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4章 Letter

8話

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「……朝か」
 チチチ……という鳥の声で目を覚ます。随分寝てしまった気がするが、今は何時だろうか。
 窓が無いせいで朝でもガス灯をつけなきゃならん――そう思って体を起こしたところで、バッと横を見る。
「リーナ?」
 彼女の姿が見えない。
 風呂か? そう思って風呂場を除くが、そこには何もない。それどころか、荷物も無い。
「まさか――ッ!」
 攫われた!?
 最悪のケースが頭をよぎり、血の気が引く。こうしちゃいられない、すぐにリーナを探しに行かないと。
 幸い、俺の荷物と装備は残っていた。シャツを脱ぎ捨て、普段着に着替える。ショルダーホルスターとヒップホルスターをつけ、一発目からちゃんと撃てるようにしたΣとPISをそこにしまう。
 ジャケットを着て銃を隠し、荷物を持つ。
(待ってろリーナ!)
 俺が外へ駆けだそうとした時――ベッド横のテーブルに、手紙が置いてあることに気づいた。
「……?」
 手紙、か。
 俺はそれを手に取り、ゆっくり開く。嫌な予感が全身を駆け巡る。
(…………ッ!)
 俺はその手紙を読み終えると同時に――部屋から、全速力で駆けだした。


~~~~~~~~~~~~~~~~


『ユーヤ。貴方がこれを読んでいる時、私はもうムサシに乗って、城都へ向かっている頃でしょう。昨夜は……すみませんでした。貴方に渡す報酬である……私との結婚。つまり貴族の座が渡せるかどうか分からず。ほんの少しでも、と思った結果です』
 全力で走る。わき目も振らず、一心不乱に。
「ふざけるな……っ!」
『でも、そうですよね。私の身体じゃ……少し報酬として不足ですね。すみませんでした』
「何を言ってやがる……!」
 全力で走ってもそこそこの距離だ、もう少しかかる。そもそも、日の出とともに――と言っていたのに、早朝ですらない。普通に朝だ。
『だから、ユーヤの言う通り。すべてが終わった後に報酬を支払います。その……全部、というわけにはいかないかもしれませんが。少なくとも、ユーヤがそれなりの地位に着けるようには取り計らおうかと思います』
 違う、違うそんなもん俺は欲しくない!
『ここまで、助けてくださりありがとうございました。たった二日間ですが……貴方に助けていただいて、一緒に過ごせて。私は幸せでした』
「ふざけるな……ッ!」
『ユーヤは、とても優しいです』
 がっ、と足をもつれさせてその場に転ぶ。受け身を取るが、手のひらをすりむいてしまった。
『そして同時に、とても強い。自分に甘えを許さない。その場で必要と判断したら、それを実行する。……それが殺人であっても』
「俺が強いわけないだろ……! 弱いから、弱いからそんなんなっちまったんだよ……!」
『殺人が悪と、私は思いません。アレは正当防衛でしたから。でも……だからと言って、辛くないはずないです。あの時、震えて、目の焦点が定まっていないユーヤを見て。私は……一人で戦うことを決意しました』
 地面を拳で叩く。気合を入れて、もう一度立ち上がった。
『ユーヤは頼りになります。だから……忘れていました。本来、貴方は暴力とは無縁の場所で生きていたということを。戦争とは無関係なところに生きていたということを』
 ああそうだ。俺は平凡な学生で、ただのネトゲーマーだ。修哉絡みで何度か喧嘩したり誘拐されたりしたことはあるが、それだけだ。
 銃で撃ったり、剣で斬ったり。そんな無茶苦茶な世界に身を置いたことは無い。
『ユーヤは……昨日、絶対に逃げないと言ってくれました。ありがとうございます。でも、でも……私が、嫌だったんです。これ以上、ユーヤが人を殺さなくちゃいけないことが。だから、お別れです。目先のことばかりで……本当に大切なことを忘れていました。これが、私の戦いであるということを。無関係な人を巻き込んではいけないということを』
「ふざけるな、ふざけるなバカ野郎!」
 だからって。
「お前一人で勝てるわけねえだろ!」
 もうすぐ、もう少しで廃屋は目の前だ。
『あの首飾りは一生大切にします。打算で贈られたものだとしても、唯一の愛の証ですから』
 口から荒い息が漏れる。あと少し、あと十メートル。
『ユーヤ。こんなことを言われても迷惑だと思います、だってあなたにそんな気は無いでしょうから。でも、最後に言わせてください』
「リーナ!」
 バン! 廃屋の扉を開ける。朝ということもあり薄暗いが……俺は思いっきり突進する。
 そこに、ムサシがあるはずの場所に。
『愛しています』
「リー……ナ……ッ!」
 膝から崩れ落ちる。手紙を握りしめ、俺は涙をこぼす。
 誰に届くことも無い嗚咽は……暫く、その廃屋の中に響いていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~


 どれくらいの時間そうしていただろうか。俺はゆっくりと目を開き、廃屋から出る。太陽の光が眩しい。真っ青な空が……今は凄く憎たらしい。
「俺が……弱い、せいで……」
 せっかく見つけた、自分の居場所すら失ってしまう。
「リーナ……」
 何故。
 俺が弱いから?
