紅い騎士の物語

アヴァン

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千堂殺し

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 ドドドドドドドォォォォォ……

 足音が近づいてくる。やはり数は十人以上はいるようだ。周囲を見る。ここは樹海といっていいほど険しい。乱雑に伸びている樹木は天高く、空を突き抜けんばかり生えており、太陽の光がほぼ入ってこない。それに、この草むらだ。腰の位置まで生えている草は、人の手が入っていない証明というように伸びきってしまっており、小人なんかがいるとしたらその姿をすっぽりと隠してしまうだろう。

 ここは一応平坦な場所ではあるが、乱戦となると襲撃者たちも襲いづらいが、こっちも十分戦いづらい。これはもう小雪さんに任せた方がいいのでは?

「来るわ。私は一応隠れておくからタイミングでやっちゃって」
「!?」

 前線ってそういうことなのか!?

草むらからザザザっと掻き分けて襲撃者が乗り出し、その姿をヒカリたちの前に現してきた。

「………こんなところにいましたか。ふむ……眼帯に高校生くらいの少年。あなたが千堂ヒカリ……でよろしいですね?」

 僕の名前を知ってる!? ということはこいつらは……

「ハイ、私たちは来月赤嶺教会に就任予定の粛清隊。その司教クラスの者です、ハイ」

 その姿は皆一様に同じ恰好をしていた。白い服に十字架の紋章。それが所々にこれでもかという風にそのマークが付けられている。

 全部で十二人。それが襲撃者の具体的な人数だった。しかし、服装はともかく、その手にしている武器はそれぞれ違う。
 自分の身長の倍くらいある大剣に、三又の槍、十文字の槍やただ十字架のネックレスを付けている女性なんかもいた。戦いに向いてそうな装備やそれとは対極的な丸腰同然の女性。意味が分からない。

「ど、どうして僕のことを知ってるのかな?」
「どうして?あなたの事を知らない粛清隊の幹部はいませんよ。特に千堂となればなおさらに、ハイ」
「な、何しに来たの?僕は今登山に来ていてね。あんまり邪魔されたくはないかな」

 この眼鏡をかけた知的そうな男性は僕の発言が気に入らないのか、イライラした口調で話す。

「登山?はっ!あなた方にお似合いではありますがね!でも、あなたは赤嶺教会に所属しているでしょう?勝手なことをされては困るのですよ!ハイ!」

 ハイハイうっせぇなぁ!

「来月就任なら来月来なよ。それにあんたら何なのさ。そんな物騒な恰好で来るなんて、異常者集団だよ?そもそもなんで僕がここにいるのがわかったの?」
「ハン!あなたのそのスマホは善導様が与えた物。位置情報が丸わかりですよ。逃げるのならスマホは置いていくべきでしたね、ハイ」

 くっ!今まで便利だったものが敵になるとはっ!
 後ろからチッ!、という舌打ちが聞こえてくる。そ、そんなつもりは無かったんだよ……ごめんよ……

 僕は無言でスマホを半分に叩き折る。さようなら、僕のスマホ……

「それで?僕は意地でも帰るつもりはないよ。もういいかな」
「良くはないですね、ハイ。こちらも意地でもあなたを連れて行かなくてはなりませんから、ハイ」

「なぁ。もういいだろうが、やっちゃっていいんすよね?」

 十文字の槍を構えた男が前に出る。

「クフフっ!久々の狩りだぁ!しかも相手は千堂!千堂狩り……いいねぇ!」

 両手に短剣を携えた女性が出てくる。

「はぁ……じゃあ小手調べです。まずは二人で行ってみてください。あ、勿論ヤレるならヤッちゃってくれても構いませんよ、ハイ」

どうやら初戦はこの二人組。小雪さんも手を出さないつもりだろう。動く気配がない。覚悟を決めよう。

「向かってくるなら相手になろう。でも正当防衛だから。殺されても知らないからね」
「ほざけ!」

 十文字の槍を構えたままその男が突進してくる。一瞬にしてトップスピードとは。かなりデキる!

