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第1章 オークランド王国編

第5話 王城のウサギ部屋(2)

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「お嬢様、お部屋はちょっと小さめですけれど、日当たりはいいですし、窓からの眺めもいいですよ。ウサギさん用に、あの箱とバスケットも置いてあります」
「ありがとうエマ」

 白い髪に、ピンクの瞳をした少女は、そう言うと、にっこりと微笑んだ。
 彼女が着ているのは、ハリのあるクリーム色の布地で作られたデイドレス。
 襟周りにぐるっと付けられたお花が可愛らしい。

 すっかり少女の侍女と化しているエマが、女官長である母親に頼んで、必要な衣類は用意した。

 少女とエマは、改めて、少女のために用意された部屋にいた。
 ドレイク曰く、『ウサギ部屋』だ。

 いや、ドレイクは今まで通り自分の部屋にウサギを置いておけばいい、自分はどうせ寝るだけにしか部屋を使わないから、と言ったのだが、エマが「少女に変身する以上、陛下のお部屋に置くわけにはいきません!!」と主張して、国王付きの侍女が使う、控え部屋のひとつを、ウサギ用に急きょ整えた。

 国王の寝室、居間、客間、浴室などがある私的な居室の一角にあり、外廊下を通らずに国王の元に行くことができる。
 おかげで、ウサギ姿の時も、ぴょんぴょん、と国王の寝室まで遊びに行けるわけだ。

 これには、ウサギ自身も大満足の様子だった。

「とても素敵! ここならウサギになっている時も安心だわ」

 それを聞いてユリウスはびっくりしていたが、少女姿の時は、普通に喋れるのだ。普通に、というか、十分、上品に、だ。

 少女は自分の名前はわからない、と言い、悩んだ挙句、エマは『お嬢様』と、ドレイクはそのまま『ウサギ』と呼んでいる。

 一方、ユリウスは『保留』。その正体がまだはっきりしていないからのようだ。
 とはいえ、少女のことを話す時は、秘密がバレないように、という意味もあり、全員『ウサギ』で統一。
 
 とはいえ、『ウサギ』の名前はもちろん、肝心のいつウサギになるのか、元々ウサギなのか、といった疑問は一切解決されていない。

 少女自身にもよくわからないのだ。
 少女は自分はウサギだと思っている。

「そんなわけはないだろう」
 ため息をつきながら、ドレイクは少女の口元に、ニンジンを一切れ、運んでやっていた。

「おい、ウサギ!」

 突然呼びかけられた少女は、驚いて目を白黒させ、慌てて口の中のニンジンを飲み込んだ。

「はい、ドレイク様!」

 ウサギが返事をして、じっとドレイクを見つめる。
 元々ウサギ姿でやって来た少女は、動作も妙に小動物っぽくて、可愛らしい。
 化粧ひとつしていないが、整った顔立ちで、かなりの美少女であることに、ユリウスは気づいた。

 こうしていると、普通に、愛らしい少女にしか見えない。
 とはいえ、ドレイクの『お相手』を務めるには、14、5歳にしか見えない少女では若すぎる。
 
 一方、ドレイクに言われたように「ドレイク様」とちゃんと呼び、返事をしているにもかかわらず、黙って何も言わないドレイクに焦れたのか、少女はふわふわの白い髪を揺らしながら、ドレイクの膝の上に乗り上がり、「えいえい」とドレイクの顎の下に頭を擦り付けていた。

 そうされても顔色ひとつ変えずに、少女の好きにさせているドレイクに、ユリウスは何か不気味なものを見たような顔をした。

 なんだかんだ言って、ドレイクはこの少女をかなり気に入っているようだ。
 エマもなんとか笑みをこらえようとしているが、口元がひくひくと動いている。

 ユリウスは長いため息をついた。

「……名前を付けてあげては?」

 ん、とドレイクがユリウスを見た。

「いつまでもウサギ呼びでは支障があるでしょう。仮の名前と、身分を考えて……」
「お前にしてはずいぶん親切なことを言う。こいつを外に出すつもりはないが。うん、まあ、そうだな。名前くらいは……」

 ドレイクがうーんと腕を組み、そのまま数分経った。

「……シロ?」
「さすがに女性の名前をお付けください」

 再び、ドレイクがうーんと唸り出した時、エマが「怖れながら……」と声をかけた。

「実は、お嬢様のドレスを手に入れる時に、母が少々不審げな顔をしておりまして……あの、陛下も、うちの母のことはよくご存知ですよね……? 何か勘づいて、陛下の元に押しかけてもいけません。しばらくは、『お嬢様』『ウサギ』で通した方が、安全かもしれません」

「そうだな。エマ、お前にも面倒をかけるが、よろしく頼む。こいつが不自由したり、危険なことのないように、見てやってくれ」

 ドレイクにそう言われて、エマはニコニコしながらうなづいた。

「さて、仕事に戻るか。ユリウス、あの続きを……」

 さっとベッドから立ち上がり、ウサギ部屋を出ようとすると、少女がパタパタと走ってきて、ドレイクの腰に後ろから抱きついた。

「おわっ!! 何をしているんだ、お前は」
 少女をパリっと剥がし、そのまま行こうとすると、少女がまたついて行こうとする。

「一緒に行きますっ!」
「はぁ!? 何を言っている! お前はウサギなんだから、部屋で待っていろ。仕事が終わったら……」

「仕事が終わったら……?」

 少女がピンクの瞳で、ドレイクを見上げた。
 目がキラキラして、期待に満ちている。

「帰ってきますか?」

 次の瞬間、ドレイクの顔がぼっと、まるで火がついたように、赤くなった。
 そしてすごい勢いでダッシュすると、ウサギ部屋を出て、居間を突っ切り、廊下に出て行ったのだった。

 ユリウスとエマは思わず顔を見合わせた。

「……エマ、じゃあ、ウサギを頼む……」

 ユリウスもまた、何か毒気を抜かれたような様子で、フラフラとウサギ部屋を出たのだった。
 ドレイクは部屋を出て行ってしまったし、ユリウスも後を追って行った。
 ぽつんと取り残された少女は、不安げに閉じられたドアを見つめていた。

「エマ……」
「大丈夫ですよ、お嬢様。夜には陛下はお戻りになりますからね。それまで、お部屋の中で過ごしましょう。お腹は空きましたか? お茶とお菓子をご用意しましょうか?」

 その後、優しいエマに付き添われて、おいしいお茶の時間を過ごした少女は、ウサギ部屋でぐっすりと眠り込んだ。

 今のところ、少女の姿を保っているが、いつまたウサギになるかわからない。
 エマは注意深く、少女を見守るのだった。

 少女の姿をしていても、動作のあちこちにウサギのような仕草がある彼女は、とても愛らしかった。

 あの強面で、一切表情を崩すことのなかったドレイクが、少女を前におろおろしている様子は、国王には申し訳ないけれど、とても面白かった。

 そして、『ウサギ』はあの無愛想なドレイクが、大好きなのだ。
 まるで後追いをするかのように、少女の姿でも、ウサギ姿でも、ドレイクの後を付いて回ろうとする。

「本当に(こんな)陛下(なのに)好きなんですねえ……」

 エマはそっと呟いた。
 ウサギが目覚める頃には、ドレイクは執務を終えているだろうか?
 もしドレイクがウサギ部屋に来なかったら、少女を連れて、ドレイクの部屋に行ってみよう、優しいエマはそう思うのだった。

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