 俺が無能だから?
 機兵を動かすことは、出来る。誰にも負けないのに。
 なのに、俺は……置いて行かれた。
「本来無関係だから……」
 だからって、何で負けに行くんだ。
 俺はちゃんと伝えたはずだ。逃げないと。
 でも、彼女には伝わっていなかったのだろうか。
「それに最後の……何なんだよ」
 何なんだよ、本当に。
 俺たちは、会って二日だぞ。
 それがなんで好きだの愛してるだの。
 どういうつもりなんだよリーナ。
「……はは」
 居場所を作ってくれた、とか。
 初めて期待してくれた、とか。
 俺は色々言った、色々考えた。
 何だかんだ言った。だから、分からなかった。
 いや、違う。分かろうとしなかった。眼を逸らした。自分の本当の気持ちに。
「我ながら単純だな」
 我ながら単純だ。そうだ、こんな単純なことに気づかないのか。
 俺は――惚れた女を守りたかったんだ。惚れた女の役に立ちたかったんだ。
 好きな人の気を引きたくて、俺はこんなに凄いんだ! って見せたかったんだ。
「バカバカしい……馬鹿らしい」
 そして、リーナも。
 リーナは、俺のことを愛していると言って手紙を〆た。その意味が分からない――ああ、本心じゃ分からない。
 でも、それが読み取れないってわけでも無い。
「余計なお世話なんだよ……馬鹿が!」
 逆の立場なら、俺も同じことを思ったかもしれない。
 俺が亡国の王子で。国の存亡をかけた兵器を持っていて。それを扱えるのが――たった一人、リーナだけで。
 最初は良いよ。でも出会って惚れたら、惚れてしまったら。
「そりゃ……置いて行くか……」
 本当は、こんな手紙はグチャグッチャにして捨ててしまいたかった。しかし、そんなことをすれば、もう二度とリーナと会えなくなってしまう気がして出来なかった。
「よー、兄ちゃん。しけたツラしてんなぁ」
「ッ!?」
 咄嗟に銃に手を置く。しかしそこにいたのは――タバコの露店を出していたおっさんだ。俺は警戒を解き、手をだらんと垂らした。
「放っておいてくれ」
 力なく、返す。しかしおっさんは怯むことなく廃墟の中へ入ってきた。
「おう、わしの売ってやった点火器はどうだい?」
 にやにやと笑みを浮かべながら、そんなことを聞いてくるおっさん。でもそういえば、アレのおかげで命が助かったんだった。
 その礼くらい言っておくべきだろう。
「ああ、あれな……。売ってくれてありがとよ、おかげで死なずに済んだ」
 頭を下げる。命の恩人に対する言葉遣いなんて知らないけど。
「死なずにって、何があったんだよ」
「いろいろだよ」
 そう言って視線を切る。礼は言ったし、話すことはもうおしまい――そういう空気を醸し出していたんだが、おっさんはそんなことお構いなしに、スッと一本煙草を差し出してきた。
「きつい時はこれに限るぜ」
「……未成年に売れないんじゃなかったのか?」
「売れねえから、俺のを分けてやる」
 いい加減だなぁ。ここまで来ると、突っぱね続けるのも馬鹿らしくなってきた。俺は苦笑し、そいつを受け取って……口に咥える。
「ほら」
「ん」
 おっさんが差し出したライターの火に、煙草をつけ……ようとするが、なかなか点かない。何故だ。
「あれ?」
「なんだ、マジで吸ったことねえのか。吸い込みながらじゃねえと上手くつかねえんだ」
「はー、そうなんか」
 俺は大きく吸い込みながら、ライターの火を近づけて――
「ゲホッ、ゲホッ!」
 ――盛大に、むせた。
 俺は涙目になりながら咳き込み……おっさんは、その光景を見て豪快に笑っていた。
