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第38話 王族現る

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 ホール袖から、王族の面々が次々と姿を現すと、そこらで立ち話をしていた人が黄色い悲鳴を上げた。
 初めに、王子たち。ルードルフとアーノルド。
 令嬢たちは、不躾にもふたりに駆け寄ろうと目をギラつかせた。

 けれども王子たちに続いて、国王と王妃が遅れて姿を現すと、その足をピタリと止めた。
 貫禄ある雰囲気に気圧されて、先の歓声が嘘のように静まり返る。
 本来ならば、先に王たちが出て来る所であり、だからこそ皆油断したのだ。
 まだ王たちは来ない、と。

 静けさは伝播して、一時の静寂がホール内を包み込んだ。人々は息を呑み、その様子を見守っている。
 只々その場には王族の足音だけが響き渡っていた。
 モーゼの海割りのように人混みは自然と割れ、一つの道筋を示す。壇上の玉座に向かって。

 聖花は遠巻きに彼らを眺めていた。何時もとは違う空気を纏ったアーノルドに、初めて見る国王たちの姿。

 ルードルフの容姿は聖花の想像していたものと全く異なっていた。
 アーノルドは銀髪碧眼なのに対し、透き通るような金髪。瞳は燃え盛るようにハッキリとした赤色だ。
 アーノルドが"格好良い"であるならば、さしずめ彼はどちらかというと美しい。

 が、よく見てみると、王族の面々には妙な違和感があった。アーノルドの存在だ。

 国王は金髪赤目、王妃は茶髪紫目なのに対し、その子供である彼は二人の特徴をこれといって引き継いでいないのだ。
 唯一継いでいるのは、王族としての気品と整った容姿だけ。
 だからか、聖花には余計に彼がその場で浮いている気がした。

 曇りない笑顔を向けるルードルフの横で、貼り付けたような笑みを浮かべる彼。表向きの表情。一体腹の奥では何を抱えているのだろうか。
 聖花はいつぞやの台詞を思い出した。知らず知らずの内に、きっと何か・・に苦しめられてきたのだろう。
 その事が何なのか詳しくは分からないけれども、それがアーノルドの心を痛く蝕んだのか。

 聖花が彼を眺めていると、背後から「またな」と、声が聞こえた。ハッとして、ギルガルドの居た方を見る。
 が、時既に遅し。彼はもう何処かへと行ってしまっていた。


(そこまで遠くへは行っていない筈)

 ギルガルドを探そうと、彼女は辺りを見回して周囲の様子を伺った。目立ち過ぎないよう、息を潜めてゆっくりと。
 幸いにも、貴族の殆どが王族に釘付けになっていて、その動きを止めている。


「‥‥‥皆の者、揃っているか?本日はよく来てくれた」

 が、そんなことも露知らず、国王―――リガルド・ミセド・アルバがとうとう口を開いた。
 重みのある声。無意識に聖花の意識は王族へと向いた。思わず耳を傾け、他の者のように彼らを凝視する。

 いつの間にか玉座の前に立っていたリガルドは、貴族たちを上から見下ろしていた。
 そうして、彼はルードルフを呼付けると、小さく目配せした。


「はい、父上。
 ‥‥‥先ずは皆様、本日はお越し頂きありがとうございます」

 ルードルフが頷いて、話を始めた。謝辞を述べた後、前置きをつらつらと並べていく。
 多くが顔を見せてくれて何よりだとか、季節の変わり目のことだとか、些細なことで場の空気を少しでも和ませようとしているのが見て取れた。

 が、一言。「"王"の義務として―――」そう言って漸く本題に入ろうとすると、緩和された空気に再び緊張感が走った。
 遂に来た、そう言わんばかりに皆が固唾を飲んだ。視線が一斉にルードルフに集中する。
 けれども、そんな状況でも彼は動じなかった。流石は王族。肝が座っているのだろう。

 そうした中、とうとうルードルフは宣言した。学園期間内に生涯を共にする伴侶を見つけ出す、と。
 貴族たちの空気が明らかに変わった瞬間だった。行き交う思惑の数々。
 "娘を王妃に"と考える者や、私こそがと思い込む者、密かに陰謀を企てる者など様々だ。

 リガルドが軽く咳払いをする。それ一つで皆の意識が彼へと向いた。


「‥‥‥‥‥それでは、私たちからは以上とする。本日は祝の場だ。堅苦しい挨拶は要らん。
 思う存分楽しんでいってくれ」

 リガルドがそう締めくくると、張り詰めた空気が弾けたかのように消えた。
 彼らが壇上から降りると、皆、我先にと、王族の方へと向かった。令嬢は王子に、紳士や令息は国王に、夫人は王妃に。

