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21.ミレーユ

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デュールの姿は外壁の上から王城へと消えていった。
 先程のデュールの演説からか群衆の熱は冷めることを知らず、外壁前でそれぞれがいつまでも近くに居合わせた者同士で会話を弾ませている。

 その内容はデュールへの称賛ばかりで明日悪魔祓いが決まった自国の王女を憐れむ者は一人もいない。

「流石だなデュール王。あの方こそ誠の王族だよ。実の娘が悪魔に憑かれたからといって特別扱いしないときたもんだ。 娘よりも俺たち国民に目を向けてくれてるんだぜ? いやいや凄い人だぜ」

「ええ本当にそう! 私デュール様のお話を聞いていて感動してしまったわ……なんて素敵な王様なんでしょうね。この国の民で良かったと思うわっ!」

「それで明日の昼前には、また此処に集まらなきゃな。悪魔に憑かれた王女さんってのがどんなもんか、しかと見ておかねえと」

「私なんて初めて王女様を見るわよ? シャーロット様よね? 余りにも素行が悪いからこの王都には入れさせなかったって聞いた事があるけど、まさか悪魔に憑かれるなんてね」

 笑える話だな、と話す街人達の姿を見て思う。

 デュールが本当にお前らが思うような人間なのだろうか? と。
 そしてシャーロットが本当は人一倍にお前らの事を気にかけている事を知らないとは何と悲しいものか。

 足を留めていた人々だが兵士に促され王城から背を向けゾロゾロと動き始めた。
 群衆の流れを逆行するように俺は人間の隙間隙間を縫うように王城へ向かい足を早める。
 俺はシャーロットを救わなければならない。先程のデュールの演説を聞いても未だに何も納得出来ず、そしてデュールは大きな嘘をついているのが分かった。シャーロットが悪魔に憑かれていないと確証は無いが、大きな陰謀が絡んでいると。
 そして一つ気がかりな事もある。
 シャーロットが悪魔に憑かれたと聞いてからずっとミレーユ姫様がどうにかするだろうと心の何処かで決めつけていた。しかしその予想は完全に外れ、最悪のシナリオで事が進んでしまっている。姫様もデュールに丸め込まれたのだろうか、あの姫様が実の子が無残な結末を迎える事を了承したのだろうか?俺の中で答えは否だった。姫様がそのような事を納得するはずが無い。

 もしや姫様はまたデュールに騙されているのでは無いか?
 姫様は何も真実を知らぬまま哀しみに暮れているのでは無いだろうか?
 それであれば納得もできる。
 そう思った瞬間に怒りがボッと湧き出た。

 どうするべきかと考えていたが、姫様に真実を伝えるしか無い。そう結論付ける。

 シャーロットを連れて逃げ出せば一旦は悪魔祓いから彼女を遠ざける事は出来るが、それではこの先シャーロットの生き方はガラリと変わってしまう。常に命を侵される恐怖に怯えなければならない。 
 であれば一筋縄では行かないかも知れないが、姫様の力を借りて国民全員に真実を知ってもらうように動いてもらうのが最善では無いだろうか。姫様であれば積極的に動いてくれるであろう。大きな争いが生まれかねないがそうなれば力づくでデュールを粛清するしか無い。何にせよ姫様と一刻も早く会わねばならない。

 幾人もの人間を背にし、ようやく人の壁から王城の外壁が姿を現し俺が命を落とした大きな城門が目に入った。あの日は固く閉ざされたその扉はポッカリと口を開けており、門に掲げられた松明が進むべき道を示しているようにも見えた。
 俺は再び狼に姿を変え、城門を目指し一気に駆け出す。
  



 
 城門をくぐると中庭を抜け一気に城内に入り込んだ。
 城内はパルテノン王城の静けさも薄暗さも無く、入り口から真っ先に現れた広間は一面赤い絨毯が敷かれ、火のついた蝋燭で照らされている。先程デュールが表に出ていたからか、城内は行き交う兵士と使用人の姿が多く見られいずれも慌ただしい様子だ。

 広間の白壁にはデュールの肖像画がいくつも掛けられており、まるでデュールに全方向から囲まれているような気持ち悪さがあった。肖像はひとつひとつ違う画家に描かせたのか、絵柄がそれぞれ違っていたがどれしもに共通点がある。それは肖像画の中のデュールは白い布を羽織り、そしてその背に白い翼を生やしているといった共通点だ。羽が生え天に浮くデュールに人々が祈る姿が描かれた物や、黒く醜悪な形相をした悪魔を裁いている構図の物など様々だ。
 飾り物や贈り物には人間性が出ると言うが、これでは丸見え過ぎる。使用人、兵士の姿が無い静かな空間であれば一刻も早く逃げ出したい程気味が悪い広間だった。