「がっはっはっはっは! そんな勢いで吸いこみゃそうなる! ゆっくり吸いな」
「ゲホッゲホッ! あー……くそ」
 俺はおっさんからライターを奪い取り、おっさんの煙草に火をつけてやる。
やっぱ慣れないことはするもんじゃないな。ここまで煙たいもんだとは思っていなかった。こんなもんを嗜好品にするって……ホント、変な話だよな。
「後は酒なんだが……生憎、酒は持って無くてな」
「なんでだよ」
 こういうおっさんは常に酒瓶を持ち歩いているイメージなんだが。
「そりゃお前、酒なんか飲んだら判断力が鈍るだろ。誰かが襲い掛かってきた時に、酔ってたら撃退出来るもんも出来ねえ」
「……おっさん、何に狙われてるんだよ」
「黒い職業の人とか敵国の諜報機関とか……まあ、いろいろな」
 何やらかしたんだこのおっさん。
「そいつは大変だ。おっさん、苦労してんだな」
「そうか?」
 おっさんはタバコを地面に投げつけ、足で踏みつぶす。グリグリと火を消し……そして、ゾッとするような目を俺に向けてきた。
「武力政変に巻き込まれたお前さんには負けるぜ」
「――――ッ!?」
 俺はジャケットの懐に手を入れ、Σを握る。早撃ちは苦手だが、やるしかない。俺は左足を引き、構えようとしたところで――おっさんが、へらっと気の抜けた顔で地面に座り込んだ。
「おうおう、いい反応だ。完全に腑抜けきっちゃいねえようだな。ホッとしたぜ」
 おっさんはそう言って笑うと、パッと両手を上げた。敵意は無い、アピールだろうか。それでも俺は警戒を解かないまま……おっさんを睨みつける。
「何を、知ってる」
「あん? そうだなぁ……お前さんが王女に逃げられたことくらいか?」
「ッ!? テメェ、何者だ!」
「何者って、昨日はちゃんと宿屋を紹介してやったのにえらい言われようだな」
 逆に言えば、その程度しか関わり合いは無いだろう。Σをギュッと握り、いつでも抜けるように準備する。
「何が目的だ」
「そうだな……目的らしい目的と言えば、お前さんを元気づけること、か?」
 さらに意味が分からない。ひょっとして急に言葉が通じなくなったんだろうか。
 俺の思考が完全にフリーズしたのを見て取ったか、おっさんは少しだけ表情を和らげる。
「お前さん、このままでいいのか?」
「なに……?」
俺が何を言っているか分からないという顔をすると、「だからよお」とおっさんは気だるげにぼやき、その直後鋭い目で俺のことを睨みつけた。
「王女が自分を置いてどっか行っちまいました。フラれました。それではいさよなら……それでいいのか?」
 煽るように、それでいてどこか縋るように言うおっさん。その目をどこかで見たことがあるようなものだった。
 おっさんを睨みつけたまま、俺はガン! と壁をぶっ叩く。
「いいわけ……ねえだろ! あいつがあのまま行ったら負ける! 敵に第一世代機兵がいるかもしれない、そしたら対抗できるのはムサシだけなんだ!」
 死ぬだけでも嫌なのに――敵に捕虜とされるかもしれない。国際法があるかどうか分からないこの世界じゃ、捕虜なんてどんな目にあうか分からない。
「俺は……リーナを守るって約束したんだ……ッ!」
 でも、でも。
 俺はグッとぶつけた拳を、だらんと解く。
「でも、もう無理だ……」
 ムサシは無い。
 リーナもいない。
 追いかける手段も無い。
「俺がどれだけ想っても、あいつのことを想っても、何がやりたくても……もう、遅いんだ。俺は、二度とあいつと一緒には――」
 バキィッ!
