上 下
1 / 50

第1話 プロローグ〜出会い

しおりを挟む
 その日、幼いアレシアとカイルは出会った。

「アレシア、あのお兄さんが一緒に遊んでくれるわよ」
 やさしい声がして、女性の手がそっとアレシアの背中を押した。

「にぃに?」

 真っ白で水色の縁取りがあるワンピースを着た幼女が小さな手足を懸命に伸ばして、少年に遅れまいと、ててて、と歩く。

 アレシアの前には、ちょっとぎこちない笑顔を見せる少年の姿があった。艶のある黒髪は、毛先がちょっと跳ねている。

 アレシアよりも年上。でも彼の顔もまた、幼かった。
 アレシアは頭上に広がる青空を見上げ、周囲の緑に目を細める。
 いつもと違う景色が広がっていた。

「あれなぁに?」

 緑の草原にポツポツと、まるで青空に浮かぶ雲のように見える。白くて、ふわふわしていて、のんびりと動いている。穏やかな景色だ。

「あれは、ひつじ」

 少年の声もまた、穏やかだった。
 ふうん、とアレシアはうなづいて、また別の方向に指を向ける。

「あれは?」

 くわっくわっとおかしな声を上げながら、大きな白いふわふわと、黄色くて小さなふわふわが一列になって進んでいく。

「あれは、アヒル」
「おかしな声」

 アレシアが笑う。アレシアの銀色の長い髪が揺れた。
 その笑顔に釣られたかのように、少年が一瞬、自然な笑顔を見せた。
 それがうれしくて、アレシアは懸命に周囲を眺める。

 何しろ、すべてが物珍しいのだ。
 緑の草原。丸太を渡した柵。丸く切り抜かれた窓が2階に見える、大きな納屋が目に留まった。
 ぎっしりと詰まった麦わらが窓から見えている。
 すると、アレシアはその麦わらの上に寝そべっている小さな動物に気が付いた。

「ねこ! あれ、ねこなの。アレシア、しってる。みゃーん」
 アレシアが思わず猫の鳴き真似をすると、少年が目を丸くした。

「ねこ、いいなぁ。いっしょにおうちにかえるの!」
 猫を連れて帰りたい、と言うアレシアに少年は笑い出した。

「猫が好きなんだね。連れて帰りたいんだ?」
 そう言って、まだ小さな少女であるアレシアの頭をぽんぽん、と撫でた。
 その時、アレシアは大きく目を見開いた。

 笑っていたはずの、やさしい少年の瞳が、今にも泣きそうなくらい、悲しみに満ちていたから。
 その少年の瞳は、青みがかった、美しいグレーをしていた。

「にぃに、どうしたの? かなしいの? だいじょうぶ?」

 アレシアの目にも涙がいっぱい湧き上がる。
「だいじょうぶ、アレシア、ぎゅーってしてあげるから。だいじょうぶ……」
 アレシアは少年を精一杯抱きしめた。

「……いい子だね、アレシア。僕は大丈夫。ありがとう……」

 少年は、アレシアの頭をそっと撫でた。

 * * *

「そんな女、国に送り返してしまえ!」

 謁見の間の扉が開かれた瞬間、若い男の声が響き渡った。
 重厚な装飾を施された玉座には、しかし誰も座っていない。

 玉座に続く赤い絨毯を踏みしめて立っているのは、黒髪の若い男と、きらびやかな長衣を身に付けた、年配の男だった。
 まるで言い争いでもしているかのように、睨み合っている。

 リオベルデ王国王女にして、聖なる姫巫女ひめみこ、アレシア・リオベルデは開かれた扉の前で足を止めた。

 若い男が開いた扉に向き直り、青みがかったグレーの目が、信じられないものを見るように、アレシアの顔を見つめていた。
 
 艶のある黒髪に、青みがかったグレーの瞳が印象的な男だった。
 顔立ちは男性的でとても整っているが、甘さは一切感じられない。
 
 アレシアの目に映ったのは、黒に近い濃紺のかっちりとしたチュニックを着た、背の高い男性。
 アレシアに向けた顔は見事に冷たく、笑顔も、歓迎しているような様子も一切表れていなかった。

 この男性がランス帝国の若き皇帝、カイル・オコーナーだ。
 アレシアはすぐに悟った。
 同時に、3歳の時以来、1度も会ったことのない、アレシアの婚約者でもある。

 皇帝の目には、長い銀色の髪を背中に流し、全身白色の、姫巫女の正装をしたアレシアの姿が映っていた。
 カイルの顔には、不自然なほど表情がなかったが、アレシアの姿を見た時、一瞬、後ろめたい目をしたのに、アレシアは気づいた。

「……」
「……」

 アレシアがじっと見ていると、カイルは不機嫌そうにそっぽを向き、そのまま部屋を出て行ってしまった。

「陛下……陛下……」

 アレシアをここまで案内してきてくれた男性、エドアルドが真っ青になってカイルの後を追うが、カイルは大きな歩幅で、一気に歩き去ってしまったのだった。

「も、申し訳ございません。姫巫女様におかれましては、改めて皇帝陛下とのお顔合わせの機会をご用意いたしますので、今はこのまま、姫巫女様のお部屋へお戻りいただきます。まずは、ゆっくり、旅の疲れを癒してくださいませ」

 アレシアはエドアルドの言葉を最後まで聞いた後、鷹揚にうなづいた。
「お心遣い、感謝いたします」

 世界創世の地と伝えられている女神神殿を抱くリオベルデ王国。この古く小さな王国の王女であり、神殿の巫女。それがアレシアだった。

 リオベルデの人々に「姫巫女ひめみこ様」と敬われるアレシアは、幼い頃に結ばれた婚姻の約束に従って、リオベルデの宗主国であるランス帝国の若き皇帝の元に、嫁いできたばかりだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

処理中です...