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本編――公爵令嬢リリア
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「改めて初めまして。私の名前はカルロ・イル・アスベルト。この国の皇太子だ。これからよろしくね」
「こちらこそ初めまして。改めまして、私は公爵家長女のリリア・ナイーゼと申します。この度はよろしくお願いします」
部屋に着いた二人は、軽く挨拶を交わして席へと着いた。
子供とはいえ、未婚の男女が二人きりでいるのは色々と問題があるので、部屋にはひとりのメイドが壁際に控えている。
緊張と警戒で固まるリリアに対して、カルロはゆったりとしている。心底嬉しそうな微笑みを浮かべて、優しい眼差しで彼女を見て。
少なくとも初対面の相手に見せるそれではない。
何を考えているのかと、リリアは彼の様子を伺った。
子供相手に警戒するのも大袈裟かもしれないが、過去が変わった以上、何が起こるか予測出来ない。
「ふふっ良いよ。そんなに固くなくても。私のことは好きに呼んでくれ」
そうしていると、その事に気がついたのか、カルロは空気を和らげようとより一層口調を崩した。眩しいばかりに微笑んで。
余りの甘さとフレンドリーさに、リリアの警戒やらは吹き飛んだ。それどころか困惑するレベルだった。
(誰!?)
リリアは驚愕した。驚愕して、暫く沈黙した。何とか表情には出さなかったものの、気を抜けば顔に出そうになる。
それも当然のことで、一周目と明らかに違った。
そもそも、前に初めて彼らが出逢ったのは街の中で、初めの彼はリリアに心を開いていなかった。
二人でいる内に、段々と心を開いてくれたのである。
それなのに今は初対面にも関わらずこの態度で、おまけに以前よりも磨きがかかっているのだ。
詰まる所言うならば、一周目に見た中で比較しても、飛び抜けて視線が柔らかく、口調が甘々しい。
黙り込んでいると、向かいから視線を感じて、何とか意識を戻した。
動揺を悟られぬよう微笑みを浮かべて、先の返事をする。
「では、殿下と呼ばさせて頂きますね」
「‥‥‥そうか」
カルロは小さく呟いた。少し口惜しげに、けれども表情を然程崩さず、視線を下へと向けた。
暫くの間、彼は何も言ってこなかったが、漸くパッと顔を上げて、少しずつ話題を振り始めた。
好きな料理だとか、色だとか、他愛のない話を。
徐々に時間は過ぎ、二人の時間が終わりへと差し掛かる頃、後に引けなくなってきたリリアは、とうとう彼女から話を切り出すことにした。
表面上すっかり和み切った雰囲気の中、それを口にするのは少し気が引けたが、このままでは埒が明かないのだ。
例え空気をぶち壊してでも、それだけは言わなければならなかった。
「‥‥‥あの、殿下」
「?」
「私は殿下の事を何も知りません。それは殿下も同様だと思います。‥‥だからこそ、今回の婚約が不思議でならないのです。確かに私は公爵令嬢で、将来的にはそうなっても可笑しないことは分かります。けれども、私の他にも有力な貴族の方はいらっしゃる筈です。だから、殿下がそんなにも私に優しくして下さる意味が分からないのです」
カルロはその話を静かに聞いていた。一言も口を挟むことなく冷静に。
一通り聞き終えてからも暫く黙りだった彼は、漸く一言言い放った。先程と余りに雰囲気が違う。
