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第十一章 先へ、なう
260話 契約金? なう
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手紙類の整理だけだと息が詰まるので、貰った手紙を一室に入れて毎日少しずつ処理することにした。
そんな感じで仕事をしつつ、俺達はルーチンワークに戻っていく。自主鍛錬、師匠をつけての修行。
まあ何というか、いつも通りの日常が戻ってきたって感じだ。俺は異様な量の手紙を捌いているけど。
「あー……平和だ」
「どうした京助。そんなフラグみたいな台詞を発して」
「マスターがそういうことを言う時は大体何か起きる時ですね」
俺も言ってからそんな気がしたから勘弁して欲しい。
「そういえばパインとの約束ってそろそろ期日か」
「ああ、あの魔族に薬漬けにされていたAG。そういえばそんな人もいたね」
「薬漬けって……美沙、もっと別の言い方があるだろう?」
「だって襲われたんだし。……そういえば、あの人を見逃してあげる代わりに、ベガのダンジョンアタックしていいよって話だっけ?」
美沙の言葉に、俺は頷く。
ベガはパインの家、ロベリー家が管理する街。そこにあるダンジョンにアタックする手筈を一か月以内に整えてくれたら、彼女の犯した不祥事を黙っていてあげるという約束をしているのだ。
俺からすれば言っても言わなくてもどっちでもいいので、あと数日で何も言われなければ報告するだけだからね。
「っていうか今日はタローさんが来るはずデスよね?」
シュリーに言われて、そういえばと頭を上げる。この前の魔族からとった情報の共有をするとかなんとか。
「お昼ごろにっておっしゃってましたからねー。そうそう、キョウ君。この前オルランド様に頼んでいた下着が出来たんですよー」
「滅茶苦茶可愛いよ! 当然見るよね、さ、こっちこっち」
ガタッと立ち上がった美沙に腕をホールドされる。いきなりの急展開に目を白黒させていると、マリルがそっと胸を手で抑えた。
「えーと……キョウ君、見ます?」
「マリルさん! 私が先ですよ!」
まず美沙は俺の手を離して欲しい。
「いや見ないからね」
「そういえばトーコさんもオルランドさんから下着を買ったんじゃありませんでしたか?」
リャンがそんなことを言うと、冬子はこくんと頷く。
「ああ。……そっちの無駄に脂肪を蓄えている連中と違って、戦闘時にもズレない実用的な物をな」
何故か俺を睨む冬子。今俺は何も変なことは言ってないはずなんだけどな。
俺は取りあえず美沙の手を外し、びこんとデコピンする。
「まあ女の子の下着事情に関してはよく分からないけど、いくらしたの?」
何か女性下着は無茶苦茶高いと聞いたことがあるので、大金貨二枚とかでも驚かないけど。
「ミサさんのは大金貨七枚ですねー」
「美沙、ちょっとそこに正座して?」
「待って京助君! 仕方ないの……仕方ないの! だって私がこっちの世界に来てから買った下着、全部サイズ合わないんだよ!?」
それは気の毒かもしれないけど、まさか下着一枚でそんな値段するとは思わないでしょ。
「マリルは?」
「私はミサさんより一回り小さいので、大金貨五枚くらいですー」
それでも五万か……。
彼女らの洋服代をケチらないといけないほど貧乏では無いが、それでも驚く額だ。
「でも下着一枚でそんなにするのか……女の子はお金がかかるって言うけど、こういうことだったんだね」
「マスター、騙されないでください。確かに彼女らは規格外の大きさですが、それでも大金貨五枚とかは高すぎます」
「そうだ! サラシでも巻けばいいんだ!」
いきなり無茶なことを言いだす冬子。でもまあ、言いたいことは分かる。
「普段使いの下着を買い込んで、勝負下着も一緒に作ってもらったというところでしょう。やれやれ、これだから」
首を振ってため息をつくリャン。冬子もその横でうんうんと頷いている。
「勝負下着は男性と一緒に買いに行くものですよ。さ、マスター。今日は私の勝負下着を選びに――」
「行かせるか!」
スパーン! と小気味いい音と共にリャンの頭をひっぱたく冬子。仲いいなぁ。
「だいたい! 冬子ちゃんは分からないだろうけど、胸が大きいとホント大変なんだよ!」
「だからって五万も十万もする下着は不要だという話をしているんだ! 安くて可愛い下着を探せ! 京助の給料だって無限じゃないんだぞ!」
「……まあ私らくらいのサイズになると本気で可愛いの無いんですよねー……。だからオーダーメイドしかなくなっちゃってー」
「ヨホホ……あの、これを言ったらお終いなのは分かっていますデスが、無理して可愛い下着をつけなくてもいいのでは……」
「どうせ行為中は脱ぎますしね。その前も灯りを落として真っ暗でしょうし」
「というかそもそもー! ちゃんと話は最後まで聞いてくださいー!」
