「アイと愛と逢」

逢神天景

文字の大きさ
上 下
7 / 8
3章

7話

しおりを挟む
 パチリ、と目が覚めた。見慣れない天井だね……って思ったら、ここは病院か。記憶があいまいだけど、ボクは車に轢かれた後、病院に運ばれたらしいね。
 そして、この瞬間、ボクはすべてを悟る。
 ――なるほど、これは麗華が自分のことをアレクシアだと混同してしまうのも分かるね。
「凄いな……これが魔法か」
 ジェラールの記憶が分かるから、なんとなく魔法の感覚も分かる。
 なるほど、これくらい近づけばお互いの場所が分かるんだね……
「それにしても、少し考えれば違和感が分かりそうなものだけど」
 出生の瞬間、ここからすべてを覚えているなんて、正直異常だ。
 初めて使った魔法も覚えているし、初めて剣を振った日のことも覚えている。
 なんなら、初めて姫と――一夜をともにした日も、その時何をしたかも、全て覚えている。こんなの、完全記憶能力でもないと思い出せるわけないもんね。
「つまり――これは、ボクがかけた魔法効力なのかな」
 ボクの中に記憶として、ジェラールの魂が同居している――そんな、感覚。
 だから今のボクは、これ以上ないくらいアレクシアを愛しているし、それでいて麗華のことが大好きだ。
「だけどね……ジェラール。うるさいよ」
 心の中のジェラールに、ボクは一喝する。
 ――速く行け。
 ――速く行け。
 ――アレクシアを、迎えに行け!
「あのね、ジェラール。この体はボクの物だ。そして、あの体も麗華の物だよ。君の転生は失敗したんだ」
 ――速く行け。
 ――速く行け。
 ――アレクシアを、迎えに行かないと!
「だから、うるさいんだよ。……まあ、言われなくても行くんだけどさ」
 ボクは、むくりと起き上がって、地面に立つ。ボクだって、すぐさま麗華に会いたい。そして、麗華の名前を聞きたいんだ。
「麗華はボクほど落ち着いてないから……たぶん、ジェラールの記憶を取り戻した人がいるかって気づけば、間違いなく走ってくるでしょ」
 ……やれやれ、とはいえ、さすがに少し、頭が痛いな。
 ズキズキと頭が痛む。これは、事故の影響だけじゃなさそうだね。
「記憶が流れ込んでくるのって、さすがにキツイな……」
 麗華は、よくこれに耐えたね。
「さて、と。……どうせ父さんが手当してくれたんでしょ。だったら、すぐに動いても問題ないよね」
 ボクが扉に手をかけて、外へ出ようとドアを開けると、
「やれやれ。僕の息子なんだから、もう少し落ち着いて欲しいんだけどねぇ」
「……あー、これはこれは御父上様。ご機嫌麗しゅう」
 ……まるでボクが目覚めるのが分かっていたかのように、目の前に父さんがいた。
「ご機嫌麗しゅう、じゃないでしょ? まったく、満喜は絶対安静なのは、分かってるよね? 交通事故で病院に運ばれてきたんだから。僕が診たし、精密検査もしたけど、起き上がってすぐに動いていいわけないでしょ」
 見つからなければよかったけど……まあ、仕方ないね。
「……そう。なら、おとなしく病室に戻るよ」
 ボクはちらりとシーツと布団カバーを見たところで、父さんにペチンと軽く頬をはたかれた。
「ここは三階だよ?」
「……ボクはまだ何かをするとは言ってないんだけど」
「僕は君の親だよ? 君の考えが見抜けないとでも?」
 相変わらず、この人とはやりづらい。
「……だけど、ボクの親なら知ってるでしょ? その程度で諦めないってことを」
「何が満喜をそんなに駆り立てているのかは知らないけど、もう少し落ち着いたら?」
 ポン、と頭を撫でられる。……高校生になったのに、親から頭を撫でられるとは思わなかった。
 少し恥ずかしくなりながらも、ボクはその手を振り払って、父さんを見上げた。