「ぐはっ!」
 刹那。衝撃が走り、地面から足が離れる。ゴロゴロと転がって――今度こそ、Σを抜いた。
「何をする!」
 抗議と共に、銃口を向ける。おっさんはそれを意に介さず――少しだけ、悲しいような、情けないような、何とも言えない表情になる。
 しかしすぐにその表情を消すと、鋭い眼光で俺を射抜いた。
「……ッ!」
 そのあまりの迫力に、思わず引き金を握る指に力が入る。それが完全に引き絞られる前に、おっさんはバッとフードを脱いだ。
 その向こうから見えるのは……鮮やかな、銀髪。
 ――リーナのそれと、同じ色。


『この国では王族のみ銀髪なのです』


 彼女の言葉が蘇る。爺さんって年齢じゃない、でもお兄さんって年齢でも無い。そんな人間の髪色が銀なら、答えは一つ。
「お前……ッ!」
 俺は沸々と怒りが湧いてくる。さっきまでの無気力はどこへやら――マグマのように、どす黒い何かが湧き上がってくる。
「テメェ……! ふざけてんじゃねえ!」
 バキィッ! と派手な音が鳴り、真っ赤な血がおっさんの口内から垂れる。俺はそれを無視して、胸倉を掴んだ。
「テメェ……! 何でこんなところにいるんだ……! おい、ふざけんな! お前のせいで、お前のせいで今! リーナは苦しんでるんだろうが! ライネル王国、国王!」
 あまりに唐突な展開。でも、これだけは間違いない。
 こいつが行方不明になっていなければ、リーナは今……苦しんでいないはずだ。その怒りを籠め、胸倉を掴んだまま廃墟の壁に叩きつける。
「昨日……見てたんだろ! んで、リーナより強いんだろ! なら、なんでリーナを昨日助けなかった! なんで、なんでリーナを! お前が、いれば! 今、リーナは一人で死地に向かったりしてねえ!」
 気づけば、再び涙がこぼれていた。限界だった。リーナを傷つけた元凶の一人――そう思うと、怒りがとめどなく溢れて、それが涙となって流れてきたのだ。
 俺の愛する女を、傷つけたから。
 もう一度殴ろうと拳を握るが、おっさんはそれをあっさり受け止めた。優しく、柔らかく。
「わしの失策だ……上手く行けば、こちらの被害を想定以下に抑えられると思ってしまった。本来であれば、わしがもう戻ってムサシに乗っているはずだった」
 本来であれば?
「しかし――アラカザムが、わしらを裏切って機士団長を殺した。そのせいで予定以上の劣勢になり、リーナはムサシを駆ってわしを探しに城から逃げ延びた。この二つの誤算が、わしの失策だった」
 何を言っているんだ。
 俺は混乱の極みの中、国王の方を見る。
「どういう、意味だ」
「……この武装政変は、わしらの策だった」
 策?