 吐き気を抱えながら厚い絨毯を踏みしめ城内を歩いていくと狼の姿になっているからか、とても懐かしい香りが鼻孔を刺激しハッとする。

 匂いと言うと些か気持ち悪いが、間違い無い。
 ミレーユ姫様の匂いだ。

 俺からすれば姫様とお会いしてから少しの時間しか空いていないが、何故かとても懐かしく感じてしまう。 
 犬のように鼻を地につけ匂いの元を辿ると、どうやら上の階へ続いているようだった。
 使用人にぶつからないよう慎重に階段を登り始めると、どんどんと匂いが濃くなっていく。二階を通り越し三階に到着した頃匂いが廊下へと続いていった。匂いが濃くなるにつれて俺の心臓もバクバクと早鐘を打ち始め、肉球が湿りだす。

 ついについに姫様に会える。
 俺が死んでから現世では十数年が立ち、姫様も随分大人になってしまっている。フェリルブラウンであった時の俺よりもかなり歳が上だ。当時二十歳だった姫様、十数年経っても、きっとお綺麗になっているのであろうが。

 しかし姫様に会って、まず何と言ったら良いのか。
 俺は今更になって考え始める。

 姫様! ご無沙汰である! フェリルブラウンであります! 一度死んだのですが実は神で生き返りました! そして姫様の夫であるデュールは飛んでも無い野郎なんです! 
 
 こんな話で信じて貰えるのだろうか。いや流石に非現実的過ぎて姫様は信じてくれないのでは無いか? 当時のフェリルブラウンの姿であれば姫様に信じてもらう方法があるが、今や成人したとも言えない小柄な小僧の姿、もしくは狼の姿でしかない。最悪全く取り合って貰えずに衛兵を呼ばれる可能性もある。
 姫様は魔法の技能もお持ちだ、姫様自ら俺を排除するために攻撃を仕掛けてくるかも知れない。
 ポルトの時のように姿を隠して話しをするべきか。
 だが、姿形の見えない者を信じて貰えるのだろうか。
 
 今更こんな事を考える自分はペルセポナの言うように本当にバカなのでは無いかと思う。 
 しかし姫様に会うのに何故ここまで苦労しなければならないのか、と考えると気分が沈む。
 俺はフェリルブラウンであってフェリルブラウンでは無い。姫様の知っているフェリルブラウンでは無くなってしまった。俺が姫様にお会いしてから十年、俺が死んでから十五年、姫様にとって俺がいない時間の方が長くなってしまった。なんだか複雑な気分だ。
 
 気分の浮き沈みを繰り返しながら、ついに匂いの元へ辿り着いた。 

 廊下から進んで突き当りにあるその部屋は大きな白い扉が門となり、他の部屋とは離れた場所に位置をしていた。扉の前に警護の兵士の姿は見えないが、部屋の中からは人の気配を感じる。
 ふうと小さく息を吐き俺は人間の姿に変え扉に一歩一歩ゆっくりと近づく。姫様にお会いしてどんな話しをすれば良いのか整理がついていないが、とにかく会わない事にはどうしようもならない。

 ノックも無く姫様の部屋を開けるのは不躾でとても心苦しいが、しゃがみながら扉に手をあてゆっくりと手前に引く。
 幸いにも錠はついておらず木の軋む小さな音と共に戸が開いた。
 少しだけ開いた扉の隙間から覗き込むように、部屋の様子を伺うと城内の明るさは無く月明かりが部屋を照らしている程度だった。姫様の姿も視認出来ず、部屋全体の様子は分からない。

 ゆっくりゆっくりと扉を引く手に力を入れ、半身が入る程度に隙間が開くと身体をひねりねじり込む。 
 ねじり込んだと同時に気が緩んだのか、手を離した扉が閉まりバタンと軽い音が鳴ってしまった。
 
 しまった! と身を固くし息を殺す。

 静かな部屋の中から声が響いた。


「ーー誰かいるのか?」


 いつもいつも聞いていた柔らかな声。
 その声に早鐘を打っていた心臓が締め付けられるような痛みを帯びた。

 ーー何も変わりの無い声。

 足を手を震わせながらしゃがみこんだ身体を立て顔をあげる。
 大きな窓から差し込む月の光は部屋全体を青白く映し、煩かった城内から世界が移ったかのように静寂が部屋を包んでいた。

 そしてその大窓の横、椅子に腰掛ける人の姿。
 月に照らされながる金色の髪と、整った顔を此方に向けている。

 長い柔らかそうな髪、大きな瞳。

 ーーああ、随分と綺麗になられた。

 手元の蝋燭に火を灯すと、ボウっと部屋に灯りが入る。
 椅子からスッと立ちがるその身体は俺が知っている時よりもいくらか大きく見えた。
 真っ白な光沢のある衣服から負けじと白い肌をのぞかせている。
 色々と考えていた事が全て吹き飛んでしまった俺は只々十数年の時間の流れを噛み締める。
 俺の知らない時間を姫様はどのように過ごしてきたのだろうか。自国を奪われ敵国の王妃になった姫様。
 過ぎた時間は巻き戻せはせず、この十数年を埋める事は俺には出来ない。
 俺が謀殺されるのが運命であったとしても、本来姫様と共にしたであろう長い年月を思い、悔しさか哀しみか分からない感情で瞳が潤む。
 

「ーー姫様」


 今の俺では見上げる程の背丈になった姫様に向かい声が漏れた。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇
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