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第十一章 先へ、なう
250話 焼け木杭なう
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久々に外に出るので(別に毎日入ってないわけじゃないが)シャワーを浴びる。ザッと汗を流し、洗面所で体を拭いていると……どうもシュリーが帰ってきていたらしい。
「ヨホホ、キョースケさん。お出かけデスか?」
「お帰り、シュリー。うん、ちょっと気分転換にギルドに行こうと思って」
さっきの気になる手紙は取りあえず机に置いてある。ギルドに行ってサリルに会えたらそれでいいし、そうじゃないなら彼に言伝を頼める。
帰りに活力煙を買ったり、ちょっと本屋さんによったりするつもりだ。
「なるほどデス。結構根を詰めていらしたデスものね」
「まさに根を詰めすぎないでって言われたよ。……ところでシュリー」
「ヨホ?」
キョトンと可愛らしく小首をかしげるシュリー。帽子も脱いでいるからケモミミもピンと立っており、小動物感が出ていて大変可愛らしい。
……でもね。
「その……俺、半裸なんだけど」
現在の俺は腰にタオルを巻いただけの状態。それもシュリーがいきなり入って来たところで慌てて巻いたから、手で押さえておかないとすぐにずり落ちるような状態だ。
シュリーはジッと俺の身体を見ると、ニッコリと笑みを浮かべた。
「ヨホホ。なかなか引き締まった身体デスね」
違う、そうじゃない。
「あの……その、タオル巻いてるだけで……実はだね、その」
「ヨホホ、ご安心くださいデス。ちょっと手が滑ってキョースケさんが置いておいた着替えは片付けておいたデス。ヨホッ……ふっ」
天使の笑顔で悪魔のようなことを言うシュリー。よく見たらその笑みも今にも大笑いを堪えている風というか。
「あ、そうそう。ワタシも今帰ってきたばかりなのでちょっと汗をかいちゃったんデス」
そう言ってローブをばさりと脱ぐシュリー。待って待って、何で昼間っからこんなToL〇veってるの俺!?
俺が慌てて目を覆うと、シュリーがクスクスと悪戯っぽい笑みで笑い出した。
「ヨホホ、冗談デス。ちゃんと下に着てるデス」
そう言って笑うシュリーの下には、確かに薄手のシャツとハーフパンツが。いつもはローブ姿ばかり見ているから新鮮な格好だ。
俺はホッと胸をなでおろし、やれやれと笑う。
「も、もう。シュリー。揶揄わないでよ」
文句半分、親しみ半分を籠めてそう言うと、彼女は少し嬉しそうに――少しだけ恥ずかしそうに、頬を赤らめた。
「ヨホホ。前もお話しましたが、もっとキョースケさんに甘えたいのデス。ちょっと悪戯をしてみたくなったりもするのデスよ」
そう言ってちょっと前かがみになるシュリー。吸い寄せられるように胸元を見てしまい、そこに確かにある谷間から全力で目を逸らす。俺も男なんだなぁ……。
「そ、そのシュリー」
「ヨホホ。悪戯成功デス」
嬉しそうな笑みを浮かべるシュリー。悪戯もいいんだけど、出来れば性的な方向はやめて欲しい。
「皆さん、結構グイグイと甘えてらっしゃいますデスから。ワタシももっと甘えたいデス」
そう言えば彼女と一緒にあの村に行った時、そんなこと言ってたっけ。
「今日はちょっと朝、働いたので疲れちゃったのデスよ」
「だから俺をからかって発散した、と」
「ヨホホ。慌てるキョースケさんはかわいらしいデス」
面と向かって可愛らしいと言われると気恥ずかしい。何というか、女性陣は男性にも可愛いが誉め言葉になると思ってる節がある気がする。
「あ、キョースケさん。おでこのところに虫が」
「えっ?」
俺は咄嗟に手でぺしんとオデコを叩く。仕留めそこなったらしく俺の真上に虫が飛んだので、慌てて両手でパン! と潰した。
「お見事デス」
「うん。……やれやれ、虫の時期かぁ」
日本のように一年間で四季が分かれるのではなく、年単位で気候が変動するらしいこの世界。そろそろ夏の年がやって来るのだろう。
まあアンタレスはあまり気温は変わらないらしいが。
「ところでキョースケさん」
「ん?」
彼女の顔がさっきとは比にならないくらい赤くなっている。……食い入るように俺の、それも下半身部分を見ながら……すり足でドアの方へ近づいていく。
「えーっと……ご、ご馳走様? デス?」
「へ?」
「そ、その! ……い、いつでもお返しはするデスから! あ、明日以降で好きなタイミングで! 見せますから! い、今は失礼しますデス!」
ピシャァン! とシュリーが扉を閉める。ポカーンと暫く彼女の去っていった扉の方を見ていると、そういえば手で虫を潰していたことを思い出す。幸いここは洗面所、手を洗うのはすぐだ。
ザーッと手を石鹸で洗い、腰に巻いていたタオルで拭――
「……あ、れ?」
――腰に、タオルが、無い。手で抑えただけだったからさっき虫を叩いた時に落ち、落ち、た……?
