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祓い人
しおりを挟むヒカリたちが保健室を出た後、近藤美咲は一人色々と考えていた。
小さいころから自分の意見を主張するのが苦手で、そのせいか友達と呼べる存在は今までいなかった。クラスではいつも教室の隅にいることが多く、一人でできる事。つまり、読書が彼女にとって唯一の楽しみだった。
読書は素晴らしい。架空の人物、架空の場所。そして、架空のストーリーで進められる話は現実が悲惨な彼女にとって安らぎを与えてくれる。だから友達がいようといまいと関係なかった。
しかし、高校に入ると運悪くガラの悪い女子生徒に付きまとわれるようになった。ただ本を読んでいただけ。それだけだったのに。
暴力や物に当たられる日々は本当に辛かった。中でも本を隠されたり燃やされたりした時は特に。心の救いと呼べるものまで取り上げられたら自分には一体何が残るのだろうと思い、自殺も考えたことも多々あった。でも、残された家族の事を考えると安直に死を選ぶわけにはいかない。だから、死にたいと思いつつも死ぬことができない地獄の日々をただ淡々と過ごしていた。
そして今日。名前の知らない先輩たちが全くかかわりのない私の為に助けに来てくれた。巻き込みたくなかったから一度は拒否したものの、最後まで戦ってくれたのである。学校の先生たちすら目を背けていた私の事を。
あのヒカリという人は困ったら相談していいと言ってくれた。あの人になら頼ってもいいのかもしれない。
そう考えていたところに、突然、横から声をかけられた。
「近藤、いるの?」
「ひゃ、ひゃい!?」
ベッドのカーテン越しに上川さんの声が聞こえてくる。急に話しかけられたものだから思わず変な声が出てしまった。
「何よその返事は。本当にだらしないわね」
「ご、ごめんなさい………」
「まぁいいわ。どうやら三津橋たちはここにはいないみたいだし」
三津橋というのは最後に上川にナイフを突きつけていた女子生徒のことだ。
「じゃあ……今は二人だけ……?」
「そうね。そうなるわね」
気まずい空気が流れる。どうしてこの人はいきなり話しかけてきたんだろう?そもそもいつから起きていたの?ヒカリさんとの会話を聞いていた?
「その……ごめんなさい」
「え、え?なに?」
「だ、だから!ごめんなさい!あなたに今までしていたことよ!」
突然謝られてびっくりしてしまった。上川さんがこんな風に人に謝るようなことが起きるなんて想像もできなかったからだ。
「何かいいなさいよ!」
カーテン越しでなければ逃げ出していたところだ。
「ご、ごめんなさい……」
「なんであなたが謝るのよ…」
「だ、だって……」
「はぁ……もういいわ。とにかく謝ったからね」
「うん………でも……どうして急に……?」
「あの風紀委員の奴に言われたのよ。今回の事はなかったことにするからケジメはつけておけって」
風紀委員? 私に一番に声をかけてきた人のことだろう。今考えたら助けてくれようとした人に対し冷たい態度を取ってしまった。あの人には今度きちんとお礼を言わないと。
「そ、そうなんだ……」
「今回の事は流石にやりすぎだって思ってたしね。あいつがもみ消してくれるってんならすることはするわ」
最終的には殺人未遂までいったのだから上川にとってもかなり堪えたようだ。
「でも本当に反省したわ……。自分の死が身近に感じられて初めて思ったの。今まで自分がどれほど酷いことをしてきたのかって……」
「………」
「あなたにとっては知ったこっちゃないって感じかもしれないけどね。でも逆の立場なら意外とわからないものなのよ?小さいころからなんでもあって、誰もが私のいう事を聞く。欲しいものがあれば何でも買ってもらえたし、周りの人も私にそれを求めてたくさん寄ってきた」
私は黙ってそれを聞く。それは自分とは正反対の境遇であり、全く想像もつかない話。それはまるで想像の中に出てくるおとぎ話を聞いているような夢の世界。
「それでいいと思ってた。お金があれば何でもできる。権力だって簡単に手に入った。それが自分で手にしたものでなくても、親のものだったとしても、それは自分が使っていいものなんだって。好きにしていい権利が私にはあるって思ってた」
生まれた時からなんでも与えられていたら、そういう風になるのも自然なことかもしれない。人はあることは当たり前だと思い、無くて初めてその物の価値がわかるものなのだから。
「だからね。今回初めて死にそうになって、ああ、ここで死んじゃうんだって。どこで間違えたんだろうって。そう思ったのよ」
死にかけてはじめて自分の事を客観的に見ることができたのだろう。逆に言えばそこまでしなければ自分の事を第三者から見ることができなかった。でもそれは本人だけが悪いのだろうか?そうさせた環境にも問題があると言えないだろうか?
