今度はあなたと共に。

荒川きな

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本編――公爵令嬢リリア

2-10

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 先ず初めに、リリアは事件の起こる時間帯に目星を付けた。日付はしっかりと記憶している。
 今から約一週間後のおよそ昼頃、アルテミスはお茶会へと出掛ける。その日が全ての始まりだった。

 あの時の、リリアの帰宅した時間と照らし合わせると、向かう先で事件に巻き込まれた可能性が高く、逆に言ってしまえば、アルテミスがお茶会に行くのを止めるか、ルートを変えさせるかすれば良いことになる。
 但し、それはあくまで事故が『偶然』だった場合で、そうでなければ一時しのぎにしかならないことは確かだ。

 けれども一週間という短い時間しかない今、少しの希望に身を委ねることしか出来ない。
 だから、母を救うことを前提として、その後の対策をどう立てるかが問題だった。

 カルロが去った後で、リリアはアルテミスの元を訪ねた。
 面会を断られることはなかったけれども、相変わらず素っ気ない態度でアルテミスが言い放つ。


「…それで、私に何か用かしら」

「お母様。こうしてお話するのは久し振りですね」

 リリアがそう言うと、アルテミスは怪訝そうな表情を浮かべた。リリアにとっては数年ぶりの母との会話であったが、アルテミスにとっては昨夜の食事で話したばかりだったから。
 とは言っても、まともな親子の会話一つ成り立っていなかったのだが。

 朝食は部屋で食べた。余りの衝撃で頭の中がこんがらがって気持ちの整理がつかず、部屋に食事を運んできてくれたのだ。
 だから、今日アルテミスと話すのもこれが初めてなのである。


(嗚呼、変わらないなぁ)

 リリアは染み染みとそう思った。

 期待はしていないつもりだった。けれどもやはり、心の何処かで母がリリアに微笑んでくれることを願っていた。
 先程の不安げな視線を見て『もしかしたら』と期待してしまったのだろうか。

 けれども何も変わらない。
 少しでも微笑んでくれたら、少しでも彼女の瞳を見てくれたら、今のリリアには気が付けたことだろう。
 が、決してそんなことはなく、一縷の望みは無碍にも砕け散った。

 そうしていると、"用がないのなら部屋に戻ります"とアルテミスが言い放った。
 きっと一向に話し出さないリリアに痺れを切らしたのだろう。

 長椅子から立ち上がろうと、腰を少しだけ上げた。そんな時。


「待ってくださいっ」

 少しだけ声を荒らげて、そんな彼女をリリアは既のところで引き止めた。
 余りに必死な様子に、アルテミスは椅子に座り直してリリアを見つめる。用件は何だと言わんばかりに。
 一言も話さずに、ただリリアの言葉だけを待っていた。

 呑気に話を引き延ばす余裕はない。だからリリアは、前置きなく本題に入ることにした。


「………単刀直入に言います。
 一週間後の茶会には絶対に・・・参加しないでください。何があっても出掛けないで下さい」

「……どういうこと?」

 突然の要求に、アルテミスは声をより一層低くした。訳が分からないとでも言いたげだ。

 それも当然で、彼女はこれから何が起こるのか知らないのである。
 急にそんなことを言われては困惑するし、きっと怒りも覚えるだろう。

 リリアは、そんな彼女にたじろぐことなく続けた。
 深刻そうに顔を沈めて、まるでそれが真実・・であるかのように扱った。
 不穏な空気を無理やり作り出す。


「実は近頃、不穏な話を聞いたのです。お母様の命が狙われていると…………」

「誰から聞いたの?」

 間髪入れずに尋ねるアルテミス。
 疑っているのか、それとも不安に思っているのか、それは不明ではあるが、リリアの話に食い付いたことだけは確かだった。


「私が街に降りた時、話しているのを聞きました」

 これは嘘だ。

 けれどもアルテミスは、リリアが何度か街に降りていることを知っていた。知っていたからこそ、話に信憑性が生まれたのだ。
 だって彼女は、街に降りる時メイドを連れていなかった。

 つまり、危険な現場に鉢合わせてしまっても可笑しくなかったのである。


「………そう、なの。
 今度はメイドを連れて行くように」

 暫く考えた後、アルテミスはリリアにそう告げた。深刻げな表情を浮かべて。

 それから不意に立ち上がった彼女は、リリアの静止も聞かず、その場から立ち去ってしまった。
 結局どうするつもりなのか分からぬままで、不安だけがリリアの心に染み付いた。

 その日、アルテミスは一日中部屋に閉じ籠もっていた。
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