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第24話 皇家の呪い・1(1)

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 宮殿に着いた時は、早朝、太陽が昇る時間になっていた。
 それでも、皇帝の帰還に際して、多くの使用人が待ち受けており、慌ただしく皇帝一行の世話に取り掛かった。

 荷物は速やかに馬車から降ろされ、品物ごとに次々に宮殿内に運び込まれていく。
 馬車も裏へ回り、疲れた馬達は厩舎に誘導され、直ちに手入れをされた。

 再び、姫巫女としての正装に着替えたアレシアも、カイルに続いて宮殿に入ろうとした時だった。

「陛下、無事のお帰り、何よりでございます。お帰りをお待ちしておりました」
 深みのある声が響き、こんな時間なのにきらびやかな長衣を身に付けた年配の男性が現れた。

「オブライエン公爵」

 カイルがうなづいた。
 アレシアはカイルの後ろで頭を下げた。ネティとサラもアレシアに従い、礼を取る。

「これは。姫巫女殿、特にお変わりはないようだが、体調は良くなられましたかな?」
 アレシアは顔を上げたが、特に何も言わなかった。

 オブライエンはすでにカイルに向かって話し始めていた。

「陛下、実は、アレキサンドラから預かったものがありましてな。陛下がしばらく宮殿を空けられたので、寂しくなったのでしょう。陛下には婚約者がいらっしゃるのに、困ったものです。まあ、親バカですが、我ながら立派な令嬢に育ったものと思っております。帝国の皇女として生まれたと言われても、おかしくはないでしょうな。まあ、実際、皇女にもふさわしくあるようにと育ててありますから」

 ははは、とオブライエンは笑いながら、小さな包みをカイルに渡した。

 カイルは添えられていたカードを開き、「夜会でお会いするのを心待ちにしております」とだけ書かれたメッセージに目を落とした。

「そういえば、夜会用のドレスが出来上がりましてな、私が言うのも何ですが、素晴らしい出来栄えで」
「そうか」

 カイルはその一言だけで、さっさと宮殿の奥へと向かっていった。エドアルドもアレシアに礼をすると、急いでカイルを追った。

「……お辛いでしょうなぁ」
 オブライエンがいかにもアレシアが気の毒だ、という表情で話し始めた。

「政略結婚ですしね。しかも、正式な結婚はまだだ。もし……お望みでしたら、私もお力添えをするのにやぶさかではありません。大切な、聖なる姫巫女様ですからな。リオベルデ側も、たとえ婚約破棄となったとしても、ありがたくお迎えすることでしょう」

 そう言って立ち去ったオブライエンに、ネティが真っ赤になって、思わず口走った。

「婚約破棄ですって? ……白々しい……なんと失礼な!!」
「ネティ」
 アレシアの柔らかな声に、ネティは頭を下げた。

「姫様、申し訳ありません」
 宮殿では誰が聞いているかわからない。しかも、ネティはリオベルデから付いてきたアレシアの侍女だ。

 万が一にでも陥れられることも考え、宮殿内では何も言わないようにしよう、そうアレシアはネティに話していたのだ。

「大丈夫よ。それより、これから忙しくなるわ。よろしくね。今日は部屋でゆっくりして疲れを取りましょう。明日からは神殿に行くわ。いつも通りに起こしてちょうだい」
「かしこまりました、アレシア様」

 アレシアを先頭に、ネティ、サラが続き、3人はアレシアの部屋へと向かった。
 部屋に入ると、アレシアは部屋に運び込まれた荷物をがさがさと開き、エミリアからもらったキルトを取り出した。

「今日からこれを使いたいわ」

 ネティとサラはほんわかと微笑んだ。
「お気に召したんですね。はい、さっそくベッドに掛けて参りますわ。ついでに頂いたお洋服も、クローゼットに掛けておきましょう」

 その日は、言葉どおりアレシアは部屋で過ごした。
 朝食を取った後はカウチで少し眠り、午後に起きた。

 それからは部屋で書き物をしたり、読書をして過ごしたのだった。
 その夜、アレシアは新しくお気に入りになった、キルトのベットカバーを掛けたベッドで、ぐっすり眠った。

