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第1章 オークランド王国編
第2話 無骨な王がウサギを抱えて王城に帰ってきた(2)
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「国王陛下のご帰還です!!」
ウサギを抱えて帰還した後、またあっという間に黒竜と共に出かけてしまったドレイク。
数日後、ようやく王城に帰ってきた。
見張り台からの第1報が届くと、王城内は一気に慌ただしい空気に包まれる。
ドレイクの補佐官であるユリウスも、国王執務室の窓から、王城の上を旋回する黒竜の姿を認め、書類を片付けて棚に収めた。
そのまま、足早に中庭へ向かう。
ユリウスは銀色の長い髪に、紫色の瞳をした美人……まるで女性のような美貌を持った男だが、父親のオースティン侯爵は宰相を務める逸材で、ユリウス自身も、幼い頃からドレイクの学友として共に学び、多くの時間を過ごしてきた。
いずれは父の跡を継いで宰相になると目されている、若手の有望株であるのは間違いない。
現在のユリウスの正式な肩書は、国王付き秘書官で、実質はドレイクの補佐役を担っている。
一見、優しそうな美貌の男ではあるが、人に対して隙がないのは、ドレイクと同様だった。
いや、むしろ、ユリウスの美貌に釣られて不用意に近づくと、その毒舌と少々乱暴な性格で、ドレイク以上に痛い目に遭う可能性が高い。
「ドレイク国王陛下」
ユリウスが声をかけると、ドレイクは黒竜を労うように、その首を撫でてやっているところだった。
「思ったよりお早めのお帰りでよかったです。決定していただきたいことが何件か……」
ドレイクはうなづくと、足早に歩き始めた。このまま執務室に向かうようだ。
背後では、黒竜がキュイ、と一声鳴いて、空に飛び上がっていった。
ユリウスは、ドレイクからは、黒竜と会話ができることを聞いている。そう聞いていても、この伝説の生き物とドレイクが心を通わせているのを見る度に、いまだに信じられない思いがあった。
ユリウスは黒竜の翼が起こした風を避け、上半身を屈めながら、ドレイクに遅れないよう後に続いた。
執務室に入ったドレイクは、席に着くと即座にユリウスに促した。
途中、侍女が飲み物を持ってきたが、ユリウスに断らせ、そのまま立て続けに溜まっていた報告を聞く。
「フィニス伯爵家だな。脱税。オークランドの領土に、楽な領地はない。税率は下げているが、どこも苦しいのは一緒だ。……裁判に回していい」
「爵位、領地返還になるかと」
「構わない。法令通りに」
言外に、貴族だからとの温情はない、と匂わせた。
「了解しました。がっつり裁判にかけましょう。こいつら、夜会では結構贅沢な服を着ているんですよ。他にも突つけばいい」
ユリウスはうなづいた。
「アラニア男爵夫人、遺言書偽造、資産の横領。親族から、修道院送りへの嘆願書? 却下。これも収牢から裁判に。不公平な取り扱いはしない」
「了解。この夫人、年下の男が好きで何人も囲ってますよ。私は男厳禁の修道院がいいと思いますけどね」
「ユリウス……」
ドレイクは額を押さえた。
「アルワーンからの報告は?」
ドレイクの言葉に、ユリウスは報告書を差し出した。
「アルワーン王国国王、アルファイド様にはお変わりはないようです」
「前国王と王太子の行方は掴めたか?」
ユリウスは首を振る。
「これだけ探って、王都で見つからないとなると……」
「辺境送りか、幽閉されているか、か?」
「アルワーンでは奴隷は合法です。人身売買のネットワークがあります。高貴な身分の人間であっても、処分するのはたやすいでしょう」
「……そういう人間を好む買い手がいるからな」
ドレイクは報告書を背後の棚に放り投げた。
「引き続き探れ。オークランドへの侵攻の気配はないか?」
「ありません」
「再びオークランドに攻め入るなら、アルワーンの王都を占領する」
ドレイクの言葉は、まるで独り言のようだった。