「しょうがないでしょ? たぶん、今頃、迎えに行かなきゃいけない人が来てるだろうから」
「迎えに行かなきゃいけない人?」
 父さんがオウム返しに訊いてきたから、ボクは……少し目線を逸らしてから、ぼそりと言う。
「麗華、だよ」
 その一言で、だいたい察したらしい。父さんは「ああ」と言ってから、道を開けてくれた。
「……言っておくけど、僕は心配してないわけないんだからね? 何かあったらすぐに病院に戻ってくること。まあ、脳内に異常はなかったから、問題ないはずだけどね」
「ん……」
「一つ言うことがあるよ」
「え?」
 僕が病室を出ようとノブに手をかけたところで、妙に真剣な声音で父さんが話しかけてきた。
「僕は母さんと――喜々と、結婚する前。少々厄介なことがあってね」
「厄介なこと?」
 両親のなれそめなんて聞きたくもないけど、仕方がないので聞いているととんでもないことを言い出した。
「大したことじゃないんだよ。喜々がまったく別の人が好きだっただけで」
「え」
「当時、喜々には好きな人がいてね。その人から僕に振り向かせるのが結構大変だったんだ」
「いや、それって……」
 我が父ながら、根性のある人だなぁ。
「何が言いたいかと言うとね。一度人を好きになると、なかなか諦められないものなんだよ。それこそ、まるで呪いのようにね。それを解くためには、結局相手を振り向かせないといけないんだ」
「……つまり?」
 話が見えなくて――いやなんとなく言わんとしていることは分かるけど――ボクが訊き返すと、父さんはニヤリと笑った。
「惚れた女に好きな人がいるからって、諦める理由にはならないよ。勿論、浮気や不倫はよくないけど、相手がフリーなら止まる理由もない。……もちろん、逆に奪われることも覚悟しなくちゃいけない。そのためには、常に相手の気持ちをこちらへ向ける努力が必要だよ」
「話がくどいよ。要点だけまとめて言えないもの?」
「これでも僕の講義は分かりやすいって評判なんだけどね」
 肩をすくめる父さん。そういえば、大学で講義もしてるんだっけ、この人。……ホント、優秀な父親というのには稀にイラッとくる。
「要するに」
 ニヤリと笑う父さんは、今まで見たことがないような表情を浮かべていた。
「さっさと心を奪ってきな。僕も応援してるよ」
「……言われなくても」
「ああ、それと」
 ボフッ、と頭にパーカーを乗せられた。
「夏とはいえど、夜は冷えるよ」
「……ありがと」
 最初っから全部読んでるんじゃん……
「僕は親だからね」
「心まで読まないでよ」
 ため息を一つついて、ボクはそのパーカーを羽織って病室から出る。
「まあ、何があったか知らないけど、麗華ちゃんを学校に行けなくするのはやめてね」
「その時はこの病院に連れてくるから大丈夫でしょ。というか、なんないし」
 まったく、この親は。
「じゃあ、気を付けてね」
「はいはい」
 ボクは、父さんにそう言ってから、部屋を出た。


~~~~~~~~~~~~~~~~


「まったく、麗華は気づくのが早いよ」
 少し息を切らしながら、ボクは夜の道を走る。
 ――麗華に会いたい。
 ――アレクシアに会いたい。
 ――愛する女のもとへ駆けつけたい。
 ボクとジェラールが、同じセリフを心の中で呟いた。
「早いところ、麗華の元に辿り着きたいね」
 そして、この魂を解放したい。
 ジェラールのこの記憶、この魂、これが煩わしいわけじゃない。
 だけど――ジェラールは、早く会いたがっている。
 ――ずっと探しているんだ。
 ――前前前世の、さらにその前から探し続けているんだ。
 ――そのために、何度も生まれ変わったんだ。
 ――この愛を、遂げるために。