「この国を乗っ取ろうとしている者がいると、情報が入った。それと同時期に、隣国が我が国に攻めてくるという情報も得た。敵国は、我が国の倍以上の戦力がある。だからわしらは、戦力の急拡大と内部に潜む反逆者の特定。同時に二つをこなす必要があった」
 それは、難しくないだろうか――そう思って、ハタと思い出す。そういえば今回のクーデターは不満を持つ者ほとんどが立ち上がったと。
「まさかとは思うが……反逆者と、今攻めてきている連中をわざと手を組ませて、攻め込ませたというわけじゃないだろうな」
「危険な賭けだった。そのために、城都から少しずつ民間人を逃がしていた」
 否定しない国王。危険な賭け、どころじゃない。負けたらどうするつもりだったんだ。
「西遊旅団には……どうしても行くと言って聞かなかったリーナの姉が潜入した。国内の反逆者には、わしの手の者が。双方を内部から動かし、準備は進んでいった」
「そして予定通り、あんたは身を隠し……この国が揺れていると思わせ、誘い込んだ?」
 こくんと頷く国王。
「しかし先ほどの二つの誤算が、全てを狂わせた。特にリーナは……戦術的に何も間違っていない。わしが彼女の立場なら同じ行動をしていたはずだ。わしがちゃんと、彼女を信用して全てを話しておくべきだった……」
 そんなもん、内部の人間に周知していればリカバリーできただろ――と言いかけ、そもそもの目的を思い出す。内部の人間を炙り出すって言ってたな。それは作戦を周知出来ないわ。
 実際、暗殺されているわけだし。
 ただ、そうだとしても……リーナに言ってないのはおかしいだろう。
「彼女は優しい子だ。分かるだろう? 言っていれば、こんな危険な作戦に反対するのは目に見えていた」
「……ああ、そうだな。ってか、よっぽどイカレて無いとこんな計画を実行しようと思わねえよ」
 睨みつけると、国王はばつが悪そうに苦笑いする。
「そう、だな。……それに気づいた後、わしは慌ててムサシを追った。そこでわしは信じられない物を見たんだ」
 俺の目を真っすぐ見つめる国王。
「信じられない技量でムサシを操る、謎の男だ。わしは確信したよ、こいつなら全ての劣勢をひっくり返せると。それほどの実力だ、と」
「……だから、俺に賭けたと?」
 国王はコクリと頷き、俺の肩に手を置いた。
「あの時、わしがムサシを持って戻ってもどうしようもなかった。機士団長は実力者だったからな。彼を失って勝てるかどうかは五分以下だった。ハッキリ言って、わしは賭けに負けたんじゃないかと思っていた。しかし、お前とリーナなら……と」
 真剣な表情の国王。俺はそんな彼を見て……ちっと舌打ちする。
「危険すぎる、馬鹿じゃないのか」
「……返す言葉も無い」
 俺はグッと拳を握り、振り上げて……やめた。そしてそのまま、国王を睨みつける。こいつを殴ったって何も解決しない。
 でも、でも……!
「…………っ!」
 こいつを許せる気はしない。
 でもリーナは許すのだろう。この国を守るための行動だから。
 だからこそ、俺は怒る。
「娘を危険に晒して! 見ず知らずの男に任せるしかないとか! 馬鹿じゃねえのか! それが……それが! 親のやることかよ!」
 俺の母親なら、やるかもしれない。
 でも、俺の父親は……そんなことしない。
 国王は、グッと唇を噛み……そして、その場に両手をついた。膝をつき、地面に額をこすりつけるようにして叫ぶ。
「その通りだ! 情けないと笑ってくれ……! だが、だが! もう、お前たちしかいないんだ! この国を救えるのは! お前しかいないんだ! リーナを救えるのは!」
 ゴッ! と物凄い音が廃墟に響く。国王が地面に頭突きした音だろう。
「頼む、頼む……! わしは、リーナより強い。お前の言う通りだ。だが、だが! 個人の武勇じゃどうしようもないんだ! 全てをひっくり返すには、最強の機兵と最強の操縦者がいないとダメなんだ! それが機兵戦なんだ……ッ! お前が、必要なんだ!」
「――――ッ!」
 そのセリフは、ダメだ。
 それは、ダメなんだ。
 思い出すじゃないか、初めて俺自身を認めてくれた女の子を。
 思い出すじゃないか、初めて俺自身を必要としてくれた女の子を。
 思い出すじゃないか、あの……世界で一番美しい、俺の大好きな女の子の顔を!
