上 下
36 / 49

第32話 その後のこと

しおりを挟む
 聖花はギルドから離れた後、辺を散々彷徨った挙げ句に意識を失った。その場に倒れ込む形だ。
 体力の限界をとうに超えていたのだろう。

 勿論、小さな騒ぎにはなった。人気の多い大通りで突然倒れたのだから。
 が、殆どの人は見ているだけで動こうともしなかった。遠巻きに心配しつつも、その場を通り過ぎていくだけだ。
 面倒ごとには巻き込まれたくないのである。

 通行人の噂話を耳にして、アデルたちが駆け付けた時には、既に聖花が横たわっていたのだ。それも、道の真ん中で。
 丁度、衛兵たちが聖花を保護しようとしているところだった。正体はまだ見破られていないようだ。

 何とか衛兵たちに事情を説明して聖花を回収した後、アデルたちはダンドール伯爵家へと直帰した。
 意識のない聖花をメイド達が部屋へと運んで行く。

 そうしている途中で、アデルに招集がかかった。ヴィンセントが執務室で待っている、と。当然、理由は明白だ。

 アデルは血の気が引くのを感じた。だがしかし、行かないという選択肢など端から存在しない。
 重い足を引きずるようにして、彼女は執務室へと向かった。

 すると、アデルは護衛騎士と偶然にも合流することになった。どうやら彼も呼び出されたらしく、向かう場所はアデルと同じである。

 執務室の扉を開ける。
 するとすぐに、正面にいるヴィンセントが2人の目に入った。顔の前で手を組んで椅子に腰掛けている。
 心なしか空気が重い。

 片割れが扉を締め終わるのを確認して、ヴィンセントが口を開いた。


「一体何があった?」

 彼は2人を一瞥して、相変わらず威厳のある声で言い放つ。表情をいちいち確認せずとも、相当苛立っているのが見て取れる。

 アデルは無言のまま俯き、対する護衛騎士は真っ直ぐにヴィンセントを見ている。何とも対象的な光景である。


「セイカ様が露店街で突如として離脱され、行方不明となられました。その後、…………………」

「もう良い。続きは言わずとも分かる」

 アデルの様子を勘づいたのか、護衛騎士が少し間を置いてから説明し出した。が、直ぐにヴィンセントに止められる。
 今聞いているのはお前ではない、と言わんばかりに。

 続いて、ヴィンセントの視線はアデルへと向いた。それでもアデルはじっと黙って俯いている。
 視線には気が付いているのか、小さく震え出した。


「アデル、お前はセイカの側にいた筈だが」

 そんなアデルの様子を意にも介さず、ヴィンセントは彼女に言葉の圧をかけた。
 皆まで言わずとも、彼の言いたいことは即座に理解できる。

 そのせいかアデルは顔面蒼白になり、依然として口を閉ざしている。当然だが、完全に怯えている。

 
「何を黙っておるのだ。早う話せ。
 話さねば、、、、。?」

 その瞬間、アデルの目の色が変った。伏せた顔を上げ、ヴィンセントと視線を合わせる。
 ただならぬ恐怖で震えは引き、一気に声を上げた。


「申し訳ございませんでした!!!」

 初めにアデルから飛び出したのは、単なる謝罪だ。

 ヴィンセントが続きを促すように顎を小さく動かした。

「ほう?」 

「私が、私が…………、純粋に買付を楽しんでしまったのです。
 次の時には、絶対に絶対に、セイカ様から一時も目を離しません…!見逃して下さいなどは言いません。
 ですが今回だけは、どうか罰を軽くして下さい!!」

 そこまでアデルが言い切った。目をギュッと瞑ってヴィンセントの言葉を待つ。


「………生ぬるいな」

「そんな‥‥‥‥!」

 しかし、ヴィンセントから返ってきたのは無慈悲極まりない一言だ。

 情状の余地はないのか、と、アデルは今にも泣き崩れそうな顔になる。
 横でそれを聞いている護衛騎士はいたたまれない気持ちになった。同時に、何故アデルがこんなにも必死なのかが理解できなかった。


「お願いです!罰を先延ばしにして下さるだけでも構いません。挽回の機会を下さい!!」

 アデルは滅気ずに懇願を続ける。

 ヴィンセントは少し考える仕草をした。損得勘定をしている、そんな所だ。
 勿論、アデルの懇願など今は聞いちゃいない。右から左へと流れていく。


「………良いだろう。が、次はない」

 暫く考えた後に、ヴィンセントが言い放つ。少しの間は何とか救われたのだ。

 アデルは安堵と不安が混じり合った溜息を漏らした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

処理中です...