「わかってるよ、ジェラール」
 だけどね、ジェラール。君がアレクシアに会いたいのと同じように、ボクも麗華と会いたいんだ。
 麗華に会って、この気持ちを伝えたいんだ。
 彼女がもしも、アレクシアだというなら仕方がない。ボクへの愛に目覚めさせて、彼女を麗華に戻してみせる。
 そして、麗華だって言うんなら――話は早い。
 ボクに、間満喜に惚れさせる。
「ジェラール、君に出番は無いんだよね」
 ――早く走れ。
 ――速く走れ。
 ――もっと、もっと速く。
 ――愛しい人に会うために。
「ああもう、そろそろ黙ってよ」
 ずっと心の中でこう怒鳴られたら、流石に辟易する。
 麗華も、こんなのろいを叫ばれてたのかな。
 だったら、一刻も早くこののろいを終わらせないと。
 じゃないと、流石に頭がおかしくなる。
 自分が、ジェラールだって錯覚してしまいそうになる。
 そのためにも、早く麗華に会わないと。
 そしてこののろいを終わらせたら言おう。ボクの気持ちを。
 麗華が好きだって。
「さぁ、麗華。ボクも、そろそろだね」
 走る、走る。流れる汗もそのままに。
 そして、辿り着いたら、君に打ち明けるだろう、ボクの気持ちを。
 なんてね。
「……か、かっこつけすぎたかな」
 息が切れている。だけど、足は止めない。
 頭が痛い、頭が真っ白になる。
 ズキズキと足が痛み、膝が痛む。
 頭を振るって、前を見る。
 正確には、麗華のいる方向を。
「……ああ、あはは」
 ――走れ。
「言われなくても」
 ――速く走れ。
「これでも、全力……っ!」
 ――早く会いたい。
「君よりもボクの方が麗華に会いたいという気持ちは、強いと、思うよ……っ!」
 ヤバい、息が、続かない。
 それでも走る。
 暗い道を、感覚だけを頼りに、道を定め、曲がり角を曲がる。
 もう汗が出てきて、暑くて仕方ない。何が夜は冷えるよ、だよ。もうパーカーなんて脱ぎ捨てたい。そうするわけにはいかないから、腰に巻いてるけど。
「あいたっ!」
 こけた。足がもつれて、地面に激突する。
「……運動、不足かな……っ?」
 本音を言えば、このまま大の字になって寝てしまいたい。
 けれど、それじゃダメだ。
 ――走れ。
 ――走れ。
 ――速く行くんだ。
「これは、ウザい……」
 こののろいを終わらせないと、キツイ。
「ふっ!」
 気合を入れて、もう一度、地面に手をついて、ボクは立ち上がる。
 休憩したら、そのまま動けなくなりそうだ、だから、ボクはそのまま動き出す。
 信号は赤――だけど、止まったらそのまま動けなくなるのは分かり切っている。ボクはわき目もふらず、歩道橋を駆けあがる。
 自分では走ってるつもりなんだけど、景色が過ぎ去る速度が凄い緩慢だ。ああ、もうボクは殆ど止まってるのかな。
 それでも、足を動かす。立ち止まるわけには、いかないから。
 麗華のためにも、ボクのためにも、こののろいは終わらせる。
 そして階段を上り切ったところで、手すりにもたれかかってしまう。そろそろ、限界だ。もう足が、動かない。足が重い、まるで鉛でもつけられたみたいだ。水の中で動く方が、まだ動きやすいんじゃないかってくらい、重い。
 だけど、倒れこむわけにいかない。だって、麗華の前でかっこ悪いところなんて見せたくないから。
 踏ん張って、前を向いたところで、歩道橋を上がる、金色の何かが見えた。
 そして、汗だくで、ヘロヘロで、もう一歩も動けないって顔をしている、その子は――
「みつ……き……?」
「そう、だよ……」
 ――麗華、だった。
 その瞬間、頭の中でジェラールが叫ぶ。
 ――やっと会えた。
 ――やっと会えた。
 ――愛しい人に。
 ――最愛の人に!!