「そっちじゃねぇよ!」
「!?」

 一直線にこちらに突き進んでいたその男が急遽その姿を消す。その瞬間、その男はヒカリの真後ろに現れた。

『粛清隊槍術 虚の型 残影』

 それは真正面から突っ込んで、槍に相手の視線を集中させ、速度を落とさずに横から後ろに回り込み、懐に隠し持った短剣で背後を取る騙し討ちの技。その目立つ槍を囮に使う大胆な技であり、初見殺しの必殺技である。

「効くかよ!」

 勿論、そんな不意を突いたところでヒカリにその技は通じない。短剣はヒカリに触れた瞬間に粉々に砕け散る。言うまでもなく『弱点に至る一撃・防御形態』。ヒカリに向けられたすべての攻撃は相手にとっての弱点。今この瞬間、短剣の攻撃はヒカリ自身がそのまま弱点になる。

「クソがぁああ!」

 槍男は何度も懐から短剣や針、ナイフを瞬時にヒカリに叩きつけるが、全く効果がない。ヒカリは懐に仕込んでいた金属釘を槍男に何本か放り投げる。

 槍男はそれを躱《かわ》そうとしたが、ゼロ距離で投げられたその釘をすべて躱せる筈もなく、何本かは腕や腹、足に当たり、その部分がスライムのように溶け始めた。

「ぐがぁぁぁっぁぁぁ!」

 絶叫が辺りに響き渡る。
 もうこれで槍男は戦えないだろう。至る所から体が溶け始めるのだ。この男は今後一切戦闘はできない。

「よそ見は禁物だよ? クフフ!」

ヒカリが槍男に視線を向けている間、もう一人の女性が短剣をクロスに構え、頭上から飛び降りてくる。おそらく、槍男に視線を向けている間に木に登り、上から奇襲してきたのだろう。

「く、無駄なことして!」

 僕は一応、腕をクロスに構え、防御の構えを取る。短剣が僕に触れるとまたもやその短剣も粉々になる。

「でもこれはどうかな!」

『粛清隊短剣術 虚の型 毒雨』

 それは高いところから攻撃することによって短剣とその剣に仕込んだ毒を相手に浴びせる二段構えの技。そもそも、この短剣は壊れることを目的としており、粉々になった短剣の毒の破片を相手に当てる回避不能の技である。

 しかし、そんなものが効くはずもない。短剣だろうが、毒だろうが、攻撃であることは変わりないのだ。そのすべての攻撃がヒカリに触れた瞬間、蒸発してなくなってしまった。

「ど、毒も効かない!?」
「当たり前じゃぁぼけぇ!」

 僕は今度はただのパンチをその女性の腹に当てる。

 ドゴォ!

「ぐへぇぇぇえ!」

 女性は吹っ飛ぶ。それはもう面白いくらいに。何度も地面を転がったその女性は顔面を地面にこすりつけた状態で止まり、全く動かなくなってしまった。おそらく彼女の内臓はぐちゃぐちゃになっているだろう。もはや生きているのかどうかも怪しい。

「これで二人減っちゃったけど……次はどうするの?」
「そうですねぇ……どうしましょうかねぇ、ハイ」

 仲間がやられたというのに目の前の眼鏡の男は平然としている。その男は余裕の表情を崩さずにこう言った。

「あなたの『弱点に至る一撃』は正確には一撃を連続で使っているようですね。よって毒のような液体も効かない。さらには不意打ちでさえも自動で発動するから効果はなし、と。ハイ。予想していたとはいえ実際に見るとほんと無敵ですね、ハイ」
「僕としてはさ。もうこれ以上追ってこれないんだし、引いてくれるなら構わないんだけど?」
「それはダメでしょう。あなたが良くてもその後ろに隠れている女性が許してくれませんね、ハイ」

 小雪さんがいることがバレてる! さっき舌打ちなんかしたからじゃないかな……

「でもこれだとあんたらに勝ち目はないんじゃない?」
「いいえ、そうでもありませんよ?あなたが攻撃だと認識しなければ、あなたに触れるし、影響を及ぼせる。だからこんな手はどうです?ハイ」

 どうするんだ?と、ヒカリが身構えていると一人の女性が出てくる。全身白の服装で、胸には大きな十字架のネックレス。なんの武器もなければ強そうにも思えない。

「ではお願いしますね、イヴ、ハイ」
「そうですわね……。ではヒカリさん、初めまして、私イヴ・スライスヴィールと申します」
「!?」

 お、おかしい……声を聞いただけなのに……体が……熱い……!