「そ、そうそう! 確かに高い下着だけどこれにはわけがあって――」
きゃいきゃいと喧嘩を始める冬子たち。別に仲が悪いわけじゃないことは知ってるけど、どうしてこうも喧嘩になるのか。
喧嘩するほど仲がいいってことなのか……それとも……
「キョースケ、お主は何で現実逃避しておるんぢゃ」
「いやぁ……まあ」
……一人の男を、取り合っているからか。
ため息をついて、外を眺める。
(どうすればいいんだろうなぁ)
サリルからは、選ばないことは良くないと言われた。
でもじゃあどうすればいいんだろう。俺は何をすればいいんだろう。
(そもそも……別に俺が好かれてるってわけでも……いやー……あー……)
美沙には想いを告げられてるんだよな。
自分でぐるぐると考えて、わけが分からなくなってくる。美沙からはああいう冗談めかしたアプローチが飛んでくるけど、非難がましいことは言われない。
俺が甘えてるだけ、それは分かってる。でもいつかは彼女の気持ちにも答えないといけないわけで。
「キョースケよ。下手な考え休むに似たり、ぢゃぞ」
「下手で悪かったね」
俺の情緒面が子ども、って言われるのはこういうところなんだろうな、と自覚はしている。しているがどうにも分からないのだ。人を好きになるっていう感情が。
(皆のことは、嫌いじゃない。嫌いじゃ無く、相手のことを大切に思っているなら、好きだと言うことなんだろうか)
ここにいる皆は特別だ。俺にとって、この世界で最も大切な存在だと言ってもいい。
でもじゃあ、好きって何だろう。恋愛って何だろう。それがよく分からない。
(サリルとフィアさんが愛し合ってるのはよく分かるんだけど)
よく分かるんだけど、でもフィアさんがサリルに向ける感情と美沙が俺に向ける物がイコールとは思えない。
「はぁ、まあいいや」
俺が下手な考えを打ち切ったところで、家のチャイムが鳴る。恐らくタローだろう。
「俺が出るよ」
玄関に行こうとしたマリルを制し、俺はサンダルをつっかけてドアを開ける。案の定、タローだった。
「お疲れ」
「お疲れ様だ、ミスター京助。……何やら中が騒がしかったが、取り込み中だったかな?」
「皆で話してただけだよ。で、報告だよね。どうする?」
俺の家でやるか、それともどこか別の所でやるか――そう思って問うたら、タローはくいっと親指で背後を指さした。
「場所はミスターオルランドの屋敷だ。ミスターマルキムも、ミスターアルリーフも既に向かっている」
「……アンタレスの実力者がずらりと。今回の報告ってそこまでやることなの?」
「報告だけではなく、対策会議も兼ねているからな。誰か連れてくるか?」
それなら冬子を――と思ったけど、そう言えば彼女は今日用事があったっけ。
「金関係の用事は無いよね。いいや、行こうか」
そもそも俺達の持つ情報はしっかり共有済みだ。誰かがいないと分からないことも無い。リビングにいた皆に出かける旨を伝えてから、タローと一緒にふわっと空を飛ぶ。
「じゃあ行くよ」
「ああ」
それにしても、ギルマスとマルキムか……
(厄介な話にならなければいいけど)
~~~~~~~~~~~~
「おう、来たか」
オルランドの館の前。陽光を反射する大男と、全く似合わないスリーピースのスーツを着込んだ巨漢がこちらを振り向いた。
「やぁ。これ、インターホン押したらいいのかな」
着地し、オルランドの館を見上げる。相変わらず金ぴかで派手なのに、品を感じる妙な館だ。
「いや、お前が揃ったらあっちのメイドさんが連れてってくれるってよ」
マルキムの視線の先には、メイドさんが一人。彼女はペコッと頭を下げてから門を開けてくれた。
「ただギルマスは分かるとしても、何でマルキムも?」
門から玄関までがまた遠い。俺達はてくてくと歩きながら軽く雑談する。
「あん? ……アルに呼ばれたんだよ」
言われてギルマスことアルリーフの方を見ると、彼ははぁとため息をついた。
「もちろんSランクに戻ってくれとは言わんし、言えんがなぁ……それでも比類なき実力者であることに違いはないんや。そろそろこっちと連携も密にしたってくれんか」
アルリーフも元Sランク。以前の覇王との戦いを見る限りその実力に陰りがあるとは思えない。マルキムは言わずもがな。
「王都の二の舞になる可能性があったっちゅうてな。ギルド側もかなり混乱しとるんや。戦力の増強は急務やで」
ああ……確かに。
王都の時は……確かショックって女性に化けて人族の中枢に入り込んでたんだっけ。この国の防衛はガバガバすぎるだろと思うけど、今回の件だって一歩間違えばアンタレスがあんな状況にされていたとしてもおかしくはない。
「俺やマルキムがいなかったら、対処は厳しいか……って、アレ? オルランドってマルキムの強さ知ってたっけ」
当然のようにいるマルキムに違和感を抱いてなかった俺が改めて問うと、タローが苦笑いする。
「ある程度以上の年齢、地位にいる人間からすれば『知らないフリ』だ」
