11 / 21
本編――公爵令嬢リリア
2-7
しおりを挟む
ナイーゼ家の中でも際立って豪華な客室。そこには6人の男女が席についていた。
リリアと皇太子、そしてその両親だ。
つまりは公爵家と皇族が顔を見合わせている状況で、畏れ多い面々にメイド達も息が詰まる思いだった。
それを察してか、あるいは大事な話をするからか、アバンリッシュがその場のメイドを下げさせる。
(どう、して‥‥‥‥?)
リリアは頭が追い付かなった。不意打ちを食らった気分なのもあったが、何よりもこの既視感のある光景に。
リリアはこの光景を知っていた。前回と殆ど同じ配置に、変わらぬ面々。
唯一違うことといえば、アルテミスが席についていることぐらいだ。
その時には、既に帰らぬ人になっていたから。
「さて。皆揃ったところで始めるとしようか」
リリアが席に着いたのを確認するなり、待ちくたびれたと言わんばかりに皇帝が口火を切った。
どこか威厳のある声に、自然と空気に緊張が走る。
未だに混乱するリリアを他所に、話はどんどん進められた。右から左へと、話が流れて行く。
彼女の目の前で、あの時と全く変わらない会話が繰り広げられていた。
(あぁ、同じ―――)
男たちだけで勝手に進む会話。変わらない子供の疎外感。例え王妃や公爵夫人がいようがいまいが、それだけは何ら変わらなかった。
彼女らは殆ど口出しすることはなく、会話を静かに聞いている。特に話すようなことはないのだろう。
アルテミスの反応を見てみると、時々リリアの方に視線だけ向けては不安げな表情を浮かべていた。それもごく微妙な違いで、よくよく見てみなければ分からないレベル。
子供の時には決して気が付かなかっただろうこと。
それは、この中で唯一、アルテミスに気を配っていたリリアだけに出来る代物だった。
彼女にとってアルテミスだけが特異な存在なのだ。
けれどもきっとそれで何かが変わる訳はなく、リリアが反抗しようがしまいが、勝手に話は進むのだろう。
彼が声を上げるまで、彼女はそう思っていた。
「お父様、お母様。私からも少し申し上げたいことがあるのですが‥‥、よろしいでしょうか?」
突然声を出したのは、皇太子だ。
予想外の出来事にリリアは思わず目を見開いて彼を見た。
これは、一度目ではなかったことだった。
一体何を言い出すのか。この場ではリリアさえも分からない。
分かることと言えば、縁談の時期といい、やはり何かが可笑しいことだけだ。
続きを催促するかのように、皆が皇帝の出方を静かに待った。イエスかノーか、視線が一斉に皇帝へと集中する。
暫くして、彼は小さく頷いた。
「ふむ、そうだな。言ってみなさい」
皆を宥めるように、皇帝はそう言い聞かせる。いや、カルロに向けた父としての言葉だった。
アバンリッシュとは違い、きっと子のことをしっかりと考えてくれているのだろう。
父の返答を聞いたカルロは感謝の言葉を口にすると、躊躇うことなく言葉を続けた。
「私は一度、そちらのご令嬢と二人でお話したいのです。何せ初対面なのですから、彼女も不安なことでしょう。先に交流を深めてからでも遅くはないでしょう?」
そう堂々と言い放ち、カルロは冷静に周囲を見回した。
流石は皇太子。子供といえど、やはり周りの子息たちに比べ、一段と大人びている。リリアの記憶する彼と少し違う気がするが。
兎に角その言葉も、前には聞かなかった台詞だった。
リリアは困惑し、カルロの様子を探ることしか出来ない。それはアバンリッシュも同様で、余計な言葉を吐く彼を凝視している。
暫く彼らの様子を見た後、皇帝は小さく頷いた。
「成る程‥‥‥‥。では、子は子同士で話すと良いだろう。アバンリッシュ」
「は。別室に部屋を用意させます」
「よろしい。カルロにリリア嬢よ、後は子ら同士で仲を深めると良い。行きなさい」
こう言われてしまえばどうすることも出来ない。誰にも頷く他、選択肢がないのだ。
一抹の不安はあったものの、リリアとしてもこのまま勝手に婚約を結ばれるよりはましである。
正直な所、二人きりで話すことに抵抗はあった。
けれど、もしかすると何かが変わるかもしれないと期待して、彼女は深く頷いた。
「「はい」」
リリアとカルロの言葉が偶然にも重なる。思わずふたり顔を見合わせた。
目が合うと、カルロの表情が一瞬ふにゃりと崩れる。まるで心から大切に思う人に向けるような笑みだ。
そこに先程までの大人びた雰囲気はなく、まるで別人のようだった。
不覚にもリリアは、そんな彼を愛らしいと思ってしまって、表情を少し緩めた。
が、直ぐにその考えを頭から振り落とす。私は何を考えているのかと。
