今度はあなたと共に。

荒川きな

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本編――公爵令嬢リリア

2-4

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 先程までしっかりと彼女を支えていた身体が、力なくリリアに寄りかかる。不思議に思って、リリアは埋めていた顔をゆっくりと上げた。
 しかし、そうした事を彼女は直ぐに後悔した。

 先ず目に入ったのは、一人のメイド。いつの間にやって来たのか、彼女はアリーの背後に立っていた。
 何かを話す訳でもなく、只々ふたりを見下ろしている。片手に何かを手にして。
 それだけなら・・・・・・まだ良かった・・・・・・

 そのメイドを暫く見上げていたリリアは、ふと何かの感触に気が付いた。水のような生暖かいモノが、アリーの身体に回していた手の甲にピチャリと跳ねたのだ。
 嫌な予感がして、腕をアリーから離した。変わらず、彼女はリリアに凭れ掛かっている。

 震える手首をもう片手で押さえて、リリアは恐る恐る手の甲を確認した。怖くても、確認せずには居られなかった。
 粘性のある液体が、彼女の手にこびり付いていることが分かったとき、リリアは確信した。

―――血だ。

 暗い中でもよく分かる程の色鮮やかな鮮血は、の首元から噴水のように美しくも流れ出していた。
 何かが跳ねる音だけが嫌に響き、アリーからはもう息を吸う音さえ聞こえやしなかった。

 メイドの服は、返り血を浴びて彼方此方が染め上げられていた。真っ赤な水玉模様に。
 よく見ると、彼女が片手に持っていたのは何かがべったりと付着したナイフだった。


「ひ‥‥‥‥‥‥」

 リリアは思わず声を漏らした。混乱と、恐怖‥‥‥‥、色んな感情がごちゃ混ぜになって、上手く頭が上手く回らない。

 兎に角その場から逃げたくて、逃げ出したくて堪らなくなった。けれども足がすくんでしまって、リリアは後退ることも、立ち上がることも出来ない。

 先程まで自ら命を絶とうとしていた。なのに、人が、それも彼女を大切に思ってくれた人が、目の前で凄惨な終わりを迎えるとなると話が違った。

 叫び声を上げることさえ出来ず、飲み込まれた感情は行く宛もなく身体中を暴れ回った。


「駄目じゃない、アリー‥‥‥」

 そんな時、メイドはアリーだったものを一瞥して小さく呟いた。何処か哀愁を帯びた瞳で。
 が、それが誰かに届く筈はなく、薄暗い闇の中に消えていく。

 暫くして彼女は、リリアの方をじっと見直した。
 リリアの視線はメイドに釘付けだ。


「どうして‥‥‥‥」

 そんな言葉がリリアの口を衝いて出た。誰に対して尋ねた訳でもない只の独り言だ。
 

「‥‥‥‥‥口止めです」

 聞こえていたのか、メイドは静かにそう答えた。苦虫を噛み潰したのを我慢するかのような表情を浮かべて。
 それから彼女はぶつぶつと何かを呟き始めた。


「ずっとお嬢様を気に掛けていたようだから見に来てみれば‥‥‥」

 一通り言い終えた彼女は、無言でリリアたちの方へと手を伸ばした。


(嗚呼、今度は私の番だ)

 リリアがギュッと目を瞑る。
 殺されるくらいなら、せめて自身の手で全てを終わらしたかったが、もうそんなこと言ってられない。

 が、リリアの予想に反して、メイドが彼女に危害を加えることはなかった。

 伸びた手は、亡骸を掴み上げてリリアから引き離した。
 それから、ソレを回収して、その場から立ち去って行く。血塗れの床は何事もなかったかのように綺麗にしてから。
 リリアはただ呆然と、その様子を見ていることしか出来なかった。

 結局リリアはまた生きてしまった。目の前で、大切な人を失って。
 苦しかった。悲しかった。


(どうして、私が‥‥‥‥)

 誰もいなくなった静かな部屋で、リリアはひとり佇んでいた。

 何故、自分が虐げられなければならないのか。
 何故、自分が悪女と罵られなければならないのか。
 何故、自分が罰を受けなくてはならないのか。
 何故、―――――――。

 考えに考えても、答えなど見つかることはなく、虚しさだけが腹の中を満たした。


(‥‥もう、もう、どうでもいい)

 リリアは疲れてしまった。これ以上ない程に疲れ切ってしまったのだ。

 どうせ何も残っちゃいない、とリリアは小瓶に手を掛けた。いつかの日に、誰かが部屋に置き忘れていった毒。
 何となく、ベッドの下に隠していたのだ。

 蓋を開けると、どこか魅惑的な花の香りが辺りに広がった。死の匂いに誘われて、リリアは無意識にそれを口に含む。
 あの世にいるであろうアリーに怒られるかもしれないが、これ以上は耐えきれなかったのだ。

 全てを飲み干したリリアは、小瓶を手から落とした。カランッと音を立てて、地に転がり落ちる。
 小瓶と何かが当たる音がして、やがて音は止んだ。


(せめて最期は安らかに)

 固いベットに寝転がる。
 先程までロープにしていた布団を被り、リリアはゆっくりと目を閉じた。
 瞬間、意識が朦朧とする。

 そうした中、彼女はカルロの姿を思い出していた。優しい笑顔を向けていた頃の彼を。

 こんな時でも彼を忘れきれない自身が嫌になったけれども、彼女は最後にカルロにメッセージを送った。
 決して届かないであろうメッセージ。


(もし、もしも。貴方とまた出会うことがあるのなら)


―――今度は貴方を愛さない。





‥‥‥いいえ、愛したくないの。
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