今の彼は、例えるのなら失恋をしたばかりの男そのものだ。
「‥‥‥会った、会ったよ」
「え?」
「遠い昔にね。その時の私は馬鹿で、噂を鵜呑みにするような愚かな男だったんだ」
そう自嘲気味に嗤うと、カルロは天を見上げて言葉を紡いだ。
「それで大切な人を失った。だから今度は‥‥‥‥」
話に聞き入りながらも、リリアは小さく首を傾げた。
肝心の最後の言葉が聞き取れなかったのだ。天に吸い込まれて行くように、彼の言葉は儚く消えていったから。
"何でもない"と言った彼の表情は、何処か寂しそうで、辛そうに見えた。
未だ子供の彼にそんな過去があったなんて、リリアはこれまで生きてきた中で聞いた事がなかった。知らなかった。
前の彼が教えてくれなかったから。
或いは、時間が巻き戻ったことで過去が変わったのかもしれない。
結局の所それはどうかは分からないが、彼に何かあったことは確かで、それが彼を猶も苦しめているのだ。
大切な人を自分のせいで失って、どうしようもない程に辛くて苦しい気持ちはリリアにも分かる。
アリーがリリアを救って死んでいったように。カルロにハッキリと救いを求められなかったように。
「前を向くしかないのでしょう」
呆然とするカルロに、リリアが付け加えた。
これ以上は見ていられなくなったのだ。まるで自分を見ているようで。
そもそも、こうなる原因を作ったのはリリアだ。
単に婚約を逃れようと、深く考えずに発言したから、彼の心の傷を抉った。
だから、彼女が収集をつけなければいけないのだ。彼の言う事全てが真でなくとも。
いつの間にかリリアに視線を向け直していた彼は、さっきと打って変わって、リリアを縋るように見ている。
そんな彼に、彼女は柔らかに微笑んだ。
「殿下に何があったのか、私には分かりません。けれどもその事に気付けたのでしたら、何時までも過去に縛られずに前を向いて直していきましょう?少しずつで良いのです。何時かはそれが思い出の一つとなる筈ですから」
其処には彼女の思いもきっとあって、本心だった。
カルロに向けて言っている筈なのに、まるで彼女自身に言い聞かせているようで、何処かもどかしかった。
カルロから一筋の涙が零れ落ちた。その涙を慌てて拭って、彼は無理に笑顔を作った。
先程までの様子をはぐらかすように言葉を紡ぐ。
「良い所を見せるつもりが、君に見せるのは情けない所ばかりだなぁ‥‥‥」
そう言う彼は、照れ臭そうに頬をかいた。
「こちらこそ初めまして。改めまして、私は公爵家長女のリリア・ナイーゼと申します。この度はよろしくお願いします」
部屋に着いた二人は、軽く挨拶を交わして席へと着いた。
子供とはいえ、未婚の男女が二人きりでいるのは色々と問題があるので、部屋にはひとりのメイドが壁際に控えている。
緊張と警戒で固まるリリアに対して、カルロはゆったりとしている。心底嬉しそうな微笑みを浮かべて、優しい眼差しで彼女を見て。
少なくとも初対面の相手に見せるそれではない。
何を考えているのかと、リリアは彼の様子を伺った。
子供相手に警戒するのも大袈裟かもしれないが、過去が変わった以上、何が起こるか予測出来ない。
「ふふっ良いよ。そんなに固くなくても。私のことは好きに呼んでくれ」
そうしていると、その事に気がついたのか、カルロは空気を和らげようとより一層口調を崩した。眩しいばかりに微笑んで。
余りの甘さとフレンドリーさに、リリアの警戒やらは吹き飛んだ。それどころか困惑するレベルだった。
(誰!?)