 翌日、朝から執務室に入り、仕事をしていたカイルは、いつもより早い時間に、ネティとサラを連れて神殿に向かうアレシアの姿を窓から見かけた。
 真っ白な衣装の裾が風に揺れ、銀色の長い髪が太陽の光を受けて、きらめいていた。

 やがて姿が見えなくなってしばらくすると、神殿の方角から、人々がわっとざわめく声が遠く聞こえてきたのだった。

「ご心配ですか……?」
 エドアルドがカイルの前に書類を置きながら尋ねた。

 室内には、エドアルドとカイルの2人しかいない。執務室の扉の前には騎士が2人立ち、警護を続けている。
 それでも、エドアルドの声は、ようやく聞こえるくらいの小ささだった。

「いざという時には、サラを付けて、アレシアとネティは極秘でリオベルデに帰す。いつも馬車と馬の用意をしておいてくれ。それから、サラにも言い含めておいてくれ。もし実際にそんな事態になったら、サラもしばらくリオベルデから戻ってこれないだろう。お前にはすまないが……アレシアはけしてサラを悪く扱ったりはしないだろう。リオベルデで匿ってくれるはずだ」

 エドアルドはうなづいた。
「わかっております。カイル様、どうかご心配なさらないように。それに……希望を失われませんように」

 神殿での務めをいつものように済ませたアレシアは、神官に案内されながら、神殿主オリバーの執務室へと入った。

 ネティとサラは控え室に残り、部屋にはアレシアとオリバーのみ。
 神官が熱いお茶を運んで、静かに退室した。

 それを合図にしたように、アレシアがぐっとオリバーに体を向ける。
 アレシアの目がキラキラと輝いた。

「オリバー先生、わたし、やりたいことを見つけましたの」

 オリバーは一瞬、目を瞬かせた。
「なるほど? 私が何か、お役に立てますかな……?」

「はい。わたしは、皇家の人々に何が起こったのか、できるだけ正確なことを知りたいのです。カイル様のご兄弟は全員、亡くなられたそうですね。そして前皇帝、その皇后だったエレオラ伯母様、5人の側室の方々。さらに代々の皇帝をさかのぼって調べたいのです」

「神殿には、代々の皇帝の年表が記録されています。書庫で保管していますから、それを見ることができるでしょう。前皇帝とそのご家族については私も見聞きしています。記録を見ればわかりますが、死因は流行性の風土病とされています。皇家の方々には免疫がないのか……歴代の皇帝とその家族にもよく見られるものです」

「風土病……」
「特徴は、感染すると皮膚が黒く変色して、最終的には内臓をやられてしまいます。今だに特効薬がないのです」
 アレシアは息を呑んだ。

「姫巫女様は、お力を使って、『視る』おつもりですか? 少なくとも、カイル様はエレオラ様、そしてお父上が亡くなった時の記憶はあるお年です」

 アレシアは首を振った。
「今は考えていないわ。それをするには、カイル様にわたしが持っている力を打ち明けないといけないから。知られれば、気持ち悪いと思われるかもしれない。……今はまだ、心の準備ができていないの」

「姫巫女様」
 オリバーが労るようにアレシアを見つめた。

「……確かに、『視る』にはご本人に触れる必要がありますからな。しかし、すでに亡くなった方の縁の物から視ることもできましょう。エレオラ様のお使いになっていたお品物は神殿で保管しています。姫巫女様のお気持ちの準備ができましたら、いつでもご用意いたします。それまでは……そうだ、代々の皇帝は日記や手記を残されているはずです。カイル様にお願いすれば、見せていただけるかと」

