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第11話 忍び寄る影 前半
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そうして、試験の日がやって来た。
アルバ国・首都ザッカーに位置する学園は、国唯一の公的な学び舎だ。
だから、学園には首都に住む多くの貴族だけでなく、国の端――いわゆる辺境地からも沢山の人たちが毎度、試験を受けに訪れていた。受かる人数も桁違いだ。
その分、学園の領土は普通の貴族の邸宅よりも遥かに大きかった。
不幸なことに、『マリアンナ』がこれまでに覚えた筈の知識分野について、殆ど思い出せないことに聖花は気が付いた。
だから、少しでも試験に喰らいつく為に、彼女は毎日必死に勉強した。午前には書庫へ足を運び、午後には現学生であるフィリーネから指導を受け、学習を進めていた。
聖花自身焦っていたのだ。友人や姉と約束した学園生活をこんな所で終わらす訳にはいかない、と。
フィリーネは彼女の申し出を快く受け入れてくれた。
厳しく、時には優しく教えてくれるフィリーネには、その性格がハッキリと表れていた。
書庫ではひたすら歴史書を読み漁った。
その度にギルガルドと鉢合わせたけれども、彼はマリアンナの姿を確認するなり、何冊かの書物を手に持つと、直ぐさま書庫から出て行ってしまった。
それでも最近は、マリアンナが入って来たとしても横目に見るだけで書庫から移動しなくなった。
鉢合わせるたびに会釈しても、見事なまでに無視されたが。
時々、午後にフィリーネがお茶会で不在になる事があったけれども、彼女から過去問を貰ったり、ノートを貸して貰うなど、聖花はやれることはやった。
―――残るは、試験で結果を出すだけだ。
夜の名残がほのかに残り、まだ肌寒く感じる朝方、聖花はいそいそと起き出した。
メイはまだ来ない。早すぎたようだった。
最後の足掻きに、彼女はフィリーネに貰った過去問を眺めておいた。メイの迎えが来るまで。
暫くして、身支度を軽く整え終わると、聖花は門で待つ馬車にゆっくりと乗り込んだ。
合格するという自信と、不合格かもしれないという一抹の不安を胸に抱いて。
馬車の中には、フィリーネが聖花の向かい側に腰掛けている。マリアンナが心配で、学園前まで付き添ってくれると言うのだ。
こんなにも頼もしいものは他にない。
ダンドールは執務に勤しみ、ルアンナは兼ねてから約束していた茶会に行くからと、聖花に付いてこなかった。
当然、ギルガルドもだ。
「マリー、緊張し過ぎなくても宜しいのよ。
これまで貴女が他の方々より努力してきたことを、私は何方よりもよく知っております。
書庫でお勉強されていたこともお聞きしましたわ。
どうか自信を持って下さいまし」
励ましの声をフィリーネが掛けてくれる。堂々として力強い声。
フィリーネが付き添ってくれて良かった、と聖花は思った。彼女の言葉に、どれ程励まされたことだろう。
やる気が自然と溢れてくる。
聖花は二度、力強く頷いた。
自分の努力を見てくれていた。見てくれている人がいた。
そんな人が一人でもいるだけで、気分が随分楽になるのを感じたから。
気が付くと、ふたりは学園の話をして盛り上がっていた。
学食が美味しいだとか。年に一度のお祭りが案外盛り上がるだとか。実習訓練があって大変だとか。
そんな他愛ない話に興じて、聖花はこれからの学園生活に期待を膨らませた。
そうこうしているうちに、馬車が停車した。学園の前まで着いていたようだ。
マリアンナは促されるままに馬車を降りた。
「頑張って下さい、マリー。心から応援しておりますわ」
「はい、フィー姉様。全力を尽くしてきますね」
中から微笑みかけてくれるフィリーネ。そんな彼女を見て、聖花も自然と笑みが溢れた。
緊張や不安などもすっかり解れたのか、その顔は自信に満ち溢れている。
丁寧に飾り付けされた門を潜ると、視野の先に広大な景色が広がった。
緑が生い茂る庭の奥にそびえ立つ校舎。
ダンドールやルアンナ含む数多くの貴族たちがそこで時を分かち合い、仲を深め合ったりした場所。
年月を重ねても、威風堂々とそこに佇んでいた。
よく見てみると、既に多くの受験者がそこで案内を待っていた。張り詰めた空気がひしひしと伝わってくる。
中には動きがぎこちない者、縮こまっている者もいたけれども、その殆どが瞳に意志を燃やしていた。
自身もその内の一人なのだ、と聖花は改めて認識させられた。
列へと並んで手続きを済ませると、彼女はとうとう校舎に足を踏み入れた。
初めは記述試験。次に適正属性の測定だ。‥‥‥試験に属性検査など意味があるのだろうか。
そんなことは置いておいて、指定の教室へと向かう。
突然、背筋に悪寒が走るのを聖花は感じとった。濃い青髪の少女とすれ違った時だった。
あの夜の事が不意に蘇って、身体が急激に冷える。
思わず勢い良く振り返った聖花は、少女の後ろ姿を見た。少女は変わらず歩を進めている。
そうしていると、窓から入って来た風が少女の髪をふわりと靡かせた。一瞬、真っ暗な黒髪が中から顔を覗かせて、青い髪に覆われる。
顔こそは見ていないが、何か嫌な予感がする。
聖花の中にただならぬ疑念が生まれて、直ぐに心の奥にしまい込んた。頭からそのことを振り落とす。
