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第十二章 混迷なう

286話 雁字搦めなう

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286話


「な、言うに事欠いて何を貴様!」

 後ろのリミトートが剣を抜こうとしたので――俺はそれを手で制し、首を振った。

「当たり前だけど、NOだよ」

 俺はそう言って水の椅子を作り、その上に座る。ジンも流石に無理だと理解していたのか、フッと片頬で笑った。

「無理か」

「勿論。用件がそれだけなら帰るけど」

「いや、待ってくれ。それならせめて……オレを殺してくれないか?」

 こちらが本命だったのか、さっきよりも更に真剣な目で――覚悟の決まった顔になる。逃がしてくれとか言ったせいで背後のリミトートは物凄い形相でジンを睨んでいるが、取り敢えず口を挟むことは無いようだ。

「どうせ死刑なんだろう? オレは。それなら、少し早く死ぬかそうで無いかだけの違いじゃないか」

 俺に――というよりも、背後のリミトートに言っているような感じだ。それをリミトートも感じ取ったのか、背筋を伸ばして俺の方を向いた。

「……キョースケさんが『やる』と言うのであれば、我々に止める術はありません。不甲斐ない話ですが、|第二(・・)騎士団にはSランクを越える実力者はいませんから」

『第二』という部分を強調して言うリミトート。第二じゃなく、第一ならラノールがいるから止められるもんね。

「ただ、念のために言わせていただくのであれば……彼らは、犯罪者ではありますがルールに則って裁かれ、ここにいます。刑の執行日も決まっており、どのような刑に処されるかも決まっております。後は、キョースケさんのご判断に任せます」

 釘を刺された形かな。
 俺はジンに向き直ると、苦笑を向けた。

「だってさ」

 そして俺はスッと表情を消し、ジンを睨む。

「そもそも、俺はリスクを負ってまでお前のために動く必要も理由も無い。ここに俺が来たのは、この建物の存在を知って興味がわいたか――そのついでだからね」

 そんな場所があり、何をしているのか。その興味で動いただけであり、決して死刑囚の頼みを聞いてやろうと思っていたわけじゃない。
 俺は、そこまで慈善事業で動くような人間じゃないからね。

「そもそも、それが嫌ならその場で自殺すればよかったじゃん。四人も返り討ちにするのは大したものだと思うけど」

 ジンは目を開き、肩の包帯に手をかけた。

「……あの程度の実力なら、あと百人来ようが逃げ切れた。そこにいる連中もな」

 リミトートの方を見ながらそう言うジン。第二騎士団は警察機構の武力部門。『あの程度』と切って捨てられるようなものじゃないと思うが。
 そう思った俺の考えを読んだのか――ジンは目を光らせ、肩の包帯に手をかけた。

「じゃあ何で捕まったの?」

「……この傷痕を見れば、分かるんじゃないか?」

 バッ! と包帯を外すジン。その下から出て来たのは――深い、深い『矢の痕』。肉が抉れており、ただ矢が刺さっただけではそうはならない。

「人族の矢は凄いな。刺さったら、木が生えてくる」

 木が生えてくる――その一言で、誰の仕業か分かる。黒衣の弓兵、タローだ。

「……いや、待てよ。なんで肩と太ももなの?」

「知らん。避けたらここに当たったんだ」

 ――ッ。
 ゾクッ、と背筋が凍る。タローが相手を殺さずに取り押さえるつもりなら、膝を狙う。太ももでは太い血管を傷つけて、出血多量で殺してしまう可能性があるから。
 あるいは、殺すつもりなら最初から頭を狙う。肩なんて中途半端なところを狙ったりしない。
 そして――タローは、的を外さない。それが人類最高峰の弓兵なんだから。