「そうね。そうしましょう。今はまず、皇帝の年表を見てみましょうか」

 アレシアがオリバーの執務室で待っている間に、オリバーが神殿の書庫から数巻の冊子を運んできた。

「私は神殿に戻っておりますから、ゆっくりご覧になってください」
「ありがとうございます、オリバー先生」

 オリバーがドアを閉めると、アレシア1人になった。アレシアは心を決めると、古い冊子に手を伸ばして、ページを広げた。

「先代皇帝、風土病にて死去。皇后、風土病にて死去。その子供達……側室達……」

 年表にはカイル以外の全員の死亡が記されていた。
 先代皇帝の兄弟は存命のようだ。弟が1人。オブライエン公爵だ。もちろん、存命。その下には妹がいる。彼女も存命。

 先々代の皇帝は高齢で病死。この皇帝にはリオベルデから王女は嫁いでいなかった。皇后となったのは、皇帝の従姉妹の女性。高齢で老衰死。
 さらにその前の代の皇帝へ……アレシアは丹念に記録を辿っていく。途中で気が付いて、紙にメモを取りながら読み進めた。

「風土病だわ。その皇后と子供達も。皇帝の位を継いだのは……弟。皇帝の子供達も全員、風土病で死亡したから」

 流行性の風土病。
 そう、オリバーは言っていた。確かに、皇后も子供達もそれで亡くなってしまったのだから、流行性というのもうなづける。

 しかし、それでは国民もまた、同じ時期に風土病に感染する者も多かったのだろうか?
 もし皇家の人間だけに感染するのなら、それもまたおかしな話と言えないか?

 アレシアは白紙を取り出すと、オリバーのペンを借りて、さらさらと手紙を認めた。
 手紙を折り畳むと、アレシアは考え込んだ。
 この宮殿の中で、エドアルドは信用できる。

「サラ」
 アレシアはサラを呼んだ。

「この手紙をすぐエドアルドに届けてほしいの。必ず、カイル様にお渡しいただくようにお願いしてちょうだい」
「承知いたしました」
 サラはうなづくと、すぐに神殿を出た。

 アレシアは再び年表に目を戻すと、風土病にかかった皇帝とその家族の名前、そして新しく皇帝になった皇弟の名前を、年代と共に紙に書き写した。
 さらに代を遡る。

 アレシアの心は次第に不安が込み上げてきた。
(注意深く行動しないといけない)
 アレシアは思った。

 カイルとの接触は危険だ。そして、宮殿も危険だ。
 アレシアが知っている世界は、神殿。
 アレシアが自由に動ける世界だ。

「……わたしは神殿で、動いてみましょう」
 そう言った瞬間、アレシアの深い青の瞳が、一瞬、銀色の光を帯びたように見えた。

 その夜遅く、宮殿から神殿に飾る花が届けられた。
 花は一旦、神殿主オリバーの執務室に保管され、翌朝、巫女達の手によって、神殿の各所に飾られた。

 執務室には、花に隠してカイルから届けられた皇帝の日記が数点、密かに保管されていた。
 厳重に守られた神殿主の執務室に入れるのは、オリバーと姫巫女であるアレシアのみ。

 姫巫女であるアレシアは、女神からのお告げにより、帝国の安全祈願のため、これから2週間の間、禊を行うことが発表された。

 アレシアは今まで通り、朝から神殿に向かい、午前中は参拝する人々と共に祈る。
 そして午後は、神殿にこもり、禊を行い、祈りを続け、夜になってから騎士に厳重に警護されながら、宮殿にある私室に戻るのだった。

 暗くなってきた神殿主の執務室に、明かりが灯る。
 アレシアは椅子に座って、皇帝の日記に目を通していた。

 流行性の風土病、といっても、家族が皆、一度に罹患したわけではなかった。
 たとえば、妃や側室の女性達が病気になる。
 皇帝は子供達を帝都から隔離しようと試みるが間に合わない。各地にある皇家の持つ別荘にすれば難しくないとアレシアには思われた。

 しかし、皇帝は別荘を避けていたように見える。
 やがて、子供達が倒れる。
 次々に亡くなる大切な者の姿に、呆然とする皇帝の姿。

 アレシアはふと目を留めた。
 そこにあったのは、『黒の封印』という言葉だった。
 それは、どんな意味なのか?
 アレシアはじっと考え込んだ。

「カイル様」
 アレシアは、カイルと話す時が来た、そう感じていた。
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