今は試験に集中したいから。
聖花は、後で起こることなど知らず、戦場へと身を投じた。
アルバ国・首都ザッカーに位置する学園は、国唯一の公的な学び舎だ。
だから、学園には首都に住む多くの貴族だけでなく、国の端――いわゆる辺境地からも沢山の人たちが毎度、試験を受けに訪れていた。受かる人数も桁違いだ。
その分、学園の領土は普通の貴族の邸宅よりも遥かに大きかった。
不幸なことに、『マリアンナ』がこれまでに覚えた筈の知識分野について、殆ど思い出せないことに聖花は気が付いた。
だから、少しでも試験に喰らいつく為に、彼女は毎日必死に勉強した。午前には書庫へ足を運び、午後には現学生であるフィリーネから指導を受け、学習を進めていた。
聖花自身焦っていたのだ。友人や姉と約束した学園生活をこんな所で終わらす訳にはいかない、と。
フィリーネは彼女の申し出を快く受け入れてくれた。
厳しく、時には優しく教えてくれるフィリーネには、その性格がハッキリと表れていた。
書庫ではひたすら歴史書を読み漁った。
その度にギルガルドと鉢合わせたけれども、彼はマリアンナの姿を確認するなり、何冊かの書物を手に持つと、直ぐさま書庫から出て行ってしまった。
それでも最近は、マリアンナが入って来たとしても横目に見るだけで書庫から移動しなくなった。
鉢合わせるたびに会釈しても、見事なまでに無視されたが。
時々、午後にフィリーネがお茶会で不在になる事があったけれども、彼女から過去問を貰ったり、ノートを貸して貰うなど、聖花はやれることはやった。
―――残るは、試験で結果を出すだけだ。
夜の名残がほのかに残り、まだ肌寒く感じる朝方、聖花はいそいそと起き出した。
メイはまだ来ない。早すぎたようだった。
最後の足掻きに、彼女はフィリーネに貰った過去問を眺めておいた。メイの迎えが来るまで。
暫くして、身支度を軽く整え終わると、聖花は門で待つ馬車にゆっくりと乗り込んだ。
合格するという自信と、不合格かもしれないという一抹の不安を胸に抱いて。
馬車の中には、フィリーネが聖花の向かい側に腰掛けている。マリアンナが心配で、学園前まで付き添ってくれると言うのだ。
こんなにも頼もしいものは他にない。
ダンドールは執務に勤しみ、ルアンナは兼ねてから約束していた茶会に行くからと、聖花に付いてこなかった。
当然、ギルガルドもだ。
「マリー、緊張し過ぎなくても宜しいのよ。
これまで貴女が他の方々より努力してきたことを、私は何方よりもよく知っております。
書庫でお勉強されていたこともお聞きしましたわ。
どうか自信を持って下さいまし」
励ましの声をフィリーネが掛けてくれる。堂々として力強い声。
フィリーネが付き添ってくれて良かった、と聖花は思った。彼女の言葉に、どれ程励まされたことだろう。
やる気が自然と溢れてくる。
聖花は二度、力強く頷いた。
自分の努力を見てくれていた。見てくれている人がいた。
そんな人が一人でもいるだけで、気分が随分楽になるのを感じたから。
気が付くと、ふたりは学園の話をして盛り上がっていた。
学食が美味しいだとか。年に一度のお祭りが案外盛り上がるだとか。実習訓練があって大変だとか。
そんな他愛ない話に興じて、聖花はこれからの学園生活に期待を膨らませた。
そうこうしているうちに、馬車が停車した。学園の前まで着いていたようだ。
マリアンナは促されるままに馬車を降りた。
「頑張って下さい、マリー。心から応援しておりますわ」
「はい、フィー姉様。全力を尽くしてきますね」
中から微笑みかけてくれるフィリーネ。そんな彼女を見て、聖花も自然と笑みが溢れた。
緊張や不安などもすっかり解れたのか、その顔は自信に満ち溢れている。
丁寧に飾り付けされた門を潜ると、視野の先に広大な景色が広がった。
緑が生い茂る庭の奥にそびえ立つ校舎。
ダンドールやルアンナ含む数多くの貴族たちがそこで時を分かち合い、仲を深め合ったりした場所。
年月を重ねても、威風堂々とそこに佇んでいた。
よく見てみると、既に多くの受験者がそこで案内を待っていた。張り詰めた空気がひしひしと伝わってくる。
中には動きがぎこちない者、縮こまっている者もいたけれども、その殆どが瞳に意志を燃やしていた。
自身もその内の一人なのだ、と聖花は改めて認識させられた。
列へと並んで手続きを済ませると、彼女はとうとう校舎に足を踏み入れた。
初めは記述試験。次に適正属性の測定だ。‥‥‥試験に属性検査など意味があるのだろうか。
そんなことは置いておいて、指定の教室へと向かう。
突然、背筋に悪寒が走るのを聖花は感じとった。濃い青髪の少女とすれ違った時だった。
あの夜の事が不意に蘇って、身体が急激に冷える。
思わず勢い良く振り返った聖花は、少女の後ろ姿を見た。少女は変わらず歩を進めている。
そうしていると、窓から入って来た風が少女の髪をふわりと靡かせた。一瞬、真っ暗な黒髪が中から顔を覗かせて、青い髪に覆われる。
顔こそは見ていないが、何か嫌な予感がする。
聖花の中にただならぬ疑念が生まれて、直ぐに心の奥にしまい込んた。頭からそのことを振り落とす。
今は試験に集中したいから。
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