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第十二章 混迷なう

301話 なって良い、なう

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301話


「どうしたの、リャン」

 ご飯を食べ終えて、皆でまったりしていた時に……リャンから、一緒にお菓子でも買いに行こうと外へ連れ出された。

「こんな街のはずれまで来ちゃって」

 ベガにも公園はあるようで、俺たちは円形の広場みたいなところにやってきていた。夜もそれなりの時間だからか、あまり人通りは多くない。仮に元の世界でも、出歩きたくはない程度には危なそうな雰囲気だ。
 ただ、月明かりがあるからか――そこまで暗くは無い。お互いの表情はハッキリ見える。
 リャンはこの公園に入ってから黙ったままだ。彼女は繋いでいた手を解き、ととと……と俺から距離を取った。

「そういえば、二回も行かれたんでしたよね。獣人族の牢屋に」

「うん」

 あの時の話は、しっかり皆に伝えてある。どんな牢屋で、どのような待遇を受けていたか。俺がグレイプに抱いた人となりの印象を伝えるのに、効果的だと思ったからだ。

「凄いですよね、そこまで徹底させるなんて」

「そうだね。……でも、だからこそ獣人族排斥の急先鋒にいられるのかもね」

 それとも、それこそが領主の務めなのか。
 俺がそんなことを思っていると、リャンは薄っすらと笑みを浮かべた。自嘲気味に――否、自罰的に。

「……どうしたの?」

「いえ。……ダーリンからそれを聞くまで、私は忘れていたんですよね。なんででしょう、あんなにも……身を焦がすほどだったというのに」

 俺に向かって話しているようで、独り言のようで……ただ、空に溶けていくような言葉。

「一度目……最初にダーリンが牢屋に行った時は、私も余裕がありませんでしたからね。ダーリンとの関係もそうですし……ダンジョンが終わった後は、どうやったら強くなれるかも考えていましたし」

「…………」

「それに、死刑っていうのも……あくまで、この土地のルールですからね。郷に入っては郷に従えとも言いますし……そういう、理屈があるから。理由があるから」

 だから納得していたんです。
 そう言ったリャンは……一転して、視線を地面に落とした。

「でも、そういうものだったんでしょうか。理屈とか、理由とか。そんな物で、抑えるべき感情だったんでしょうか」

「……リャン?」

 少し様子のおかしい彼女に声をかけると、リャンはその場でくるっと回転して……ゆっくり俺に向かってお辞儀をした。

「ダーリン。いえ、キョースケ」

 低い声。でも、怒っているような雰囲気じゃない。

「どうしたの?」

「私と、戦ってもらえませんか」

 顔を上げたリャン。
 真剣な目だ。
 唐突な願いに、俺は少しだけ驚くも……ふっと笑って、槍を構えた。

「どれくらい本気で?」

「お互い死なない程度に」

「了解。――おいで、リャンニーピア」

 リャンは一礼すると、ナイフを構える。ほんの少しだけ身を低くしてから、俺にとびかかってきた。

「こうして、戦うのも……久しぶり、ですね!」

 ギイン! と彼女のナイフをはじくと、間髪入れずに眉間に向かって飛んできた。首を傾けて躱すと、リャンの姿が目の前から消える。咄嗟に全身に風で防壁を張ると……背後に跳んで来ていたリャンのナイフが、わき腹付近で止まっていた。

「……『雷刺』も使うんだ」

「ええ。今日は勝ちに来ていますからね」

 風で彼女の足を払うが、跳躍で回避される。相変わらず、すばしっこい。

「じゃあ、あのエロスーツは着ないの?」

「き、着ません! あれは今夜です!」

 あ、今夜着るんだ。
 リャンはコホンと咳ばらいをしてから、再び目を真剣な物に戻す。

「キョースケ、今日はどうしても言いたいことがあるんですが……よろしいですか?」

「どうしたの?」

 キキキン!
 リャンのナイフの連撃を、俺は槍で撃ち落とす。彼女のナイフ捌きは脅威だが……勝ちに来たという言葉とは裏腹に、今日はとても優しい。
 でも、真剣だ。それは強く伝わってくる。