ああ……まあ髪の毛を剃ったくらいじゃそうなるか。
マルキムも少し気まずいのかポリポリと頬を掻いている。
「ま、そうだよな。オレはSランクには戻らんが……協力くらいなら吝かじゃ無いさ」
照れたように笑うマルキム。おっさんが照れても見苦しいぞ。
「いらっしゃい、皆。ようこそ来てくれたわ」
玄関を開けて中に入ると、オルランドが出迎えてくれた。今日のオルランドはいつもの胸元パッカーンな真のイケメンしか着こなせないシャツじゃ無く、貴族らしい装飾のついたスーツだ。彼のセンスが反映されているからか金ぴかで派手だけど。
「珍しいね」
「出迎えは正装で、って決めてるの。……裏話をすると、朝に別のお客様が来ていたのよ。その格好のままってだけ。さ、案内するわ。ついて来て」
領主様直々に案内してもらえるとは珍しい。
「そうそう、良い茶葉が入ったの、キョースケには後で包んであげるわね」
オルランドは紅茶派らしくて、いいお茶が入ったらよくうちにお裾分けしてくれる。マリルが喜ぶんだよね。
そういう雑談がしたくてわざわざ案内してくれたのかな。
「ありがと。っていうかそうだ、美沙たちの下着の代金なんだけど……」
「ああ、あれね。ふふ、ちょっと高すぎると思ったでしょう? アレはいくらかの実験というか、新製品でもあるのよ」
新製品。
女性下着には詳しくないが、一着一着機能が違ったりするんだろうか。
「ま、レポートをしてもらうことが条件になるんだけど、九割引きよ。彼女らへのモデル代から引いておくから貴男から改めて代金を貰うことは無いわ」
九割引きか……。先に言ってよ。
俺がホッとしていると、ぬっとアルリーフがこちらへ首を突っ込んできた。
「ちなみにキョースケはオルランド伯爵と月々いくらくらいで契約してるんや? 年収はなんぼくらいなんや? ん?」
なかなか下世話な話だ。
「ちなみにわしは現役ん時は大金貨五万枚くらいや」
「オレはいくらくらいだったかな。六万枚くらい貰ってたとは思うが、正確には覚えてねえや。タローは?」
「私はまだ若輩なのでね。正確には数えていないが、四万枚に届かない程度だったと思うよ」
何かとんでもない高額がポンポン出て来て俺は微妙な顔になる。
「ほんとに凄いんだな」
円換算すると、アルリーフが五億、マルキムが六億、タローは四億か。スタープロ野球選手並みだぞ。
……いや、実際にプロアスリートが近いのか。
「で、キョースケは?」
アルリーフに問われたので、チラッとオルランドを見る。契約内容を言っていいのかどうか、そういえば聞き忘れていた。
俺の視線の意味を悟ったか、オルランドは微笑みを浮かべながらパチンとウインクした。
「AGなんだから、自分の稼ぎは誇るべきよ。言いふらす必要は無いけど、信頼と実力の証なんだから。私やティアールに気遣いする必要は無いわ」
金は信頼と実力の証か。
どうにも『金の話』は忌避しがちというか、どうにも『いやらしい』ものと感じてしまう。だからそれが何かの証になる――なんて考え方は無かったな。
「オルランドとティアールの合わせて、大金貨八千枚くらいかな」
つまり日本円にして八千万円ほど。青二才が貰う金額じゃない。
……と、俺は思うのだがマルキムたちは違う考えのようだ。若干非難がましい目をオルランドに向ける。
「安すぎやしねえか」
「彼の実績を考慮して……と言いたいところだけど、まだうちとティアール商会しか契約していないもの。これから増えるにつれて、どこも金額を少しずつ上げていくわよ」
ちなみに俺の契約金とは別に俺達はそれぞれモデル代も払われている。ニートであるキアラの唯一の収入だ。
その金額も上がって、月々大金貨十枚から、大金貨二十枚になったのだけど。
「一番繋がりの強い私たちがあまり大きい金額で契約し過ぎると、他の貴族や商会がしり込みしたり、逆に破滅覚悟の額を出したりする可能性があるのよ。だから適正より少し低い額で契約して、他が落ち着いたら改めて契約しなおすのよ」
オルランドの説明に、なるほどと納得するタローとアルリーフ。納得したフリをしているマルキム。
「何にせよ、最終的な着地は……うちからは大金貨七千枚くらいになるかしらね」
「高すぎると思うんだよなぁ」
苦笑する俺。しかしオルランドはケラケラ笑って、バサッと上着を脱いだ。
「何言ってるの。世界最強クラスの『武力』よ? それの一部を借りられるんだから安い物よ。『あの商会はSランカーと懇意らしい』――ってなれば、極論護衛無しでどこまでも旅出来ると言っても過言じゃないわ」
うーむ、Sランカーの常識ってのも未だによく分からないけど、大商会の長となると金額の次元が違うな。
「にしても、この大金貨が全部純金だったら、値崩れが酷いことになりそうだね」
「ちげぇねぇな」
わっはっは、と皆で笑う。この世界に来てすぐは知らなかったんだけど、大金貨って原材料は銅なんだそうだ。つまり五百円玉と作り方は似ている。
