ウサ耳の精霊王女は黒の竜王に溺愛される

櫻井金貨

文字の大きさ
上 下
13 / 44
第1章 オークランド王国編

第13話 その少女は何なのですか?

しおりを挟む
 まだまだ自信はないものの、ウサギもだいぶ、変身する時の前兆がわかるようになり、ある程度、変身をコントロールできるようになった。

 これで少し安心である。

 ドレイクは白い毛並みをしたウサギを腕に抱えて、執務室に出勤したりもするようになった。
 ドレイクが仕事中は、執務室に置かれた箱の中でウサギは眠っている。

 食事も一緒。
 ウサギ姿の時は腕に抱えて歩き、突然、少女姿にならないように気を使う。

 そうして一緒にいるうちに情が移り、ウサギの可愛らしさにめろめろに……。
 いやいや、そこまではなっていないはず、とドレイクは姿勢を正した。

 遠乗りに連れて行ったり。美味しいものを食べさせたり。
 可愛い服を着せてみたり。

 何をしてもウサギはにこにこと楽しそうにしているのだ。

 国王陛下の『ウサギ好き』の噂は、王城内ではすでに確定のものとして扱われ始めた。
 一方、『少女好き』の噂の方も、立ち消え、というわけにはいかなかった。
 
 できるだけ公にせず、とは言っても、ドレイクの私室でウサギが暮らしているのは事実である。
 少女姿のウサギが、部屋の中にいるところを見た侍女や、すっかりドレイクと2人で食事を取るのが習慣となったため、2人分の食事を用意する侍女などから、美しい少女の存在は密かに王城内で伝えられていた。
 女性のドレスや小物をエマが用意しているのを見た者もいる。

 そしてついに、王城内の噂を聞いて、重鎮が登場した。
 エマの実母であり、女官長であるナイア夫人だ。

 * * *

 未亡人らしく、飾りのない、慎ましやかな黒のドレスに身を包んだナイア夫人は、ある日、ドレイクに「私室での」面会を申し込んできた。

 ドレイクの補佐官として、ユリウスはそれをあっさりと承諾した。
「どのみち、早いか遅いかの違いだからね」

 そんなわけで、その日の午後、早速、ナイア夫人はドレイクの私室に現れた。

「国王陛下、ご機嫌麗しく存じます。この度はお忙しい中、お時間をとっていただき光栄でございます」

 ナイア夫人はそう言うと、上質な素材のスカートを両手で少し持ち上げ、淑女として、完璧な礼を取って見せた。

 娘のエマは、明るい茶色の髪に、明るい茶色の瞳の色をした、愛らしい顔立ちをしているが、母のナイア夫人は、エマより落ち着いた色合いの茶色の髪と瞳をしていた。

「ナイア夫人、いつも務めをご苦労。貴女のおかげで、城の中も過ごしやすく整っている」

 ドレイクがそう言うと、ナイア夫人は、「ありがたきお言葉」と返し、お辞儀をした。

「それで、何か気になることでもあるのか? わざわざ『自室で』と指定したくらいだからな」

 そう言われて、ナイア夫人は、上品な微笑みを見せた。

「実は気になる噂を聞きましたの」

 ナイア夫人は、ドレイク、ユリウス、そして部屋の隅に控えている娘のエマの顔を順々に見た。

「陛下、率直に申し上げますわ。恐れながら王妃となる女性を娶る時かと存じます。もう逃げはききませんよ。で、宮廷中の噂となっている少女は何者なのです? なんでも、裸で怪しい踊りを踊る、とんでもない悪女と聞きましたが。そのような女、一体どうするおつもりで?」

 宣言通り、確かに、率直だったナイア夫人の言葉に、一同は硬直した。

(裸で怪しい踊りを踊る!? どうしたらそんな噂になるんだ!?)