「キョースケが私たちのことを愛してくれているのは分かっています。それがどれだけありがたく――嬉しいことかも」

 足払い、俺はバク転してそれをすかし、逆に石突で彼女の肩を狙う。するっとまるで流水のような動きで回避したリャンは、一歩俺の方に踏み込んできた。

「これからたくさん伝えるつもりではありますが……もっとこう、獣のように襲い掛かってきて欲しいくらいには嬉しいんですよ?」

「さすがに俺が獣になったら、シャレにならないしなぁ」

 初夜で大暴走した時は、誰も俺のこと止められなかったからね。

 初夜ですら、大暴走した俺のことは誰も止められなかった。今はあの時と違ってマリルから夜のテクニックも教わってる。経験値も増えた。
 この状態で理性が飛んだら、彼女らにどこまでするか分からない。皆を大切にしたいから、極力理性を保つようにしているのだ。

「いえいえ、どれだけ理性が飛んでも……キョースケは、私たちのことを労わってくれると思いますよ」

「だと良いんだけど」

 俺の父さんは、母さんのことを愛していた。それは子供の俺から見てもアリアリと分かるほどに。
 絶対に母さんを泣かすな、母さんを泣かしたら俺がお前を殴る。
 俺が中学に上がった時に、父さんに言われたセリフだ。

「愛した人は大切にしろってのは、親からも口を酸っぱくして言われたからね」

「ふふ、いいご両親なんですね」

 リャンの投げナイフは、指でつまんでガード。しかしそれを読んでいたか、リャンのハイキックが首を狙って飛んできた。
 咄嗟にバックステップ――そこに、空中からナイフが。事前に投げといたのか、やるね。
 水で全身を覆ってガード。同時に、水流弾を発射する。

「おっと」

 リャンもステップしてそれを回避。そして笑みを浮かべると――再び、距離を詰めてきた。

「キョースケ。本当に言ってもいいですか? 言ってはいけないことなんですけど」

「……良いよ」

 俺が頷くと、リャンは少しだけ唇をかみしめた。

「……本当は、シャンを連れて獣人族の国に帰るべきじゃないかと思うんです」

 鳩尾を狙って放たれた前蹴り。腕でガードし、彼女の足を取る。無理矢理持ち上げて――その辺に投げ飛ばした。
 くるっと回って着地するリャン。そして跳躍し――踵落としを見舞ってくる。
 腕を交差させて防ぎ、笑みを浮かべた。

「皆で一緒に暮らしたい――そう、リャンに説得されたって冬子からは聞いたけど?」

「ええ。説得しました。あの時の言葉は一切嘘ではありません。でも、ほんの少しだけ思ってしまうんです」

 俺の腕に抱きつく――否、腕ひしぎ逆十字をかけてくるリャン。腕を引き抜いて、彼女に掌底を見舞って距離を取った。

「これが一番幸せだと、理性も感情も言っています。でも、貴方に出会ったばかりの私が言うんです。『人族を信用するな』と」

「そっか」

 投げナイフ――俺はそれを回避しない。すると、すべてが俺のすれすれを飛んで背後に消えて行ってしまう。

「……微塵もこもってないよ、殺気が」

「殺す気は無いですから」

「そうだね」

 一歩、リャンに近づく。彼女も俺に一歩近づく。
 もう一歩、さらに一歩。
 お互いが距離を詰めて、拳の届く距離に。彼女のパンチが繰り出されるが――うん、やっぱり全然痛くない。
 真剣なのに、痛くない。

「私は今日、本気の憎しみを込めて貴方に攻撃しています。殺す気は無いですが……絶対に、再起不能にするって。私と妹を引き離した、人族への恨みを全部込めて」

「うん」

「……でも、なんででしょう。攻撃に、力が入りません」

「なんでだろうね」

 俺は彼女の腰を抱き寄せて、キスをする。それだけで、リャンは俺に体重を預けてきた。

「勝ちに来たんでしょ?」

「ええ。本気で」

 完全に俺にもたれかかっているリャン。いつの間にか、ナイフを取り落としてしまっている。
 でも、拾う様子も無ければ……俺を振りほどこうとする様子も見せない。

「そっか」

「う、嘘じゃないですよ」

 ゆっくりと、手に力を籠めるリャン。優しく、それでいて力強く。絶対に離すまいという意志が伝わってくる。

「本気で、貴方に憎しみを込めたんです。あなたの妻であるリャンとしてではなく……獣人族のリャンニーピアとして、人族のキョースケ・キヨタに向かったんです」

「うん」

「本気で、憎んでいたんです。大嫌いで、絶対に許せない仇敵だったんです」

「うん」

「………………キョースケ。私は、私は……」

 リャンは、俺の胸に顔をうずめる。

「私は……あの恨みを、忘れてしまったんでしょうか」

 リャンの声は、酷く弱弱しい。

「貴方への恩義があるから、でしょうか? 貴方への忠義があるから、でしょうか? 貴方への愛があるから、でしょうか? どうしてでしょう、あれほど恨んでいたのに……キョースケが獣人族の牢屋へ行ったと聞くまで、この恨みを忘れてたんです」