違うのは、魔法がかかっていて偽造出来ないようになっていることくらい。
俺は金貨そのものが価値を持っているんだと思っていたけど、この世界の通貨は全て信用通貨らしい。大金貨って名前なのに。
「大昔はちゃんと金で作られていたらしいけどね。『職スキル』や魔法の発達に伴ってこんな形になったのよ。……さ、着いたわ。この部屋で待っていてちょうだい。私は着替えてくるから」
そう言ってオルランドはひらひらと手で自分を仰ぎながら廊下の向こうへ歩いていく。確かに貴族の服、暑そうだったしな。
「暫く暑い日が続くからなぁ」
「マルキムは涼しいでしょ」
「一部が完全に地肌丸出しだからな」
「キョースケ! タロー! 誰が禿げだ! オレは薄毛だって言ってるだろ!」
「こいつら一言もそうとは言ってへんで」
うがーとゆでだこになるマルキムと、げらげら笑う俺達。そのまま客間に入り、勝手にソファーに座る。
こっちの世界にも上座の概念はあるのだろうか。
一応、メインの報告者であるタローがオルランドの対面になるように座り、俺は左側に、その向かいにマルキムとアルリーフが座った。
「魔物に変化した魔族――コードネームは魔物魔族だったな。あいつらの強さはどうだった? 実際に戦ったお前らに訊きたい」
魔物魔族って俺がテキトーにつけた名前なんだけどな。
「ミスターオルランドが来てからにするのではないのか?」
「オルランド伯爵は戦闘方法を聞いても意味が無いだろ。彼がいる場で除け者にするよりは、情報共有だけさっさとやっといた方がいいだろ」
それはそうかもしれない。
彼も戦闘が出来ないわけじゃない(どころかBランクくらいの戦闘力はある)が、本質は貴族であり商会長だ。俺達のように前線に出る人間じゃない。
タローも一理あると思ったのか、頷いてから話し出す。
「ではまず、用語の共有だけさせてもらおう。魔物魔族は三種類いる。魔物と魔族の姿を自在に行き来出来る者を『魔王の血族』と、特殊な手段を用いなければ魔族に戻れない者を『魔王の眷属』と、二度と戻れない者を『魔王の先兵』と呼ぶらしい」
魔王の血族。
以前、ブリーダかヒルディから聞いた覚えがあるような。
「ちなみに理性を失って完全に魔物になってしまう者もいるが、今は置いておく」
……まあそれに関してはぶっちゃけただの魔物だもんね。
「人族は分かりやすく『血族』、『眷属』、『先兵』と呼ぶことにした。そのうち、私は『血族』と直接戦っていない。だからミスター京助に説明を譲ろう」
唐突に譲られた。
俺は一つ咳払いし、一応タローに確認する。
「ホップリィの話でいいよね」
「無論」
特徴などは報告書に書いてある。この場合は覇王について聞かれた時と同じ、肌で感じる強さを言い表して欲しいという意味だろう。
「奴らは『新造神器』も併用していた。その上で言わせてもらうのであれば――Sランク魔物に近いそれを感じたね」
と言っても、俺が倒したSランク魔物であるソードスコルパイダーは(恐らく)『眷属』か『先兵』だ。ナチュラルボーンのSランク魔物を知らない身としては比較しづらい。
「Sランク魔物相当の魔力、同規模の攻撃を行使してくる。でも、決して魔物としての練度が高いわけじゃない」
魔物として――という表現は少し違うかな。
「あいつらにとっての魔物の力は、俺達でいう『職』に近い。そういう印象だったよ。それが強力だから強いわけじゃなく、使いこなして初めて一流の実力を得られる」
今はまだ、魔物になり立てで練度が低い。しかし今後、二世代、三世代と続いて行けば。
「……怖いな。なるほど、そういうイメージか」
「あいつらは強ければ強いほど個人プレーというか、とにかく一人で戦おうとする傾向が強い。あのブリーダですら、手ずから殺すと決めたら天川とタイマンを張ったほどだからね」
だから技術の継承っていうのは少ないかもしれないが……無いとは言い切れない。
マルキムは顔をクシャッとゆがめ、タローとアルリーフも嘆息する。
「Sランクレベルが五人侵入した上で、跳ね返したか。ミスター天川、ミスター志村も人間をやめているな」
人間やめ人間の代表に言われたけど……否定はしない。志村に至っちゃ二人殺してる。勇者である天川は言わずもがな。
「待たせたわね。戦力会議なら私も参加するわよ」
品よく扉を開けて、部屋に入ってくるオルランド。その後ろにはお茶のお替りを持ったメイドさんが立っている。
「情報共有。そしてアンタレスの振る舞いについて話をしないといけないしね」
少し疲れたようなため息をつくオルランド。
自然、俺達の背筋も伸びる。ちょっとマジな雰囲気だ。
「それじゃあ、まずはタローお願い」
タローがバサリと書類を取り出す。……コピー機の魔道具とかあるのかなぁ。
「こちらで得た情報をまとめたものだ。王都と連携を取っているから――こちらで得た情報は王都の人間にも一部流れる。それを考慮して発言してくれ」