「三津橋たちには本当に悪いことをしたわ。お金で仲良くなったとはいえ簡単に裏切ってしまった。あの子たちだって少しは私に対して優しかったことはあるのに……」
近藤からみたらただの暴力集団だと思っていたのだが、彼女たちも彼女たちなりに独自の交流関係があったのだろう。それは近藤視点からみると一括りのものであっても、全然違う見え方もあったのかもしれない。
「でも因果応報ね。これで私もあなたと同じ立場よ。三津橋たちはきっと私を許さない。私はもうお金で解決するようなことはしないつもりだから助けてくれるような人はいない。明日からはきっと私がいじめられる側かもね」
ふふふ、と自嘲気味に笑う声が聞こえる。明日から地獄の日々を迎えるかもしれないというのに、その声は何か吹っ切れたような清々しささえ感じる声音だった。
「言いたいことがあるなら言ってもいいのよ?いい気味ねとか、ざまあみろとか言ってももう怒りはしないわ。あなたにはその権利があるのだから」
「そんなこと………しない………」
「別に気を遣うことはないのよ?」
「遣ってなんか……ない……。私は……あなたと……同じ……」
「同じ?何が?」
「私は……今まで……あなたの事を……よく知らなかった……。知ろうとも……しなかった……」
そうだ。私は上川さんが私をいじめていたように、私も上川さんをただいじめる人だとしか思っていなかった。いじめられながらも何も抵抗しない。言い返さない。それはどうしようもなくいじめを許容しているのと同じことだ。
「それはそうでしょう。誰だって自分をいじめる奴の事なんか知ろうとも思わないわ」
「でも……それだと……いじめる人にも……問題があると……思う……」
「学校の先生が言いそうな事ね」
「私は……いじめを……受けることを……許容していた……。抵抗しなかったし……助けも呼ばない……何もしなかった……」
「………」
今度は上川が黙って話を聞く。それを察した近藤は更に話をつづけた。
「嫌なら嫌って……痛いなら痛いって……いうべきだった……。助けてほしいって……いうべきだった……」
自分は何もしていない。社会にはそういう専門の相談所もあるし、親だっていた。助けを求めとしたら手段はあったのに何もしなかった。したところで上川の関係者に潰されると思い込んで、何もしなかったのである。
「少しでも誰かに……助けてって言えば……結果は変わったかもしれない……何もしなかった私にも……非がある……」
「………」
「無理だと思っても……無駄だと思っても……何もしないことは認めるという事……それは私の責任……」
「何よそれ……」
「それに逆の立場なら……私もそうなってたかもしれない……」
「でも現実は違うじゃない。そんなたらればを言ったところで現実は現実」
「だから……あなたは仲間を失った……私はいじめられていた……それが私達の罪で……罰なんだと私は……思う……」
「………」
「だから……同じいじめられる側に来た上川さんとなら……分かり合えることも……あるかもしれない……だから………友達に……なって……くれませんか……?」
「はぁ?何言ってんのよ」