「そっか」

 ぐっと、さらに指に力を籠めるリャン。

「妹を浚い、私を奴隷として扱った……どれほど恨んでも恨み切れないほどの、怒りが、憎しみが……私にはあったはずなんです。なのに、なのに! 私は今、涙が出そうなほど幸せで! 獣人族の国にいたときの万倍幸せで! ……それで、いいんでしょうか? あの恨みを忘れて……私は……!」

 忘れるほどだったら、大した恨みじゃなかったんでしょ。
 なんて、言えるわけがない。俺が逆の立場なら、たぶんどんな手を使ってでも殺したいと、そう思っているだろうから。

(でも……)

 雲が月を隠したのか、さっきまで明るかった公園が少し暗くなる。

「もう、リャンが気づいてるからじゃない? あの時に悪かったのはマースタベで、奴隷狩りのゴミたちだって。人族全体が悪いんじゃないって」

「…………はい」

「奴隷狩りのゴミは俺が全員殺したし……マースタベは、今でも鉱山で奴隷として重労働だ。貴族が、そんなことになって……多分、死んだ方がマシなくらいの屈辱だと思うよ」

「………………ええ」

 彼女の頭をなでる。ピコピコと、耳が動いた。可愛い。

「クズには復讐を果たした。妹さんも見つかった。……俺っていう、愛すべき男性も見つかった? それなら、終わったことって自分で思っても……俺は、変じゃないと思う」

 今だって、彼女に楽な暮らしをさせているとは言い難いだろう。アンタレスでは比較的自由に過ごせているけど、やっぱり獣人族故に迷惑を被ることがゼロなわけじゃない。
 それ以外の街であれば猶更だ。
 だから、人族全体へ恨みを抱いていても……俺は普通だと思う。
 でも、それを忘れてしまっていても……また、普通なんじゃなかろうか。

「過去を忘れないことも大事だけど……だからって言って、そこにとどまらなきゃいけないわけじゃないし。過去を自分の糧にして消化できたなら、それに勝ることはないと思う」

 リャンはその手で俺の目を塞ぐ。ほとんど同時に、俺の唇に柔らかいものが触れた。

「ダーリン。言ってください」

 唇が離れる。でも、まだ彼女は俺の目から手を離さない。
 確かに感じる彼女の体温。俺はゆっくりと頷いて、そっと手を外した。

「……何を?」

 そのまま手を握る。
 何かを見つけたい。
 確かめたい。
 彼女の気持ちが、繋いだ手から伝わってくる。

「私は……」

 震える声。彼女の表情は見えない、暗いから。

「私は――幸せになって良いと」

 ――――。
 雲が晴れる、月が出る。
 彼女の目元に、月の光が反射した。

「幸せになって良い! 幸せになって良いよ!」

 堪えきれなかった、ダメだった。
 俺は力任せに彼女を抱きしめる。外だってことを忘れて、声を張り上げてしまった。

「……俺たちと一緒に、幸せになろう?」 

 もう俺たちは、家族なんだから。

「妹さんは、マール王女と志村に任せとけば、幸せになれると思う。だから、大丈夫。幸せになろう、リャン」

 こくん、と肩に振動が伝わってくる。密着しているところは温いのに、一か所だけ冷たい。
 でもきっと、それだって温かいものに変えて見せる――

「ええ……隙ありっ!」

 ――パっ、と足払いされる。そして両肩を地面につけられて、三秒数えられた。俺が昔教えた、プロレスの決着。
 即ち――

「私のフォール勝ちですね」

「待って!?」

 がばっ、と体を起こすと……月明かりに照らされたリャンが、笑っていた。それはもう、本当に嬉しそうに。

「愛しています、ダーリン」

……そんな顔されたら、怒れないなぁ。

「愛してるよ、リャン」

 俺の上に乗っかっているリャンを抱き寄せる。
 耳をモフモフしながら、キスをした。
 彼女が心から安心できるように――長い長い、キスを。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「さっきピアちゃんとどこか行ってたけど、何か話してたの?」