「…………躱した、んだ。そいつ、黒いコート着てた?」

「敵の姿が見えていたら、当たる無様は晒さない。何キロ離れてたんだ、あいつ」

 リャンの場合は、調子が良ければキロ単位でも耳と鼻は利くとのこと。ジンも彼女と同じくらい索敵が出来るとして……

「反射で躱しちまったからな、死に損なった」

「……反射で躱せるもんなのかな、あれ」

 俺はため息をついて、ジンの顔を見る。なるほど、ただの手練れじゃないとは思っていたけど――

「おっと」

 ――俺が撃った無色透明な風の礫を躱された。ただ少し首を傾けただけで、眉間を狙った風の礫は牢の壁に穴を開けるだけにとどまってしまった。

「今ので殺すつもりだったのか? だとしたらすまん、あまりにも遅いんで避けちまったよ」

「……今の当たったくらいじゃ死なないでしょ」

 言いながら、俺はジンを睨む。風の礫――威力は無いけど、スピードだけは一級品だ。ノーモーションで出せるし、目に当たれば簡単に眼球を吹っ飛ばすくらいの威力はある。
 それを、怪我した状態であっさり躱した。

(前言撤回だね。こいつは相当な手練れだ)

 俺は槍の石突きで、地面を突く。

「……あれ、その胸の傷もこの国でつけられたの?」

 ほんの少しだけ頭に浮かんだ、『戦ってみたい』という衝動。それを押しつぶす意味で、そんなことを訊いてみる。
 ただ、訊いてから――その傷は出来てからかなりの時間が経っていることに気づく。傷は完全に塞がってるからね。

「いや、これは……」

 自分の傷痕を撫でたジンは、ふと思いついたように変な笑みを浮かべた。すぐにその笑みをひっこめると、冷静で怜悧な印象を思わせる表情になる。

「フン、しかしまぁ――覇王様から唯一逃げた人族の強者。そんな触れ込みだったが、この程度とはな。がっかりだ」

 立ち上がり、顎を上げるジン。俺よりも背が高い――そのせいもあって、だいぶ上から見下ろされるような格好になる。
 俺は少しだけ目線を上げて、腕を組んだ。

「そう? お前くらいなら、五秒で殺せるけど」

「それはどうかな?」

 牢屋の中で、傷だらけの肉体で粋がるジン。俺はそんな彼を鼻で嗤って、踵を返した。

「俺はあいつに負けた日から、あいつを倒すことだけを考えて力を磨いてきた」

 轟! と肉体に風を纏い、槍を回転させてからジンに突きつける。

「もう、二度と負けない。すぐに覇王も地獄に送ってあげるよ、その時――俺がどれだけ強かったか、聞いてみな」

「粋がる粋がる」

 ジンはビリビリと包帯を破く。鍛え抜かれた肉体には、タローにつけられた傷と右目の刀傷、そして胸にある三本の野太い線のような傷。
 いかにも、歴戦の勇士といった風体だ。

「粋がるのはどっちか」

「開けてくれたら、試せるぞ」

 俺はチラッとリミトートを見る。彼はブンブンと首を振るので、俺は笑みを返すだけにする。
 ジンはそんな俺に笑みを返すと……バチ、バチと肉体から火花を出した。いや、火花ではなく、稲妻にも似たような『黄色い』光が――

「リミトート、離れろ!」

「は?」

「はぁっ!」

 ――轟!
 俺が風の結界を張った瞬間、ジンの肉体が黄金色の光――つまり、魂に包まれる。マルキムから教わった、獣人族の戦闘術。肉体を活性化させ、超人的な身体能力を使用者に与えるエネルギー。
 バチバチと全身を迸る魂が、肩と太ももの傷痕に集中する。目がくらむような光、瞬きをせず最大限の警戒をしていると……ジンの傷が、徐々に塞がっていくでは無いか。

「…………!?」

 魂にそんな使い方があるなんて、俺はマルキムから聞いていない。俺より使いこなしている冬子もリャンも、こんな方法で肉体を治癒していなかった。
 しかし、目の前にいるこの男は――

「囚人番号七十二番! 地面に伏せろ!」

 ――バンッ!
 ジンの肉体から輝きが消え、重力で押しつぶされたように膝をつく。その目にはどう猛さが宿ったままだが……同時に、口元に悔しさが浮かんでいる。
 口元につけられた首輪の宝石がチカチカ光った――アレは、奴隷の首輪か。それも最高級の、犯罪者にしか使われない『主人に限らず、誰からの命令でも聞かざるを得なくなる』というものだ。 

「……申し訳ありません、キョースケさん。規則ですので」

「人族は便利な玩具があるんだな」

「……俺も大っ嫌いな道具だけどね。リミトート、もういいと思う」

 俺がそう言うと、スッとジンが再び立ち上がった。さっきの一瞬では完全に傷は塞がらないらしい。それほど深かったのか、それとも魂の回復力の限界か。
 どっちかは分からないけれど――取りあえず、包帯はもう必要なさそうなくらいには傷は回復したようだ。

「オレたちは捕虜の扱いが大変だよ。こんな便利な道具に頼っていたら、ダメになるぞ」

「道具は使ってなんぼだよ。犯罪者に対する抑止力が無いなんて、普通に生きてたら怖くて仕方ないでしょ」

「嫌いじゃないのか?」

「好き嫌いと、有用性は別問題だからね」

 ジンは一言「合理的なことだ」と呟くと、カリカリと首にハマっている首輪を指で掻いた。鬱陶しそうに、面倒くさそうに。

「……で? なんで勝てないの?」

 一応、聞いてみる。ジンは少しだけ嗤うと、鉄格子を握った。

「心構えの話だ。さっき、お前は言ったな。『俺はリスクを負ってまでお前のために動く必要も理由も無い』と」

 頷く。それの何が変なのか。

「変、ではないな。しかし滑稽だ。何故、オレを殺すことがリスクになる? お前はそいつよりも強いだろう。お前が言ったことが真実になる。違うか?」

「他者の意思を動かすのは喧嘩の強弱だけじゃない、それは物事の本質じゃない。重要なのは『信頼』。それが、社会ってやつでしょ」

「それだよ」

 ピクッ、とジンの指が動く。それを見逃さないのか、リミトートは再びジンをその場に伏せさせた。

「……どういうこと?」

「そのくだらない『枷』が、人を弱らせる。お前のように分かったフリをして、悟ったフリをして! 自分が雁字搦めになって自由を失っていることにも気づかない! そんな奴に、真の自由を掴み取った覇王様が敗ける道理があると思うか!?」

 真の、自由。
 その単語に、少しだけ反応してしまう。

「自由っていうのは――自分だけ、好き勝手することじゃない」

 鉄格子を蹴飛ばし、地面に膝をついているジンに思いっきり顔を近づける。鉄格子越しに、額すらつけん勢いで。

「自分も、自分以外も。皆が共有するルールの中で、お互いに理不尽が無いように自らを由として振舞うことだ。一人が好き勝手して、他人の自由を奪うなら――それは自由じゃない」

 俺は他人の自由を奪う奴は許せない。
 自由であるからこそ、人なんだから。

「だからさっきから言っているだろう」

 しかしジンは怯まない、そのまま睨み、鼻で嗤う。

「お前は、不自由だ。雁字搦めだ。何故、それで良いと思う? 自分も、自分以外も、皆好きに振舞えて、理不尽が無い。誰も自由を脅かされず、お互いに笑い合える世界が――何故、無いと断言できる」

「何が、言いたい」

「作ったぞ、覇王様は。理想を追い求めて、覇王様は――獣人族の国を、真の意味でまとめあげたぞ。その『強さ』でもって! 全てをなげうってその命を狙いに行った男が、心酔して彼のためにその命を使おうとするほどの王になったぞ!」

 グッと、唇を噛む。

「……簡潔に言ってよ」

「お前が納得している世界は、覇王様にとっては通過点だった。既に過ぎ去ったところにいる奴に、その先にいるお方が敗けるわけ無いだろう」

 俺は国づくりがしたいわけじゃない。
 その一言を飲み込んで、スッと顔をあげる。
 最後まで聞いても、俺が敗けると言われた理由が納得出来ないし、意味も分からない。まるで俺を挑発するためだけに言っているかのようで。

「しかしこの国で最強と言われている奴の一人がこの程度じゃ、他の奴らもたかが知れているな。オレを撃った弓兵も、大したことも無いな。雑魚も雑魚じゃないか。少し心配していいたが……これなら、獣人族の勝利は動かないな」

 タローが馬鹿にされて――俺の体は、動いていた。槍を抜き、鉄格子を破壊し、その首に槍を突きつける。

「……タローの何を知ってる? そいつにやられて逃げられなかった奴が、どうしてそんな口を叩ける?」

「獲物をしとめられなかった弓兵なんて、雑魚と相違ないだろう」

 俺は槍を消して、思いっきりぶん殴る。ガッ! とハンマーで殴ったような音が響き、ジンは牢の壁にぶち当たった。

「仲間の侮辱は許さない」

「フン、遅いんだよキレるのが」

 俺は牢に足を踏み入れたところで――リミトートが俺に声をかけた。

「きょ、キョースケさん! 落ち着いてください! それは挑発です!」

 振り上げた槍が止まる。ジンは冷めた目で槍を振り上げた俺を見ると、肩をすくめた。

「またそいつの言いなりになるのか? お前の方が強いのに」

「囚人番号七十二番、口を慎め」

 リミトートがジンを黙らせる。そして俺の前に立つと、はぁとため息をついて……ジンを見下ろした。心底、呆れているという風に。

「一応、言っておこう。キョースケさんが私の言葉を聞き入れてくれているのは、くだらないルールや規範に彼が従っているからではない。彼の判断で、我々の立場を考えて顔を立ててくれているのだ」

 剣に手をかけ、引き抜くリミトート。

「彼ら、強者は……我々とは違う物が見えていることだろう。私たちでは、それをうかがい知ることは出来ない。しかし彼らは、我らを虐げるのではなく共に在ることを選んでくれている。ならば、こちらもそれに応えるのが『人』というもの。そのために、我らは存在する」

 確固たる意志を感じる口調。

「強者は弱者を守るために気を揉む必要が無く安心できるように、弱者は理不尽に怯えないように――治安を維持するために。貴様の安い挑発で、キョースケさんを侮辱することは許さん」

 静かに、気の入った言葉をぶつけるリミトート。そんな彼を見て、俺もひとつ深呼吸をする。
 落ち着いた俺を見て、ジンは作戦失敗とでも思ったのか――目の険を取って長く息を吐いた。

「惜しかった」

 へらっと、悔しそうに笑うジン。そして俺に殴られた頬をさすりながら、肩をすくめた。

「どうせなら殺せよ」

「するわけ無い」

 さっきまで満ちていた、殺気が霧散する。ジンはその場にだらんと手足を放り投げ、寝っ転がってしまった。
 リミトートも俺も、さっきまでと全然雰囲気が変わったジンを見て……顔を見合わせる。

「挑発とか、オレ下手なんだよな。せっかくのチャンスだったのによ。……覇王様のことを言っても、噂で聞いた『自由』のことを言っても乗って来ないのに、まさか仲間云々でキレるとはなぁ」

「……いや、タローは仲間じゃない」

「え、さっきキレてたじゃねえか」

「……キレてない」

「いやどう見ても」

「キレてない」

 俺がそう言い切ると、ジンは苦笑してから天井に目を向けた。

「あー……罪人として死ぬ、か。息子と嫁に、天国で何て言えばいいんだ」

 まだ天国に行く気なのか。図々しいな。
 俺はリミトートと一緒に牢を出て、壊れた鉄格子を見る。

「……溶接してみるね」

「いえ、彼は後で別の牢に移します。これに関しては、まぁ上手い事言っておくので安心してください」

「いや、弁償するよ……」

「なに、これしき。大丈夫ですよ」

 これしきって言えるような惨状じゃないんだけどね。
 俺はリミトートに取りあえず曖昧に笑ってから、ジンを見た。

「覇王の話は本当なの?」

「概ね。ただまぁ、理想の世界と言うのは少し違うな。まだ、もう少しかかりそうだ」

 でも、近づいてはいると。
 俺はあの時の覇王の顔を思い浮かべながら――舌打ちする。あんな凶暴な顔をしていた奴が、そんなこと出来るんだろうか。

「なぁ、キョースケ。オレの死刑までもう少しかかるらしいから……何か、思い出すと笑えるような話してくれないか。女の話でも良いぞ、お前くらいの年齢なら、愉快なコイバナの一つや二つあるだろう?」

 もう緊迫した空気が霧散してしまった中、そんな図々しいことを言ってくるジン。俺は呆れた顔を返し、首を振った。

「イヤだよ、面倒くさい。なんでしかも恋バナなのさ」

「オレがその手の話が好きなんだ。話してくれたら、覇王様の得意戦法を一つ教えてやる」

「恋バナか……」

「いや掌返すの早いな!?」

 というわけで、俺は……取りあえず現状のことについてまとめつつ話してみた。どうせこいつが知ったところで、誰かに言うわけでも言えるわけでも無いし。
 他人に話すと考えがまとまるとはよく言うし、そのつもりで話してみよう。

「……と、言うところでどうやって皆の求める物が返せるかどうかって思ってて」

 十分ほどかけて、俺が今悩んでいることについて話してみた。
 懇切丁寧に、と言うわけじゃないけど……概略は伝えられたんじゃないかと思う。ジンは俺の話を聞いてから、たっぷり十秒ほど沈黙し……半身を起こして、サムズアップしてきた。

「いや思っていた何億倍もくだらないな」

「ぶっ殺す」

「いいぞ、確実に頼もべっふ!」

 俺は取りあえずドロップキックをぶちかまして、壁に叩きつける。ジンはべしゃっと地面に倒れた後……やれやれみたいな顔をしてその場に座り込んだ。 

「いやくだらんだろ。……お前は、全員と一緒にいたいんだろう?」

「……うん」

「なら、全員を愛すしかないな?」

「そう、なるのかな?」

「なら、その時点で相手の気持ちに百パーセント答えられんのは理解出来るだろう。しかし、それでも一緒にいたいと思うなら――そんな独りよがりの誠実さなんて捨てるべきだと思うがな」

 独りよがりの、誠実さ?
 よく分からない単語が出てきて俺が眉間にしわをよせていると、ジンは話は終わったとばかりに大きな欠伸をした。

「いやしかし、人族の最強格サマがこんなガキとはなぁ」

「誰がガキだ誰が」

「ガキだろうが。そんな優柔不断だと、いずれ仲間とルールを天秤にかけないといけない日が来るぞ」

「……なんでさ? ってか優柔不断とは違うでしょ」

「優柔不断だろ? 全員に完璧に気にいられようとするなんて。……ま、大人になれば分かる。なぁ、騎士さんよ」

 リミトートに声をかけるジンだけど、彼はスンとすまし顔だ。ジンももとより返事は期待してなかったのだろう、再び大あくびをして寝っ転がってしまった。

「参考までに言っておくが……覇王様は、ルールと仲間を天秤にかけた結果、ルールを作る側になったぞ」

「……どーも、参考になったよ」

 再び牢から出てチラッとジンを見る。

「で、覇王の得意技って?」

「緩急だ」

 緩急? そう言われて思い返すのは、その場から超高速でバックステップして戻る、を繰り返してまるで武器がすり抜けているような錯覚を生み出す技。

「そんな小手先の技じゃない。肉体の各部位でペースが違うんだ」

「どういうこと?」

「こればっかりは戦わないと分からないと思うが――本気の覇王様は、肉体の各部位がまるで独立しているかのように動く。そこから生み出される緩急による動きは、まるで同時に三十人くらいと戦っているような錯覚を覚えるぞ」

 言葉で説明されても、全く分からない。
 しかし……取りあえず頭の片隅に入れておこう。覚えているのとそうでないのとでは、違いが出るかもしれないし。

「……ってか、覇王の戦術に詳しいんだね」

「ああ」

 そう言って、胸の傷を撫でるジン。太い、生々しい傷を……

(あれ、爪の痕か)

「まぁ、頑張れ。お前が天国に来たら、感想を聞いてやるから」

「地獄で会ったら、その時はどうやって勝ったか聞かせてあげる」

 最後にそう言ってから、大きく伸びをして歩き出す。

「じゃあね、ジン」

「またな、キョースケ。……覇王様は、強いぞ」

 ジンの言葉に、俺はヒラヒラと手を振ってこたえた。
 覇王と戦う理由が、また増えたね。
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