「えっ……あああああああああ!!!」
慌てて隠すがもう遅い。俺のグ〇グニルを生でシュリーに見られた。
「うわあああああ……」
よりによってシュリーがあんな悪戯をしたからだ。
彼女に全責任をなすりつけつつ、俺はガックリと膝をついた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「もう駄目だ……俺はお終いだ……」
「あ、あのー……キョースケさん。いきなりギルドに来て突っ伏さないで欲しいんですが、あの、ふぇぇぇぇ……クビにしないでください……」
「……お昼ごろに来られるなんて珍しいですね、キョースケさん。本日はどうされたんですか?」
ギルドの中、酒場も兼ねている机で突っ伏していると、涙目のシェヘラとフィアさんが現れた。
「あ、こんにちは。……えっと、すぐ出てくよ」
流石に女性に話すわけにもいかず、俺は立ち上がる。サリルもいないようだし、外でテキトーに時間を潰して帰ろう。
「こんにちは。別にいらっしゃるのは構わないのですけれど、ずっと泣かれていると……若い子が怖がっちゃって」
「ふぇぇぇぇぇぇぇ……え、Sランカーが泣いてると、すっごい怖いです……ふぇぇぇぇ」
そう言って苦笑いするフィアさんと、震えすぎて二人に見えるシェヘラ。何で相変わらずこの子はこんな感じなのか。
「キョースケさんがお悩みになるということは、ご家族絡みですか? もしかしてマリルが何か粗相でも?」
「マリルはよくやってくれてるよ。殆どマネージャーみたいなレベルで助けてくれてる」
っていうかスルーしたけど、家族? もしかしてひとまとめで住んでるから一家として認識されてるの?
「ふぇぇぇぇ……マリル先輩、戻ってきて欲しいです……正直、Sランカーの担当とか毎日胃が痛いです……胃が壊死します……」
「何言ってるの。キョースケさんはギルドの受付で怒鳴らない、珍しいAGなのよ? 彼以上にやりやすい人はいないわ」
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
泣き出すシェヘラ。っていうか皆、怒鳴らないであげて。モラルが疑われるよ。
「ランクが高いAGが集まるギルドならそんなこと無いんですけどね」
「だからって何でアトラさんの担当も私になりそうなんですか!?」
「あの人は若くて可愛い子ならどんなミスでも許してくれるから。それに、マリル二号になって上手いことSランカーに見初められるかもしれないじゃない」
「ふぇぇぇぇぇぇぇ!? わ、私がアトラさんの……!?」
想像したのか、顔を真っ赤にするシェヘラ。
「……タローは女性と見たら見境ないよ」
「あら、鏡を見てくださいな」
俺、タローと同じくらい節操無しと思われてる?
「もちろん同じとは思っていませんよ。責任の取り方がまるで違いますからね」
「はぁ……」
「それに奥様が増えていたようですし」
美沙のことか。ホントに耳が早いよ。
「彼女とは……ちょっと色々あってね」
「ふぇぇぇぇ……焼け木杭には火が付き易いってやつですかー?」
「フィアさん、シェヘラの仕事を増やすためには俺が面倒な案件持ってくればいい? Sランク魔物の討伐とか」
「ふぇぇぇぇぇぇぇ!?!? ご、ごめんなさい、ごめんなさいクビにしないでください! ふぇぇぇぇぇぇぇ」
ふぇーふぇー泣くシェヘラ。フィアさんは苦笑いしつつ、シェヘラの背後に回り込むと、どこからかプチッという音が聞こえた。
同時にバッとフィアさんを振り向くと、顔を真っ赤にして胸の部分を抑えるシェヘラ。そのままそろそろと俺から離れると……泣き出しながらギルドの奥の方へ帰っていった。一体何があったんだ。
「服の上から下着のホックを外す技術ですよ。キョースケさんも学んでおいて損はないかと思いますが」
「いやそんなのいつ使うのさ!」
「え? 普通にベッドの外ですよ。立ってキスなんかしながら愛撫する時に役立ちますよ。ベッドに押し倒した後だとバックホックの下着は脱がしづらいんですよね」
「いや知らない知らないそんなもの知らない!!」
童貞にそんな技術は一生不要だ!
