紅い騎士の物語

アヴァン

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家族

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 双子は尚も鎧武者に向けて我武者羅がむしゃらに攻撃を続ける。

 大盾に攻撃しても仕方ないと気づいたのか、大盾の横や上から飛び掛かろうとするも盾をずらされたり、逆に大盾で押されたりして何もできないでいた。やはり、この鎧武者の実力は双子のかなり上をいってるようだ。

「このままではまずいのぅ。やっぱりこの二人を殺したらダメか?」
「ダメに決まってるじゃないか!そんなに強いんならどうにか気絶させるなりできないの?」

 結構激しい戦闘を続けながらも、息を切らさずに悠長な会話をしてくる。このじいさん半端ない。

「もう気絶しておるようなもんじゃからのぅ。殺すしかあるまい。まぁ何もしなくても勝手に死ぬがな。カッカッカ!」
「笑いごとじゃねぇよ!」

 僕は鎧武者に向けて蹴りを入れようとする。すると、鎧武者はかなり慌てた様子でそれをかわす。

「な、なにをする!さっきも言ったじゃろ!お前さんの攻撃は全て弱点になるのじゃぞ?食らっておったら足が折れるか粉々になるわ!!」

 割とガチ目にキレられた。

「ご、ごめん……」
「まったく……、お前さんがわしの友人でなければ殺すとこじゃぞ……」
「……は?僕はあなたなんか知りませんけど……?」
「お前さんは記憶操作されておるんじゃろう?わしらは昔の友人じゃ」
「年寄りから友人って言われるとなんかむず痒いなぁ…」
「友人と言ってもお互い顔は知らんかったがな」
「それどこのネット仲間だよ……」

 そんな会話をしている間にも双子の猛攻は止まらない。そもそも、ギリギリの体力でボロボロの状態だったのだ。なのに、こんなにも激しい動きをしていたら二人の命が危ない。顔面は蒼白になっており、いつ倒れてもおかしくない。

「ど、どうにかできないのか?」
「…………可能性としてはあるにはある」
「!!」
「まず、あのシスターじゃな。あやつが死刻虫を操っておるのじゃからあやつに止めてもらえばええ」
「え……でも……」
「まぁ無理じゃろうな。殺すのではなく聞き出すんじゃ。事実上不可能じゃ」
「そ、そんな……」
「もう一つは双子の体内の死刻虫を殺すことじゃ」
「!! どうやって殺すんだ?」
「……………知らん」
「……は?」
「知らんわそんなもん。死刻虫は寄生主の血液中に潜む微細な虫じゃ。常に移動しておる。なんぼか血を流せば運よく止められるかもしれんがの」
「つ、つまり……」
「死ぬまで血を流させるしかない。まぁこやつらもう瀕死じゃしのぅ。少しの血を流しただけでも致命傷になりかねんがな」

 そ、そんな……じゃあもう二人は……

「おじいちゃん物知りね。あなた『祓い人』なんでしょう?上から何番目なのかしら?」

 高みの見物といった感じで今まで黙っていたシスターが口を開く。

「…………隠すほどでもないがのぅ。千の宮支部 第五番隊副隊長 盾のユキムネじゃ。つまり、この地域では二番目じゃな」
「へぇ………どおりで強いわけね。私なんかじゃ相手にならないかしら」
「相手との実力差もわからんのか?小娘が。お前ごとき十秒で殺せるわい」

 鎧武者の語気が強まる。シスターはそれをどこ吹く風とばかしに言葉を流しながら返答する。

「そうかもしれないわね。もともと私は戦闘向きではないのだから。でも、代わりに戦ってくれる優しい部下がいるからよくって?」

 シスターは双子の方を見る。

「はっ!わしにとってはこんなのが二人いたところで何も変わらんわい。殺したかったらこやつらを五十人程連れてこんか」
「………そうね、考えておくわ」
「ゆ、ゆかりさんっ!どうか、どうか二人を助けてください!!」

 僕は必死にゆかりさんに助けを求める。この際敵であろうが何だろうがなりふり構っていられない!

「それは無理よ、ヒカリ。このおじいちゃんが怖いんですもの。私だって殺されたくはないわ?」
「で、でも僕たちは家族でしょう!?」

 それを聞いたシスターはハッ、っと嘲笑しながら僕に向かってとんでもないことを言う。

「家族?そんなわけないでしょう?あの二人は人間ですらないのよ?バケモノを家族と呼べるわけないじゃない」
「え………」
「利用価値があるから生かしておいてるだけ。それに比べてあなたはタチが悪いわ。ホントはね、あなたは今すぐにでも殺しておきたいのに……」
「な、なんで……」
「当たり前でしょう?あなたは私達の敵対組織ですもの。何度殺そうと思ったことか。あなたはね、生かしておいているんじゃない。殺せないから仕方なく記憶操作しているだけなの」

 ………殺せない?………なんで?