男らしい顔立ちは整っているが、貴族の伊達男のような、お顔のお手入れとは無縁。日に焼け、目元には深い皺がある。
伸びてボサボサになった黒い髪が顔にかかっている。
ドレイクの顔は相変わらず無表情だったが、その黒い瞳は強い想いを秘めて、窓の外に広がる景色を眺めているようだった。
古代から続く、深いオークの木々の森を抱えた、美しい国、オークランドを。
「よし。騎士団はどうだ?」
「ドレイク様がお留守でしたからね。副団長が大喜びで騎士達を鍛えていましたよ」
ふ、とドレイクの目元が少し、緩んだようだった。
ドレイクはオークランド王国騎士団の名誉団長を務めている。
ドレイクは不意に立ち上がった。
「そういえば、あのウサギはどうした?」
ユリウスは目を2、3度瞬かせた。
「ウサギですか? お言葉通り、陛下のお部屋に置いて、侍女に世話を言いつけていますが。見てきましょうか?」
「いやいい。俺が行く」
ドレイクはそう言うと、大きな歩幅で執務室を突っ切り、ドアを開けて廊下に出ようとしていた。
ユリウスも慌てて後を追うが、重要書類を鍵付きの引き出しに入れていたので、出遅れてしまった。
ユリウスが追いついた時には、ドレイクは国王の居室に入っていったところだった。
部屋の前で警備をしている騎士がユリウスに一礼した。
国王の部屋は、主寝室と続いて、浴室、居間、食堂、客室、さらには簡易なキッチン、国王付きの侍女の控室などから成る、広々とした一角になっていた。今は使われていないが、主寝室に続いて、王妃の部屋も作られている。
(寝室までついていく必要もあるまい)
そう思ったユリウスは、寝室の手前、居間でドレイクを待つことにしたのだが……。
「ユリウス!!」
次の瞬間、重いドアがドーンと開いて、ドレイクがすごい勢いで現れた。
「ユリウス、お前、どういうつもりだ……?」
ドレイクは珍しく、動揺した顔をしていた。しかも、うっすらと顔が赤い。
「……??」
ユリウスも驚いて、反射的に寝室を覗き込もうとすると、ドレイクが慌ててドアをきっちりと閉めた。
これにはユリウスも困惑した。
国王陛下の寝室に、一体、何があったと言うのか。
「陛下、一体、どうなさったのです?」
「ユリウス、悪ふざけもいい加減にしておけよ? 正直に言え。あれは、お前の差金か?」
「あれ……とは」
ユリウスはますます困惑した。
ドレイクが何を言っているのか、さっぱりわからないのだ。
どうも、寝室に何かドレイクが気に入らないことがあったらしい。
やはり自分の目で確認しようと、ユリウスが「失礼いたします」と言って、ドアに手をかけると、ドレイクが叫んだ。
「ユリウス! 開けないでいい! いや、開けるな!!」
そうしてドアの前で男2人が押し問答をしていると、寝室のドアがそろりと開き、小柄な若い女性が顔を出した。
「エマじゃないか。陛下、エマがどうしたと言うんです」
ユリウスが首を捻った。
エマはドレイク付きの侍女の1人だ。彼女の母親は、ドレイクの母である、前王妃の侍女を長年務め、現在は王宮で女官長となっている。
身元もしっかりとした、優しい娘だ。
そんな彼女に、ユリウスはウサギの世話を頼んだのだがーー。
「陛下、怖れながら申し上げます。実は……」
ドレイクはエマの腕を取ると、ユリウスを寝室に押し込み、自分もエマを引っ張りながら後に続き、きっちりとドアを閉めた。
ユリウスの目が見開かれた。
そこには、ドレイクの大きなベッドの上にちょこんと座っている、1人の少女の姿があった。
ドレイクが慌てて被せたのだろう、華奢な少女の体は、ブランケットでぐるぐる巻きにされている。
腰まである、長い白い髪。
珍しい、ピンク色の瞳。
ふわふわした髪の下で、少女の右耳に、小さな赤い宝石が嵌め込まれているのに、ユリウスが気づいた。
「まさか!? まさか、この子が……」
ユリウスの言葉に、エマがうなづいた。
「陛下、ユリウス様、そうなのです。あの白いウサギ。あのウサギが、少女になってしまったのです!」