「何を言っているんですか。スマートに女性下着を脱がすのは必須スキルですよ。今度マリルで練習してください」
世の中の男性はそんなスキルが標準装備なのか……凄いなぁ(現実逃避)。
「さて、そろそろお昼のクエストを取ろうという方が来られますかね。一応、見ていかれますか?」
「あ、うん」
なんか涙も引っ込んだし、軽く見ておいてもいいかもしれない。ランクが高いものがあったら俺が消化しないといけない可能性も高いし。
「ああ、そうだ。サリルって今日来るかな? あいつから相談って言われてたのに半月くらい過ぎちゃったからさ」
立ち上がった後、思い出したようにそう言うと――ガチャ、とギルドの扉が開いて誰かが入ってきた。
「おう、フィア。……って、キョースケもか」
グッドタイミング。サリルだ。
「サリル、丁度良かった。今君に会いに行こうと――」
と、言いかけたところで彼がちょっと気まずそうな顔になる。フィアさんも少し気まずい顔をしている。
……ん?
「……いや、別に隠すことでも無いんだけどよ」
「まあ、そうね。アンタレスの人は皆知ってるし。……ちょっと待っててね、サリル」
「おう」
二人は少し諦めたような表情になり、いったんフィアさんがギルドの奥へ引っ込んでいった。俺は状況が飲み込めないまま首を捻る。
「あー、何か俺、邪魔だった感じ?」
「そういうわけでもねえよ。まあいいや、丁度いいから相談事聞いてくれよ」
「うん。ごめんね、半月も待たせて」
サリルが俺の前の椅子に座ったので、俺も座りなおす。
「緊急じゃねえからそれはいいよ。……いや実はな、俺んところに新人が一人いるんだよ。教導を明けて、うちで正式採用って感じなんだが」
「へぇ」
そもそも新人のうちからソロでやる奴は珍しい。俺みたいな事情があるんならともかく、普通はAGになると同時に教導で誰かが指導し、一人前になったらどこかのチームに所属する。
入る前からBランク魔物をぶっ殺したりしていた俺がおかしいのだ。
「そもそも、うちのクライブっていう剣士が辞める予定だったんだ。結婚するっつってな。んで、後任探しに色々やってたんだが――」
「ああ、思い出した。ストライクオーガが出たんだっけ」
こくんと頷くサリル。
「ちょうどいいっつって引退だ。死ななかったし、それに関してはいいんだが……新人がちょっと面倒な奴でな……」
ベテランのサリルが面倒って言いだすとは、相当だね。
俺は灰皿を取り出し、二人の間に置く。
「吸うでしょ?」
「ん、ああいや。……あー、もうちょっとしたら場所を移そう。ここから先は『白い尾翼』の連中も交えて話したいからよ」
「そう?」
俺は灰皿を仕舞い、背もたれに体重を預ける。『白い尾翼』はサリルがリーダーを務めるCランクチーム。
狩り専門で、練度が高くBランク魔物の討伐まではやってのけるベテランチームだ。
ベテランなだけあって教導を任されることも多く、この街じゃトップクラスに信頼されている。彼のチームから独立したAGは礼儀正しく腕利きという評判だ。
Bランク魔物も倒せるのにCランクなのは、教導の関係で人の出入りが多いため、クエストの質を抑えるためだそうだ。
「君が手こずるなんて、そんなに生意気なの?」
「ああ。お前といい勝負だよ」
「そいつは酷い。人の話一切聞かないってことか」
サリルはフッと笑うと、天井を仰いだ。
「前言撤回だ。お前より酷い」
「それ冗談抜きでヤバいような……」
俺が頬を引きつらせていると、後ろからフィアさんが、少し大きめの包みを持ってこちらへやって来た。大きさからして、お弁当箱のような……
「はい、サリル。……昨日はお楽しみだったようだから、今日もたっぷりトーマイトを入れておいてあげたわよ?」
「い、いやだから別に嫌なら作ってくれなくて……ってか何で知ってんだよ」
「私の情報網を甘く見ないで欲しいわね。……キョースケさん。見て見ぬふりをしてあげてくださると嬉しいです。サリルのために」
パチン、とウインクするフィアさん。それで何となく察した俺は一つ頷いてから、ギルドの奥に帰っていくフィアさんに頷いた。
「愛妻弁当って奴? 独身って聞いてたけど」
「……俺は独身だよ」
苦虫をかみつぶしたような顔になるサリル。そんな顔のサリルも久々に見たので、俺は席を立った。
「じゃ、サリルのギルドでの用事も終わったみたいだし――移動しよっか。俺、昼飯まだなんだよね」
「わーったよ、奢るから」
「あれ? 俺そんなこと言ってなかったんだけど。いやぁ、悪いなぁ」
しかしまあ、サリルとフィアさんがねぇ。