「なんでって顔ね。あなたを捕まえた時に殺そうとしたけどすべての攻撃はあなたに通じなかった。仕方ないから無害化するために記憶操作をしたのだけれど、それでもダメ。きっと自身の生命が脅かされると自動的に能力が発動するのね」
「じゃ、じゃあ教会の家族ってのは……」
「あなたを監視するための設定よ。本当はあなたの千堂という名前も赤嶺に変えたかったのだけれど、その場合、あなた記憶を戻しかけたから。仕方なく千堂の名前は残しておいたのよ」
「う、嘘だったのか?僕にしてくれたこと全部が……優しく接してくれた思い出は……!!」

 シスターは今まで見せたことのない邪悪な笑みをこぼす。

「当然よ!! なんで私があんたなんかに好き好んで優しくするもんですか!いつ死んでくれるか毎日教会で祈っていたのに!!」
「う、嘘だ……そんな……」
「ヒカリ君。私は何故あなたがあの二人を助けようとするのか不思議なのですが」

 今度は神父が千堂に話しかける。

「そ、それは二人は僕にとって家族……」
「あの二人も私達とグルだったのですよ?命令されていたとはいえあなたを騙し続けていた。そんな二人を助けるのですか?」

 ………そうだ。僕は二人に騙されていた……ずっと……

「『ヒカリを教会から逃がしたら殺す。だから常に見張っておけ』とは言いましたがね。それでも偽りの家族には違いありません」

 でも……でも二人は脅されていた……、教会の人間に……二人に……

「だからもう戻ってきませんか?記憶を消させてはもらいますが、あなたの身の安全は保障しましょう。今ならまだ帰ってこれますよ?」

 でも、たとえ二人が僕をだましていたとしてもそれは仕方がないと思う。だって被害者だ。僕だって二人と同じ立場ならそうしていただろう。誰だって自分の命は惜しい。自分が助かるためならそのくらいの命令はきっと聞いてしまう。
 それに、僕たちは同じ境遇の仲間だった。教会に脅され、騙し続けられていた被害者仲間。たとえ、僕と双子が敵対していたとしても、今だけは、この場においては手を組める。敵の敵は味方だ。四面楚歌の呉越同舟。偽物の家族だっていいじゃないか。あの二人とは仲良くできる可能性はあるのだから。だから……

「あなたに問いたい。血のつながりだけが家族なのでしょうか?家族が家族として成立する条件とは何なのでしょう?」

 雰囲気が変わったことを察しながらも、神父は少し考えた後にいつもの威厳のある話し方でヒカリに答える。

「家族とは血のつながりであり、絆です。血のつながりがあるからこそ、その絆は美しく、力強いのです」
「ではなぜ孤児がいるのでしょう?その理屈では親が子を捨てることはないのでは?」
「それには家庭の事情もあるでしょう。経済面や複雑な人間関係などが……」
「では家族内暴力については? 親が子供をしつけと称して痛めつけたり殺すことも多々あるでしょう?」
「それは……」
「家族に血のつながりなど無意味。家族が家族足り得るのはお互いに家族としても思いやりがあるのかどうか。だから……」

 手のひらが燃えるように熱い。そして、だんだんとこの力の使い方が手の刻印からの頭まで流れ込んでくる。

「僕は二人を助けます。血のつながりが無くても。『概念昇華』!!」

 頭の中に浮かんできた言葉を全力で叫ぶ!
 
 それに反応したように神父とシスターはうろたえる。

「概念昇華ですか……これはまずいですね……」
「ええ………記憶が戻りつつあります……早くヒカリに記憶操作しないと……」

 鎧武者はヒカリの言葉から何をしようとしているのか察したように千堂の後ろに一瞬で下がる。

「やれるだけやってみるがええ。失敗してもそん時はそん時よ」
「大丈夫です。俺は絶対に二人を救う」

 俺……か……

 鎧武者はニカっと笑う。それは昔の見たヒカリの口元を思い出しながら。

 俺の能力は『弱点に至る一撃』。その効果は全ての攻撃を相手にとっての弱点に変えるというもの。それは正確には俺の攻撃全てに『弱点』という概念を付与するエンチャント形式の能力。

 けれど、『概念昇華』はその能力をさらに一段階引き上げる!
 俺の攻撃全てではなく、狙った相手のみに『死』の概念を突きつける!その名は……

「『死に至る一撃』!!」

 そう叫びながら俺は双子に掌底で腹の中央をたたきつける!
 いくら身体能力で双子に劣っていようと双子はもう満身創痍だ。ヘロヘロの状態ではその辺の中学生レベルの攻撃しかできまい。よって、勝負は一瞬。あっけなくも双子はなんのフェイントもない単純な攻撃を食らってしまう。