 彼女の、笑顔を――
「望むならどんな報酬でも払う、だから――」
「――ああ、クソッ!」
 国王が尚も何か喋っていたようだが、俺はそれを遮って拳を壁に叩きつける。
 俺は、俺は。
 リーナを助けたい。
 リーナを救いたい。
 あのコックピットの中で、もう一度戦いたい。
 俺が俺であるために、戦いたい。
 その想いが、心の中で大きくなる。彼女の笑顔を思い出したせいで――抑えきれないほどに。
 だってそうだろう、この想いが起点になって思い出してしまうのだ。
 彼女に対する巨大な恋心を。
「リーナを救ってやる。この国も、ついでに救ってやる。リーナのために!」
 俺は自分の頬を打つ。
「言っておくが、お前に頼まれたから救うんじゃ無い。あいつのことが、大好きだから救いに行くんだ!」
会って二日だが、そんなことはどうでもいい。身分の違いもどうでもいい。
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 俺は命懸けでともに戦ったんだぞ。十分濃い恋だ!
「それでアレだ、お前みたいな情けない親父からあいつを引き離す! こんな危険極まりない策をやるような親はもう親じゃねえ! もっと子供のことを大切に守れ!」
「……お、おお。ふ、ふははっ」
 なんか変な笑い方をする国王。予定外、って顔に書いてある。
「……じゃあ、報酬はリーナってことか?」
「は? なんでそうなるんだよ」
 キョトンと問い返すと、国王の方も首をかしげる。
「いや、首飾りかけてたじゃねえか。てっきりアレはお前が贈ったのかと」
「あ、まあそうだが……」
 何かマズかっただろうか。
 俺が本当に理解していないことに気づいたか、国王は苦笑して肩をすくめた。
「ガキでも知ってるぞ。男性から女性に首飾りを贈るのは、婚約の時だけだ」
「はぁ!?」
 素っ頓狂な声をあげる。
 そしてその瞬間――リーナの数多い奇行の全ての説明がつく。
 リーナが、俺のことを『結婚を申し込んだ男』と思っているのなら。
 リーナが、俺が『彼女との婚姻を報酬として要求している』と思っているなら。
 ああ、なるほど。そういう行動になるか――
「って、はぁああぁああああ!?!?」
「おいおい……本当に知らねえのかよ」
「いや知らねえよ……うおおお……ま、マジか……」
 愕然とする。しかしまあ、結果オーライだ。
「死ぬほど……恥ずかしいが、問題ねえ。今から言いに行くこととなんら相違ないからな!」
「くっ……がはははははは! そ、そうか。そうかそうか!」
 愉快そうに笑う国王。いいのかよ、身分の違い甚だしいぞ。
「そうかそうか……わしの勘は訛って無かったみたいだな。こんなにいい男を捕まえるとは、うちの娘もやるな」
 なんか気に入られたらしい。アレかな、娘も父親もチョロい家系なのかもしれない。
 俺は手を差し出し、じろっと睨みつける。
「俺にあんなこと言ったんだ。……あるんだろ、リーナに追いつく方法が」
「ああ。……ちょっと来てくれ」
 国王に連れられ廃墟の奥へ歩いていくと、何やら布の被さった物が置いてあった。その布の下から出て来たのは――
「なんだ、これ。スクーターか? いや、自動二輪か? ……いや、車輪が無い?」
 ――車輪の無い、スクーターだった。
「おうよ。わしの相棒――GR20だ」
 緑色で、大きさはピザ屋が乗るバイクくらいの、俺も向こうの世界でよく見ていたいわゆる、スクーターだった。
「おい、これには車輪がついてないぞ? どうやって走るんだ」
「ああ? もちろん浮くんだよ」
「は?」
 浮く? このスクーターが?
