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第34話 誘拐・2

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 アレシアは部屋に入ってきた人物を見て、目を見開いた。

「……アレキサンドラ!?」

 アレキサンドラはアレシアをちらりと見ると、ふん、と鼻を鳴らした。

「勝手にわたくしの名前を馴れ馴れしく呼ばないでちょうだい。本当にあなたは礼儀も知らない人ね」

 アレキサンドラは静かに扉を閉めると、つかつかとアレシアの元にやって来た。
 アレクサンドラは黒いシンプルなドレスを着ていたが、そこにはまるで星のようなビーズが散りばめられているので、とても豪華に見えた。

「あなた、一体何をしに来たのよ?」
 アレシアの言葉に、アレキサンドラは眉を釣り上げた。

「それはこちらのセリフだわ。あなたこそ、一体何をしに来たっていうの」
「何って」

 アレシアはため息をついた。
 アレキサンドラの姿を見たら、なぜか妙に落ち着き、いつもの調子が戻ってきた。

「あなたのお父様に無理やり連れてこられたのだけど?」

 アレキサンドラは一瞬、動揺したようだった。しばらく間が空き、それから言った。

「やはり」
 アレキサンドラはふらふらとベッドの上に腰掛けると言った。

「邸内で動きがあればわかるわ。わたくしはこれでも、公爵家の跡取り娘なのよ。というか、父の行いの報いなのか……公爵家は子供に恵まれない家系なの。お父様の子供は、女のわたくし1人だけ」

 アレキサンドラが悲しげに微笑んだ。

「父が言ったの。あなたを排除するって。それに今日は邸内が騒がしかった。わたくし、何かが起こったんじゃないかと思って。色々調べていたわ」

 アレキサンドラの声が弱々しくなった。
 アレシアはそっと、アレキサンドラの隣に腰掛けた。

「昨日、父はカイル様に改めて、わたしとの結婚について尋ねたわ。カイル様の答えは、変わらなかった。あなたを妃として迎える、とはっきり言った。夜になって、わたくしはお父様に呼び出された。その時、お父様はあなたを排除する、と話したの」

 アレキサンドラはその時のことを思い出したのだろう。
 苦々しい表情に変わった。

「あなたを排除するから、カイル様を手に入れろと。そしてわたくしが無事皇后になった暁には、カイル様を暗殺するように、と言ったのよ」

 アレキサンドラの目から、涙が溢れ落ちた。

「……お父様は、恐ろしい人だわ。その時に、毒薬ももらったの。『黒の封印』という名前で呼ばれているわ」

 アレシアは無言のまま、うなづいた。

「それは皇家に伝わる、秘伝の毒薬よ。でも、飲むのではないの。それはクリーム状になっていて、皮膚に塗ればいいのよ。強烈なアレルギー反応を起こし、やがて全身がまるで疫病にかかったように、真っ黒なかさぶたに覆われるわ。そして最終的には死に至るの」

 アレキサンドラは苦しげな表情になった。

「その時に気づいたの。お父様にとって、大切なのは、皇帝の地位。自分の甥はもちろん、娘だって、そのためには犠牲にできるのよ。わたくしがもしその薬を使ったら、どうなると思う? わたくしの手で、カイル様の肌に塗るのよ? もちろん、わたくしだって、その毒に感染するでしょう……。ね、簡単なことよ。そう思わない? どうすれば毒から自分の身を守るのかなんて、父は一言も教えてくれなかったわ」

 アレキサンドラはカイルと結婚し、その後、黒の封印を使って、カイルを殺害するように父に命じられていた。だから黒の封印について知っていた。
 しかしアレキサンドラは、カイルを殺害するという父に賛成できなかったのだ。

「わたくしはカイル様を愛しています。子供の頃から、ずっと彼を見つめてきたわ。たとえあなたの前でも、わたくしはその気持ちに嘘はつかない。だから」

 アレキサンドラは立ち上がると、ドアの鍵を外した。

「逃げて。わたくしはカイル様を殺しはしないし、あなたが本当にカイル様を愛しているのなら、あなたと正々堂々と競いたいのだから」

 カイルを巡ってアレシアと闘うのなら、堂々と。高貴な令嬢として社交界で渡り合いたかった。それが、アレキサンドラの願いだった。
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