私は今日まで本さえあればいいと思ってた。本だけが自分の救いだった。でもそれは架空の世界に逃げているだけで、現実から目を背けていただけなのだ。だからそれさえあればいいと思ってたし、それがあれば何をされてもいいと思っていた、それはいじめを許容した自分の罪。いじめを加速させた自分の罰でもある。
だがこれからは違う。今回の事で色々な人に迷惑をかけた。それがダメなんだと気づいた。だったら変わらなければならない。とりあえず近くにいる同じ境遇の者同士で手を取り合うべきだと思ったのだ。
「同じ立場になったのなら……私達は同じ穴の狢……今なら私達は……分かり合える……」
「何なのよ、それ………。意味がわからない……」
「じゃあこれは命令……いじめられた側が……いじめてた側に対する……責任の……罰……」
近藤はベッドから起き上がり、立ち上がって上川がいるであろうベッドへと向かう。上川はベッドで長座位になっており、目には泣いた後のような赤い目をしていた。彼女は彼女なりに悩んでいたのだろう。今までの事を。これからの事を。
「ちょ、ちょっとこっち来ないでよ!」
「私は……変わらないといけない……そう思う……だからあなたにも……変わってもらう……」
「取引になってないし!」
「いいえ……これは命令……聞かなければ……風紀委員に……言う……」
「うぅ……」
「それにヒカリさんにも……相談する……」
「!! あのヤバい奴か!」
上川にとってヒカリは恐怖の対象でしかなかった。形としては上川を助けた感じだが、死ね死ね言いながら物を壊して近づいてくる様はトラウマでしかない。
「だから……お願い……」
「………」
「……言いますよ?」
「あーーもう!わかったわよ!」
ついに上川が根負けしてしまった。それを聞いた近藤は勝ったとばかしに少し笑顔になる。
「じゃあはい」
「……なによ?」
近藤は上川に右手を差し出す。それを上川は眉をひそめながら見る。
「仲直りの……握手……」
「恥ずいでしょ、それ」
「……と、取引の……握手……」
パッと上川は右手を差し出す。それが面白かったのか。近藤はクスクス笑いだす。
「わ、笑うことないでしょ!」
「案外……素直……だったから……上川さん……」
「……優菜でいい」
「……え?」
「優菜でいいわよ。ていうかさっきは言ってたじゃん」
そうだっけ?と私は考える。そういえばヒカリさんと話していた時に言っていた気がする。あの時にはもう起きていたのだろう。
「じゃあ……優菜ちゃん……これから……よろしく……」
「ええ、よろしく。ところであのヒカリって人何だったのかしらね。あれはホントビビったわ」
「わからないけど……超能力……とか……?」
「だとしたら怖すぎでしょ。死ねって言ったら離れたところにある物を粉々にするの?」
「声の波で……物を振動させてる……?でもあんなピンポイントで……あの質量の物を……灰すら残さず……?」
「考えれば考える程わからないわね。もういいわ。あいつのことは忘れましょう。ていうかもう暗いわね。帰りましょうか」
壁の時計の時刻はもう七時過ぎだ。よっぽどのことが無ければ部活動の人も帰っている。それに何故だか保健の先生もさっきから全く来ない。
「うん……帰ろうか……」
「カエサヌヨ」
!?
