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本編――公爵令嬢リリア
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カルロが去った後暫くして、リリアは他のことに意識を向け直した。
どうせ今彼のことを考えても時間の無駄なので、アルテミスのことについて考える。
――これ以上避けられる訳にはいかない、と。
一向にアルテミスと話すことが出来ないからと言って、そのまま放置しておくのは悪手だ。
彼女本人を助けようとしている時に、肝心のアルテミス自身の動向が読めなければ意味がない。
詰まる所、彼女がどう動くかは彼女次第なのである。
最も、茶会そのものに行かせないことが今のところ最善策であるが、今のままではリリアの意見を無碍にすることだってあるだろう。
その可能性を少しでも潰さなくてはならないのだ。
せめて少しでも会話出来たら色々と変わってくるのだろうが、如何せん敢えて避けられていることは明白だった。
原因はよく分からないが、言葉選びを間違えたのだとリリアなりに解釈しておいた。
が、それももう終わりにしなければならない。
残された時間は残り少なく、何時までもこの状態を引き延ばしてはいられないのだ。
考えに考え抜いた結果、リリアは強硬手段に出ることにした。
それは至ってシンプルで、子供にしか出来ない特権である。
出来るだけリリアのしたくない事であったが、彼女にはこの際やるしか方法が思い付かなかった。
早速アルテミスを探し出すと、気が冷めない内にリリアは実行に移すことにした。
後ろからアルテミスに近付く。気配を消してひっそりと。
周囲のメイドは不審に思いつつも、誰も指摘して来なかった。
その理由は単純で、物言えぬ雰囲気がリリアから漏れ出ていたからだ。
それから、アルテミスの直ぐ側まで接近すると、リリアは彼女に抱きついて"お母様っ!"と声を上げた。
突然のことに、流石のアルテミスも困惑する。比較的控えめなリリアが、余りに大胆な行動を取ったから。
アルテミスにとっても、リリアにとっても初めての事だったのだ。
振り払うこともできず、どうすれば良いのかと困り果てるアルテミスに、リリアは更に追い打ちを掛けた。
これまで人前で騒ぎ立てなかったリリアが、とうとう喚き散らし始めたのだ。
これには周囲のメイドも困惑するばかりで、一気に辺りは雑然とした空気に包まれた。
が、メイドの誰もリリアを無理やり引き剥がす者はいない。仮にも公爵令嬢で、そんなことは出来ないのだ。
皆、リリアの奇行を呆然と眺めているだけだ。
「………リリア。貴女、何をしているの?」
漸く、アルテミスがポツリと呟く。
が、リリアは依然として喚き続けた。まるで聞こえていないかのように。
「お母様っ。どうして一言も口を利いてくれないの??前までは少しだけでもお話してくれたのに!!」
「ちょっと……人前よ。止めなさい」
呆れたように、落ちついた様子で静止する。けれどもリリアは止める訳にはいかなかった。
折角恥ずかしさやら何やらを捨ててまで行動に移したのに、すべてが無に帰してしまう。
ここで止めたらチャンスを逃してしまう。
「嫌よ!話してくれるまで止めないわっ」
もう此処まで来たらヤケである。アルテミスの足元を掴んだリリアは、我儘娘のように喚き散らした。
より一層力を込めてしがみつく。
「話すから、話すから離れなさい」
そうしていると、漸くアルテミスが観念したように声を上げた。焦りが見て取れる声色で。
周囲の目を気にしてか、面倒に思ったのか、はたまたその両方かは分からないが、奇策が功を奏したのだけは確かだった。
もしこれで失敗すれば、ただ恥をかいただけだと考えれば恐ろしいものだ。
「本当!?」
「え、………えぇ」
あからさまにリリアが目を輝かせる。黄色い声を上げ、やっとアルテミスを開放する。
それから、期待に満ちた顔付きで彼女をじっと見た。
たじろぎながらも頷いたアルテミスは、周囲に目配せした。"この事は内密に"と忠告しているかのようだ。
幼いといえど、公爵令嬢とあろう者が喚き散らした挙げ句、親にはしたなくしがみついたともなれば当然だろう。
それでも広まるのは世の常で、リリアはそれを覚悟の上で今回のような奇行に出た。
幸いにもギャラリーは大勢いる。
アルテミスからはっきりと言質を取ったので、どの道逃げられることはないだろう。
色々と失った気もするが、それは今のところ置いておくことにした。
この場に留まって会話するのは不味いと判断したアルテミスは、リリアを部屋へと連れて行った。
辿り着いた先はアルテミスの部屋で、過去のラミアの部屋である。
リリアはあまり其処に入ったことはなかったが、良い思い出がまるでない場所だ。母には冷たく接され、義母には叱責されたことをよく覚えている。
部屋に入ると、自然と身体が震え上がった。
此処で、複数のメイドたちに暴行を加えられ、その様子を楽しそうに眺めていたラミアの様子を思い出す。
この場所が、リリアにとっての拷問部屋でもあったのだ。過去の彼女の部屋より更に恐ろしく、地獄のような場所だった。
置かれている家具は全く違う。けれども、まるで彼女に見られているような気がして、リリアの顔色は青ざめた。
あれ程大丈夫だと思っていたものが、トラウマとなって彼女に襲い掛かってきたのだ。
「リリアっ!?」
突然のことに驚愕したアルテミスは声を荒げた。自身の目の前で、それも先のことの直ぐ後でこんなことが起これば衝撃を受けるのも当然だろう。