つまり、そっちに聞かれるとまずい情報があったら伏せろってことね。情報戦ってのは面倒だよ。
そんな感じで仕事をしつつ、俺達はルーチンワークに戻っていく。自主鍛錬、師匠をつけての修行。
まあ何というか、いつも通りの日常が戻ってきたって感じだ。俺は異様な量の手紙を捌いているけど。
「あー……平和だ」
「どうした京助。そんなフラグみたいな台詞を発して」
「マスターがそういうことを言う時は大体何か起きる時ですね」
俺も言ってからそんな気がしたから勘弁して欲しい。
「そういえばパインとの約束ってそろそろ期日か」
「ああ、あの魔族に薬漬けにされていたAG。そういえばそんな人もいたね」
「薬漬けって……美沙、もっと別の言い方があるだろう?」
「だって襲われたんだし。……そういえば、あの人を見逃してあげる代わりに、ベガのダンジョンアタックしていいよって話だっけ?」
美沙の言葉に、俺は頷く。
ベガはパインの家、ロベリー家が管理する街。そこにあるダンジョンにアタックする手筈を一か月以内に整えてくれたら、彼女の犯した不祥事を黙っていてあげるという約束をしているのだ。
俺からすれば言っても言わなくてもどっちでもいいので、あと数日で何も言われなければ報告するだけだからね。
「っていうか今日はタローさんが来るはずデスよね?」
シュリーに言われて、そういえばと頭を上げる。この前の魔族からとった情報の共有をするとかなんとか。
「お昼ごろにっておっしゃってましたからねー。そうそう、キョウ君。この前オルランド様に頼んでいた下着が出来たんですよー」
「滅茶苦茶可愛いよ! 当然見るよね、さ、こっちこっち」
ガタッと立ち上がった美沙に腕をホールドされる。いきなりの急展開に目を白黒させていると、マリルがそっと胸を手で抑えた。
「えーと……キョウ君、見ます?」
「マリルさん! 私が先ですよ!」
まず美沙は俺の手を離して欲しい。
「いや見ないからね」
「そういえばトーコさんもオルランドさんから下着を買ったんじゃありませんでしたか?」
リャンがそんなことを言うと、冬子はこくんと頷く。
「ああ。……そっちの無駄に脂肪を蓄えている連中と違って、戦闘時にもズレない実用的な物をな」
何故か俺を睨む冬子。今俺は何も変なことは言ってないはずなんだけどな。
俺は取りあえず美沙の手を外し、びこんとデコピンする。
「まあ女の子の下着事情に関してはよく分からないけど、いくらしたの?」
何か女性下着は無茶苦茶高いと聞いたことがあるので、大金貨二枚とかでも驚かないけど。
「ミサさんのは大金貨七枚ですねー」
「美沙、ちょっとそこに正座して?」
「待って京助君! 仕方ないの……仕方ないの! だって私がこっちの世界に来てから買った下着、全部サイズ合わないんだよ!?」
それは気の毒かもしれないけど、まさか下着一枚でそんな値段するとは思わないでしょ。
「マリルは?」
「私はミサさんより一回り小さいので、大金貨五枚くらいですー」
それでも五万か……。
彼女らの洋服代をケチらないといけないほど貧乏では無いが、それでも驚く額だ。
「でも下着一枚でそんなにするのか……女の子はお金がかかるって言うけど、こういうことだったんだね」
「マスター、騙されないでください。確かに彼女らは規格外の大きさですが、それでも大金貨五枚とかは高すぎます」
「そうだ! サラシでも巻けばいいんだ!」
いきなり無茶なことを言いだす冬子。でもまあ、言いたいことは分かる。
「普段使いの下着を買い込んで、勝負下着も一緒に作ってもらったというところでしょう。やれやれ、これだから」
首を振ってため息をつくリャン。冬子もその横でうんうんと頷いている。
「勝負下着は男性と一緒に買いに行くものですよ。さ、マスター。今日は私の勝負下着を選びに――」
「行かせるか!」
スパーン! と小気味いい音と共にリャンの頭をひっぱたく冬子。仲いいなぁ。
「だいたい! 冬子ちゃんは分からないだろうけど、胸が大きいとホント大変なんだよ!」
「だからって五万も十万もする下着は不要だという話をしているんだ! 安くて可愛い下着を探せ! 京助の給料だって無限じゃないんだぞ!」
「……まあ私らくらいのサイズになると本気で可愛いの無いんですよねー……。だからオーダーメイドしかなくなっちゃってー」
「ヨホホ……あの、これを言ったらお終いなのは分かっていますデスが、無理して可愛い下着をつけなくてもいいのでは……」
「どうせ行為中は脱ぎますしね。その前も灯りを落として真っ暗でしょうし」
「というかそもそもー! ちゃんと話は最後まで聞いてくださいー!」
「そ、そうそう! 確かに高い下着だけどこれにはわけがあって――」
きゃいきゃいと喧嘩を始める冬子たち。別に仲が悪いわけじゃないことは知ってるけど、どうしてこうも喧嘩になるのか。
喧嘩するほど仲がいいってことなのか……それとも……