 中には遠巻きにその様子を眺める者もいたが、それはごく少数派だ。
 大体の貴族は、王族と少しでもコネを作ろうと息巻いている。

 特に、第一王子と第二王子で差は顕著に現れていた。アーノルドに集る令嬢は、彼の兄ルードルフに比べると遥かに少ない。
 彼女らは大方、少しでも王族に喰らいついていたいのだろう。あるいは、万が一のこと・・・・・・を考えてのことかもしれない。

 けれども、アーノルドはそれを貼り付けたような笑顔で受け流す。
 優しい青年のように話す彼は、蓋を開けてみれば偽りで塗り固められたものに他ならない。
 そんなことも知らない令嬢たちは、彼に熱を上げて擦り寄っている。


(こんなの、近付けないじゃない)

 大勢の令嬢に取り囲まれているルードルフ。中には桃色がかった髪の少女もいた気がしたが、今は気にしないことにした。

 ところで、アーノルドは仲良くなれと言ったが、聖花に一体どうしろと言うのか。話し掛ける事さえままならないのに。

 無理難題を押し付けられた気になって、聖花は内心溜め息を漏らした。
 おまけに、アーノルドを見ると、時々目が合うように聖花は感じた。きっと彼女の動向を監視しているのだろう。
 行動を縛られているようで、正直いい気はしない。


(これ以上は時間の無駄よね)

 自分にそう納得させる。
 後でアーノルドに言い訳しようと思った聖花は、隙を見計らって人の群れからそっと距離を取った。
 何処かへと行ったギルガルドを探すことに頭を転換して、人の影から影へと身を隠す。

 けれども、彼は見つからなかった。
 既にホールから外へと出ているのか、彼に似た人影さえ見当たらない。バルコニーを覗き込んでみても同じだった。

 素知らぬ顔をして、聖花は王宮の廊下へと出る。使用人に何か尋ねられたら、「お手洗いに」などと嘘をついて誤魔化した。
 うっかり不審に思われないように辺りを見渡して、人通り少ない所へと入って行く。

 迷子のように、先も分からぬ道を歩き続けた。自身の直感を信じて進むと、大勢いる筈の使用人とは、どうしてか対峙することはなかった。

 それでも、ギルガルドは一向に見つからない。
 もう帰ってしまったのか、と聖花は考えた。痺れを切らしてホールへと戻ろうとするも、道が分からない。
 本当に迷子になってしまったようだ。

 困り果てて辺りを見渡すと、彼女の進んで来た道に人影が見えた。
 王宮の使用人だったら不審がられるに違いないし、もしギルガルドだったら、事件・・に関することで聞きたいことがある。その他の可能性は一旦置いておく。

 その人物が誰なのかを確認する為に、一か八か、聖花はその場に立ち止まった。
 見えて来た人物は―――アーノルドだ。


「セイカ‥‥‥、どこに行こうとしていた?
 ここは指定外のエリアだ」

 彼は笑顔を浮かべているのに、額に青筋が浮かんでいるように聖花には見えた。不思議と声にも圧が掛かっている。
 流石に逃げることも出来ず、じわじわと距離を詰められていく。
 見るからにアーノルドは不機嫌そうだ。


(何でいるの!!?やばいやばい)

 焦りと疑問で、聖花の頭は混乱した。
 今更突っ込むことではないが、いつから追跡されていたのだろうか。

 そんな彼女の様子とは関係なく、とうとうアーノルドは聖花の直ぐ側まで追い付いた。
 周りにメイドもいない。


「ど‥‥‥どういうおつもりですか?
 私を追い掛け回すような真似をされて」

 何とか取り繕い、聖花は先手を切った。話を逸らすつもりで。
 ここに居る理由をアーノルドに聞かれたら、呑気な言い訳のしようもない。


「ふむ。どうやら俺との約束を忘れているようだ」

 それが功を奏したのか、場所の追及が来ることはなかった。が、以前交わした約束について持ち出される。
 勿論、聖花に約束した覚えはない。あくまでお願い・・・されただけだ。

 皮肉を言い合っていると、遠くからコッコッと走るような音が聞こえて来た。
 思わずふたりは黙り込む。誰か来る、と。
 今度は誰なんだと、警戒した聖花が、音のする方を怪訝な顔で見た。

 が、直ぐにその人物は誰だか分かった。
 一瞬、アーノルドが眉をピクリと動かして、視線がそちらに釘付けになる。


「アーノルド!ここにいたのか!!」

 アーノルドの兄―――ルードルフ。
 彼に群がっていた大勢の貴族は一体何処に置いてきたのだろうか。どうやってあの状況・・・・から脱してきたのだろうか。
 謎が残るところではあるが、確かにそこにルードルフが立っていた。
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