 彼女を部屋に送り届け、活力煙を吸いに喫煙所に行ったら……何故か美沙が待ち伏せしていた。

「何かって……あー、次のエッチはあの対魔〇スーツ着るって」

「えっ……ほ、ほんとにあれでヤるんだ」

 若干引く美沙。美沙も引くほどか……あの衣装はヤバいな。男のロマンの詰め合わせって感じだもんね。

「ねぇ、京助君」

「んー?」

「……なんで、私のことを好きになったの? というか、どこが好きになったの?」

「げほっ!」

 煙が変なところに入って、咽てしまった。俺は何度かせき込み……活力煙を灰皿に押し付けて、彼女の目を見る。

「な、なんでって……」

 俺は少し言い淀みながら、目の前にいる彼女の良いところを頭の中にあげていく。

「えーっと、ちょ、っと待って」

「はやくー」

 可愛らしく俺の袖を掴んで腕をプラプラさせる美沙。可愛いけど急かさないで欲しい。

「あー……全部?」

「具体的にどうぞ」

 間髪言わずに言われた。くそ、ダメか。

「……見た目は言わずもがなだし、その思い切りの良さとか……常にまっすぐなところとか。そうだな、俺の知っている美沙の全部を愛してるよ」

「……そっか。じゃあさ、私の好きな物言える?」

「読書と、ある程度以上のオタクコンテンツ。腐女子文化も嗜むんだっけ?」

「正解。じゃあさ、私の好きな食べ物は? 甘いもの、とかは無しね。具体的にどうぞ!」

「えっ? えーっと」

 一瞬、答えに詰まる。
 確か冬子とよくパフェを食べに行ったりしてるから……

「ふふ、ごめんごめん、ちょっと意地悪だったね。私だって、京助君の好きな食べ物知らないもん。甘いものとかお酒とかが好きなのは知ってるけどね」

 クスクスと笑い……妖艶な雰囲気で、俺にしなだれかかってくる美沙。

「……私が誰よりもよく知ってるはずなのにね、相手を好きになることに時間なんて関係ないって。一度でも好きってなったら……相手のことを何も知らなくても、好きになっちゃう。それが恋って」

 彼女の言葉を信じるのなら――美沙は、俺と出会ったあの二週間の塔で好きになってくれたとのことだ。
 あの短い期間で、俺のことを好きになるなんて。

「でも、人間って欲張りになるんだね。ここ最近、皆と話しててさ……もっと京助君に自分のことを知って欲しくなっちゃった」

 知って欲しい、か。

「そうだね。もっとたくさん、いろいろ話そう。俺も、美沙のことを知りたいし……俺のことを知ってもらいたいから」

 俺がそう言って笑うと……美沙は、俺から活力煙を取って口に咥えた。
 そして「ん」と俺の方に突き出してくる。俺はその活力煙を指で外し、彼女の唇にキスをした。

「………………違う!」

「あれ? 違った?」

「違う! やり直し!」

 もう一回同じように活力煙を突き出してくるので、俺も活力煙を咥え……彼女のそれとくっつけ、同時に火をつけた。
 しゅぼっ、と煙が立ち上り……空へ昇っていく。ゆらりゆらりと揺らめくそれは、見ていると少しもの悲しい雰囲気だ。

「ハリウッド映画みたいだよねー」

「シガーキス……なのかな?」

「ちょっと違うと思うけど、でもこういうの良いよね。一個ずつ、思い出が増えていくような感じがして」

 ケラケラ笑う美沙。今日の彼女には、妙に活力煙が似合う。

「そう、思い出。私は皆と比べてそれの積み重ねが凄い少ない。それがたくさん一緒にある方が……結果が同じになる気がするんだよねぇ」

「思い出かぁ……。今からどっか行く?」

 俺の提案に、美沙は苦笑いしてから首を振った。

「そういう『作った』思い出じゃなくってさ。例えば、たまたま朝一緒の時間に起きたとか。普段と違うおしゃれに気づいてくれたとか。頭を突き合わせて同じスマホで動画を見るとか……は、無理か。たまたま同じことを言っちゃうとかさ。そういう、幸せな日常。その積み重ねがもっと欲しい」