突如、保健室の廊下の方から人の声とは思えない禍々しい声が聞こえた。ドスン、ドスンとその巨体が歩いてくるような音はだんだんとその大きさを増していき、ついにドアの前まで来た時にその姿を現した。
それは一言で言うのであれば鬼だった。頭には角を生やしており、手には竹刀を五本くらい束ねたようなでっかい金棒が握られている。三メートルはあろうかという巨体を身をかがめることによって移動している様は素早く移動できなさそうではあるが圧倒的な威圧感を放っていた。
「オマエタチ、ヒトデアリナガラ、ヒトヲクウ、オニダ。オニハ、オニガ、タオス」
上川と近藤はその光景に恐怖からか、身動きが取れなくなっていた。全身青のその肌と、薄着の上下の服は絵本にある鬼そのままの姿形をしている。
「ニゲルモ、タタカウモ、スキニシロ。ドウセ、オマエラハ、ココデシヌ」
二人は顔を見合わせる。逃げるも何も出入口であるドアの前に鬼がいるのだ。あの横を通り抜けようにも巨体で塞がっていてはどうしようもない。
ならばと他の逃げ道を探す。当然、他の出入り口となると窓しかないわけで……
二人はすぐさま行動に移るべく声も出さずに動き出した。
「あ、スマホ忘れた」
「何やってんのよ、まったく……」
うっかりしていた。鞄を持ってくることに気を取られてスマホを忘れてしまうとは。以前は持ってなくてもそれほど不便に感じなかったが、今はその素敵機能に魅せられているためそれがないと生きていけないようにさえ感じてしまう。
「ごめん、取りに帰るよ」
「明日でもいいでしょ。諦めなさい?」
「そうですよ、もう暗いのですし明日でもいいのでは?お家の人も心配しますよ?」
小雪さんと五条はそう言うが僕は我慢できない。今から教会に帰っても帰りは遅くなるが、スマホを取って来れば遅れることは教会の人に連絡することができるので別段問題はないのだ。そのことが、この人たちにはわからんのです。
「スマホがあればなんとかなる。寧ろスマホがあれば何でもできる」
「そんな威張って言う事じゃないでしょうに……」
小雪さんは呆れ顔でこちらを見ている。そんな顔されても引き下がりませんよ?
「ヒカリはなんだか前と比べて変わりましたね」
「へ?どこが?」
「三か月くらい前まではどこか自信無さげで少し暗かったですが、今は前より明るくて行動力があるようにも思います」
そうだろうか。自分ではそんな感じはしないのだが第三者から見るとそう見えるのかもしれない。
「成長期だからだよ」
「それは意味合いが違うわよ?」
「小雪さんと会ったからだよ」
「そうね、私のおかげよねー」
この子はなんでこんなにも自分に自信があるのだろうか。あながち間違ってないのかもしれない。この人の隣にいたら根暗も改善されるかも。
「で、どうするのですか?取りに行くのならついていきますが?」
「ええー。悪いって」
「そうね、私はパスよ。今日はスーパーに寄って帰るから」
この後輩には先輩に対する思いやりはないのだろうか。
「では仕方がありません。私達だけで行きましょう。それでは小雪さん。また学校で」
「はいはい、またねー、二人とも」
本当に帰りやがった。僕がスマホ忘れたのが悪いんだからしょうがないけどね。
「それで、ヒカリ。あの力は何だったのですか?」
「まだ聞くのね……本当にわからないんだよ。マジで」
「"異端狩りの千堂"」
「!!」
「やはりそうでしたか。道理で」
「どうしてそのことを……?」
「『祓い人』の家系ですからね。私は」
それ聞いたことがある。さっき『小雪ゼミ』で聞いたところだ!!