「美女と野獣」
「だからちげーっつの!」
うがーっとキレる野獣を眺め、ふっと笑う。
(それにしても、フィアさんのあの顔……)
去り際だけ、自信満々な美女のそれではなく……雨の中にいる子犬のような笑みだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「どうして人のお金で食べるご飯ってこんなに美味しいんだろうね」
「俺の百倍くらい稼いでる奴に何で奢らねえといけねえのか……」
というわけでサリルは愛妻弁当を食べる中、俺はステーキ弁当を食べていた。行きつけのお肉屋さんが新しく販売開始した、アブラキ牛ステーキ弁当だ。お値段は何と大銀貨2枚、二千円ほどだ。
「それで、他のメンバーも呼ぶって話だったけど」
「ああ、それはそうなんだが……遅いな」
弁当を持って入れる飲食店は無いので、俺たちはアンタレスの中心付近の噴水に来ていた。俺がよくマリトンを引いて日銭を稼いでいたところだ。
「それにしても愛妻弁当、美味しそうだね。フィアさんって料理も上手なんだ」
「……愛妻弁当じゃねえっつってんだろ。でもまあ、確かに美味えよ。あいつの料理より美味いもんはなかなか食えねえ。ってか、別に作らなくていいっつってんのに毎日毎日。俺だってたまには普通にレストランで飯食いてえよ」
唐突に惚気だすサリル。マドンナとか自分で言えちゃうような美人からお弁当作ってもらっておいて、この言い分は無いだろうと思う。
……という俺の思考を見透かされたのか、サリルからジトッとした目を向けられた。
「そりゃフィアが世界一美人なのはその通りだが、お前は六人もいるだろ嫁が」
「美人度に関しては俺が譲るとキアラに怒られるから、一応彼女が一番だと主張しておくね。……っていうか皆嫁じゃない」
お弁当はマリルにお願いすれば作ってくれるだろうけど、いつも流しに持って行くの忘れて怒られちゃうんだよね。
「っていうかフィアさんと一緒に住んでないの?」
「……俺は家を持ってねえよ。あんな美女を宿屋暮らしなんてさせられるか」
そういえばギルドの人は社宅っていうか、社員寮があるんだっけ。だからお昼とか朝とかにああしてお弁当を受け取る、と。
「……えっ? サリルが家を買えばいいだけの話では?」
「お前は知らないかもしれないが、普通のAGが家をポンポン買えるわけないだろ」
「買わなくてもいいんじゃない?」
稼ぎ的にCランクAGなら、小さい一軒家くらい借りれそうだけど。
「るせぇ。別に俺はフィアと結婚してえわけじゃねえんだよ。俺は気ままに生きて、気ままに死ぬ。そう決めてんだ」
実にAGらしい発想だが――去り際の彼女の表情を思い出すと、少しモヤモヤする。
「……ガキにゃ分かんねえよ」
「皆、俺のことを都合のいい時だけ大人にして、都合が悪くなると子ども扱いするよね。いや別にいいけど……」
力による責任を求められる場面では『大人』として扱われ、その責任を求められる。逆にこういう情緒的なところでは「まだ子どもだね」と目こぼしされることもあれば、こうしてはぐらかされることもある。
「……つまり俺の情緒面は子ども……?」
「いや何を思い悩んでるのか知らねえけど、言い表しづらいだけだ。……それはそれとして情緒面は子どもだと思うけどな」
サリルにキッパリと言われ、ちょっとだけ唇を尖らせる。
「これでも十八なんだけどな」
「そういうところが子どもなんだよ。……関係性に名前をつけたがったり、しっかりと白黒つけたがったり」
サリルは遠い目をしながら、トーマイト(トマトのような野菜)をフォークで突き刺した。たっぷりと言うだけあって、お弁当箱の半分くらいを占めている。
「曖昧なままの方がいいこともあるんだ。人間の心ってのは、裏と表、0か100か、白か黒か。そう単純に真っ二つには出来ねえのさ」
そう言って言葉通り曖昧な表情を見せるサリル。それが大人になるということならば、俺は――
「――大人になりたくないな」
「はっはっは。なりたくてなるもんじゃねえよ。ならざるを得なくてなるもんだ。ただまあ、そうだな……何もかもを『諦めて』、『受け流す』だけの大人にはなるなよ? 全てを受け止められる『大人の男』になれ」
教導をよくするだけあって、言葉に重みがある。彼の言いたい『大人』像が何となく見えてきて、俺も少し笑ってしまう。
「おーい、サリルー」
そんなことを考えていると、遠くの方からサリルのチームメイトの声が聞こえてきた。
「お、来たみたいだな」