 それって……

「狙って増やすの、難しくない?」

「そう! しかも一緒に過ごしている以上、他の皆と差がつかない! 難しい!」

 美沙はそう言って、俺の手にギューッと掴んでくる。

「でもそんな風に私が一番、積み重ねた時間が短い。なのに、ちゃんと結果が同じになった。これって奇跡だよね」

 結果。彼女のその言葉を聞いて――あの日、美沙が思いを伝えてくれた時の言葉を思い出す。

『ただ結果が一緒になった感情を、一括りにして同じ感情として扱っているだけ』

 美沙が、俺に告白してきたときに伝えてくれた……愛の基準。人間関係とは、結果が同じになることがすべてだと。
 過程に差があっても、出力される結果が同じであればそれで良いのだと。それが良いのだと。

「そうだね、今のところは同じにちゃんとなってるんじゃないかな」

 彼女にとっての愛と、俺にとっての愛は今でも違うんだろう。
 でも、結果は同じになっている。
 皆で一緒に幸せになりたいという、結果は。

「でもねー、六人だよ私たち。六人で結果をずっと一緒にしないといけないなんて、大変だと思うんだ」

「そうだね」

「そのためにも、私はもっと皆とお話ししたいんだ。皆が育んでいた分の絆に、密度に……追いつきたいから」

 日常的な思い出。それを積み重ねたい。俺とだけではなく……家族で。
 美沙が皆のことをそう思っていることが……非常に、嬉しい。

「京助君も、そう思うでしょ?」

 彼女に聞かれ、俺は笑顔を見せる。

「もう美沙は……完全に俺たちの一員だと思うんだけどな」

 いろいろと出来事が濃かったせいで、もう一年以上一緒にいるような気分だ。実際はまだ数か月程度なんだけど。
 それはやっぱり、愛し合うのに時間は関係ないという彼女の主張にも通ずるものがあるんじゃなかろうか。

「そうだねー。……あー、ごめん。なんか言いたいことがブレて来ちゃった。本当はもっとちゃんと伝えたかったんだけどな……」

「伝わってると思うよ?」

「そう? たぶん、私の『大好き』って気持ちしか伝わってないんじゃない?」

「……伝わってるよ」

 それは、本当に伝わっている。
 だから……俺は勇気を出せたんだから。

「そうだね、まだ感謝してなかった。あの時……美沙に言われなかったら俺は今でも気づけてなかったと思う」

 俺は、自分が人から好かれるなんて思ってもいなかった。
 友人はいた。でも、自分が誰かから恋愛感情を向けられるなんて思ってもいなかった。
 そして……俺は、自分が誰かを好きになるとも思っていなかった。
 あやふやで――誰にも見えない感情。そんなものを、人に向けるのはむしろダメだとすら思っていた。
 冬子も、リャンも、シュリーも、マリルも、美沙も。尋常じゃなく美人で、すごく優しくって、世界で一番かわいい。
 そんな素晴らしい人たちが、女の子たちが……俺なんかを、好きになるなんて想像すらしてなかった。
 でも、美沙があの日貫いてくれた。勝手に自分の価値を決めるんじゃないと。

「お前の評価は私が決めるって、言われた気がしたよ。おかげで、俺の愚行はあそこで止められた」

 ありがとう、と感謝の意を込めて彼女に礼をする。美沙は恥ずかしかったのか――頬を朱に染めると、ゲホゲホとせきこみだした。

「む、咽ちゃった」

「いきなり吸い込むからだよ。はい、吸って~……吐いて~」

 深呼吸をさせて、美沙が落ち着いたところで……俺は彼女の手を取る。

「そろそろ戻ろうか。あんまり遅いと皆が心配しちゃうし」

「そうだねー。……あ、でもこういう『家族が心配しちゃうから』っていうのも、日常の思い出だよね。思い出ポイントプラス1!」

「そういう換算するんだ。……あ」

「もぎょっ」

 手を引いた俺が足を止めたので、背中に激突する美沙。

「何するの京助君」

「プリンだ」

「へ?」

 やっと思い出せた俺は、ホッと息を吐く。

「美沙の好きな食べ物。あってる?」

 俺が笑顔で問うと……美沙は俺の胸に飛び込み、ポカポカと叩いてきた。

「思い出ポイント……100点」

「そいつは良かった」

 今度こそ、彼女の手を引いて部屋に戻る。
 部屋に帰った美沙が、顔が真っ赤になっていることを他の皆から追及されている姿は、見てて面白かった。
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