「なんだとーー!!!」
「なんですってーー!!!」
ドレイクとユリウスの叫び声が響き渡った。
ウサギを抱えて帰還した後、またあっという間に黒竜と共に出かけてしまったドレイク。
数日後、ようやく王城に帰ってきた。
見張り台からの第1報が届くと、王城内は一気に慌ただしい空気に包まれる。
ドレイクの補佐官であるユリウスも、国王執務室の窓から、王城の上を旋回する黒竜の姿を認め、書類を片付けて棚に収めた。
そのまま、足早に中庭へ向かう。
ユリウスは銀色の長い髪に、紫色の瞳をした美人……まるで女性のような美貌を持った男だが、父親のオースティン侯爵は宰相を務める逸材で、ユリウス自身も、幼い頃からドレイクの学友として共に学び、多くの時間を過ごしてきた。
いずれは父の跡を継いで宰相になると目されている、若手の有望株であるのは間違いない。
現在のユリウスの正式な肩書は、国王付き秘書官で、実質はドレイクの補佐役を担っている。
一見、優しそうな美貌の男ではあるが、人に対して隙がないのは、ドレイクと同様だった。
いや、むしろ、ユリウスの美貌に釣られて不用意に近づくと、その毒舌と少々乱暴な性格で、ドレイク以上に痛い目に遭う可能性が高い。
「ドレイク国王陛下」
ユリウスが声をかけると、ドレイクは黒竜を労うように、その首を撫でてやっているところだった。
「思ったよりお早めのお帰りでよかったです。決定していただきたいことが何件か……」
ドレイクはうなづくと、足早に歩き始めた。このまま執務室に向かうようだ。
背後では、黒竜がキュイ、と一声鳴いて、空に飛び上がっていった。
ユリウスは、ドレイクからは、黒竜と会話ができることを聞いている。そう聞いていても、この伝説の生き物とドレイクが心を通わせているのを見る度に、いまだに信じられない思いがあった。
ユリウスは黒竜の翼が起こした風を避け、上半身を屈めながら、ドレイクに遅れないよう後に続いた。
執務室に入ったドレイクは、席に着くと即座にユリウスに促した。
途中、侍女が飲み物を持ってきたが、ユリウスに断らせ、そのまま立て続けに溜まっていた報告を聞く。
「フィニス伯爵家だな。脱税。オークランドの領土に、楽な領地はない。税率は下げているが、どこも苦しいのは一緒だ。……裁判に回していい」
「爵位、領地返還になるかと」
「構わない。法令通りに」
言外に、貴族だからとの温情はない、と匂わせた。
「了解しました。がっつり裁判にかけましょう。こいつら、夜会では結構贅沢な服を着ているんですよ。他にも突つけばいい」
ユリウスはうなづいた。
「アラニア男爵夫人、遺言書偽造、資産の横領。親族から、修道院送りへの嘆願書? 却下。これも収牢から裁判に。不公平な取り扱いはしない」
「了解。この夫人、年下の男が好きで何人も囲ってますよ。私は男厳禁の修道院がいいと思いますけどね」
「ユリウス……」
ドレイクは額を押さえた。
「アルワーンからの報告は?」
ドレイクの言葉に、ユリウスは報告書を差し出した。
「アルワーン王国国王、アルファイド様にはお変わりはないようです」
「前国王と王太子の行方は掴めたか?」
ユリウスは首を振る。
「これだけ探って、王都で見つからないとなると……」
「辺境送りか、幽閉されているか、か?」
「アルワーンでは奴隷は合法です。人身売買のネットワークがあります。高貴な身分の人間であっても、処分するのはたやすいでしょう」
「……そういう人間を好む買い手がいるからな」
ドレイクは報告書を背後の棚に放り投げた。
「引き続き探れ。オークランドへの侵攻の気配はないか?」
「ありません」
「再びオークランドに攻め入るなら、アルワーンの王都を占領する」
ドレイクの言葉は、まるで独り言のようだった。
男らしい顔立ちは整っているが、貴族の伊達男のような、お顔のお手入れとは無縁。日に焼け、目元には深い皺がある。
伸びてボサボサになった黒い髪が顔にかかっている。