「私、あなたを初めて見た時からあなたの事を気に入っていますの」

 なんだこれは……攻撃でもない……!? でもこれはまるで……

「ええ。のですよ、ハイ」

 そうだ。声だけで僕はこの女性を好きになりかけている……これはマズい……

「どうか私の愛を受け取ってもらえませんか?さぁ、こちらにいらっしゃって……私を抱きしめてほしいのです」

 そ、そうか……その手があったか……!!

「ええ、その通りです。あなたが攻撃と認識しなければそれは発動しない。彼女の"祝福"は"強制発情"。あなたの中にあるこの女性を美しいと思う心を何倍にも上げる対男性特攻の技ですが……あなたにも効くようですね、ハイ」
 
 ヒカリの足が本人の意思とは関係なく前に出る。この女性に触れたい、抱きたい、愛したい、愛されたい。すで思考の大半はその劣情に支配されている。
 ああ、もう何も考えずにこのまま………

「………ヒカリ!正気に戻りなさい!!」

 小雪は木の後ろからでて、ヒカリに向かって叫ぶ。しかし、それでもヒカリは何も考えられない。

「やっと出てきましたか。私共も彼に手は出せませんが、あなたには出せます。いいでしょう。では残りのメンバーはあなたの排除に移っていただきます、ハイ」
「やれるもんならやってみなさい!」

 残りのメンバーはその眼鏡の男性の前に出てくると各々が自己紹介を始める。

「粛清隊司教 バートン・アルス」 大剣を握った男
「粛清隊司教 ラムダ・ダーニング」 三又の槍男
「粛清隊司教 ブロス・ダロー」 二丁銃の男
「粛清隊司教 ミールス・レンブルグ」 刀の男
「粛清隊司教 ヘレン・ポーター」 丸腰の女
「粛清隊司教 アイナ・ハールス」 二本のナイフの女
「粛清隊司教 レン・マッカ―ニン」 弓を構えた女
「粛清隊司教 ルース・ボルタ―レン」 両手剣の女

「そして私が粛清隊大司教 キーリング・バッハとあちらの女性が粛清隊司教・イヴ・スライスヴィールで………」

「長っがいわあああああああああああああぁ!!」

 小雪は叫ぶ。その瞬間に小雪は"奇跡"を発動させる!

『千堂流黒式 修栄しゅうえい直伝 黒牢こくろう

 それは地面から延びる無数の帯、帯、帯。それが八人の司教の周囲からいくつも重なって彼らを覆いつくし、半円球状の檻を作る設置型の"奇跡"

 小雪は彼らが来るまでにあらかじめ地面にこの"奇跡をあらゆるところに設置していた。
 八人の司教はノーモーションで繰り出されるこの技に反応すらできなかった。

「ふむ、トラップですか。しかしあのような帯など彼らには……」
「あら、それはどうかしら」

 そう。あの帯は地面を形状変化させたただの土だ。しかし、たとえ土であろうとも、それは石であり、砂だ。それを凝縮し、幾重にも張り巡らせた檻は並大抵の力では壊せない。更にあの檻は閉じ込めるだけでなく……

「檻を形成した後はその檻の中からも無数の硬い土の帯が彼らを襲うわ。それはもう動けなくなるまで徹底的にね」
「………なるほど。彼らが未だ出てこないのはそういう事でしたか、ハイ」