「嘘、でしょ……?」
 麗華は、形のいい目をまん丸に開いている。信じられない、って顔だね。
 そのことに苦笑しつつ、ボクは麗華の方へと歩みを進める。
 アレほど重かった足が、今は軽やかに動く。
「ねぇ、麗華……ボクは、君に訊きたいことがあるんだ」
「うん……あ、あたしも……」
 麗華も、ふらふらと、ボクの方へやってくる。
 まるで、互いにひかれあうように。引力でも、二人の間に発生しているかのように。
 そのことに、ボクは複雑な気持ちを覚える。
 だって、これがひかれあっているのが、アレクシアとジェラールかもしれないから。
 二人が両思いであることは間違いないけど、ボクのこれは片思いであることも捨てきれないからね。
 だけど、ボクはそんな気持ちを押し殺して、麗華の前に立つ。
 麗華が僕を見上げるように少し顔を持ち上げる。
 まるで、これから聞かれることを分かっているのかのように。
「君は麗華なの? それとも、アレクシア?」
 ほんの数時間前と、同じ質問。だけど、ボクの中では数日が経っているように感じられた。
 麗華は、ふっと、いつものように笑う。
「あたしは――あたしの名前は、柏木麗華」
 誇らしげに、堂々と、彼女は自分の名前を名乗る。
「アレクシアの記憶を持つ、柏木麗華。あんたは?」
 いつも通り、間違いなく、麗華として。
「ああ、よかった。……ボクの名前は間満喜。ジェラールの記憶を持つ、間満喜」
 ボクも名乗る。いつも通り、飄々と、おどけたように。肩をすくめて。
 麗華は、フッと笑った。
 それを見て、ボクも顔をほころばせる。
「ごめんね、満喜」
 何に対しての謝罪か、すぐに分かった。さっき答えてくれたおかげで、今はボクも目の前にいる彼女に対して、正面から向かえているように感じる。
「大丈夫だよ、麗華。だって、流石にこれはキツイもん。ボクですら、正気を保つ方が難しい」
 同じことをずっと叫ばれるとか、どこの拷問だと言いたい。というか、洗脳と一緒でしょ、これは。
 ボクは、最初からこれは違うと思って、信じていたから耐えられただけだ。
「ねぇ……満喜、あたしは麗華よ。だけど、最後に一度だけアレクシアになっていい?」
 少し切ない目で、それでいて何かを慈しむような目で、ボクを……いや、ボクの中の何かを見つめる麗華。
「最後に、こののろいだけ終わらせたいの」
 ああ。
 ボクはすべてを察して、その場に跪く。
「うん――幾星霜の時を経て、お迎えにあがりました、姫」
 自分でも驚くほどに自然に声が出た。
 そして、ふと気づく。
 ……ああ、これはボクが言ってるんじゃないんだな。
 ボクの中の――ジェラールが。
「ええ、待っていたわ、ジェラール」
 麗華の声も、声色も――いつもそのそれと違う。
 たぶん、これはアレクシアのものなんだろう。
 ボクたちは、彼らの生まれ変わりじゃない。
 だけど、彼らは今ボクたちの中にいるんだろう。
 魂として。
「これからは、ずっと一緒です」
 ジェラールが、アレクシアの手をとり、キスをする。
「そうね――ありがとう、あたしを探してくれて」
 アレクシアが、とても幸せそうに微笑む。頬を、赤らめて。
 そして――フッと、ボクの中から何かが抜け出たような感覚がする。
 ボクの心にあるのは、少しの空虚感と、確かな満足感。
「……行っちゃったみたいね」
「うん……そうだね」
 ほんの数瞬前までアレクシアだった麗華が、ボクの目を見つめている。
「あ」
 そこでふと、ボクがまだ麗華の手を握ったままだったことに気づいた。
 なんとなく気恥ずかしくなって、その手を放そうとすると――そのタイミングで、グッと麗華の方に引き寄せられた。
「麗華?」
「あ、あのね? ……満喜に言わないといけないことがあるの」
 麗華の頬が、さっきのアレクシアよりも真っ赤になった顔で、ボクを見ている。
 ボクを――間満喜を見ている。
「そうなの?」
「う、うん……」
 十何年も一緒に過ごしてきたからか、それがなんとなく恥ずかしがっている表情なのだと分かる。
 それと同時に、照れていることも分かる。
 ただ、その理由が分からない。
 ……なんでだろうね。
「ねぇ、満喜……あんまり、信用してもらえないかもしれないけど……」
 もじもじとしている麗華を見て、ふとした衝動にかられた。
「あの……って、えぇっ!?」
「あ」
 衝動に任せて動いてしまった。
「え? え? え?」
 だいぶ困惑している様子の麗華。それも当然か。いきなり抱きしめられているんだから。
 どうしても麗華を抱きしめたくなってしまったからそう動いてしまったけど……うん、もう仕方ないね。
「ねぇ、麗華。それなら先にボクから言いたいことを言ってもいい?」
「え? え?」
 拒否しないから、肯定とみなす。
「麗華……ボクはね、柏木麗華が好きなんだ。他の誰でもない。当然、アレクシアじゃない、柏木麗華が」