 思ったことは同じである。
 3人は次々に口を開いた。

「それは違うぞ、ナイア夫人」とドレイク。
「裸で怪しい踊りは、彼女には無理だと思います」と言ったのはユリウス。
「母上、お嬢様は悪女とは全く違いますわ」とエマが返した。

 ナイア夫人は一同を見回して、ぴしゃりと言い返した。
「お黙りなさい、3人とも」

「すまん」
 思わず謝ったドレイクに、ユリウスが左眉を上げて、「条件反射ですね。元乳母殿は強い」と感心したように言った。

「ともかく」
 ナイア夫人が威厳たっぷりに言った。

「……今すぐに、とは言いません。しかし、わたくしも城内を掌握しなければなりません。もし陛下が女性をおそばに置かれているのなら、わたくしも近日中にお目にかからせていただきます。女性の処遇はそれからです。よろしいですね?」

「わかった。あなたに会わせよう、ナイア夫人」

 ドレイクが了承すると、ナイア夫人は一礼して部屋を出て行った。

 その日の午後、仕事を早めに終わらせたドレイクは、お茶の時間に合わせて、自室に戻ってきた。
 ユリウスも一緒だ。
 
 居間では、少女が、ドレイクを待っていた。
「お帰りなさい、ドレイク様」

 少女が笑顔でドレイクを迎えると、ドレイクは無言で、少女の頭をぽん、と叩いた。
 エマがてきぱきと3人分のお茶を用意する。

「ウサギ、お茶の後、竜舎に行くぞ。黒竜に少し運動をさせないとな」

 少女はぱっと顔を上げた。
 ピンク色の瞳がキラキラと輝いている。

「はい!」

「ユリウス、お前も来るか?」

 そう言ったドレイクに、ユリウスは柔らかく微笑みながら、首を振った。

「私はご遠慮します。お2人のお邪魔はしたくありませんからね。エマ、この後、少し打ち合わせをしようか。ナイア夫人に引き合わせる時に、お嬢様にちゃんとしたドレスを用意する必要があるだろう」

「はい、ユリウス様」

 その後、ユリウスとエマが少女に着せるドレスについて相談をしていると、窓から、城の中庭を通って竜舎に向かう、ドレイクの姿が見えた。
 ドレイクの左腕には、胸元に抱えられている白い毛並みのウサギの姿が見えた。

 相変わらずの黒づくめに、無愛想な顔をしているが、なんとまあ、大事そうにウサギを抱えているのだろう。
 ユリウスとエマは、自分達の主人が、中庭の向こうに消えていくのを、静かに見守ったのだった。

 * * *

 竜舎の敷地に入ると、白ウサギはぴょんと地面に飛び降りて、物言いたげにドレイクを見上げた。

 ピンク色の丸い瞳が、キラキラとしてドレイクを見つめている。

「う……」

 ドレイクは喉を詰まらせると、小脇に抱えていたブランケットをウサギの上から被せた。
 すると、ブランケットがごそごそと動き、白いふわふわとした髪がブランケットの下から現れた。

「よいしょっと」

 少女の姿に戻ったウサギはブランケットの下で器用に体を動かし、そのまま立ち上がると、ブランケットを体に巻きつけた。

「アルディオン!」

 少女は満面の笑顔で、黒竜に抱きつく。

「おい、ウサギ! 気をつけろ。どこに人の目があるかわからないんだからな」

 ドレイクが慌てて周囲を確認すると、少女は、あっと叫んで、恐縮して頭をペコリと下げた。

「ドレイク様、ごめんなさい……」

 その時、黒竜がドレイクに話しかけた。
(心配するな。フィオナ様のことは、私が守る)

 ドレイクは目を見開いた。

「……フィオナ様!? フィオナって、誰だ?」
(この少女のことだ。彼女のことは、心配しないように)

 ドレイクは驚きのあまり、黒竜とウサギ……いや、黒竜の言うことが本当なら、フィオナを見つめた。

「ウサギ、お前の名前は、フィオナなのか?」
「う~ん。わかりません」

 ……当の本人は全くわかっていなかった。
 ドレイクはまじまじと、目の前に立つ、ブランケットを体に巻きつけた少女を眺めた。

(精霊国の黒竜、精霊女王の守護者である竜が「フィオナ様」と呼ぶのか? この子は、やはり精霊国の……?)

 ブランケットを体に巻いた少女。
 裸足で緑の芝の上に立ち、細い手を伸ばして、黒竜を怖がることなく抱きしめている。
 白くてふわふわとした長い髪は風に吹かれて、揺れていた。

 ーーどんな姿をしていても、可愛い。
 いや、そこではなく。

「ドレイク様?」

 振り返ってドレイクを見た少女、フィオナが、まるで精霊のように、この世離れした美しさであることに、ドレイクはその時初めて気が付いたのだった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

処理中です...