「ぐへぇぇぇぇ!!」
「げはぁぁぁぁ!!」

 およそ女の子があげる声ではない声を上げながら二人は後ろへ吹っ飛ぶ。そして、そのままコテンと横になったまま動かなくなった。
 
 それを見た鎧武者は大盾の構えを崩すとヒカリに歩み寄ってくる。

「ほぅ……やりおったか。流石、千堂の”奇跡”。見えない敵であろうとも正確に狙い打ちよるわ」
「はぁ……はぁ……はぁ……、なんとかやりきった。僕にこんな力が使えるなんて……。びっくりですよ」
「僕……か……」
「? 何ですか?」
「別に。何もないわい」

 口調が変わっていたことにヒカリ自身は全く気付いていない。それを少し悲しそうな声をする鎧武者を見たヒカリは頭にはてなマークを浮かび上がらせるのであった。

「………それで?ヒカリ君はこれからどうするつもりですか?」

 一連の流れを見ていた神父は千堂に問いかける。

「幸宗さん……でしたかね?」
「うん?そういったじゃろう?なんじゃ、わしのとこに来るか?」
「いいえ、それは出来ないでしょう。だってあなたはこの双子を助けてくれと言ったらどうしますか?」
「無論殺す。この双子はわしにとっての脅威ではなく、『祓い人』にとっての脅威。それにこやつらにとってわしらは仇じゃ。お互いに殺しあう運命よ」
「………でしょうね。だからいけません」

 はっきりとヒカリは断る。もともと行く気はなかったわけだが。

「ではどうする?教会に戻るのか?」
「ええ、それしか僕と二人が助かる道はないでしょう。だから神父様。お願いがあります」
「なんでしょう?」

 神父は黙って千堂の言葉に耳を傾ける。

「二人の安全も保障してください。今後二人が安全な生活ができるように…」
「その条件を呑む必要は私にはありませんが?」
「いいえ、ありますよ。僕のこの能力について知っているあなたならわかる筈です。僕が本気を出せばこの星だって殺せることに」
「!!」

 神父の無症状な顔が一瞬驚愕した顔に変わる。

「……どこまで思い出したのですか?」
「この能力の可能性までです。今の僕にはできなくても、それに近いことはできます。それはさっきの事を見ていたあなたならわかるでしょう?」
「…………」
「それに、あなたとシスターにはもう僕の攻撃は届いている」
「「!?」」

 神父とシスターは動揺していた。それはもう見てわかるほどに。

「僕が攻撃したと認識すればそれは全て攻撃になるんです。それは僕の吐いた息ですらも」
「ま、まさか……」
「はい。僕のいる場所からあなた方に向けて風は吹いている。『いずれ死に至る一撃』。これは対象に僕の攻撃が届いた場合。僕の任意で相手に『死』の概念が発動する時限式の能力。もういつでも殺せるんですよ。二人とも」
「………ではなぜ殺さないのです?今なら私達を殺して逃げればよいのでは?」

 神父は当然の疑問を投げかける。しかし、千堂にとってそれはできないことだった。なぜなら…

「僕の能力は相手を殺すものしかない。助ける能力は皆無だ。このまま放っておいたら二人は死んでしまう。そうでしょう?」

 いくら双子の体内の死刻虫を殺したといってもその体力が、傷が治るわけではない。自然治癒能力があったとしても、未だに治る気配がないことからこのままでは確実に死んでしまう。そんなことは素人の千堂が見ても明らかだった。

「そうですね。このままでは二人は死にます」
「だから交換条件です。僕は大人しく記憶操作を受ける。あなたは双子を助け、安全を保障する。いい提案では?」
「………あなたを記憶操作した後に双子を殺すこともできますが?」

 そうだ、その時はどうしようもないだろう。でもその時は……

「その時はあなた方二人を許さない。いつか記憶が戻った時、その時は楽に死ねると思うなよ?『死に続ける一撃』。その効果がどういったものかは名前から想像できるでしょう?」

 神父は無表情だがシスターは顔が青ざめていた。

 『死に続ける一撃』。それはその名の通り死に続けるのだ。僕がやめるまで。死の恐怖、痛み、苦しみがいつ終わるとも知れない地獄は計り知れないだろう。それに、食らったが最期、最終的には勿論死ぬ。

「………いいでしょう。あなたが無抵抗で記憶操作を受けるのであれば私共としても助かります」
「そ、そうね……交換条件としては妥当なところかしら……」

 くるりと反転して僕は鎧武者に向き直る。

「そういうわけなんで幸宗さん。僕は教会に戻ります。なんか敵になったり味方になったりしましたけど、僕はあなたの……友人なのでしょう?」
「ああ、お互い助け合った……わけではないがの。寧ろ一方的に助けられた方じゃ、わしは。お前さんが最終的にどこに行こうがわしはそれを尊重するわい」