「うん、まぁ今日聞いたばかりだよ、そのワードは」
学校までの道を戻りながら僕たちは話す。もう空は暗い。最近は特に暗くなるのが早くなってきた。
「ですが私は『祓い人』の事も千堂の事もよくは知らないのです」
「奇遇だね。僕も何故かさっぱりなんだ」
「ははは。そうですね。同じですね」
笑ってはいるものの五条は少し悲しそうな切なそうな、そんな複雑な顔をしている。こんな表情をする五条のことをヒカリは初めて見た。
「『祓い人』は誰でもなれるわけでもなく、何か一つ戦闘に秀でているものがないとなれない特殊な仕事なんです」
「バケモノと戦うから?」
「ええ、僕たちが基本相手にするのは妖怪系や霊的なものですがね。それらと対峙しなくてはならないので何か専門的なことが出来なければ逆に殺されてしまいます」
人外と戦う感覚というのが全く想像できないが、きっとかなり厳しいものではないだろうか?普通の日常生活を送っているただの人ではなれそうもない。
「資金源は町の有力者や資産家たちです。依頼を受けて駆除することもありますし、自発的に町をまわっていることもあります。個人的に儲けようと思っても階級が上の方にならなければ厳しい面もありますのでなる人は年々減ってはいるんですけどね」
命がけの仕事の割には薄給なのか。それは誰だってなりたくない。僕は黙って五条の話を聞く。
「それでも『祓い人』の家系に生まれたからには責務があると思うのです。だから先輩方に稽古をつけてはもらっていたのですが……」
「…………上手くいってないの?」
「はい。私は一対一で戦うならまだしも、多数の相手や不意打ちには滅法弱いと言われていて……。実戦にさえ連れて行ってもらったことがないのです」
確かにそういう気はありそうだ。真剣勝負の真っ向勝負が好きそうなこの友人は礼儀や格式を重んじる。だが、敵はそんな道理が通じる相手でもないだろう。
「『祓い人』は半人前くらいまでいかないと情報を教えてはもらえません。だから、"異端狩りの千堂"の事も今の私では知り得なかったのですが、叔父から少し話を聞きましてね」
「叔父さんも『祓い人』なの?」
「ええ。この町では二番目に強いと言われています」
「めっちゃ強いじゃん」
「はは、そうですね。だから少し教えてくれたのです。本当はダメだけど少しだけならと。なんでもこの学校に"異端狩りの千堂"がいるから何かあれば助けてもらえと」
なんて爺さんだ。そんなに孫が心配なら別の誰かに頼んでくれよ。
「千堂は二人いましたがどちらも"異端狩りの千堂"らしいですね」
「そうだね。僕も今日知ったよ」
「そうですか……きっとあの金属棒を出したのが彼女の"奇跡"なのでしょう。でもあなたのは……」
「ああ、触れたものを破壊する力は持ってるんだけどね。今日のアレは僕にもわからない。別に隠しているわけじゃないからね?」
「そんな感じがしました。"奇跡"に代償があるなんて聞いたことがありませんから。でも、あなた方の力はこの世界最高のものと言われています。もしよかったら私の特訓に付き合ってくれませんか?」
ほぅ、今日色々知った僕に稽古をつけてくれと。バケモノ退治ではなく特訓に。
「僕この力を上手く使いこなせてないんだよ?」
「それでも構いません。どうかお願いできませんか?あれでしたら私もヒカリの訓練のお手伝いをしますよ?」
特訓なんかしたことないよ。でも、五条には恩や借りがたくさんある。ここで断れば僕は本当に人でなしかもしれない。仕方ない。ここは男の友情、見せてあげますか……
「……わかったよ。でも本当に手伝えることなんかないかもしれないよ?」
「受けてくれるのですか?」
「やれるだけやってみるよ」
「ありがとうございます!あー!よかったー!これで夜も修行ができる!」
「え?どういうこと?」
夜も修行?そういえば修行っていつやってんだろう?
「叔父に言われたのです。もし千堂の協力が得られれば夜の巡回をしてもよいと。今までは寺の裏の森で指導を受けていましたが、これからはどこでも修行ができます!」
「ちょ。ちょっと待ってよ!バケモノ狩りにも僕行かないといけないの?」
「? そうですが何か問題でも?」
「大ありだよ! まだ半人前にもいってないんでしょう!?どうすんのさ!!」
「千堂がいれば『祓い人』の護衛を百人つけるのと変わらないって言われてるんですよ?あなたがいれば楽勝です」
千堂ってそんな強いの!?
「大丈夫です。お家の方には連絡すればいいでしょう?それに何だったらお寺に合宿という形で住み込んでも構いませんから」
「いや、それは……」
「うちのお寺結構広くてですね。『祓い人』が勿論たくさんいますが中には巫女さんなんかも……」
「いやー!楽しみだなー!合宿なんていつぶりだろう!」
「物分かりのいい友人で安心しました」
五条は眼鏡をクィっと上にずらす。くそぅ、まんまとのせられてしまったぜぃ!