「キョースケ、お主は何で現実逃避しておるんぢゃ」
「いやぁ……まあ」
……一人の男を、取り合っているからか。
ため息をついて、外を眺める。
(どうすればいいんだろうなぁ)
サリルからは、選ばないことは良くないと言われた。
でもじゃあどうすればいいんだろう。俺は何をすればいいんだろう。
(そもそも……別に俺が好かれてるってわけでも……いやー……あー……)
美沙には想いを告げられてるんだよな。
自分でぐるぐると考えて、わけが分からなくなってくる。美沙からはああいう冗談めかしたアプローチが飛んでくるけど、非難がましいことは言われない。
俺が甘えてるだけ、それは分かってる。でもいつかは彼女の気持ちにも答えないといけないわけで。
「キョースケよ。下手な考え休むに似たり、ぢゃぞ」
「下手で悪かったね」
俺の情緒面が子ども、って言われるのはこういうところなんだろうな、と自覚はしている。しているがどうにも分からないのだ。人を好きになるっていう感情が。
(皆のことは、嫌いじゃない。嫌いじゃ無く、相手のことを大切に思っているなら、好きだと言うことなんだろうか)
ここにいる皆は特別だ。俺にとって、この世界で最も大切な存在だと言ってもいい。
でもじゃあ、好きって何だろう。恋愛って何だろう。それがよく分からない。
(サリルとフィアさんが愛し合ってるのはよく分かるんだけど)
よく分かるんだけど、でもフィアさんがサリルに向ける感情と美沙が俺に向ける物がイコールとは思えない。
「はぁ、まあいいや」
俺が下手な考えを打ち切ったところで、家のチャイムが鳴る。恐らくタローだろう。
「俺が出るよ」
玄関に行こうとしたマリルを制し、俺はサンダルをつっかけてドアを開ける。案の定、タローだった。
「お疲れ」
「お疲れ様だ、ミスター京助。……何やら中が騒がしかったが、取り込み中だったかな?」
「皆で話してただけだよ。で、報告だよね。どうする?」
俺の家でやるか、それともどこか別の所でやるか――そう思って問うたら、タローはくいっと親指で背後を指さした。
「場所はミスターオルランドの屋敷だ。ミスターマルキムも、ミスターアルリーフも既に向かっている」
「……アンタレスの実力者がずらりと。今回の報告ってそこまでやることなの?」
「報告だけではなく、対策会議も兼ねているからな。誰か連れてくるか?」
それなら冬子を――と思ったけど、そう言えば彼女は今日用事があったっけ。
「金関係の用事は無いよね。いいや、行こうか」
そもそも俺達の持つ情報はしっかり共有済みだ。誰かがいないと分からないことも無い。リビングにいた皆に出かける旨を伝えてから、タローと一緒にふわっと空を飛ぶ。
「じゃあ行くよ」
「ああ」
それにしても、ギルマスとマルキムか……
(厄介な話にならなければいいけど)
~~~~~~~~~~~~
「おう、来たか」
オルランドの館の前。陽光を反射する大男と、全く似合わないスリーピースのスーツを着込んだ巨漢がこちらを振り向いた。
「やぁ。これ、インターホン押したらいいのかな」
着地し、オルランドの館を見上げる。相変わらず金ぴかで派手なのに、品を感じる妙な館だ。
「いや、お前が揃ったらあっちのメイドさんが連れてってくれるってよ」
マルキムの視線の先には、メイドさんが一人。彼女はペコッと頭を下げてから門を開けてくれた。
「ただギルマスは分かるとしても、何でマルキムも?」
門から玄関までがまた遠い。俺達はてくてくと歩きながら軽く雑談する。
「あん? ……アルに呼ばれたんだよ」
言われてギルマスことアルリーフの方を見ると、彼ははぁとため息をついた。
「もちろんSランクに戻ってくれとは言わんし、言えんがなぁ……それでも比類なき実力者であることに違いはないんや。そろそろこっちと連携も密にしたってくれんか」
アルリーフも元Sランク。以前の覇王との戦いを見る限りその実力に陰りがあるとは思えない。マルキムは言わずもがな。
「王都の二の舞になる可能性があったっちゅうてな。ギルド側もかなり混乱しとるんや。戦力の増強は急務やで」
ああ……確かに。
王都の時は……確かショックって女性に化けて人族の中枢に入り込んでたんだっけ。この国の防衛はガバガバすぎるだろと思うけど、今回の件だって一歩間違えばアンタレスがあんな状況にされていたとしてもおかしくはない。
「俺やマルキムがいなかったら、対処は厳しいか……って、アレ? オルランドってマルキムの強さ知ってたっけ」
当然のようにいるマルキムに違和感を抱いてなかった俺が改めて問うと、タローが苦笑いする。
「ある程度以上の年齢、地位にいる人間からすれば『知らないフリ』だ」
ああ……まあ髪の毛を剃ったくらいじゃそうなるか。
マルキムも少し気まずいのかポリポリと頬を掻いている。
「ま、そうだよな。オレはSランクには戻らんが……協力くらいなら吝かじゃ無いさ」
