今度はあなたと共に。

荒川きな

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序章――皇太子カルロ

1-1

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「リリア・ナイーゼよ。妹君への悪行の数々は聞き及んでいる。……だが、それも今日までである。証拠は出揃った。
 皇太子、カルロ・イル・アスベルトの名に於て、貴様との婚約を破棄し、貴様をナイーゼ家内の部屋に軟禁させてもらうこととする。
 本来なら、身分剥奪の末、牢に入れる筈だった。が、被害者である妹君本人の激しい希望により自宅軟禁を望んだことである。貴様の改心を願って、な。
 妹君に感謝し、贖罪の機会を無駄にするな。以上だ」

 華やかに飾られた皇宮の大広間。
 大勢の貴族たちが見据える中、一人の公爵令嬢は皇太子カルロの方をじっと見ている。リリアである。

 対して、カルロの後ろにはリリアの妹アナが控えており、横から顔を少し覗かせている。
 その表情は曇っていて、不安げにも見える。


「私はアナを虐めてなどいません。
 殿下、私と婚約破棄をしたいのでしたら・・・」

「白々しいな。何を言い出すかと思えば、第一に否定か。他に言うことがあるだろうに。
 それに、ただ婚約破棄をしたいが為にこんな大掛かりな捏ち上げをする訳がなかろう?するだけなら幾らでもできる。

 私はこのような残虐な行為を好かんのだ。実の妹に手を上げるなど‥‥!!」

 リリアの弁明にカルロが途中で口を挟む。彼女の言い訳など聞きたくない、という意志の現れだ。

 加えて、怒りでつい語気が強くなってしまった。カルロはハッとなって、冷酷な態度に取り繕い直す。

 そんなことでいちいち感情を表に曝け出していたらきりがないし、他の貴族に侮られかねないのだ。


「‥‥いいえ、そのような事実はございません」

 しかし、リリアは依然澄ました顔のまま、きっぱりと否定した。むしろ堂々としすぎて、本当に何もしていないかのようだった。

 カルロもその気迫に一瞬たじろぐ。だが、話を止めるつもりは更々なかった。ここで終らせたらアナが報われない、と思ったのだ。
 リリアに生半可な言い分は通じないと悟ったカルロは、証拠をその場で突きつけることにした。
 ここぞとばかりに彼女の悪行を晒し、二度と社交の場に出られないようにする為に。

 側に控えていたメイドに予め準備しておいた紙を用意させる。
 勿論ただの紙じゃない。リリアがアナにした行為をまとめた証明書だ。証言もしっかりと取ってある。
 加えて、複数の小瓶が入った籠も運ばせた。


「ならば、一つ一つ読み上げてやろうか?
 ……手始めに、妹君の頬を叩き、腹を蹴り、脚で躓かせた。次に、階段から突き落とし、学園内に彼女の悪い噂を蔓延させようとした。加えて、毒を仕込むだけでなく・・・・」

 綴じられた複数枚の資料を読み上げ始める。そして、籠の中に入った小瓶を取り出そうとした。
 その時、だった。


「もう、もう………お止めください!!」

 続けようとする彼を止めたのは……、リリアの妹・アナだ。

 震えながら前に進み出たかと思うと、何とか言葉を絞り出したかのように声を出した。
 リリアと彼の間に立ち塞がるかのように佇んでいる。

 その為に、カルロも話をやめる他なかった。
 驚いたかのか声もださずにアナを凝視している。それは単にカルロだけではなく、他の貴族たちも同様だ。


「お姉様は、私に度を超えたを仕出かしました。

 ‥‥‥‥ですが、それだけなのです!
 他の方にはそのようなことをしておりません!!

 それに元はと言えば、私がいけないんです。
 私が、考えなしに発言したから…………。

 だから、どうかこれ以上の罰はお許し下さい……!!」

 アナが今にも泣き出しそうな声で訴えた。
 すっかり縮こまっていて、先程よりも明らかに震えている。そのさまは、見ていて痛々しい。

 思い出すことさえ辛いだろうに、とカルロは気の毒に思った。
 これ以上は見てられないので、彼女を近くのメイドに預ける。

 メイドは会場外に出て介抱しようとするが、アナに掴まれてしまい、その場から動けない。すっかり困り顔だ。


(一介のメイドに抱きつくとは‥‥。余程、怖かったのだろうな。
 リリアはやはり牢屋に入れておくべきか‥‥。
 しかし、そんなことをしては心優しき妹君が悲しむであろう)

 カルロはその様子を横目に見た。泥沼化した貴族社会で何と思いやりのある娘だろうか、と心から敬服しながら。
 周りで見ているだけだった貴族たちも似たような気持ちを抱いているようで、彼女の勇気に心動かされている者もいる。

 自分に危害を加えた相手に普通ここまでするであろうか、と。

 だからこそ、カルロはリリアのことをより嫌悪した。

 何故、このような妹を持ってして悪に手を染めてしまうのか。
 何故、悪事を働いておいてそんなにも平然としてられるのか。

 ‥‥疑問に思っても、彼には到底理解できなかった。否、しようともしなかった。

 目の前に立つリリア。それは彼の心を酷く抉り取った。
 詰まるところ、その事実から一刻でも早く目を背けたかったのである。

 誰だって良かった思い出はそのままにしておきたい。それはカルロも同じだった。

 原因を考えれば考えるほど、彼の中でリリアとの思い出が汚されていくかのように感じて嫌だった。
 だから、理解することを諦めたのだ。そうしたら過去のことは汚されずに済んで、楽になれたから。
 

「‥‥‥よかろう。妹君に免じて、リリア・ナイーゼの件についてはこれにて終わりとする。異論はないな?
 ただし、軟禁だけは免れん。今すぐ連れ帰れ」

 言い聞かせるように聴衆に問い掛ける。リリアの方は見ない。
 ヒソヒソと陰口を叩いていた者も皆黙りこくり、会場は一気に静まり返った。

 皆の視線がカルロへ集中する。だがすぐに、それは本日の主役であるリリアへと向けられた。


「いやっ、‥‥‥!」

 リリアが声を上げて抵抗しようとするも、控えていた女騎士たちに虚しく拘束された。わざわざ女騎士を呼びつけたのは、カルロなりの些細な優しさだった。
 
 リリアは先ほどの落ち着きが嘘のように冷静さを欠いている。
 何かに怯えきった様子で、視線はある一点に釘付けになっている。が、誰もそれには気が付かない。
 群衆は良くも悪くも、彼女の醜態をただ眺めているだけだ。きっと今後、話の種にしばしば引っ張り出されることだろう。

 大勢の悪意に晒される中、リリアは女騎士たちによって会場の外へと連れて行かれる。
 彼女は最後まで諦めることなく、か細い声で必死にもがき続けた。何かを訴えているかのようだった。


は、閉じ込めないでっっ…っ」

 しかし、その声はカルロの耳へは届かない。無情にも扉の閉まる音に掻き消されてしまったのだ。

 どこか釈然としない幕引きに、カルロの気持ちは終ぞ晴れることはなかった。
 
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