ドレイクの顔は相変わらず無表情だったが、その黒い瞳は強い想いを秘めて、窓の外に広がる景色を眺めているようだった。
古代から続く、深いオークの木々の森を抱えた、美しい国、オークランドを。
「よし。騎士団はどうだ?」
「ドレイク様がお留守でしたからね。副団長が大喜びで騎士達を鍛えていましたよ」
ふ、とドレイクの目元が少し、緩んだようだった。
ドレイクはオークランド王国騎士団の名誉団長を務めている。
ドレイクは不意に立ち上がった。
「そういえば、あのウサギはどうした?」
ユリウスは目を2、3度瞬かせた。
「ウサギですか? お言葉通り、陛下のお部屋に置いて、侍女に世話を言いつけていますが。見てきましょうか?」
「いやいい。俺が行く」
ドレイクはそう言うと、大きな歩幅で執務室を突っ切り、ドアを開けて廊下に出ようとしていた。
ユリウスも慌てて後を追うが、重要書類を鍵付きの引き出しに入れていたので、出遅れてしまった。
ユリウスが追いついた時には、ドレイクは国王の居室に入っていったところだった。
部屋の前で警備をしている騎士がユリウスに一礼した。
国王の部屋は、主寝室と続いて、浴室、居間、食堂、客室、さらには簡易なキッチン、国王付きの侍女の控室などから成る、広々とした一角になっていた。今は使われていないが、主寝室に続いて、王妃の部屋も作られている。
(寝室までついていく必要もあるまい)
そう思ったユリウスは、寝室の手前、居間でドレイクを待つことにしたのだが……。
「ユリウス!!」
次の瞬間、重いドアがドーンと開いて、ドレイクがすごい勢いで現れた。
「ユリウス、お前、どういうつもりだ……?」
ドレイクは珍しく、動揺した顔をしていた。しかも、うっすらと顔が赤い。
「……??」
ユリウスも驚いて、反射的に寝室を覗き込もうとすると、ドレイクが慌ててドアをきっちりと閉めた。
これにはユリウスも困惑した。
国王陛下の寝室に、一体、何があったと言うのか。
「陛下、一体、どうなさったのです?」
「ユリウス、悪ふざけもいい加減にしておけよ? 正直に言え。あれは、お前の差金か?」
「あれ……とは」
ユリウスはますます困惑した。
ドレイクが何を言っているのか、さっぱりわからないのだ。
どうも、寝室に何かドレイクが気に入らないことがあったらしい。
やはり自分の目で確認しようと、ユリウスが「失礼いたします」と言って、ドアに手をかけると、ドレイクが叫んだ。
「ユリウス! 開けないでいい! いや、開けるな!!」
そうしてドアの前で男2人が押し問答をしていると、寝室のドアがそろりと開き、小柄な若い女性が顔を出した。
「エマじゃないか。陛下、エマがどうしたと言うんです」
ユリウスが首を捻った。
エマはドレイク付きの侍女の1人だ。彼女の母親は、ドレイクの母である、前王妃の侍女を長年務め、現在は王宮で女官長となっている。
身元もしっかりとした、優しい娘だ。
そんな彼女に、ユリウスはウサギの世話を頼んだのだがーー。
「陛下、怖れながら申し上げます。実は……」
ドレイクはエマの腕を取ると、ユリウスを寝室に押し込み、自分もエマを引っ張りながら後に続き、きっちりとドアを閉めた。
ユリウスの目が見開かれた。
そこには、ドレイクの大きなベッドの上にちょこんと座っている、1人の少女の姿があった。
ドレイクが慌てて被せたのだろう、華奢な少女の体は、ブランケットでぐるぐる巻きにされている。
腰まである、長い白い髪。
珍しい、ピンク色の瞳。
ふわふわした髪の下で、少女の右耳に、小さな赤い宝石が嵌め込まれているのに、ユリウスが気づいた。
「まさか!? まさか、この子が……」
ユリウスの言葉に、エマがうなづいた。
「陛下、ユリウス様、そうなのです。あの白いウサギ。あのウサギが、少女になってしまったのです!」
「なんだとーー!!!」
「なんですってーー!!!」
ドレイクとユリウスの叫び声が響き渡った。
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