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第1話 プロローグ〜出会い
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その日、幼いアレシアとカイルは出会った。
「アレシア、あのお兄さんが一緒に遊んでくれるわよ」
やさしい声がして、女性の手がそっとアレシアの背中を押した。
「にぃに?」
真っ白で水色の縁取りがあるワンピースを着た幼女が小さな手足を懸命に伸ばして、少年に遅れまいと、ててて、と歩く。
アレシアの前には、ちょっとぎこちない笑顔を見せる少年の姿があった。艶のある黒髪は、毛先がちょっと跳ねている。
アレシアよりも年上。でも彼の顔もまた、幼かった。
アレシアは頭上に広がる青空を見上げ、周囲の緑に目を細める。
いつもと違う景色が広がっていた。
「あれなぁに?」
緑の草原にポツポツと、まるで青空に浮かぶ雲のように見える。白くて、ふわふわしていて、のんびりと動いている。穏やかな景色だ。
「あれは、ひつじ」
少年の声もまた、穏やかだった。
ふうん、とアレシアはうなづいて、また別の方向に指を向ける。
「あれは?」
くわっくわっとおかしな声を上げながら、大きな白いふわふわと、黄色くて小さなふわふわが一列になって進んでいく。
「あれは、アヒル」
「おかしな声」
アレシアが笑う。アレシアの銀色の長い髪が揺れた。
その笑顔に釣られたかのように、少年が一瞬、自然な笑顔を見せた。
それがうれしくて、アレシアは懸命に周囲を眺める。
何しろ、すべてが物珍しいのだ。
緑の草原。丸太を渡した柵。丸く切り抜かれた窓が2階に見える、大きな納屋が目に留まった。
ぎっしりと詰まった麦わらが窓から見えている。
すると、アレシアはその麦わらの上に寝そべっている小さな動物に気が付いた。
「ねこ! あれ、ねこなの。アレシア、しってる。みゃーん」
アレシアが思わず猫の鳴き真似をすると、少年が目を丸くした。
「ねこ、いいなぁ。いっしょにおうちにかえるの!」
猫を連れて帰りたい、と言うアレシアに少年は笑い出した。
「猫が好きなんだね。連れて帰りたいんだ?」
そう言って、まだ小さな少女であるアレシアの頭をぽんぽん、と撫でた。
その時、アレシアは大きく目を見開いた。
笑っていたはずの、やさしい少年の瞳が、今にも泣きそうなくらい、悲しみに満ちていたから。
その少年の瞳は、青みがかった、美しいグレーをしていた。
「にぃに、どうしたの? かなしいの? だいじょうぶ?」
アレシアの目にも涙がいっぱい湧き上がる。
「だいじょうぶ、アレシア、ぎゅーってしてあげるから。だいじょうぶ……」
アレシアは少年を精一杯抱きしめた。
「……いい子だね、アレシア。僕は大丈夫。ありがとう……」
少年は、アレシアの頭をそっと撫でた。
* * *
「そんな女、国に送り返してしまえ!」
謁見の間の扉が開かれた瞬間、若い男の声が響き渡った。
重厚な装飾を施された玉座には、しかし誰も座っていない。
玉座に続く赤い絨毯を踏みしめて立っているのは、黒髪の若い男と、きらびやかな長衣を身に付けた、年配の男だった。
まるで言い争いでもしているかのように、睨み合っている。
リオベルデ王国王女にして、聖なる姫巫女、アレシア・リオベルデは開かれた扉の前で足を止めた。
若い男が開いた扉に向き直り、青みがかったグレーの目が、信じられないものを見るように、アレシアの顔を見つめていた。
艶のある黒髪に、青みがかったグレーの瞳が印象的な男だった。
顔立ちは男性的でとても整っているが、甘さは一切感じられない。
アレシアの目に映ったのは、黒に近い濃紺のかっちりとしたチュニックを着た、背の高い男性。
アレシアに向けた顔は見事に冷たく、笑顔も、歓迎しているような様子も一切表れていなかった。
この男性がランス帝国の若き皇帝、カイル・オコーナーだ。
アレシアはすぐに悟った。
同時に、3歳の時以来、1度も会ったことのない、アレシアの婚約者でもある。
皇帝の目には、長い銀色の髪を背中に流し、全身白色の、姫巫女の正装をしたアレシアの姿が映っていた。
カイルの顔には、不自然なほど表情がなかったが、アレシアの姿を見た時、一瞬、後ろめたい目をしたのに、アレシアは気づいた。
「……」
「……」
アレシアがじっと見ていると、カイルは不機嫌そうにそっぽを向き、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「陛下……陛下……」
アレシアをここまで案内してきてくれた男性、エドアルドが真っ青になってカイルの後を追うが、カイルは大きな歩幅で、一気に歩き去ってしまったのだった。
「も、申し訳ございません。姫巫女様におかれましては、改めて皇帝陛下とのお顔合わせの機会をご用意いたしますので、今はこのまま、姫巫女様のお部屋へお戻りいただきます。まずは、ゆっくり、旅の疲れを癒してくださいませ」
アレシアはエドアルドの言葉を最後まで聞いた後、鷹揚にうなづいた。
「お心遣い、感謝いたします」
世界創世の地と伝えられている女神神殿を抱くリオベルデ王国。この古く小さな王国の王女であり、神殿の巫女。それがアレシアだった。
