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本編――公爵令嬢リリア
2-15 アルテミス視点
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リリアはメイドの手によって自室に運ばれ、ベッドに寝かし付けられた。
医者を呼ぶ前に、彼女は顔色が段々と良くなって、今は安らかに眠っている。
辺りは不思議なくらい静かだ。
別室。アルテミスは、メイドからの報告を今か今かと待ち侘びていた。
リリアの容体についてである。
先程の娘の様子を目の当たりにして、アルテミスは一向に落ち着くことが出来なかった。
一度メイドに頼んではみたものの、娘の様子が気になって仕方なかったのだ。
過去に、リリアが寝込んだと聞いた時はそんなことはなかった。
少しだけ気に掛けてはいたものの、心のわだかまりが邪魔をして、どうしても訪ねることが出来なかったのである。
アルテミスの心の傷は当時よりも回復しているのに、ずるずると此処まで来てしまった。
―――その結果がこれだ。
目を背けて、一人で外に出ていても気が付かず、リリアがどれだけ寂しがっていてもきちんと見てあげられなかった。
一人の寂しさは彼女自身経験している筈なのに、それを何の罪のない娘にしてしまった。
アルテミスは、今更リリアに顔向け出来ないと思った。
こんなにリリアが苦しんでいるのに、自身の事ばっかりで全く気が付けなかったのだから。
けれどもせめて様子だけは見ておきたいと、アルテミスは考えた。
だから、"お嬢様がお眠りになられました"と、メイドから報告を受けるなり、アルテミスは密かに彼女の部屋へと訪れた。
余りに表情が固くて怒っているようにも見え、メイドたちには遠巻きに見られていたが。
軽くノックをして、返事がないことを確認すると、静かに扉を開いて中へと入るアルテミスに続いて、心配した一人のメイドが部屋に入ろうとする。
が、直ぐにアルテミスに静止されてしまった。"他の人は入らないで"と。
どうする事も出来ずに引き下がったメイドの視線を横目に、アルテミスは部屋の扉をしっかりと閉めた。
メイドたちを拒絶するように。
彼女の取った行動に、メイドたちは衝撃を受けた。一体何をするつもりなのか、と。
これまでリリアが熱で魘されていても、様子を見に行くことがなかった彼女が、初めて重い腰を上げた。
それ程までに、先の態度に怒りを覚えていたのか。と、メイドたちには予測することしか出来なかった。
端から他の可能性は考えていない者が多く、詰まる所、アルテミスの娘に対する扱いの冷たさが家中で広まっている証拠だった。
リリアとアルテミスの二人きりになった空間で、彼女はゆっくりと歩き出した。
リリアの眠るベッドに向かって。
ベッドの傍らの椅子に腰掛ける。それから、リリアの額にそっと手を当てた。
「リリア―――」
溜息をつくように、アルテミスは言葉を吐き出した。曇ったような不安げな声だ。
手を離す。それから彼女は、じっとリリアを見つめた。
ぼんやりとした様子で娘を見つめる彼女は、過去のことを振り返っているかのようだった。
唇をキュッと引き結ぶ。何かを噛み締めているように。
それから暫く時間が経過した。
リリアの眠り顔を一通り眺めたアルテミスは、ゆっくりと立ち上がった。
リリアを起こさないように、一切の音を立てないように気をつける。
「……こんな母親でごめんなさい」
彼女は、去り際に小さな声で呟いた。
誰に聞こえるわけでもなく、言葉は虚空へと消えて行く。まるで雪のように儚く、ゆっくりと溶けていった。
扉に手を掛ける。それから一呼吸置いて、アルテミスは部屋を出た。
その時の彼女の表情は、既に普段通りの様子に戻っていた。
医者を呼ぶ前に、彼女は顔色が段々と良くなって、今は安らかに眠っている。
辺りは不思議なくらい静かだ。
別室。アルテミスは、メイドからの報告を今か今かと待ち侘びていた。
リリアの容体についてである。
先程の娘の様子を目の当たりにして、アルテミスは一向に落ち着くことが出来なかった。
一度メイドに頼んではみたものの、娘の様子が気になって仕方なかったのだ。
過去に、リリアが寝込んだと聞いた時はそんなことはなかった。
少しだけ気に掛けてはいたものの、心のわだかまりが邪魔をして、どうしても訪ねることが出来なかったのである。
アルテミスの心の傷は当時よりも回復しているのに、ずるずると此処まで来てしまった。
―――その結果がこれだ。
目を背けて、一人で外に出ていても気が付かず、リリアがどれだけ寂しがっていてもきちんと見てあげられなかった。
一人の寂しさは彼女自身経験している筈なのに、それを何の罪のない娘にしてしまった。
アルテミスは、今更リリアに顔向け出来ないと思った。
こんなにリリアが苦しんでいるのに、自身の事ばっかりで全く気が付けなかったのだから。
けれどもせめて様子だけは見ておきたいと、アルテミスは考えた。
だから、"お嬢様がお眠りになられました"と、メイドから報告を受けるなり、アルテミスは密かに彼女の部屋へと訪れた。
余りに表情が固くて怒っているようにも見え、メイドたちには遠巻きに見られていたが。
軽くノックをして、返事がないことを確認すると、静かに扉を開いて中へと入るアルテミスに続いて、心配した一人のメイドが部屋に入ろうとする。
が、直ぐにアルテミスに静止されてしまった。"他の人は入らないで"と。
どうする事も出来ずに引き下がったメイドの視線を横目に、アルテミスは部屋の扉をしっかりと閉めた。
メイドたちを拒絶するように。
彼女の取った行動に、メイドたちは衝撃を受けた。一体何をするつもりなのか、と。
これまでリリアが熱で魘されていても、様子を見に行くことがなかった彼女が、初めて重い腰を上げた。
それ程までに、先の態度に怒りを覚えていたのか。と、メイドたちには予測することしか出来なかった。
端から他の可能性は考えていない者が多く、詰まる所、アルテミスの娘に対する扱いの冷たさが家中で広まっている証拠だった。
リリアとアルテミスの二人きりになった空間で、彼女はゆっくりと歩き出した。
リリアの眠るベッドに向かって。
ベッドの傍らの椅子に腰掛ける。それから、リリアの額にそっと手を当てた。
「リリア―――」
溜息をつくように、アルテミスは言葉を吐き出した。曇ったような不安げな声だ。
手を離す。それから彼女は、じっとリリアを見つめた。
ぼんやりとした様子で娘を見つめる彼女は、過去のことを振り返っているかのようだった。
唇をキュッと引き結ぶ。何かを噛み締めているように。
それから暫く時間が経過した。
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リリアを起こさないように、一切の音を立てないように気をつける。
「……こんな母親でごめんなさい」
彼女は、去り際に小さな声で呟いた。
誰に聞こえるわけでもなく、言葉は虚空へと消えて行く。まるで雪のように儚く、ゆっくりと溶けていった。
扉に手を掛ける。それから一呼吸置いて、アルテミスは部屋を出た。
その時の彼女の表情は、既に普段通りの様子に戻っていた。
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