人は椅子に腰を下ろした。
「というわけで、お尋ねの女性が、このフィオナ嬢になります」
ユリウスはそう言うと、ナイア夫人を見た。
ナイア夫人は背筋をすっと伸ばした、礼儀正しい姿勢で、椅子に座っていた。
「陛下がフィオナ嬢を城に入れられた、というのは本当ですか?」
「その通りだ、ナイア夫人」
それまで黙っていたドレイクが口を開いた。
「詳細は明かせないが、視察先の村で、フィオナを見つけた。さる地方貴族と関わりがある令嬢だ。足をケガしていたので王城に連れてきたのだが、そのまま留めおいている。彼女は身寄りがないのだ」
ナイア夫人は厳しい表情でドレイクとフィオナを両方見つめていたが、やがて、ふっと長い息を吐いた。
「わかりました。それで、陛下はフィオナ嬢をこのまま城に置いておきたいと思っておられるのですか?」
「そうだ」
ドレイクの答えを受けて、ナイア夫人はうなづいた。
「わかりました。フィオナ嬢が陛下の私室にいることになった以上、何らかのお役目が必要です。表向きの身分を用意しましょう」
「もう、素直に夜伽係でいいのでは? お毒見役とは言えないでしょう」
あっさりそう言い放ったのは、ユリウスだった。
壁際に控えているエマが無言のまま、目を丸くしているのが見えた。
一方、ドレイクはユリウスを横目で牽制しつつ、小声でささやいた。
(相手はウサギだぞ。しかも人間になっている時も、あの姿だ。夜伽係には幼すぎる! そもそも、成人しているのか? 未成年なら犯罪行為だぞ。それに俺は少女趣味だと思われたくない)
ユリウスもドレイクにささやき返した。
(でも裸になってしまうではありませんか? やはり、素直に夜伽係がいいのでは。まぁ黒の竜王の趣味には皆驚くと思うますが)
調子のよいユリウスの言葉に、ドレイクは思わず声を荒げた。
「だから、俺は、少女趣味、ではないと!!」
その時、ナイア夫人が宣言した。
「読書係です!」
思わず、ドレイクとユリウスが「はぁ?」と声を揃えてしまった。
「国王陛下にご本を読み聞かせ、心身の疲れを癒して差し上げる係ですわ。夜伽ではなく、お伽噺を読んで差し上げるのです!!」
「ナイア夫人、それってジョーク? びっくりしました」
「ウサギは、いやフィオナは多分、文字を読めないと思うぞ」
「お母様、読書係というより、竜のお世話係の方がまだしも信憑性があるのでは」
そこで、ナイア夫人が一喝した。
「あなた方、お黙りなさい! エマ、竜のお世話係は、陛下の寝所をご一緒いたしません!!!」
「そうか……」
ドレイクとユリウスの声が揃ってしまったが、ドレイクがはっとして、言い添える。
「いや、寝所に立ち入りはしているが、共寝はしていないぞ!」
ユリウスがこそっとささやく。
「ウサギがあなたのお腹で寝こけた時があるではありませんか。あれはセーフですか?」
「黙れ。ややこしくなる」
そんな男2人の様子を見て、ナイア夫人は、こほん、と軽く咳払いをした。
「……複雑な事情というものは、よくあるものなのです。そのために、宮廷内には伝統的に『読書係』という方便、いえ、お役目も用意されております」
一連のやりとりを、目を丸くして見守っていたフィオナだったが、ナイア夫人に「フィオナ様」と呼びかけられて、はっと向き直った。
「フィオナ様は、陛下の『読書係』となられました。よろしいですね?」
「は、はい」
もとより、フィオナには選択権はない。
フィオナの返事に、ナイア夫人は満足そうにうなづいた。
「それでは、明日より、わたくしが『読書係』としての教育をいたします。まずは、文字を覚えるところから始めましょうか」
にっこりと笑うナイア夫人に、フィオナはただただ、うなづくしかできなかった。
そんなフィオナを、ドレイクは気の毒そうに見やり、ユリウスは「まあ、これは仕方ないね」という顔で、微笑んで見せたのだった。
そしてエマは、気の毒な女主人を、明日からしっかりお慰めしよう、そう心意気を新たにした。
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