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第8話 友人からのお見舞
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少し眩しい日差しがアルバ国中に行き渡り、小鳥たちが囀ずる声が聴こえ出した頃、ヴェルディーレ家の門前に2つの馬車が訪れた。
それぞれの馬車の側面に家紋を象徴する印が取り付けられており、一目でバインド家とフィロソフィア家だと分かる。
因みに印のデザインは、一方が蛇が盾に巻き付いた柄と、もう一方は凛々しく羽ばたく鳥の柄である。
真っ先に馬車の存在に気付いたのは庭師だ。門の側にいた彼は、慌てて屋敷へと報告しに戻った。
庭師から引き継いだ執事が素早く客人を迎えに行く。
執事に取り乱した様子は一切なく、むしろ冷静に見える。
実は、昨夜ダンドールがアナスタシアたちと別れた際、彼は彼女らから「また見舞いに行く」と事前に聞いていた。
従って翌朝、「マリアンナが目を覚ました」と聞き付けたダンドールは、早馬で手紙を出したのだ。
宛先は勿論、例の2つの家紋だ。
手紙には、要約すると、何時でも見舞いにいらっしゃい、と記してある。
という訳で、アナスタシアらが今日来ても何ら不思議ではない為、執事はやけに落ち着いていたのだ。
恐らく、彼女らが予告なく訪れたとしても柔軟に対応しただろうが。
ダンドールにも彼女らの来訪は伝わった。
彼は部屋の窓から様子を眺め、頬を少しだけ緩めている。パーティーでの行動力も然り、手紙を出したその日中に来た事実に只々感心していたのだ。
マリアンナのことをダンドール同様、大事に思ってくれている証拠だから。
執事が門を開けると、ギギギと大きな音が辺りに鳴り響いた。案外耳障りでない音だ。
誘導するようにして馬車を中へと引き入れる。
そうして馬車から出てきたのはアナスタシアとリリエルだった。側に侍女を連れている。
二人ともマリアンナの容態がやはり気になるようで、心なしか落ち着きのない様子だ。隠そうとしていても、ソワソワしているのが見て取れる。
馬車から降りる際の動きも少しぎこちなかった。
「お嬢様方、お待たせして申し訳ございません。私この家の一執事を任されております、ガルメッシュと申します。何卒よろしくお願いします。バインド男爵令嬢様に、フィロソフィア男爵令嬢様ですね。当主様から事前に伺っておりますが、我が屋敷に何かご用でしょうか?」
ガルメッシュがアナスタシアたちの前に進み出ると、丁寧に深々とお辞儀をした。柔らかな声色だ。
ガルメッシュは大人を屋敷へと招き入れることには手慣れていた。が、未だ14ほどの令嬢たちをもてなすことは滅多にない。
従って、令嬢たちの機嫌を損ねぬよう、彼は日頃より気を配った。それが今の明るく柔らかな雰囲気だ。
いつものように淡々としていては誤解されてしまうだろうから。
アナスタシアらにも好印象だったことだろう。ふたりもガルメッシュに倣って微笑んだ。
「初めまして、ガルメッシュさん。私はマリアンナ様の友人のアナスタシア・バインドと申しますわ。こちらこそよろしくお願いします。本日は、マリアンナ様の容態が落ち着いてきたことをお聞きし、お見舞いに、と馳せ存じました。ご面会は可能でしょうか?」
「私も、初めまして。リリエル・フィロソフィアと言う者です。アナスタシア嬢同様、私もマリアンナ様の容態が心配で、お見舞いに参りました。どうぞよろしくお願いします」
アナスタシアが会釈する。リリエルもそれに合わせるかのように、慌てて礼をした。
ガルメッシュは「ご丁寧にありがとうございます」と畏まった。笑顔は崩さない。
「リリエル様に、アナスタシア様ですね。旦那様にご許可は頂いております。どうぞお入り下さい」
ガルメッシュが二人を屋敷内に招き入れる。
先にダンドールに挨拶しに向かった後、ガルメッシュはマリアンナの居る部屋の前まで彼女たちを案内した。
ダンドールは終始、「マリーのご友人がお見舞いに来てくださるなんて…、」などと感動していた様子だった。
「では私はマリアンナ様の部屋の外で控えておりますので、お帰りやご有事などの際は遠慮なくお申し出下さいませ。」
「ガルメッシュさん、ご案内ありがとうございます。また何か有ればそうさせて頂きますわ」
ガルメッシュがマリアンナの侍女であるメイに引き継ぐ。扉の側で控えていたメイが、マリアンナの部屋を軽くノックした。
「……はぃ」
聖花は寝起きのような声で返事をした。否、実際に先ほどまで眠っていたのだ。
ノックの些細な音に反応して目が覚めたのである。
夢の世界にいた聖花は一気に現実へと引き戻された。昨夜見ていた悪夢ではなく、どこかポカポカと心が温まる夢から。