 こうしている間にもヒカリはイブの所にゆっくり歩いている。イヴはあえてヒカリに近づこうとはしない。向こうから近づく。この行動こそに意味があるのだ。ヒカリがイヴに触れてしまえば最後。ヒカリはイヴに対し自主的に愛することになる。

「く、でもヒカリがこれじゃあ……」
「ハイ。もう彼はイヴの虜になるでしょう。あなたがヒカリの邪魔をしてもいいのですよ?ハイ」
「………そうしたらヒカリは邪魔をされたと思って完全にあの女のものになるのでしょう?」
「そうです!よくわかりましたねぇ!ハイ!」

 キーリングは嬉しそうに声をあげる。それを小雪は何もできずに見ることしかできない。そして、状況は更に悪い方向へと変わる。

 ドゴゴゴゴゴォ!

 !?

 あの檻の中から大剣を持った男、バートン・アルスが出てきたのだ。彼は出てきた後も襲い掛かる無数の土の帯を大剣やただの腕力でその帯を引きちぎる!

「うざったいのぉ!流石千堂じゃぁ!でもこれは系統的に黒じゃろぉ?最弱ならまだ勝ち目がるんじゃなかろうかのぅ!」

 馬鹿でかい声と共に巨体な体が出てくる。それと同時に小雪に向かって走り出す。

「それどころじゃないってのにっ!」

『千堂流黒式 修栄直伝 地獄落とし』

 それは対象の地面を陥没させ、その上から地表の土を落とし込み、固めるという即席の落とし穴である。これを食らえば彼は地面の中で身動きを取れず、化石のように死んでいく以外に道はない。

「しゃらくせぇわっ!」

 しかし、その男は足場が無くなった途端、大剣を周囲の地面を突き刺し、その勢いで地表まで飛び上がると小雪に向かってその大剣を振り下ろす!

『千堂流黒式 修栄直伝 甲羅の陣』

 小雪が着ている服が『自動変形防御』で大剣を防ぐに相応しい形態を作る。服からいくつもの帯が伸び、地面に突き刺さって衝撃に備え、大剣には円形状の盾が出来上がる。

「オラオラァァァァ!」
「キャァァァァ!」

 それでも完全に大剣の威力を防ぐことは出来ず、小雪は悲鳴を上げる。バートンは一度では足りぬと判断したのか、何度も小雪に向かって大剣を打ち付ける。

「ハハハハハ!これはいいですねぇ!流石に司教クラスの人員が何人もいればいくら千堂といえどもこのザマですか!ハイ!」
「さぁ、もう少しですよ、ヒカリ。私を、愛してください……」

 小雪は焦る。このままでは本当に負けてしまう。小雪だけならまだしもヒカリを置いていくのはマズい。敵の手に渡ってしまったら今後千堂はヒカリを殺すために動かなくてはいかなくなるのだ。

「お、お願い!ヒカリ!目を覚まして!」
「無駄ですよ。もう彼は理性がほぼ飛んでいる。でもかなり抵抗しますね。普通であれば彼女の祝福を食らえば走ってでも彼女に触れたがるものなんですが。ハイ」

 ヒカリはヒカリで必死に抵抗している。しかし、ヒカリの理性ではその本能ともいえる感情にわずかばかりの抵抗をすることしかできない。

「ひ、ヒカリ……。お願いだから……元に……戻って……」

 バートンは更に小雪に大剣を打ち付ける。その速度は更に増していき、小雪自身ももう逃げる隙すらなくなっていってしまった。

「"異端狩りの千堂"を一度に二人も倒せるとは……しかも一人は『飼い犬』にできる……これは、これはまさに快挙!! 昇進間違いなしですっ!!」

 小雪はもはやツッコむ余裕すらない。このままじゃあ本当に殺される……

「ああ、ごめんなさい………私がまだ未熟なせいで……ヒカリまでも………」





「……………歪みねぇ」



 諦めかけたその時、小雪の耳にそんな声が聞こえた。それは小雪のよく知っている。大きな鎌を持ったあの男の声が。



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