「それでは叔父に連絡しますね………ええっと………おっと、これはマズい……」
制服からスマホを取り出した五条は固まってしまった。何かあったのだろうか?
「どうやら学校に鬼タイプの妖魔がでたようです」
「は?なんでそんなことわかんの?」
「感知タイプの『祓い人』がいますから。近場の人は至急向かうべし……ですか」
「えー、どうしよ。じゃあ学校には戻れないなー」
「何を言っているのですか?行きますよ?」
は?
「いきなり実戦とは。私はついてる。『祓い人専用グループ』のラインに入っててよかったー」
「まさか……僕たちが倒すの?」
「はい、倒します」
「嘘やん」
「不安ですか?千堂なのに?」
「今まで戦闘経験ないもん」
「ですが千堂なら問題ありません。それにもう『向かいます』って送っちゃいましたから」
なんで送っちゃうかなー……
「……でもそうですね。初戦だと力の加減が難しいかもしれません。事後処理用に一人は欲しいですね」
「事後処理?」
「只人の記憶消去や建物の修復とかです」
「只人?」
「一般人です。それでは近場の人はっと……。三人いますね。一人は霊的なもの担当なのでダメですね。あとの二人は……強い男の祓い人と少しランクは落ちますが巫女さんの祓い人がいますね。どちらに応援を頼みますか?」
究極の二択がここにある。
「ちなみに二人共は……」
「ダメです。それだと人数が多すぎます。修行にはなりえません」
やめてくれよ。僕に選ばせないで。
「巴が決めてよ」
「………では男の」
「わかりました。僕が悪かった。巫女さんの方をお願いします」
「え?なんか言いました?」
こいつ………ムッツリのくせに……。小雪さんに黒の会のことバラしてやる!
「お願いします!巫女さんでお願いしますぅ!」
「しょうがない人ですねぇ、ヒカリは。ですがこれも修行の為。致し方ありません」
「………」
「ひ、ヒカリ!そんな怖い顔で見ないでくださいよ!わかりましたから!今度巫女会に入れるように手配しますから!」
「……なんで巫女会の手配なんかできるのさ?」
「実は以前から誘われていたんですよ。高校生の祓い人は僕だけですから」
こいつなんてウラヤマな……
「でも一人で行くのは地獄でしょう?」
「それはわかる」
「二人で行きましょう、ヒカリ。僕たちはその……友人……でしょう……?」
「勿論さ。僕たちズッ友だよっ!」
モテる奴は気に食わないが、自分もお情けにありつけるならそれに越したことはない。
気づけばもう校門のところまでついていた。
「それでは行きましょう」
「待たなくていいの?」
「事後処理の保険ですから。藤野さんは遅れてきますよ」
藤野さんというのか。その巫女さん。
「じゃあいっちょやりますか。鬼退治」
「ですね」
「で、武器は?」
「これです」
そう言うと赤い蛍光灯を取り出した。おいおいまさか…
「……マジで?」
「正確にはこの中の物です」
キュポン! という小気味よい音を出しながら蛍光灯の筒の中から何かを取り出す。それは一本の小刀だった。
「そんな短くて大丈夫なの?」
「ええ、分不相応に長い刀だとかえって危険ですから。それにこれはただの小刀ではありません」
ぶぅん という音を出して刀身が赤く熱を持つ。斬ったらとても痛そうだ。蛍光灯色の正体はこれだったのか……なんて物騒なものを……
「凄いでしょう?刀身に炎竜の素材を使っていますから」
「竜なんているの?」
「小さいですけどね。火を纏ったトカゲですよ」
「まぁなんでもいいよ。じゃあ今度こそ…」
「はい、ここからは戦場です。心してかかりましょう」
僕たちは歩き出す。お互い初めての実戦だというのに。まさか馴染みの学校で鬼退治をすることになろうとは……
「鬼ヶ島かっての」
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