サリルはそう言って笑う。さて、じゃあ揃ったのなら聞かせてもらおうかな。
俺じゃなきゃ解決出来ない話、ってのを。
「ヨホホ、キョースケさん。お出かけデスか?」
「お帰り、シュリー。うん、ちょっと気分転換にギルドに行こうと思って」
さっきの気になる手紙は取りあえず机に置いてある。ギルドに行ってサリルに会えたらそれでいいし、そうじゃないなら彼に言伝を頼める。
帰りに活力煙を買ったり、ちょっと本屋さんによったりするつもりだ。
「なるほどデス。結構根を詰めていらしたデスものね」
「まさに根を詰めすぎないでって言われたよ。……ところでシュリー」
「ヨホ?」
キョトンと可愛らしく小首をかしげるシュリー。帽子も脱いでいるからケモミミもピンと立っており、小動物感が出ていて大変可愛らしい。
……でもね。
「その……俺、半裸なんだけど」
現在の俺は腰にタオルを巻いただけの状態。それもシュリーがいきなり入って来たところで慌てて巻いたから、手で押さえておかないとすぐにずり落ちるような状態だ。
シュリーはジッと俺の身体を見ると、ニッコリと笑みを浮かべた。
「ヨホホ。なかなか引き締まった身体デスね」
違う、そうじゃない。
「あの……その、タオル巻いてるだけで……実はだね、その」
「ヨホホ、ご安心くださいデス。ちょっと手が滑ってキョースケさんが置いておいた着替えは片付けておいたデス。ヨホッ……ふっ」
天使の笑顔で悪魔のようなことを言うシュリー。よく見たらその笑みも今にも大笑いを堪えている風というか。
「あ、そうそう。ワタシも今帰ってきたばかりなのでちょっと汗をかいちゃったんデス」
そう言ってローブをばさりと脱ぐシュリー。待って待って、何で昼間っからこんなToL〇veってるの俺!?
俺が慌てて目を覆うと、シュリーがクスクスと悪戯っぽい笑みで笑い出した。
「ヨホホ、冗談デス。ちゃんと下に着てるデス」
そう言って笑うシュリーの下には、確かに薄手のシャツとハーフパンツが。いつもはローブ姿ばかり見ているから新鮮な格好だ。
俺はホッと胸をなでおろし、やれやれと笑う。
「も、もう。シュリー。揶揄わないでよ」
文句半分、親しみ半分を籠めてそう言うと、彼女は少し嬉しそうに――少しだけ恥ずかしそうに、頬を赤らめた。
「ヨホホ。前もお話しましたが、もっとキョースケさんに甘えたいのデス。ちょっと悪戯をしてみたくなったりもするのデスよ」
そう言ってちょっと前かがみになるシュリー。吸い寄せられるように胸元を見てしまい、そこに確かにある谷間から全力で目を逸らす。俺も男なんだなぁ……。
「そ、そのシュリー」
「ヨホホ。悪戯成功デス」
嬉しそうな笑みを浮かべるシュリー。悪戯もいいんだけど、出来れば性的な方向はやめて欲しい。
「皆さん、結構グイグイと甘えてらっしゃいますデスから。ワタシももっと甘えたいデス」
そう言えば彼女と一緒にあの村に行った時、そんなこと言ってたっけ。
「今日はちょっと朝、働いたので疲れちゃったのデスよ」
「だから俺をからかって発散した、と」
「ヨホホ。慌てるキョースケさんはかわいらしいデス」
面と向かって可愛らしいと言われると気恥ずかしい。何というか、女性陣は男性にも可愛いが誉め言葉になると思ってる節がある気がする。
「あ、キョースケさん。おでこのところに虫が」
「えっ?」
俺は咄嗟に手でぺしんとオデコを叩く。仕留めそこなったらしく俺の真上に虫が飛んだので、慌てて両手でパン! と潰した。
「お見事デス」
「うん。……やれやれ、虫の時期かぁ」
日本のように一年間で四季が分かれるのではなく、年単位で気候が変動するらしいこの世界。そろそろ夏の年がやって来るのだろう。
まあアンタレスはあまり気温は変わらないらしいが。
「ところでキョースケさん」
「ん?」
彼女の顔がさっきとは比にならないくらい赤くなっている。……食い入るように俺の、それも下半身部分を見ながら……すり足でドアの方へ近づいていく。
「えーっと……ご、ご馳走様? デス?」
「へ?」
「そ、その! ……い、いつでもお返しはするデスから! あ、明日以降で好きなタイミングで! 見せますから! い、今は失礼しますデス!」
ピシャァン! とシュリーが扉を閉める。ポカーンと暫く彼女の去っていった扉の方を見ていると、そういえば手で虫を潰していたことを思い出す。幸いここは洗面所、手を洗うのはすぐだ。
ザーッと手を石鹸で洗い、腰に巻いていたタオルで拭――
「……あ、れ?」
――腰に、タオルが、無い。手で抑えただけだったからさっき虫を叩いた時に落ち、落ち、た……?