「え? え? えええ!? えええええええ!?」
 とんでもない狼狽えように、ボクはこんな時なのに可笑しくなって少し口元を緩めてしまう。
 ああ、この反応。間違いなく麗華だ。
「麗華、ずっと気づかなかった。盗られるかもしれないと思って、やっとわかった。……麗華が好きだ。この想いは、絶対に間違いじゃないし、この想いは――ジェラールのせいでもなんでもない。ボク、間満喜が心の底から思ってるんだ。麗華が好きだって」
「あう、あう……」
 顔を見なくても分かる。たぶん麗華の顔は真っ赤になっている。
 そして、鏡を見なくても分かる。たぶん、ボクの顔も真っ赤になっている。
 ……覚悟を決めていたとはいえ、流石に恥ずかしいし、照れてしまうね。
「麗華……今すぐ答えを出してほしいとは言わない。もしもまだジェラールのことが好きならそれでもいい。ただ……これからは、ただの幼馴染としてじゃなくて、男として見てくれると、嬉しいな」
「あ……その……満喜……」
 ギュっ、と麗華がボクを抱きしめる手が強くなる。
 そして……なんだか、ボクの肩が少し濡れていることに気づいた。
 それを確認しようと思って麗華の顔を見ようとすると、麗華はさらにボクの肩に顔をうずめた。
「麗華?」
「な、なんでもないから……今は顔を見ないで……」
 そう言われると気になるのが人情ってもので。
 ボクは少し強く彼女を引きはがして顔を見ると……
「…………」
「だ、だから見ないでって……」
 麗華は、彼女の大きな瞳から、涙をこぼしていた。
 ……そんなに嫌だったのか。
 少し――というか、かなりショックを受けるけど、それをぐっとこらえる。
「ごめ――」「謝らないで!」「――んね、って、え?」
 麗華に不快な思いをさせてしまったことに謝ろうとしたら、鋭い声で止められてしまった。
「違うから……」
 そうして、麗華はボクに向けて笑顔を向ける。ニコリと、まるで天使のような輝きで。
 その笑顔のせいで、麗華の瞳から流れる涙さえ、彼女の笑顔を際立たせている。
 ……ああ、やっぱりかわいいな、麗華は。ずっと幼馴染で、ずっと見ていた顔のはずなのに――それでも、狂おしいほどの愛しさだ。
 美人は三日で飽きると言うけれど、本当の美人っていうのは――素晴らしい絵画はいつ見ても素晴らしいように、綺麗な花はいつ見ても美しいように――いつ見ても美しく、ボクの心を照らしてくれる。
 麗華の笑顔に見とれて固まっていると、麗華はその隙をついて、もう一度ボクに抱き着いてきた。
「ジェラールと、アレクシアの恋は成就しているのよ? なら、これはすべてあたしの意思で紡ぐ言葉だわ」
 そう言うと、麗華はボクから少し距離をとり、目元の涙を拭う。
「満喜、あたしは――柏木麗華は、間満喜のことを愛してる。前世も、運命も関係ない。あたしはあんたを愛してる」
「麗華……」
 恥ずかしそうに頬を赤らめる姿すら、悶えてしそうなほど愛おしい。
「あたしの方こそ……ずっとずっと気づけてなかった。この想いに。それでも――受け取って、くれる?」
 心配そうに小首をかしげる麗華。
 その姿を見て、もうボクだって我慢できなかった。
 麗華の腰に手をまわし、グッとボクの方へ引き寄せる。
 言葉は、どうしても誤解を生む。だから、こうして大事なことは、態度で示せって、母さんが言っていた。
 だから、ちゃんと態度で示す。
 麗華もそれを分かってくれているのか、何も言わず、ただ目を瞑った。
 愛を確かめ合うということは、なかなか気恥ずかしいもので。
 ボクはそっと一瞬だけ唇を触れ合わせた。
 そして目を合わせて、二人で笑う。
「麗華、好きだよ」
「あたしも、満喜のことが好き」
 ボクらのことを見ているのは、月だけだ。
 邪魔も入らないだろうから、もう一度くらいいいだろう。
 夏とはいえ、夜は冷えるんだ。もう少しくっつかないと寒いから――
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

気になるなぁ日記3

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:235pt お気に入り:0

転生少女は元に戻りたい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:92pt お気に入り:98

追放聖女は呪われました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:122

結婚しましたが、妹に悩まされています

恋愛 / 完結 24h.ポイント:433pt お気に入り:219

そう言うと思ってた

恋愛 / 完結 24h.ポイント:276pt お気に入り:927

金糸雀(カナリア)は愛に哭く

BL / 連載中 24h.ポイント:988pt お気に入り:96

処理中です...