照れたように笑うマルキム。おっさんが照れても見苦しいぞ。
「いらっしゃい、皆。ようこそ来てくれたわ」
玄関を開けて中に入ると、オルランドが出迎えてくれた。今日のオルランドはいつもの胸元パッカーンな真のイケメンしか着こなせないシャツじゃ無く、貴族らしい装飾のついたスーツだ。彼のセンスが反映されているからか金ぴかで派手だけど。
「珍しいね」
「出迎えは正装で、って決めてるの。……裏話をすると、朝に別のお客様が来ていたのよ。その格好のままってだけ。さ、案内するわ。ついて来て」
領主様直々に案内してもらえるとは珍しい。
「そうそう、良い茶葉が入ったの、キョースケには後で包んであげるわね」
オルランドは紅茶派らしくて、いいお茶が入ったらよくうちにお裾分けしてくれる。マリルが喜ぶんだよね。
そういう雑談がしたくてわざわざ案内してくれたのかな。
「ありがと。っていうかそうだ、美沙たちの下着の代金なんだけど……」
「ああ、あれね。ふふ、ちょっと高すぎると思ったでしょう? アレはいくらかの実験というか、新製品でもあるのよ」
新製品。
女性下着には詳しくないが、一着一着機能が違ったりするんだろうか。
「ま、レポートをしてもらうことが条件になるんだけど、九割引きよ。彼女らへのモデル代から引いておくから貴男から改めて代金を貰うことは無いわ」
九割引きか……。先に言ってよ。
俺がホッとしていると、ぬっとアルリーフがこちらへ首を突っ込んできた。
「ちなみにキョースケはオルランド伯爵と月々いくらくらいで契約してるんや? 年収はなんぼくらいなんや? ん?」
なかなか下世話な話だ。
「ちなみにわしは現役ん時は大金貨五万枚くらいや」
「オレはいくらくらいだったかな。六万枚くらい貰ってたとは思うが、正確には覚えてねえや。タローは?」
「私はまだ若輩なのでね。正確には数えていないが、四万枚に届かない程度だったと思うよ」
何かとんでもない高額がポンポン出て来て俺は微妙な顔になる。
「ほんとに凄いんだな」
円換算すると、アルリーフが五億、マルキムが六億、タローは四億か。スタープロ野球選手並みだぞ。
……いや、実際にプロアスリートが近いのか。
「で、キョースケは?」
アルリーフに問われたので、チラッとオルランドを見る。契約内容を言っていいのかどうか、そういえば聞き忘れていた。
俺の視線の意味を悟ったか、オルランドは微笑みを浮かべながらパチンとウインクした。
「AGなんだから、自分の稼ぎは誇るべきよ。言いふらす必要は無いけど、信頼と実力の証なんだから。私やティアールに気遣いする必要は無いわ」
金は信頼と実力の証か。
どうにも『金の話』は忌避しがちというか、どうにも『いやらしい』ものと感じてしまう。だからそれが何かの証になる――なんて考え方は無かったな。
「オルランドとティアールの合わせて、大金貨八千枚くらいかな」
つまり日本円にして八千万円ほど。青二才が貰う金額じゃない。
……と、俺は思うのだがマルキムたちは違う考えのようだ。若干非難がましい目をオルランドに向ける。
「安すぎやしねえか」
「彼の実績を考慮して……と言いたいところだけど、まだうちとティアール商会しか契約していないもの。これから増えるにつれて、どこも金額を少しずつ上げていくわよ」
ちなみに俺の契約金とは別に俺達はそれぞれモデル代も払われている。ニートであるキアラの唯一の収入だ。
その金額も上がって、月々大金貨十枚から、大金貨二十枚になったのだけど。
「一番繋がりの強い私たちがあまり大きい金額で契約し過ぎると、他の貴族や商会がしり込みしたり、逆に破滅覚悟の額を出したりする可能性があるのよ。だから適正より少し低い額で契約して、他が落ち着いたら改めて契約しなおすのよ」
オルランドの説明に、なるほどと納得するタローとアルリーフ。納得したフリをしているマルキム。
「何にせよ、最終的な着地は……うちからは大金貨七千枚くらいになるかしらね」
「高すぎると思うんだよなぁ」
苦笑する俺。しかしオルランドはケラケラ笑って、バサッと上着を脱いだ。
「何言ってるの。世界最強クラスの『武力』よ? それの一部を借りられるんだから安い物よ。『あの商会はSランカーと懇意らしい』――ってなれば、極論護衛無しでどこまでも旅出来ると言っても過言じゃないわ」
うーむ、Sランカーの常識ってのも未だによく分からないけど、大商会の長となると金額の次元が違うな。
「にしても、この大金貨が全部純金だったら、値崩れが酷いことになりそうだね」
「ちげぇねぇな」
わっはっは、と皆で笑う。この世界に来てすぐは知らなかったんだけど、大金貨って原材料は銅なんだそうだ。つまり五百円玉と作り方は似ている。
違うのは、魔法がかかっていて偽造出来ないようになっていることくらい。
俺は金貨そのものが価値を持っているんだと思っていたけど、この世界の通貨は全て信用通貨らしい。大金貨って名前なのに。
