今度はあなたと共に。

荒川きな

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本編――公爵令嬢リリア

2-8

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 「改めて初めまして。私の名前はカルロ・イル・アスベルト。この国の皇太子だ。これからよろしくね」

「こちらこそ初めまして。改めまして、私は公爵家長女のリリア・ナイーゼと申します。この度はよろしくお願いします」

 部屋に着いた二人は、軽く挨拶を交わして席へと着いた。
 子供とはいえ、未婚の男女が二人きりでいるのは色々と問題があるので、部屋にはひとりのメイドが壁際に控えている。

 緊張と警戒で固まるリリアに対して、カルロはゆったりとしている。心底嬉しそうな微笑みを浮かべて、優しい眼差しで彼女を見て。
 少なくとも初対面の相手に見せるそれではない。

 何を考えているのかと、リリアは彼の様子を伺った。
 子供相手に警戒するのも大袈裟かもしれないが、過去が変わった以上、何が起こるか予測出来ない。


「ふふっ良いよ。そんなに固くなくても。私のことは好きに呼んでくれ」 

 そうしていると、そのぎこちない事に気がついたのか、カルロは空気を和らげようとより一層口調を崩した。眩しいばかりに微笑んで。

 余りの甘さとフレンドリーさに、リリアの警戒やらは吹き飛んだ。それどころか困惑するレベルだった。


(誰!?)

 リリアは驚愕した。驚愕して、暫く沈黙した。何とか表情には出さなかったものの、気を抜けば顔に出そうになる。
 それも当然のことで、と明らかに違った。

 そもそも、に初めて彼らが出逢ったのは街の中で、初めの彼はリリアに心を開いていなかった。
 二人でいる内に、段々と心を開いてくれたのである。

 それなのに今は初対面にも関わらずこの態度で、おまけに以前よりも磨きがかかっているのだ。
 詰まる所言うならば、一周目に見た中で比較しても、飛び抜けて視線が柔らかく、口調が甘々しい。

 黙り込んでいると、向かいから視線を感じて、何とか意識を戻した。
 動揺を悟られぬよう微笑みを浮かべて、先の返事をする。


「では、殿下と呼ばさせて頂きますね」

「‥‥‥そうか」

 カルロは小さく呟いた。少し口惜しげに、けれども表情を然程崩さず、視線を下へと向けた。
 暫くの間、彼は何も言ってこなかったが、漸くパッと顔を上げて、少しずつ話題を振り始めた。
 好きな料理だとか、色だとか、他愛のない話を。

 徐々に時間は過ぎ、二人の時間が終わりへと差し掛かる頃、後に引けなくなってきたリリアは、とうとう彼女から話を切り出すことにした。

 表面上すっかり和み切った雰囲気の中、それ・・を口にするのは少し気が引けたが、このままでは埒が明かないのだ。
 例え空気をぶち壊してでも、それだけは言わなければならなかった。


「‥‥‥あの、殿下」

「?」

「私は殿下の事を何も知りません。それは殿下も同様だと思います。‥‥だからこそ、今回の婚約が不思議でならないのです。確かに私は公爵令嬢で、将来的にはそうなっても可笑しないことは分かります。けれども、私の他にも有力な貴族の方はいらっしゃる筈です。だから、殿下がそんなにも私に優しくして下さる意味が分からないのです」

 カルロはその話を静かに聞いていた。一言も口を挟むことなく冷静に。

 一通り聞き終えてからも暫く黙りだった彼は、漸く一言言い放った。先程と余りに雰囲気が違う。
 今の彼は、例えるのなら失恋をしたばかりの男そのものだ。


「‥‥‥会った、会ったよ」

「え?」

「遠い昔にね。その時の私は馬鹿で、噂を鵜呑みにするような愚かな男だったんだ」

 そう自嘲気味に嗤うと、カルロは天を見上げて言葉を紡いだ。


「それで大切な人を失った。だから今度は‥‥‥‥」

 話に聞き入りながらも、リリアは小さく首を傾げた。
 肝心の最後の言葉が聞き取れなかったのだ。天に吸い込まれて行くように、彼の言葉は儚く消えていったから。
 "何でもない"と言った彼の表情は、何処か寂しそうで、辛そうに見えた。

 未だ子供の彼にそんな過去があったなんて、リリアはこれまで生きてきた中で聞いた事がなかった。知らなかった。
 の彼が教えてくれなかったから。

 或いは、時間が巻き戻ったことで過去が変わったのかもしれない。
 結局の所それはどうかは分からないが、彼に何かあったことは確かで、それが彼を猶も苦しめているのだ。

 大切な人を自分のせいで・・・・・・失って、どうしようもない程に辛くて苦しい気持ちはリリアにも分かる。
 アリーがリリアを救って死んでいったように。カルロにハッキリと救いを求められなかったように。


「前を向くしかないのでしょう」

 呆然とするカルロに、リリアが付け加えた。
 これ以上は見ていられなくなったのだ。まるで自分を見ているようで。

 そもそも、こうなる原因を作ったのはリリアだ。
 単に婚約を逃れようと、深く考えずに発言したから、彼の心の傷を抉った。
 だから、彼女が収集をつけなければいけないのだ。彼の言う事全てがまことでなくとも。

 いつの間にかリリアに視線を向け直していた彼は、さっきと打って変わって、リリアを縋るように見ている。
 そんな彼に、彼女は柔らかに微笑んだ。


「殿下に何があったのか、私には分かりません。けれどもその事に気付けたのでしたら、何時までも過去に縛られずに前を向いて直していきましょう?少しずつで良いのです。何時かはそれが思い出の一つとなる筈ですから」

 其処には彼女の思いもきっとあって、本心だった。
 カルロに向けて言っている筈なのに、まるで彼女自身に言い聞かせているようで、何処かもどかしかった。

 カルロから一筋の涙が零れ落ちた。その涙を慌てて拭って、彼は無理に笑顔を作った。
 先程までの様子をはぐらかすように言葉を紡ぐ。


「良い所を見せるつもりが、君に見せるのは情けない所ばかりだなぁ‥‥‥」

 そう言う彼は、照れ臭そうに頬をかいた。
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