「えっ……あああああああああ!!!」
慌てて隠すがもう遅い。俺のグ〇グニルを生でシュリーに見られた。
「うわあああああ……」
よりによってシュリーがあんな悪戯をしたからだ。
彼女に全責任をなすりつけつつ、俺はガックリと膝をついた。
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「もう駄目だ……俺はお終いだ……」
「あ、あのー……キョースケさん。いきなりギルドに来て突っ伏さないで欲しいんですが、あの、ふぇぇぇぇ……クビにしないでください……」
「……お昼ごろに来られるなんて珍しいですね、キョースケさん。本日はどうされたんですか?」
ギルドの中、酒場も兼ねている机で突っ伏していると、涙目のシェヘラとフィアさんが現れた。
「あ、こんにちは。……えっと、すぐ出てくよ」
流石に女性に話すわけにもいかず、俺は立ち上がる。サリルもいないようだし、外でテキトーに時間を潰して帰ろう。
「こんにちは。別にいらっしゃるのは構わないのですけれど、ずっと泣かれていると……若い子が怖がっちゃって」
「ふぇぇぇぇぇぇぇ……え、Sランカーが泣いてると、すっごい怖いです……ふぇぇぇぇ」
そう言って苦笑いするフィアさんと、震えすぎて二人に見えるシェヘラ。何で相変わらずこの子はこんな感じなのか。
「キョースケさんがお悩みになるということは、ご家族絡みですか? もしかしてマリルが何か粗相でも?」
「マリルはよくやってくれてるよ。殆どマネージャーみたいなレベルで助けてくれてる」
っていうかスルーしたけど、家族? もしかしてひとまとめで住んでるから一家として認識されてるの?
「ふぇぇぇぇ……マリル先輩、戻ってきて欲しいです……正直、Sランカーの担当とか毎日胃が痛いです……胃が壊死します……」
「何言ってるの。キョースケさんはギルドの受付で怒鳴らない、珍しいAGなのよ? 彼以上にやりやすい人はいないわ」
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
泣き出すシェヘラ。っていうか皆、怒鳴らないであげて。モラルが疑われるよ。
「ランクが高いAGが集まるギルドならそんなこと無いんですけどね」
「だからって何でアトラさんの担当も私になりそうなんですか!?」
「あの人は若くて可愛い子ならどんなミスでも許してくれるから。それに、マリル二号になって上手いことSランカーに見初められるかもしれないじゃない」
「ふぇぇぇぇぇぇぇ!? わ、私がアトラさんの……!?」
想像したのか、顔を真っ赤にするシェヘラ。
「……タローは女性と見たら見境ないよ」
「あら、鏡を見てくださいな」
俺、タローと同じくらい節操無しと思われてる?
「もちろん同じとは思っていませんよ。責任の取り方がまるで違いますからね」
「はぁ……」
「それに奥様が増えていたようですし」
美沙のことか。ホントに耳が早いよ。
「彼女とは……ちょっと色々あってね」
「ふぇぇぇぇ……焼け木杭には火が付き易いってやつですかー?」
「フィアさん、シェヘラの仕事を増やすためには俺が面倒な案件持ってくればいい? Sランク魔物の討伐とか」
「ふぇぇぇぇぇぇぇ!?!? ご、ごめんなさい、ごめんなさいクビにしないでください! ふぇぇぇぇぇぇぇ」
ふぇーふぇー泣くシェヘラ。フィアさんは苦笑いしつつ、シェヘラの背後に回り込むと、どこからかプチッという音が聞こえた。
同時にバッとフィアさんを振り向くと、顔を真っ赤にして胸の部分を抑えるシェヘラ。そのままそろそろと俺から離れると……泣き出しながらギルドの奥の方へ帰っていった。一体何があったんだ。
「服の上から下着のホックを外す技術ですよ。キョースケさんも学んでおいて損はないかと思いますが」
「いやそんなのいつ使うのさ!」
「え? 普通にベッドの外ですよ。立ってキスなんかしながら愛撫する時に役立ちますよ。ベッドに押し倒した後だとバックホックの下着は脱がしづらいんですよね」
「いや知らない知らないそんなもの知らない!!」
童貞にそんな技術は一生不要だ!