リリアの容体を確認するなり、駆け寄ってきたメイドに彼女を預けて、アルテミスは部屋から出て行った。
どうせ今彼のことを考えても時間の無駄なので、アルテミスのことについて考える。
――これ以上避けられる訳にはいかない、と。
一向にアルテミスと話すことが出来ないからと言って、そのまま放置しておくのは悪手だ。
彼女本人を助けようとしている時に、肝心のアルテミス自身の動向が読めなければ意味がない。
詰まる所、彼女がどう動くかは彼女次第なのである。
最も、茶会そのものに行かせないことが今のところ最善策であるが、今のままではリリアの意見を無碍にすることだってあるだろう。
その可能性を少しでも潰さなくてはならないのだ。
せめて少しでも会話出来たら色々と変わってくるのだろうが、如何せん敢えて避けられていることは明白だった。
原因はよく分からないが、言葉選びを間違えたのだとリリアなりに解釈しておいた。
が、それももう終わりにしなければならない。
残された時間は残り少なく、何時までもこの状態を引き延ばしてはいられないのだ。
考えに考え抜いた結果、リリアは強硬手段に出ることにした。
それは至ってシンプルで、子供にしか出来ない特権である。
出来るだけリリアのしたくない事であったが、彼女にはこの際やるしか方法が思い付かなかった。
早速アルテミスを探し出すと、気が冷めない内にリリアは実行に移すことにした。
後ろからアルテミスに近付く。気配を消してひっそりと。
周囲のメイドは不審に思いつつも、誰も指摘して来なかった。
その理由は単純で、物言えぬ雰囲気がリリアから漏れ出ていたからだ。
それから、アルテミスの直ぐ側まで接近すると、リリアは彼女に抱きついて"お母様っ!"と声を上げた。
突然のことに、流石のアルテミスも困惑する。比較的控えめなリリアが、余りに大胆な行動を取ったから。
アルテミスにとっても、リリアにとっても初めての事だったのだ。
振り払うこともできず、どうすれば良いのかと困り果てるアルテミスに、リリアは更に追い打ちを掛けた。
これまで人前で騒ぎ立てなかったリリアが、とうとう喚き散らし始めたのだ。
これには周囲のメイドも困惑するばかりで、一気に辺りは雑然とした空気に包まれた。
が、メイドの誰もリリアを無理やり引き剥がす者はいない。仮にも公爵令嬢で、そんなことは出来ないのだ。
皆、リリアの奇行を呆然と眺めているだけだ。
「………リリア。貴女、何をしているの?」
漸く、アルテミスがポツリと呟く。
が、リリアは依然として喚き続けた。まるで聞こえていないかのように。
「お母様っ。どうして一言も口を利いてくれないの??前までは少しだけでもお話してくれたのに!!」
「ちょっと……人前よ。止めなさい」
呆れたように、落ちついた様子で静止する。けれどもリリアは止める訳にはいかなかった。
折角恥ずかしさやら何やらを捨ててまで行動に移したのに、すべてが無に帰してしまう。
ここで止めたらチャンスを逃してしまう。
「嫌よ!話してくれるまで止めないわっ」
もう此処まで来たらヤケである。アルテミスの足元を掴んだリリアは、我儘娘のように喚き散らした。
より一層力を込めてしがみつく。
「話すから、話すから離れなさい」
そうしていると、漸くアルテミスが観念したように声を上げた。焦りが見て取れる声色で。
周囲の目を気にしてか、面倒に思ったのか、はたまたその両方かは分からないが、奇策が功を奏したのだけは確かだった。
もしこれで失敗すれば、ただ恥をかいただけだと考えれば恐ろしいものだ。
「本当!?」
「え、………えぇ」
あからさまにリリアが目を輝かせる。黄色い声を上げ、やっとアルテミスを開放する。
それから、期待に満ちた顔付きで彼女をじっと見た。
たじろぎながらも頷いたアルテミスは、周囲に目配せした。"この事は内密に"と忠告しているかのようだ。
幼いといえど、公爵令嬢とあろう者が喚き散らした挙げ句、親にはしたなくしがみついたともなれば当然だろう。
それでも広まるのは世の常で、リリアはそれを覚悟の上で今回のような奇行に出た。
幸いにもギャラリーは大勢いる。
アルテミスからはっきりと言質を取ったので、どの道逃げられることはないだろう。
色々と失った気もするが、それは今のところ置いておくことにした。
この場に留まって会話するのは不味いと判断したアルテミスは、リリアを部屋へと連れて行った。
辿り着いた先はアルテミスの部屋で、過去のラミアの部屋である。
リリアはあまり其処に入ったことはなかったが、良い思い出がまるでない場所だ。母には冷たく接され、義母には叱責されたことをよく覚えている。
部屋に入ると、自然と身体が震え上がった。
此処で、複数のメイドたちに暴行を加えられ、その様子を楽しそうに眺めていたラミアの様子を思い出す。
この場所が、リリアにとっての拷問部屋でもあったのだ。過去の彼女の部屋より更に恐ろしく、地獄のような場所だった。
置かれている家具は全く違う。けれども、まるで彼女に見られているような気がして、リリアの顔色は青ざめた。
あれ程大丈夫だと思っていたものが、トラウマとなって彼女に襲い掛かってきたのだ。
「リリアっ!?」
突然のことに驚愕したアルテミスは声を荒げた。自身の目の前で、それも先のことの直ぐ後でこんなことが起これば衝撃を受けるのも当然だろう。
リリアの容体を確認するなり、駆け寄ってきたメイドに彼女を預けて、アルテミスは部屋から出て行った。
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