今はそんな気配を見せなくとも、目の前の彼はリリアを裏切った挙げ句に捨てるかもしれない男である。
呑気に気を抜いている場合ではないのだ。
そうして警戒していると、カルロが突然手を差し出した。
不思議に思い、リリアは小首を傾げてその手を見つめる。何をしているのか思考が追いつかない。
暫く立って「行こうか」とカルロは小さく告げた。申し訳なさげにその手をおろして。
そこで漸く、彼がリリアの手を引こうとしてくれていたのだと気が付いた。初めて家に来た彼が道案内など出来る筈がないのに。
差し伸べられた掌は、汚れのない綺麗な手だった。まだ柔らかくて、幼さの残る手。
けれどもどの道、その手を取るような自信をリリアは持ち合わせてはいなかった。取ってしまえば最後、あの悲劇が繰り返される気がして。
リリアは彼のことが余計に分からなくなった。
皇太子の義務だからなのか、それともまさか一目惚れしたのか。
視線の先にいる、同い年の子供の考えていることがこれといって分からない。
ふたりは距離をほんの少しだけ空けて、別室へと向かった。
リリアと皇太子、そしてその両親だ。
つまりは公爵家と皇族が顔を見合わせている状況で、畏れ多い面々にメイド達も息が詰まる思いだった。
それを察してか、あるいは大事な話をするからか、アバンリッシュがその場のメイドを下げさせる。
(どう、して‥‥‥‥?)
リリアは頭が追い付かなった。不意打ちを食らった気分なのもあったが、何よりもこの既視感のある光景に。
リリアはこの光景を知っていた。前回と殆ど同じ配置に、変わらぬ面々。
唯一違うことといえば、アルテミスが席についていることぐらいだ。
その時には、既に帰らぬ人になっていたから。
「さて。皆揃ったところで始めるとしようか」
リリアが席に着いたのを確認するなり、待ちくたびれたと言わんばかりに皇帝が口火を切った。
どこか威厳のある声に、自然と空気に緊張が走る。
未だに混乱するリリアを他所に、話はどんどん進められた。右から左へと、話が流れて行く。
彼女の目の前で、あの時と全く変わらない会話が繰り広げられていた。
(あぁ、同じ―――)
男たちだけで勝手に進む会話。変わらない子供の疎外感。例え王妃や公爵夫人がいようがいまいが、それだけは何ら変わらなかった。
彼女らは殆ど口出しすることはなく、会話を静かに聞いている。特に話すようなことはないのだろう。
アルテミスの反応を見てみると、時々リリアの方に視線だけ向けては不安げな表情を浮かべていた。それもごく微妙な違いで、よくよく見てみなければ分からないレベル。
子供の時には決して気が付かなかっただろうこと。
それは、この中で唯一、アルテミスに気を配っていたリリアだけに出来る代物だった。
彼女にとってアルテミスだけが特異な存在なのだ。
けれどもきっとそれで何かが変わる訳はなく、リリアが反抗しようがしまいが、勝手に話は進むのだろう。
彼が声を上げるまで、彼女はそう思っていた。
「お父様、お母様。私からも少し申し上げたいことがあるのですが‥‥、よろしいでしょうか?」
突然声を出したのは、皇太子だ。
予想外の出来事にリリアは思わず目を見開いて彼を見た。
これは、一度目ではなかったことだった。
一体何を言い出すのか。この場ではリリアさえも分からない。
分かることと言えば、縁談の時期といい、やはり何かが可笑しいことだけだ。
続きを催促するかのように、皆が皇帝の出方を静かに待った。イエスかノーか、視線が一斉に皇帝へと集中する。
暫くして、彼は小さく頷いた。
「ふむ、そうだな。言ってみなさい」
皆を宥めるように、皇帝はそう言い聞かせる。いや、カルロに向けた父としての言葉だった。
アバンリッシュとは違い、きっと子のことをしっかりと考えてくれているのだろう。
父の返答を聞いたカルロは感謝の言葉を口にすると、躊躇うことなく言葉を続けた。
「私は一度、そちらのご令嬢と二人でお話したいのです。何せ初対面なのですから、彼女も不安なことでしょう。先に交流を深めてからでも遅くはないでしょう?」
そう堂々と言い放ち、カルロは冷静に周囲を見回した。
流石は皇太子。子供といえど、やはり周りの子息たちに比べ、一段と大人びている。リリアの記憶する彼と少し違う気がするが。
兎に角その言葉も、前には聞かなかった台詞だった。
リリアは困惑し、カルロの様子を探ることしか出来ない。それはアバンリッシュも同様で、余計な言葉を吐く彼を凝視している。
暫く彼らの様子を見た後、皇帝は小さく頷いた。
「成る程‥‥‥‥。では、子は子同士で話すと良いだろう。アバンリッシュ」
「は。別室に部屋を用意させます」