「何を言っているんですか。スマートに女性下着を脱がすのは必須スキルですよ。今度マリルで練習してください」
世の中の男性はそんなスキルが標準装備なのか……凄いなぁ(現実逃避)。
「さて、そろそろお昼のクエストを取ろうという方が来られますかね。一応、見ていかれますか?」
「あ、うん」
なんか涙も引っ込んだし、軽く見ておいてもいいかもしれない。ランクが高いものがあったら俺が消化しないといけない可能性も高いし。
「ああ、そうだ。サリルって今日来るかな? あいつから相談って言われてたのに半月くらい過ぎちゃったからさ」
立ち上がった後、思い出したようにそう言うと――ガチャ、とギルドの扉が開いて誰かが入ってきた。
「おう、フィア。……って、キョースケもか」
グッドタイミング。サリルだ。
「サリル、丁度良かった。今君に会いに行こうと――」
と、言いかけたところで彼がちょっと気まずそうな顔になる。フィアさんも少し気まずい顔をしている。
……ん?
「……いや、別に隠すことでも無いんだけどよ」
「まあ、そうね。アンタレスの人は皆知ってるし。……ちょっと待っててね、サリル」
「おう」
二人は少し諦めたような表情になり、いったんフィアさんがギルドの奥へ引っ込んでいった。俺は状況が飲み込めないまま首を捻る。
「あー、何か俺、邪魔だった感じ?」
「そういうわけでもねえよ。まあいいや、丁度いいから相談事聞いてくれよ」
「うん。ごめんね、半月も待たせて」
サリルが俺の前の椅子に座ったので、俺も座りなおす。
「緊急じゃねえからそれはいいよ。……いや実はな、俺んところに新人が一人いるんだよ。教導を明けて、うちで正式採用って感じなんだが」
「へぇ」
そもそも新人のうちからソロでやる奴は珍しい。俺みたいな事情があるんならともかく、普通はAGになると同時に教導で誰かが指導し、一人前になったらどこかのチームに所属する。
入る前からBランク魔物をぶっ殺したりしていた俺がおかしいのだ。
「そもそも、うちのクライブっていう剣士が辞める予定だったんだ。結婚するっつってな。んで、後任探しに色々やってたんだが――」
「ああ、思い出した。ストライクオーガが出たんだっけ」
こくんと頷くサリル。
「ちょうどいいっつって引退だ。死ななかったし、それに関してはいいんだが……新人がちょっと面倒な奴でな……」
ベテランのサリルが面倒って言いだすとは、相当だね。
俺は灰皿を取り出し、二人の間に置く。
「吸うでしょ?」
「ん、ああいや。……あー、もうちょっとしたら場所を移そう。ここから先は『白い尾翼』の連中も交えて話したいからよ」
「そう?」
俺は灰皿を仕舞い、背もたれに体重を預ける。『白い尾翼』はサリルがリーダーを務めるCランクチーム。
狩り専門で、練度が高くBランク魔物の討伐まではやってのけるベテランチームだ。
ベテランなだけあって教導を任されることも多く、この街じゃトップクラスに信頼されている。彼のチームから独立したAGは礼儀正しく腕利きという評判だ。
Bランク魔物も倒せるのにCランクなのは、教導の関係で人の出入りが多いため、クエストの質を抑えるためだそうだ。
「君が手こずるなんて、そんなに生意気なの?」
「ああ。お前といい勝負だよ」
「そいつは酷い。人の話一切聞かないってことか」
サリルはフッと笑うと、天井を仰いだ。
「前言撤回だ。お前より酷い」
「それ冗談抜きでヤバいような……」
俺が頬を引きつらせていると、後ろからフィアさんが、少し大きめの包みを持ってこちらへやって来た。大きさからして、お弁当箱のような……
「はい、サリル。……昨日はお楽しみだったようだから、今日もたっぷりトーマイトを入れておいてあげたわよ?」
「い、いやだから別に嫌なら作ってくれなくて……ってか何で知ってんだよ」
「私の情報網を甘く見ないで欲しいわね。……キョースケさん。見て見ぬふりをしてあげてくださると嬉しいです。サリルのために」
パチン、とウインクするフィアさん。それで何となく察した俺は一つ頷いてから、ギルドの奥に帰っていくフィアさんに頷いた。
「愛妻弁当って奴? 独身って聞いてたけど」
「……俺は独身だよ」
苦虫をかみつぶしたような顔になるサリル。そんな顔のサリルも久々に見たので、俺は席を立った。
「じゃ、サリルのギルドでの用事も終わったみたいだし――移動しよっか。俺、昼飯まだなんだよね」
「わーったよ、奢るから」
「あれ? 俺そんなこと言ってなかったんだけど。いやぁ、悪いなぁ」
しかしまあ、サリルとフィアさんがねぇ。
「美女と野獣」
「だからちげーっつの!」
うがーっとキレる野獣を眺め、ふっと笑う。