リオベルデの人々に「姫巫女様」と敬われるアレシアは、幼い頃に結ばれた婚姻の約束に従って、リオベルデの宗主国であるランス帝国の若き皇帝の元に、嫁いできたばかりだった。
「アレシア、あのお兄さんが一緒に遊んでくれるわよ」
やさしい声がして、女性の手がそっとアレシアの背中を押した。
「にぃに?」
真っ白で水色の縁取りがあるワンピースを着た幼女が小さな手足を懸命に伸ばして、少年に遅れまいと、ててて、と歩く。
アレシアの前には、ちょっとぎこちない笑顔を見せる少年の姿があった。艶のある黒髪は、毛先がちょっと跳ねている。
アレシアよりも年上。でも彼の顔もまた、幼かった。
アレシアは頭上に広がる青空を見上げ、周囲の緑に目を細める。
いつもと違う景色が広がっていた。
「あれなぁに?」
緑の草原にポツポツと、まるで青空に浮かぶ雲のように見える。白くて、ふわふわしていて、のんびりと動いている。穏やかな景色だ。
「あれは、ひつじ」
少年の声もまた、穏やかだった。
ふうん、とアレシアはうなづいて、また別の方向に指を向ける。
「あれは?」
くわっくわっとおかしな声を上げながら、大きな白いふわふわと、黄色くて小さなふわふわが一列になって進んでいく。
「あれは、アヒル」
「おかしな声」
アレシアが笑う。アレシアの銀色の長い髪が揺れた。
その笑顔に釣られたかのように、少年が一瞬、自然な笑顔を見せた。
それがうれしくて、アレシアは懸命に周囲を眺める。
何しろ、すべてが物珍しいのだ。
緑の草原。丸太を渡した柵。丸く切り抜かれた窓が2階に見える、大きな納屋が目に留まった。
ぎっしりと詰まった麦わらが窓から見えている。
すると、アレシアはその麦わらの上に寝そべっている小さな動物に気が付いた。
「ねこ! あれ、ねこなの。アレシア、しってる。みゃーん」
アレシアが思わず猫の鳴き真似をすると、少年が目を丸くした。
「ねこ、いいなぁ。いっしょにおうちにかえるの!」
猫を連れて帰りたい、と言うアレシアに少年は笑い出した。
「猫が好きなんだね。連れて帰りたいんだ?」
そう言って、まだ小さな少女であるアレシアの頭をぽんぽん、と撫でた。
その時、アレシアは大きく目を見開いた。
笑っていたはずの、やさしい少年の瞳が、今にも泣きそうなくらい、悲しみに満ちていたから。
その少年の瞳は、青みがかった、美しいグレーをしていた。
「にぃに、どうしたの? かなしいの? だいじょうぶ?」
アレシアの目にも涙がいっぱい湧き上がる。
「だいじょうぶ、アレシア、ぎゅーってしてあげるから。だいじょうぶ……」
アレシアは少年を精一杯抱きしめた。
「……いい子だね、アレシア。僕は大丈夫。ありがとう……」
少年は、アレシアの頭をそっと撫でた。
* * *
「そんな女、国に送り返してしまえ!」
謁見の間の扉が開かれた瞬間、若い男の声が響き渡った。
重厚な装飾を施された玉座には、しかし誰も座っていない。
玉座に続く赤い絨毯を踏みしめて立っているのは、黒髪の若い男と、きらびやかな長衣を身に付けた、年配の男だった。
まるで言い争いでもしているかのように、睨み合っている。
リオベルデ王国王女にして、聖なる姫巫女、アレシア・リオベルデは開かれた扉の前で足を止めた。
若い男が開いた扉に向き直り、青みがかったグレーの目が、信じられないものを見るように、アレシアの顔を見つめていた。
艶のある黒髪に、青みがかったグレーの瞳が印象的な男だった。
顔立ちは男性的でとても整っているが、甘さは一切感じられない。
アレシアの目に映ったのは、黒に近い濃紺のかっちりとしたチュニックを着た、背の高い男性。
アレシアに向けた顔は見事に冷たく、笑顔も、歓迎しているような様子も一切表れていなかった。
この男性がランス帝国の若き皇帝、カイル・オコーナーだ。
アレシアはすぐに悟った。
同時に、3歳の時以来、1度も会ったことのない、アレシアの婚約者でもある。
皇帝の目には、長い銀色の髪を背中に流し、全身白色の、姫巫女の正装をしたアレシアの姿が映っていた。
カイルの顔には、不自然なほど表情がなかったが、アレシアの姿を見た時、一瞬、後ろめたい目をしたのに、アレシアは気づいた。
「……」
「……」
アレシアがじっと見ていると、カイルは不機嫌そうにそっぽを向き、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「陛下……陛下……」
アレシアをここまで案内してきてくれた男性、エドアルドが真っ青になってカイルの後を追うが、カイルは大きな歩幅で、一気に歩き去ってしまったのだった。
「も、申し訳ございません。姫巫女様におかれましては、改めて皇帝陛下とのお顔合わせの機会をご用意いたしますので、今はこのまま、姫巫女様のお部屋へお戻りいただきます。まずは、ゆっくり、旅の疲れを癒してくださいませ」
アレシアはエドアルドの言葉を最後まで聞いた後、鷹揚にうなづいた。
「お心遣い、感謝いたします」
世界創世の地と伝えられている女神神殿を抱くリオベルデ王国。この古く小さな王国の王女であり、神殿の巫女。それがアレシアだった。
リオベルデの人々に「姫巫女様」と敬われるアレシアは、幼い頃に結ばれた婚姻の約束に従って、リオベルデの宗主国であるランス帝国の若き皇帝の元に、嫁いできたばかりだった。
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