「よろしい。カルロにリリア嬢よ、後は子ら同士で仲を深めると良い。行きなさい」
こう言われてしまえばどうすることも出来ない。誰にも頷く他、選択肢がないのだ。
一抹の不安はあったものの、リリアとしてもこのまま勝手に婚約を結ばれるよりはましである。
正直な所、二人きりで話すことに抵抗はあった。
けれど、もしかすると何かが変わるかもしれないと期待して、彼女は深く頷いた。
「「はい」」
リリアとカルロの言葉が偶然にも重なる。思わずふたり顔を見合わせた。
目が合うと、カルロの表情が一瞬ふにゃりと崩れる。まるで心から大切に思う人に向けるような笑みだ。
そこに先程までの大人びた雰囲気はなく、まるで別人のようだった。
不覚にもリリアは、そんな彼を愛らしいと思ってしまって、表情を少し緩めた。
が、直ぐにその考えを頭から振り落とす。私は何を考えているのかと。
今はそんな気配を見せなくとも、目の前の彼はリリアを裏切った挙げ句に捨てるかもしれない男である。
呑気に気を抜いている場合ではないのだ。
そうして警戒していると、カルロが突然手を差し出した。
不思議に思い、リリアは小首を傾げてその手を見つめる。何をしているのか思考が追いつかない。
暫く立って「行こうか」とカルロは小さく告げた。申し訳なさげにその手をおろして。
そこで漸く、彼がリリアの手を引こうとしてくれていたのだと気が付いた。初めて家に来た彼が道案内など出来る筈がないのに。
差し伸べられた掌は、汚れのない綺麗な手だった。まだ柔らかくて、幼さの残る手。
けれどもどの道、その手を取るような自信をリリアは持ち合わせてはいなかった。取ってしまえば最後、あの悲劇が繰り返される気がして。
リリアは彼のことが余計に分からなくなった。
皇太子の義務だからなのか、それともまさか一目惚れしたのか。
視線の先にいる、同い年の子供の考えていることがこれといって分からない。
ふたりは距離をほんの少しだけ空けて、別室へと向かった。
13
お気に入りに追加
68
あなたにおすすめの小説
死に戻るなら一時間前に
みねバイヤーン
恋愛
「ああ、これが走馬灯なのね」
階段から落ちていく一瞬で、ルルは十七年の人生を思い出した。侯爵家に生まれ、なに不自由なく育ち、幸せな日々だった。素敵な婚約者と出会い、これからが楽しみだった矢先に。
「神様、もし死に戻るなら、一時間前がいいです」
ダメ元で祈ってみる。もし、ルルが主人公特性を持っているなら、死に戻れるかもしれない。
ピカッと光って、一瞬目をつぶって、また目を開くと、目の前には笑顔の婚約者クラウス第三王子。
「クラウス様、聞いてください。私、一時間後に殺されます」
一時間前に死に戻ったルルは、クラウスと共に犯人を追い詰める──。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
ある公爵令嬢の生涯
ユウ
恋愛
伯爵令嬢のエステルには妹がいた。
妖精姫と呼ばれ両親からも愛され周りからも無条件に愛される。
婚約者までも妹に奪われ婚約者を譲るように言われてしまう。
そして最後には妹を陥れようとした罪で断罪されてしまうが…
気づくとエステルに転生していた。
再び前世繰り返すことになると思いきや。
エステルは家族を見限り自立を決意するのだが…
***
タイトルを変更しました!
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜
秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。
宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。
だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!?
※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。
【完結】愛されないと知った時、私は
yanako
恋愛
私は聞いてしまった。
彼の本心を。
私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。
父が私の結婚相手を見つけてきた。
隣の領地の次男の彼。
幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。
そう、思っていたのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる