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第十一章 先へ、なう

282話 斬るなう

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『キィィィィオオオオオオオラァァァァァァ!!!!』

 翼を広げ、石の塊のような――羽のようなものを飛ばしてくるスカルエンジェル。そんな攻撃も出来るのか――と驚きつつも、それらすべて刀で弾いた。
 キンキンキンキン!

「きゃっ!」

「ッ! すまん!」

 なるべく遠くに弾き飛ばしたつもりだったが、一本美沙の側に着弾してしまったらしい。難しい――と思っていると、スカルエンジェルの目が燃え、羽が凍り付いた。

『キァッ!?』

 それに驚き、怯むスカルエンジェル。その隙をついて、取り敢えず残り三人を抱えて端っこの方へと連れて行った。

「二人とも魔力は大丈夫なのか!?」

 チラッと横目で見ると、スカルエンジェルは嫌がるように頭を振っている。これなら今のうちに回復が出来そうだ。

「い、今のでガス欠デス……」

「と、冬子ちゃん、これー」

 ピアと美沙が手を出す。その上に乗っているのは回復薬。効果の薄いそれだが、今は少しでも回復が欲しい。
 そしてもう一つ、見覚えのある紙巻――活力煙。

「落ち着いて、吸ってね。……煙苦手なのは知ってるけど、今はなんでも疲労回復に使わないと」

 いつになく真剣な目つきで、冬子に活力煙を咥えさせる美沙。

「まずね、今から火をつけるから……何度か短く、強く吸ってね。短くだよ、短く」

「あ、ああ」

 よく見たら、京助が持っている最高級の活力煙だ。コネを作る時に渡す用の。
 冬子は美沙の言う通り、短く、強く、何度か吸い込む。リューがつけてくれた指の火を受けた活力煙に、ぽうと灯りがともった。

「煙が口の中に来た? なら、少しだけ吸い込んでから活力煙を離して、他の空気と一緒に煙を肺の中に入れるの。いい? ゆっくりだよ、ゆっくり」

 言われた通り、少しだけ吸い込んで……口内に煙をためる。活力煙を離し、それと一緒に周りの空気を吸い込んだ。
 甘い香りと、味が口内に広がり――そして肺へと降りていく。

「ふぅ~……」

 咽ずに吸えた、こんな時に。
 吐き出した煙は、少し薄い。空気と一緒に吸いこんだからだろうか。
 いや、こんな時だから、だろうか。

「流石高級品、力が湧いてきた気がする」

 京助が戦闘時や戦闘後によく吸う理由がわかる。これはいい。

『キィィィィオオオオオオオラァァァァァァ!!!!』

 激昂するスカルエンジェルの声が聞こえてきた。回復に費やせるのはここまでか。活力煙を咥えたまま、スカルエンジェルを睨みつける。

「……女侍として、陳腐な格好になってしまったな」

 浅葱色の羽織。
 この色と格好に特別な意味を見出せるのは日本人だけだろう。そして侍の格好としちゃ、少々どころかかなり陳腐だ。
 その言葉の意味が分かったのか、美沙がくすくすと笑う。

「確かにね。でも冬子ちゃん。今、京助君の次にカッコいいよ」

「そうか。世界で二番目か――悪くない」

 活力煙を咥えたまま、口の端を歪める。慌てて吸い込むと、また咽てしまう。
 それに意識をやれるなら、まだ落ち着いている証拠だろうか。

「……トーコ、すみません。少しの間、任せても良いですか」

「ああ」

 いつになく弱弱しい声。しかし目は死んでいない。回復したら参戦するつもりだろう。

「トーコちゃん、五分くらいで魔力が回復するデス」

「ああ」

 人族はそんな簡単に魔力は回復しない。強がりか、それとも回復するという覚悟か。

「あはは……本当、魔力の配分ミスんなきゃなぁ……ごめん、冬子ちゃん。私たちが回復するまで持ちこたえて。無理しなくて、いいから」

 最後のセリフは、少し――いやかなり真剣な声音になる美沙。目を伏せ、ギュッと口を結んでいる。
 そんな顔をされて――無理しない友がいるものか。
 まして、未来の家族だ。
 精一杯の強がりには、精一杯の強がりで返すものだろう。

「ああ。……ところで美沙、一つ質問がある」

 真剣に、でも目に笑みを浮かべて。
「持ち堪えるのはいいが――別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」

 笑う。強がって。
 笑う。痛みを我慢して。
 笑う。不安を圧し潰すように。
 笑う。全力で戦うために。
 美沙は冬子の言葉を瞬時に理解したのだろう。クスクスと笑い――ぐっとサムズアップを返してくれた。

「うん。遠慮なんかいらないよ。でも、セリフはチェンジ! それ、死ぬ奴だからね! 生存フラグにして!」

「そうか。……なら」

 笑みを消し、スカルエンジェルを睨みつける。
 最大限の殺気を持って。最大限の覚悟を以って。
 刀を握る手に力を込めて。

「佐野剣術道場の一人娘にして、『頂点超克のリベレイターズ』副リーダーの佐野冬子! 推して参る!」

 名乗り上げ、低く構える。
 煙を吸い込み、吐き出した。体力は回復した、少し邪魔だから……勿体ない気もするが、捨ててしまおう。
 活力煙を上に投げ、地面をもう一度踏みしめた。

「私は生きる。邪魔をするなら、斬る!」

 皆を背にして戦うのは――こういう感覚なのか。
 京助がいつも涼しい顔でやっていることに、改めて凄いと思う。
 だって――今、自分が敗けたら。
 自分の大切な人の命が失われてしまうかもしれないのだから。

『キィィィィオオオオオオオラァァァァァァ!』

「はぁっ!」

『職スキル』、『侍之波動』を習得しました。

 ブオオオオオ!
 黄緑色のエネルギーが肉体を覆う。活力煙が地に落ちると同時に、スカルエンジェルは剣を振り上げながら飛びあがった。急降下と同時に斬るつもりだろう。
 だが――

「シッ!」

 ――刀身から伸びる、黄緑色の光。空間を引き裂き、スカルエンジェルの翼を切り裂いた!

『キィァッ!?』

 一拍遅れて、今自分が『侍之波動』を使ったということに気づく。自分の全身を纏っているエネルギーもこの光だ。
 名前のダサさに苦笑しつつ、刀を一度鞘に仕舞う。

「重さは無い、でも長さはある。そして――」

 キィィィィィィィィィィィン……。
 エネルギーが刀に集まる。翼を失ったスカルエンジェルが、態勢を立て直して距離を詰めようとこちらへ急降下してきた。
 しかし、

「はあぁぁぁ!」

 抜刀。
 斬!
 刀身の延長線上にある全てが真っ二つになる。
 文字通り、全て。それはスカルエンジェルも例外ではない。

『キィィィィィィィィオオオオオラァァァァァァ!!!?!?!?』

 間一髪、致命傷は避けたようだが――片足が宙を舞う。スカルエンジェルはそれをキャッチして剣に変えたが、間髪入れずそれを細切れにした。

「躱したか、次は当てる」

 ひゅん、と一度血のりを払うように振って鞘に仕舞う。重さは変わらないのに、射程は一キロ。

「いや、もっと伸ばせるな――」

『キィィィィオオオオオオオラァァァァァァ!!!!』

 天に叫ぶスカルエンジェル。剣を両手で持ち、振り上げながら落下してきた。
 超高速とも言えるスピード、それを見切るために目に魂を纏う。ヴン……と視界が一気に明るくなり、視界内全ての物質の動きが理解出来る。 

『キォァッ!』

 ズズン……!
 目の前に降り立つスカルエンジェル。斬り飛ばした足は戻っていないのに――と思ったが、どうも翼でバランスを取っているらしい。
 せっかく飛べるのに、そのアドバンテージを捨てるのは何とも勿体ないことだ。

「あのビームを何度撃とうと効かないんだが――なっ!」

『キィィィィィィィオオオオオオオラァァァァァァァァァァァァ!!!!!!』

 ドッ!
 懐に入り、今度は刀身を伸ばさずに『侍之波動』を纏う。スカルエンジェルは剣を振り下ろしてくるが――感覚器官を強化している今、それらすべてはスローモーション。

「シィッ!」

 直線的な攻撃なら横っ腹を叩けばいい。
 パリィ。
 キィン!
 軽い音がして、スカルエンジェルの剣が切り飛ばされた。スカルティラノの時はあんなに硬くて一切の刃が立たなかったのに。こんなにあっさりと。
 違う個体だから硬さが違うのか? ――そう思ったが、試しに『侍之波動』を切って斬り結ぶと、スカルティラノと同じ手ごたえが返ってくる。
 やはりこの『侍之波動』が凄まじいようだ。

『キオオラァァ!』

 ズンッ!
 スカルエンジェルの首が真上に伸び、勢いよく振り下ろされる。防御の構えを取ると、ゆら……と『侍之波動』が揺らめき、黄緑色の光が煌々ときらめいた。
 なるほど――こう使うのか!

「うおおらぁ!」

 オーラがスライムのようになり、スカルエンジェルの頭を受け止める。冬子は口の端を曲げ、そのままスカルエンジェルの頭を真上に弾き飛ばすが――スカルエンジェルの首が三つに裂けて増えた。どうしてそうなる。

『キオオラァァ!!!!』

 ズン! ズン!
 二度、三度と高速で振り下ろされるスカルエンジェルの頭。それらを輝くスライムで完全に防いでいく。

「無駄無駄無駄! うおおおおおお!」

 スライム状では攻撃に移れない。冬子は輝くスライムの弾力で、左右に弾く。これで頭が下がった――攻撃の隙だ!
『侍之波動』をまたオーラ状に戻し、刀に纏わせる。

「はぁぁぁ! 『侍之波動・スコルパイダーインパクト』!!」

『キオォォォォオラァァ!!』

 カキィィィン! カキィィィン! カキィィィン!
 首が二つ飛び――さらに剣が飛ぶ。スカルエンジェルは首を振り、大きくバックステップでこちらから距離を取った。

「逃がさん!」

 刀を振るう。無限に伸びる射程の刀が、スカルエンジェルの腕を、足を少しずつ削っていく。

『キオオラァァ! キオオラァァァァァァァ!』

 スカルエンジェルは身を捻って刀を躱そうとしているが、無駄だ。どれほど離れようがこうしてちまちま削っていける。

「なるほど……!」

『サムライモード』は、魂を纏った時をはるかに凌駕する身体能力を冬子にもたらしてくれている。
 そして『侍之波動』は、スライム状にもオーラ状にもなる光るエネルギー。
 スライム状の時はあっさりとスカルエンジェルを受け止めるほどのパワー、そして防御力を備えている。
 一方、オーラ状の時は『断魔斬』を越える『魔力そのものを切断する』という性質と、『硬ければ硬いほど切断力を上げられる』という性質を持ち合わせている。
 それはつまり――

「再生でもされない限り――この世に、私が斬れない物は無い!」

『キィィィィオオオオオオオオオオオラァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!』

 キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン

 エネルギーがスカルエンジェルの剣に集まっていく。さっきは絶望した光景だが――もう、何も怖く無い。

「そんなための長い技――使わせるわけが無いだろう!」

 オーラ状に戻した『侍之波動』が無限射程の刀を生み出す。刀を握る手はギリギリまで脱力。低く構えた状態から――感覚器官に使っていた魂を身体に戻した。全身にエネルギーが再度満ちる。
 行くぞ、スカルエンジェル――!

「斬る!」

 ――ジュワアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァアア!

 放たれた一撃――刀を振り上げ、そのエネルギー波ごと真正面からぶった斬る!

『キィィィィオオオオオオオラァァァァァァ!!!!』

 エネルギー波が霧散する。
 その勢いのまま刀がスカルエンジェルの首に吸い込まれる。
 刃が通る――

「シィッ!」

 ――斬!
 首が飛んだ。
 輝きがスカルエンジェルに集まる。
 エネルギーが放出され――先ほど堪えることすら出来なかった爆風が冬子たちを襲った。
 しかし、そんな単純な衝撃など、今の冬子に斬れぬはずはない。
 斬ッッ! 
 衝撃波が割れ、冬子の前髪が揺れる。
 背後にいる皆には、傷一つ無い。
 守り切った。

「……ああ」

 倒した――ッ!

「トーコ!」

「!」

 ピアが切羽詰まった声をあげ、こちらへ走ってくる。その瞬間、上空で『圧』が膨れ上がっていることに気づいた。
 マズい――天井に刺さっているのは、先ほど斬り飛ばしたスカルエンジェルの剣。それがあの光を放っているのだ。

(アレは死んだら発動するのか!)

 刀を構える。また斬ればいいのだ。
 しかし、ガクッと膝から力が抜ける。そこで『サムライモード』まで解けてしまった。

「ま、ずっ……!」

「トーコ、捕まってください!」

 ガシッ! とピアが手を掴む。ほぼ同時に剣がエネルギーに変化し、トーコたちを蒸発させんと襲い掛かってきた。

 ジュワアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァアア!!!!

 光る、音が遅れてやってくる。
 床が燃え尽きる。あまりのエネルギーに、小惑星が落ちたのかと見紛うほどのクレーターが出来上がる。
 全てを消しつくす光の槌。
 しかしそれを……冬子は、かなり離れたところで見ていた。

「はぁー……間に合いました、ね」

「……助かった、ピア」

「ちょっとー、冬子ちゃん。お礼言うなら私たちにもだよー?」

「ヨホホ……魔力の回復が間に合って良かったデス」

 ピアが手を掴んだその瞬間、彼女の『雷刺』が発動していたのだ。美沙とリューが魔力を注入し、何とか転移を発動したらしい。

「あ! 冬子ちゃん、アレ!」

「え? ……おお!」

 部屋の真ん中に――柔らかく、温かい光が注ぎこんでくる。
 キラキラと輝く、太陽光に似た光。それに照らされて……上空から宝箱が降りてきた。
 それはまるで――否、まさしくトロフィーともいえるようなもので。

「やった……の、か?」

「やった、やったよ冬子ちゃん!」

「ヨホホ……ど、どうやら……終わりみたいデスね」

「油断は禁物ですが、しかし何とか倒せたようですね」

 わっ! と皆で抱き合う。良かった、生きている。
 生きているのだ。

「良かった……!」

 ギリギリだった。
 本当にギリギリだった。
 でも、生きている。
 拳を握る。その拳を見て、笑みが零れる。
 皆を、守った。
 皆で、生きた。
 京助に頼ること無く――自力で、自分たちの力で。

「~~~~~~~~~~っ!」

 声にならない歓び、天に向かって思いっきりガッツポーズ。
 これで、京助の背中を守れる。
 これで、京助と一緒に戦える。
 これで、これで。

「私は、守られるだけのヒロインじゃないんだ……!」

 そう、言える。

「トーコ、自分で自分のことをヒロインって言いましたよ。ハーレムでって言ったのに、メインヒロインのつもりなんでしょうか」

「自分が京助君と付き合い長いからって。幼馴染は負けヒロインなんだよ」

「ヨホホ、キスも出来てないデスからね。ワタシはしましたデスが」

「勝ってすぐくらい浸らせてくれ!」

 そう叫んだあと、冬子は刀を鞘に納め、地面に降り立つ宝箱の方へ。

「そういえば冬子ちゃん、最後のセリフって何のアニメのネタ? 『私は生きる。邪魔をするなら、斬る!』ってやつ。私、分からなかったんだけど」

 最後のセリフ……ああ、アレか。

「いや、特に何のパロディでも無いぞ」

「じゃあ普段から温めてたキメ台詞? 『邪魔をするなら斬る!』って」

 ……なんだろう、肯定しても否定しても面倒なことになる気がする。というか、リピートしないで欲しい。
 冬子は一つ咳払いして、皆の方に顔を向ける。

「私たちのチームの勝利だな」

「マスターのチーム、ではなく……私たちのチーム、ですか」

「ああ。そのために、私は体を張った。……張れた、よな?」

「ヨホホ、カッコよかったデスよ、トーコちゃん」

 リューがそう言って冬子をぎゅっと抱きしめてくれる。その腕の温もりに……少し、気が抜けてしまいそうになった。
 冬子はギュッと唇を噛み、息を吐く。リューを抱きしめ返してから、笑みを作る。

「なら、良かった。胸を張って、京助に――あれ?」

 カリカリカリカリ
 カリカリカリカリ
 カリカリカリカリ
 カリカリカリカリ

 四人の羅針盤が同時に鳴った。
 誰もボタンを押していないのに。
 と、いうことはつまり――

「い、急ぐぞ!」

 ――冬子は声をかけると同時に、宝箱ごとアイテムボックスに仕舞い、ぽっかり空いている出口に向かって走る。
 激しく鳴る鼓動は。
 勝利の喜びによる物だけではないと理解しながら。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「うわぁ……」

 ボス部屋を抜けると、そこは神社のような場所だった。賽銭箱が置いてある場所に台座、その上に妖しく光る玉。
 大理石製の建物があり、そしてそこからビームのようなものが出ており、鳥居らしき石柱から向こうへ行けないバリアになっている。
 そしてそのバリアが、冬子たちがたどり着いた瞬間にスーッと消えた。

「……やっぱり、これ両方倒さないと開かないパターンだったみたいだね」

 そこに出て来たのは――黒髪の、槍使い。
 冬子たちの、大好きな男。

「京助!」

「マスター!」

「キョースケさん!」

「京助君!」

「お疲れ、皆」

 京助はニッコリ笑うと、一歩こちらへ踏み出してきた。
 その足取りは軽やかで、とても疲れているように見えない。冬子たちも駆け寄ると、後ろにキアラさんが立っていることにも気づいた。

「あっ、キアラさん。お疲れ様です」

「なんぢゃ、その会社で上司に会った時の挨拶みたいなのは。……まあ、良い。妾は少し外す。存分に噛みしめるが良い」

 そう言ってキアラさんの姿がスーッと消えていった。転移か、それとも気配遮断か。
 どのみち冬子じゃ分からない、気にする必要は無いか。

「……キアラさんと合流してたんだな」

「うん。随分、助けられたよ」

 冬子とピア、リュー、美沙が京助に近づくと……京助は柔らかい笑みのまま、さらに一歩こちらへ近づいてきた。
 かみしめるように、慈しむように。

「……ボス、結構強かったでしょ。よく無事、だったね」

「冬子ちゃんが頑張ってくれたんだよー」

「ヨホホ、でもあんな戦いは暫くしたくないデスね」

 冬子の背をドンと押す美沙。冬子が少しバランスを崩すと、いつの間にか目の前にいた京助が受け止めてくれた。

「ボロボロだね、先に回復してもらった方が良かったかな」

「いや、このくらい……」

 京助の腕の中。リューに抱きしめられた時以上に、ホッとする。それ以上にドキドキと心臓が跳ねるのだが。

「冬子ちゃんばっかズルいー」

 ぽふっ、と美沙が京助に抱き着く。それなら、とでも言いたげにピアとリューも京助に抱き着いた。
 皆を抱き留めた京助は、ホッと息を吐き……そして、その腕にグッと力を込めた。まるで宝物を取り戻した王様のよう。

「生きてて、良かった」

 酷く、落ち着いた。
 酷く、重々しい声。

「……生きてて、良かった」

 もう一度、そう言った京助の目から……ぽろっ、と涙が落ちた。
 それで、もう限界だった。

「生きてて良かった……京助……! でも、怖かった……でも、皆で、頑張ったよ……! 京助、京助……!」

「うう……京助君! 良かった、良かったよお京助君が生きてて……!」

「……ああ、マスター……っ!」 

「キョースケさん……生きてて、良かったデス……!」

 あふれる嗚咽を、涙を、言葉を。
 ただひたすら零していく。京助は何も言わず、ただただ冬子たちを受け止めていてくれた。
 腕に込められた力が、彼の目から零れる涙が。
 いつもカッコつける京助の、本音で――冬子たちへの愛なのだろう。
 そう、思ってしまうのは……いささか傲慢だろうか。

「ごめんね……肝心な時に、傍にいられなくて」

 京助はそっと、優しく口を開く。

「でも、皆が生きてるって、信じてた。それしか、出来なくて、ごめん」

 信じていた。
 ドクンと、心臓が跳ねる。
 それを聞いて、やっとわかったのだ。
 京助から欲しかった言葉が何か。
 そうだ、信頼されたかった。
 信じて欲しかった。
 負けないって、思って欲しかった。
 だから、だから。
 副リーダーとして頑張るとか。
 皆と一緒に生きるとか。
 そう、京助の背中を守るためには、信じていてもらわないといけなかったんだ。
 だから、だから――

「京助ぇぇぇぇ!」

「ちょっ」

 ――叫んで、押し倒してしまっても無理はないんじゃないだろうか。
 冬子はそんなことを思いながら――ゴッ! と異様に重々しい音を鳴らした京助に気づかず。
 ただただ、その上で皆一緒になって泣きじゃくるのであった。
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