聖花はまだ夢から覚めたくない気持ちでいっぱいだった。
何か用だろうか、と聖花が回らぬ頭で考える。アナスタシア達が見舞いに来たことを知らないのである。
「マリアンナ様、メイです。ご友人様がお嬢様のお見舞いにいらっしゃいましたよ」
メイは聖花のごく微小な返答をきちんと拾った。ゆっくりと扉を開く。
「マリー様!ご無事です、もごっ」
「アナ、シーーー。声が大きいですよ。あまりマリーさまのお身体に触ることをしては駄目、ですよ?」
扉が開き姿を確認するや否や、アナスタシアがマリアンナに駆け寄ろうとした。それも大声で。
アナスタシアの後ろにいたリリエルが、慌てて彼女の口を塞いで止める。なかなか強引な手段だ。
リリエルが物怖じするのは基本的に上の身分や男、高圧的な態度の人などである。が、友人や家族の前でははっきりと物を言い、気遣いができる優しい少女だったのだ。
対する普段はしっかり者のアナスタシアは、大切なものに関する情熱が激しいタイプだ。
いつもと立場が逆転しているようで面白い。
口が塞がれ声の出せないアナスタシアは、リリエルに同意を示す為、必死に首を縦に動かす。やっと解放されたようだ。
そうして、二人揃ってマリアンナの傍へと向かった。
「マリー様、こんにちは。昨日ぶりですわね。ご容態は大丈夫そうでしょうか?」
アナスタシアが物腰柔らかにマリアンナへと尋ねた。先程の様子からは想像できないほど落ち着いているが、あくまで演技だ。内心そんなことはない。
だが、リリエルの方は何とか隠しきれておらず、目が潤んでいる。
「アナ、こちらこそ。お陰様で落ち着いて来ましたよ。十分に眠ったし、私はもう大丈夫。」
聖花はアナスタシアたちを見て微笑んだ。微睡んでおり、トロンとした状態で。
それを見た友人らは顔をほんのりと赤く染め上げている。
「マリーさま…。顔色も昨夜より良くなっていて、わたくし少し安心しました。私たち、マリー様にお見舞いの品を持ってきたのです。受け取っていただけますか?」
暫くして、リリエルがハッとしたように聖花に尋ねる。未だに顔を赤らめつつ、安堵の色を顔に滲ませている。
リリエルの言葉に、アナスタシアも意識をそちらへと向ける。
彼女たちが手渡した物は、ブランケットだった。
きっとマリアンナが夜に少しでも温まるように、と用意してくれたのだろう。
ブランケットの色はマリアンナの髪色より少し濃い桜色だった。
聖花は小さな声で「ありがとう…」と言った。ポロポロと涙を溢して。
それぞれの馬車の側面に家紋を象徴する印が取り付けられており、一目でバインド家とフィロソフィア家だと分かる。
因みに印のデザインは、一方が蛇が盾に巻き付いた柄と、もう一方は凛々しく羽ばたく鳥の柄である。
真っ先に馬車の存在に気付いたのは庭師だ。門の側にいた彼は、慌てて屋敷へと報告しに戻った。
庭師から引き継いだ執事が素早く客人を迎えに行く。
執事に取り乱した様子は一切なく、むしろ冷静に見える。
実は、昨夜ダンドールがアナスタシアたちと別れた際、彼は彼女らから「また見舞いに行く」と事前に聞いていた。
従って翌朝、「マリアンナが目を覚ました」と聞き付けたダンドールは、早馬で手紙を出したのだ。
宛先は勿論、例の2つの家紋だ。
手紙には、要約すると、何時でも見舞いにいらっしゃい、と記してある。
という訳で、アナスタシアらが今日来ても何ら不思議ではない為、執事はやけに落ち着いていたのだ。
恐らく、彼女らが予告なく訪れたとしても柔軟に対応しただろうが。
ダンドールにも彼女らの来訪は伝わった。
彼は部屋の窓から様子を眺め、頬を少しだけ緩めている。パーティーでの行動力も然り、手紙を出したその日中に来た事実に只々感心していたのだ。
マリアンナのことをダンドール同様、大事に思ってくれている証拠だから。
執事が門を開けると、ギギギと大きな音が辺りに鳴り響いた。案外耳障りでない音だ。
誘導するようにして馬車を中へと引き入れる。
そうして馬車から出てきたのはアナスタシアとリリエルだった。側に侍女を連れている。
二人ともマリアンナの容態がやはり気になるようで、心なしか落ち着きのない様子だ。隠そうとしていても、ソワソワしているのが見て取れる。
馬車から降りる際の動きも少しぎこちなかった。
「お嬢様方、お待たせして申し訳ございません。私この家の一執事を任されております、ガルメッシュと申します。何卒よろしくお願いします。バインド男爵令嬢様に、フィロソフィア男爵令嬢様ですね。当主様から事前に伺っておりますが、我が屋敷に何かご用でしょうか?」
ガルメッシュがアナスタシアたちの前に進み出ると、丁寧に深々とお辞儀をした。柔らかな声色だ。