 困惑する俺をよそに、国王は説明を始める。
「こいつは機兵と同じ動力で走るんだ。だから細かい理屈は知らねえ」
 そう言って、キーを差し込むおっさん。それと同時に……ふわっとスクーターが浮く。
「……機兵も大概オーバーテクノロジーだと思ったが、これは凄い。……じゃあ何で電気が無いんだよ」
 通信機も無ければ電気も無い。なのに何でロボットだの空飛ぶスクーターだのがあるんだ。
 ちぐはぐな科学技術の世界に――妙なSF感を感じていると、おっさんがいったんエンジンを切り、地面に下ろした。
「自動二輪と動かし方は一緒だ。分かるか?」
「通学で乗っていたから、何とかな。それよりも……追いつけるのか?」
 重要なことを問うと、国王はニヤッと笑った。
「おう。機兵より圧倒的に速いぜ」
「……そいつは凄い」
 それならリーナに追いつけるかもしれない。俺は期待を胸に、ひらりとまたがった。
「相棒っつってたよな。壊れたら、諦めてくれ」
「それでこの国を救うなら構わない」
「そうか」
 俺はキーをひねり、エンジンをかける。ふわりとした妙な浮遊感――それを除けば、いたって普通のスクーターに見える。
「どうやって止まるんだこれ」
「さあ? 原理は知らねえよ。でもちゃんと止まるぞ」
 そうかい。
 俺は改めて荷物を確認する。リーナが俺の武装まで取り上げてなくてよかった。そして、俺のジャケットもその場に置いておいてくれてよかった。
 ちゃんと、切り札は装填されている。
「……なぁ」
「まだ欲しいもんあんのか」
「いや……」
 俺は一度言葉を切り、彼の眼を見る。
「リーナを俺に任せてくれ。お義父さん」
 一応、そう言ってみる。
 国王はポカーンと一度口を開けると……再び、おかしそうに笑いだした。
「リーナは、『いい女』だぞ」
「ああ」
 知ってる。
 世界で一番――俺が、知ってる。
「巻き込んで、すまない。そして……リーナを救いに行ってくれてありがとう。詫びに、少しだけ激励させてくれ」
 国王は一度頭を下げると、真っ直ぐ俺の目を見据えた。
「自分の理不尽を押し通せ。ムサシに乗ったお前さんなら出来る」
 自分の理不尽を押し通す。
「お前が惚れた女を守りたいと思ったのなら、無理を通して道理を引っ込ませろ。それくらいの心意気で挑め。今までは巻き込まれていたのかもしれないが……今からは、自ら選んで突っ込んでいく戦いだ。生半可な覚悟じゃ、死ぬぞ」
 自分で頼んでおいて、偉そうなことを言う。
 ……と、思ったものの、俺はニッと笑って頷く。
「この世は理不尽で、どうしようも無い。しかし、どうしてもやりたいことがあるなら迷ったらダメだ。他の事に惑わされない覚悟を持て」
 ずしん、と芯に響いてくる言葉。
「やりたいことをやりぬくには、たとえあらゆることを犠牲にしてもそれを成し遂げて見せるっていう覚悟が必要なんだ。そのためにも、戦え。覚悟を決めろ。自分のわがままを押し通すために、相手のわがままを蹴散らしちまえ」
 最後まで言い切ると、国王は拳を突き出してくる。
 俺はその拳に自分のそれをこつんと当てて……GR20に跨った。
「了解だ。……行ってくる」
「ああ、頼んだ」
 今度こそ前を向く。もう後ろは向かない、迷わない。
 リーナを助ける――
「あ、ちょっと待ってくれ」
 ――国王が、何か封筒のようなものを懐から取り出した。
「リーナ宛の手紙だ。渡してくれ」
「……自分で渡せよ」
「それがそうもいかなくてな」
 かちゃ、とGR20の前ポケットを開ける。そこに手紙を入れ、俺はよしと気合を入れた。
「また会おう」
「……ああ。あんたは、ちゃんとリーナに謝りに行けよ」
 俺の言葉に苦笑した国王は、フッと姿を消した。
 どこへ――と思ったら、上から声がした。今の一瞬で廃屋の上に登っていたらしい。
 ……二階建てくらいの高さはあるんだけどな、これ。
「死ぬなよ」
「言われなくても」
 俺はハンドルのグリップを握る。だいぶ時間が経ってしまったが――リーナの性格からして、当初の予定通り動いているだろう。
それなら、道は覚えてる。追い付ける。レースゲームは……三番目に得意だったジャンルだ。何も問題は無いさ。
「待ってろ、リーナ」
 告白の返事、意地でも聞かせてやる――


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