リリアは驚愕した。驚愕して、暫く沈黙した。何とか表情には出さなかったものの、気を抜けば顔に出そうになる。
それも当然のことで、一周目と明らかに違った。
そもそも、前に初めて彼らが出逢ったのは街の中で、初めの彼はリリアに心を開いていなかった。
二人でいる内に、段々と心を開いてくれたのである。
それなのに今は初対面にも関わらずこの態度で、おまけに以前よりも磨きがかかっているのだ。
詰まる所言うならば、一周目に見た中で比較しても、飛び抜けて視線が柔らかく、口調が甘々しい。
黙り込んでいると、向かいから視線を感じて、何とか意識を戻した。
動揺を悟られぬよう微笑みを浮かべて、先の返事をする。
「では、殿下と呼ばさせて頂きますね」
「‥‥‥そうか」
カルロは小さく呟いた。少し口惜しげに、けれども表情を然程崩さず、視線を下へと向けた。
暫くの間、彼は何も言ってこなかったが、漸くパッと顔を上げて、少しずつ話題を振り始めた。
好きな料理だとか、色だとか、他愛のない話を。
徐々に時間は過ぎ、二人の時間が終わりへと差し掛かる頃、後に引けなくなってきたリリアは、とうとう彼女から話を切り出すことにした。
表面上すっかり和み切った雰囲気の中、それを口にするのは少し気が引けたが、このままでは埒が明かないのだ。
例え空気をぶち壊してでも、それだけは言わなければならなかった。
「‥‥‥あの、殿下」
「?」
「私は殿下の事を何も知りません。それは殿下も同様だと思います。‥‥だからこそ、今回の婚約が不思議でならないのです。確かに私は公爵令嬢で、将来的にはそうなっても可笑しないことは分かります。けれども、私の他にも有力な貴族の方はいらっしゃる筈です。だから、殿下がそんなにも私に優しくして下さる意味が分からないのです」
カルロはその話を静かに聞いていた。一言も口を挟むことなく冷静に。
一通り聞き終えてからも暫く黙りだった彼は、漸く一言言い放った。先程と余りに雰囲気が違う。
今の彼は、例えるのなら失恋をしたばかりの男そのものだ。
「‥‥‥会った、会ったよ」
「え?」
「遠い昔にね。その時の私は馬鹿で、噂を鵜呑みにするような愚かな男だったんだ」
そう自嘲気味に嗤うと、カルロは天を見上げて言葉を紡いだ。
「それで大切な人を失った。だから今度は‥‥‥‥」
話に聞き入りながらも、リリアは小さく首を傾げた。
肝心の最後の言葉が聞き取れなかったのだ。天に吸い込まれて行くように、彼の言葉は儚く消えていったから。
"何でもない"と言った彼の表情は、何処か寂しそうで、辛そうに見えた。
未だ子供の彼にそんな過去があったなんて、リリアはこれまで生きてきた中で聞いた事がなかった。知らなかった。
前の彼が教えてくれなかったから。
或いは、時間が巻き戻ったことで過去が変わったのかもしれない。
結局の所それはどうかは分からないが、彼に何かあったことは確かで、それが彼を猶も苦しめているのだ。
大切な人を自分のせいで失って、どうしようもない程に辛くて苦しい気持ちはリリアにも分かる。
アリーがリリアを救って死んでいったように。カルロにハッキリと救いを求められなかったように。
「前を向くしかないのでしょう」
呆然とするカルロに、リリアが付け加えた。
これ以上は見ていられなくなったのだ。まるで自分を見ているようで。
そもそも、こうなる原因を作ったのはリリアだ。
単に婚約を逃れようと、深く考えずに発言したから、彼の心の傷を抉った。
だから、彼女が収集をつけなければいけないのだ。彼の言う事全てが真でなくとも。
いつの間にかリリアに視線を向け直していた彼は、さっきと打って変わって、リリアを縋るように見ている。
そんな彼に、彼女は柔らかに微笑んだ。
「殿下に何があったのか、私には分かりません。けれどもその事に気付けたのでしたら、何時までも過去に縛られずに前を向いて直していきましょう?少しずつで良いのです。何時かはそれが思い出の一つとなる筈ですから」
其処には彼女の思いもきっとあって、本心だった。
カルロに向けて言っている筈なのに、まるで彼女自身に言い聞かせているようで、何処かもどかしかった。
カルロから一筋の涙が零れ落ちた。その涙を慌てて拭って、彼は無理に笑顔を作った。
先程までの様子をはぐらかすように言葉を紡ぐ。
「良い所を見せるつもりが、君に見せるのは情けない所ばかりだなぁ‥‥‥」
そう言う彼は、照れ臭そうに頬をかいた。
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