「大昔はちゃんと金で作られていたらしいけどね。『職スキル』や魔法の発達に伴ってこんな形になったのよ。……さ、着いたわ。この部屋で待っていてちょうだい。私は着替えてくるから」
そう言ってオルランドはひらひらと手で自分を仰ぎながら廊下の向こうへ歩いていく。確かに貴族の服、暑そうだったしな。
「暫く暑い日が続くからなぁ」
「マルキムは涼しいでしょ」
「一部が完全に地肌丸出しだからな」
「キョースケ! タロー! 誰が禿げだ! オレは薄毛だって言ってるだろ!」
「こいつら一言もそうとは言ってへんで」
うがーとゆでだこになるマルキムと、げらげら笑う俺達。そのまま客間に入り、勝手にソファーに座る。
こっちの世界にも上座の概念はあるのだろうか。
一応、メインの報告者であるタローがオルランドの対面になるように座り、俺は左側に、その向かいにマルキムとアルリーフが座った。
「魔物に変化した魔族――コードネームは魔物魔族だったな。あいつらの強さはどうだった? 実際に戦ったお前らに訊きたい」
魔物魔族って俺がテキトーにつけた名前なんだけどな。
「ミスターオルランドが来てからにするのではないのか?」
「オルランド伯爵は戦闘方法を聞いても意味が無いだろ。彼がいる場で除け者にするよりは、情報共有だけさっさとやっといた方がいいだろ」
それはそうかもしれない。
彼も戦闘が出来ないわけじゃない(どころかBランクくらいの戦闘力はある)が、本質は貴族であり商会長だ。俺達のように前線に出る人間じゃない。
タローも一理あると思ったのか、頷いてから話し出す。
「ではまず、用語の共有だけさせてもらおう。魔物魔族は三種類いる。魔物と魔族の姿を自在に行き来出来る者を『魔王の血族』と、特殊な手段を用いなければ魔族に戻れない者を『魔王の眷属』と、二度と戻れない者を『魔王の先兵』と呼ぶらしい」
魔王の血族。
以前、ブリーダかヒルディから聞いた覚えがあるような。
「ちなみに理性を失って完全に魔物になってしまう者もいるが、今は置いておく」
……まあそれに関してはぶっちゃけただの魔物だもんね。
「人族は分かりやすく『血族』、『眷属』、『先兵』と呼ぶことにした。そのうち、私は『血族』と直接戦っていない。だからミスター京助に説明を譲ろう」
唐突に譲られた。
俺は一つ咳払いし、一応タローに確認する。
「ホップリィの話でいいよね」
「無論」
特徴などは報告書に書いてある。この場合は覇王について聞かれた時と同じ、肌で感じる強さを言い表して欲しいという意味だろう。
「奴らは『新造神器』も併用していた。その上で言わせてもらうのであれば――Sランク魔物に近いそれを感じたね」
と言っても、俺が倒したSランク魔物であるソードスコルパイダーは(恐らく)『眷属』か『先兵』だ。ナチュラルボーンのSランク魔物を知らない身としては比較しづらい。
「Sランク魔物相当の魔力、同規模の攻撃を行使してくる。でも、決して魔物としての練度が高いわけじゃない」
魔物として――という表現は少し違うかな。
「あいつらにとっての魔物の力は、俺達でいう『職』に近い。そういう印象だったよ。それが強力だから強いわけじゃなく、使いこなして初めて一流の実力を得られる」
今はまだ、魔物になり立てで練度が低い。しかし今後、二世代、三世代と続いて行けば。
「……怖いな。なるほど、そういうイメージか」
「あいつらは強ければ強いほど個人プレーというか、とにかく一人で戦おうとする傾向が強い。あのブリーダですら、手ずから殺すと決めたら天川とタイマンを張ったほどだからね」
だから技術の継承っていうのは少ないかもしれないが……無いとは言い切れない。
マルキムは顔をクシャッとゆがめ、タローとアルリーフも嘆息する。
「Sランクレベルが五人侵入した上で、跳ね返したか。ミスター天川、ミスター志村も人間をやめているな」
人間やめ人間の代表に言われたけど……否定はしない。志村に至っちゃ二人殺してる。勇者である天川は言わずもがな。
「待たせたわね。戦力会議なら私も参加するわよ」
品よく扉を開けて、部屋に入ってくるオルランド。その後ろにはお茶のお替りを持ったメイドさんが立っている。
「情報共有。そしてアンタレスの振る舞いについて話をしないといけないしね」
少し疲れたようなため息をつくオルランド。
自然、俺達の背筋も伸びる。ちょっとマジな雰囲気だ。
「それじゃあ、まずはタローお願い」
タローがバサリと書類を取り出す。……コピー機の魔道具とかあるのかなぁ。
「こちらで得た情報をまとめたものだ。王都と連携を取っているから――こちらで得た情報は王都の人間にも一部流れる。それを考慮して発言してくれ」
つまり、そっちに聞かれるとまずい情報があったら伏せろってことね。情報戦ってのは面倒だよ。
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