(それにしても、フィアさんのあの顔……)
去り際だけ、自信満々な美女のそれではなく……雨の中にいる子犬のような笑みだった。
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「どうして人のお金で食べるご飯ってこんなに美味しいんだろうね」
「俺の百倍くらい稼いでる奴に何で奢らねえといけねえのか……」
というわけでサリルは愛妻弁当を食べる中、俺はステーキ弁当を食べていた。行きつけのお肉屋さんが新しく販売開始した、アブラキ牛ステーキ弁当だ。お値段は何と大銀貨2枚、二千円ほどだ。
「それで、他のメンバーも呼ぶって話だったけど」
「ああ、それはそうなんだが……遅いな」
弁当を持って入れる飲食店は無いので、俺たちはアンタレスの中心付近の噴水に来ていた。俺がよくマリトンを引いて日銭を稼いでいたところだ。
「それにしても愛妻弁当、美味しそうだね。フィアさんって料理も上手なんだ」
「……愛妻弁当じゃねえっつってんだろ。でもまあ、確かに美味えよ。あいつの料理より美味いもんはなかなか食えねえ。ってか、別に作らなくていいっつってんのに毎日毎日。俺だってたまには普通にレストランで飯食いてえよ」
唐突に惚気だすサリル。マドンナとか自分で言えちゃうような美人からお弁当作ってもらっておいて、この言い分は無いだろうと思う。
……という俺の思考を見透かされたのか、サリルからジトッとした目を向けられた。
「そりゃフィアが世界一美人なのはその通りだが、お前は六人もいるだろ嫁が」
「美人度に関しては俺が譲るとキアラに怒られるから、一応彼女が一番だと主張しておくね。……っていうか皆嫁じゃない」
お弁当はマリルにお願いすれば作ってくれるだろうけど、いつも流しに持って行くの忘れて怒られちゃうんだよね。
「っていうかフィアさんと一緒に住んでないの?」
「……俺は家を持ってねえよ。あんな美女を宿屋暮らしなんてさせられるか」
そういえばギルドの人は社宅っていうか、社員寮があるんだっけ。だからお昼とか朝とかにああしてお弁当を受け取る、と。
「……えっ? サリルが家を買えばいいだけの話では?」
「お前は知らないかもしれないが、普通のAGが家をポンポン買えるわけないだろ」
「買わなくてもいいんじゃない?」
稼ぎ的にCランクAGなら、小さい一軒家くらい借りれそうだけど。
「るせぇ。別に俺はフィアと結婚してえわけじゃねえんだよ。俺は気ままに生きて、気ままに死ぬ。そう決めてんだ」
実にAGらしい発想だが――去り際の彼女の表情を思い出すと、少しモヤモヤする。
「……ガキにゃ分かんねえよ」
「皆、俺のことを都合のいい時だけ大人にして、都合が悪くなると子ども扱いするよね。いや別にいいけど……」
力による責任を求められる場面では『大人』として扱われ、その責任を求められる。逆にこういう情緒的なところでは「まだ子どもだね」と目こぼしされることもあれば、こうしてはぐらかされることもある。
「……つまり俺の情緒面は子ども……?」
「いや何を思い悩んでるのか知らねえけど、言い表しづらいだけだ。……それはそれとして情緒面は子どもだと思うけどな」
サリルにキッパリと言われ、ちょっとだけ唇を尖らせる。
「これでも十八なんだけどな」
「そういうところが子どもなんだよ。……関係性に名前をつけたがったり、しっかりと白黒つけたがったり」
サリルは遠い目をしながら、トーマイト(トマトのような野菜)をフォークで突き刺した。たっぷりと言うだけあって、お弁当箱の半分くらいを占めている。
「曖昧なままの方がいいこともあるんだ。人間の心ってのは、裏と表、0か100か、白か黒か。そう単純に真っ二つには出来ねえのさ」
そう言って言葉通り曖昧な表情を見せるサリル。それが大人になるということならば、俺は――
「――大人になりたくないな」
「はっはっは。なりたくてなるもんじゃねえよ。ならざるを得なくてなるもんだ。ただまあ、そうだな……何もかもを『諦めて』、『受け流す』だけの大人にはなるなよ? 全てを受け止められる『大人の男』になれ」
教導をよくするだけあって、言葉に重みがある。彼の言いたい『大人』像が何となく見えてきて、俺も少し笑ってしまう。
「おーい、サリルー」
そんなことを考えていると、遠くの方からサリルのチームメイトの声が聞こえてきた。
「お、来たみたいだな」
サリルはそう言って笑う。さて、じゃあ揃ったのなら聞かせてもらおうかな。
俺じゃなきゃ解決出来ない話、ってのを。
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