ガルメッシュは大人を屋敷へと招き入れることには手慣れていた。が、未だ14ほどの令嬢たちをもてなすことは滅多にない。
従って、令嬢たちの機嫌を損ねぬよう、彼は日頃より気を配った。それが今の明るく柔らかな雰囲気だ。
いつものように淡々としていては誤解されてしまうだろうから。
アナスタシアらにも好印象だったことだろう。ふたりもガルメッシュに倣って微笑んだ。
「初めまして、ガルメッシュさん。私はマリアンナ様の友人のアナスタシア・バインドと申しますわ。こちらこそよろしくお願いします。本日は、マリアンナ様の容態が落ち着いてきたことをお聞きし、お見舞いに、と馳せ存じました。ご面会は可能でしょうか?」
「私も、初めまして。リリエル・フィロソフィアと言う者です。アナスタシア嬢同様、私もマリアンナ様の容態が心配で、お見舞いに参りました。どうぞよろしくお願いします」
アナスタシアが会釈する。リリエルもそれに合わせるかのように、慌てて礼をした。
ガルメッシュは「ご丁寧にありがとうございます」と畏まった。笑顔は崩さない。
「リリエル様に、アナスタシア様ですね。旦那様にご許可は頂いております。どうぞお入り下さい」
ガルメッシュが二人を屋敷内に招き入れる。
先にダンドールに挨拶しに向かった後、ガルメッシュはマリアンナの居る部屋の前まで彼女たちを案内した。
ダンドールは終始、「マリーのご友人がお見舞いに来てくださるなんて…、」などと感動していた様子だった。
「では私はマリアンナ様の部屋の外で控えておりますので、お帰りやご有事などの際は遠慮なくお申し出下さいませ。」
「ガルメッシュさん、ご案内ありがとうございます。また何か有ればそうさせて頂きますわ」
ガルメッシュがマリアンナの侍女であるメイに引き継ぐ。扉の側で控えていたメイが、マリアンナの部屋を軽くノックした。
「……はぃ」
聖花は寝起きのような声で返事をした。否、実際に先ほどまで眠っていたのだ。
ノックの些細な音に反応して目が覚めたのである。
夢の世界にいた聖花は一気に現実へと引き戻された。昨夜見ていた悪夢ではなく、どこかポカポカと心が温まる夢から。
聖花はまだ夢から覚めたくない気持ちでいっぱいだった。
何か用だろうか、と聖花が回らぬ頭で考える。アナスタシア達が見舞いに来たことを知らないのである。
「マリアンナ様、メイです。ご友人様がお嬢様のお見舞いにいらっしゃいましたよ」
メイは聖花のごく微小な返答をきちんと拾った。ゆっくりと扉を開く。
「マリー様!ご無事です、もごっ」
「アナ、シーーー。声が大きいですよ。あまりマリーさまのお身体に触ることをしては駄目、ですよ?」
扉が開き姿を確認するや否や、アナスタシアがマリアンナに駆け寄ろうとした。それも大声で。
アナスタシアの後ろにいたリリエルが、慌てて彼女の口を塞いで止める。なかなか強引な手段だ。
リリエルが物怖じするのは基本的に上の身分や男、高圧的な態度の人などである。が、友人や家族の前でははっきりと物を言い、気遣いができる優しい少女だったのだ。
対する普段はしっかり者のアナスタシアは、大切なものに関する情熱が激しいタイプだ。
いつもと立場が逆転しているようで面白い。
口が塞がれ声の出せないアナスタシアは、リリエルに同意を示す為、必死に首を縦に動かす。やっと解放されたようだ。
そうして、二人揃ってマリアンナの傍へと向かった。
「マリー様、こんにちは。昨日ぶりですわね。ご容態は大丈夫そうでしょうか?」
アナスタシアが物腰柔らかにマリアンナへと尋ねた。先程の様子からは想像できないほど落ち着いているが、あくまで演技だ。内心そんなことはない。
だが、リリエルの方は何とか隠しきれておらず、目が潤んでいる。
「アナ、こちらこそ。お陰様で落ち着いて来ましたよ。十分に眠ったし、私はもう大丈夫。」
聖花はアナスタシアたちを見て微笑んだ。微睡んでおり、トロンとした状態で。
それを見た友人らは顔をほんのりと赤く染め上げている。
「マリーさま…。顔色も昨夜より良くなっていて、わたくし少し安心しました。私たち、マリー様にお見舞いの品を持ってきたのです。受け取っていただけますか?」
暫くして、リリエルがハッとしたように聖花に尋ねる。未だに顔を赤らめつつ、安堵の色を顔に滲ませている。
リリエルの言葉に、アナスタシアも意識をそちらへと向ける。
彼女たちが手渡した物は、ブランケットだった。
きっとマリアンナが夜に少しでも温まるように、と用意してくれたのだろう。
ブランケットの色はマリアンナの髪色より少し濃い桜色だった。
聖花は小さな声で「ありがとう…」と言った。ポロポロと涙を溢して。
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