 幸宗は手を千堂に向けて差し出す。

「生きていればお互いまた会えるじゃろうて。その時は記憶のあるなし関係なくわしを頼れ。どんな時でも力になる」

 ヒカリはその手を握り返して最後にと、疑問だったことを投げかけてみる。

「うん、ありがとう。でさ、僕の本当の名前は何ていうの?」

 幸宗は少し黙った後に、まいっかと言いつつ教えてくれた。

「千堂影道。それがお前さんの名前じゃ。千堂の一族の情報はなかなか出回らんのじゃがの。お前さんのその力は強大で無敵ゆえに伝説になっておるわ」
「へぇ……それは凄いな。でも影道か。それじゃまるで……」
「ヒカリとは真逆か?わしもそう思うわ。教会のやつら、ひでぇことしやがるの」
「そうだね。でもヒカリもそう悪くないと思うけどな」
「カカカっ!それもそうかの!」

 最後に一笑いした鎧武者はもう用はないとばかりに背中を向け、教会とは反対側の森に向かって歩き出す。

「それでは本当にさらばじゃ、影道。またいつか酒を飲もうぞ!」

 そう言うと鎧武者は一瞬でその姿を消す。僕まだ未成年だよ……

「それではヒカリ君。大人しくしていてもらいましょうか」
「ヒカリ、約束は守るから抵抗しないでね?」

 ゆかりさんは後ろから僕を抱きしめてくる。するとだんだんと眠気が襲い掛かってきた。おそらく、これが記憶操作の方法なのだろう。身体接触による記憶の改ざん。女性に抱きしめられているのに全然安心できない。

 不意に昔の記憶が戻ってくる。ああ、できればもう少し時間があればよかったのに……

 そう思いながらも襲い掛かる眠気が体の力を奪っていく。記憶の中の僕はさっきの鎧武者とどこかの屋敷でお酒を酌み交わしていた。途中で僕はその場を離れ、トイレのような場所で顔を洗う。その鏡に映っていたのは今の僕とは違う顔つきをしていた。特徴は似ているのだが、どこか雰囲気が大人っぽい……?

 そんなバカな……だったら僕はいったい誰なんだ……?

 薄れゆく意識の中で、心地よい眠りがヒカリの思考をゆっくりと閉ざしていく。次に目が覚める時は、もう誰も傷つきませんようにと心の中で願いながら……







 一方、あの場から離れた鎧武者は一人森の中を物凄い速さで駆けながらも考えに没頭していた。強引にでも影道を里に連れ帰るべきだったのでは、あの双子も影道が臨むのであれば連れてくるべきだったのでは、などである。

 しかし、その場合、幸宗の妻に当たる五条綾子ごじょうあやこが鬼の形相で説教してくること間違いなしだったと自分で自分を納得させる。そもそもあの場に幸宗がいたのは偶然だったのだ。
 夕方に酒を飲み、夜に散歩するのが日課である幸宗は行き当たった異形の妖怪を倒して回るという何とも危険な趣味の持ち主だった。今日は風が気持ちいいなーと酔い冷ましに遠出したら気づかずに教会近くまで来ていた。

 そして、月を見上げていると森の中から教会の人間と思しき双子が襲い掛かったのだから応戦する羽目になったのである。よって、終始幸宗は酔っていた。酔っていた状態で決して弱くはない双子の相手をしていたのだから素面の幸宗はかなり強い。

「しかし、よく考えたらおかしくないだろうか……?」

 酔いが冷めつつある中で幸宗は思う。

「わしらが最後に会ったのは『魔人狩り』の後の宴の席よ。あのことから十年経っている筈なのに巴と同じ学生をしとるじゃと……?」

 いくら千堂の一族の情報が少ないといっても不老不死であればそのくらいの事は知れ渡っている筈。しかし、そんな情報は一切入っていない。幸宗クラスの上の階級の者であればなおさらである。

「………成長が止まっておるのか?それとも若返ってる?」

 そこまで考えたところで幸宗は考えることをやめた。これ以上そんなことを考えたところで何もわかる筈もない。それに、このことを話そうにも妻の耳に入れば雷が落ちること間違いないのだから。

「どちらにせよ、日本刀が無くなったとあれば上手い言い訳が無ければカミさんに怒られてしまうわい……」

 そもそも酔った勢いで外に出歩くなということで怒られるので結局は同じことなのだが、未だにお酒が残っている幸宗は楽観的に考えていた。






「叶うならわしも若返りたいのぅ」



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