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第十章 それぞれの始まりなう
248話 シリウスわず
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「……それで、私に何をしろと?」
「別に? 君には流石に伝えておくべきだと思っただけ。……いやごめん、正確に言おう。Sランカーで最も信頼している君にだけは、ちゃんと伝えておきたくて」
翌日。俺は朝からタローのところを尋ね、昨日の話をしていた。魔王の血、というところはぼかしたが、概ね起こったことを話した。
ギルドへの報告書はマリルが今作ってくれている。提出と話は明日になるだろう。
「相変わらず、君は事務仕事をミスマリルに任せっきりなのだな」
「……別にいいでしょ。適材適所だよ」
含み笑いをするタローに対し、仏頂面で答える。俺が全部出来るならそうしたいけれど、人間得手不得手がどうしてもあるのだから仕方が無い。
「ふっ、あまり頼りない男だと嫌われるぞ?」
「うるさいな、俺だって頑張ってるんだよ」
「はっはっは。たまには彼女らを労ってやれ、と言うことだ。温泉旅行なんてどうだ?」
そう言ってタローが懐からチラシを取り出す。四つ折りになっており、カラーでちょっと可愛らしいキャラクターまで描かれている。
「何これ」
「私の知り合いのホテルだ。広い温泉が特徴でな、特にVIPルームは露店温泉まで付いているんだ。少々値段は張るが、リフレッシュにはなるだろう」
「へぇ……」
温泉か。
確かに、ここ最近面倒なこと続きだった。温泉旅行ってのもいいかもしれない。
「ずっと後回しにしてた、サリルからの相談事を解決したらそっちに行くのもいいなぁ」
半月くらい経ってるからね。彼には悪いことをした。
落ち着いたらでいいと言ってくれてはいたが、半月は待たせすぎたね。
「ミスターサリルの件か。取り急ぎ私が対応しておいたぞ」
「え?」
なんでさ。
俺がキョトンとした顔になると、タローはやれやれと首を振る。
「あの案件については確かに君でなければ対処できまい。根本的なことは、な」
「どんな相談事なのさ……」
「言っても構わないが、言ったところでどうにもならないぞ」
何というか、厄介ごとの臭いがプンプンする。
「何を言っているんだ。厄介ごとになりそうなところは私がやっておいてやった、と言っているんだ。安心して彼のところへ行きたまえ」
ますます意味が分からない。
「さようですか。……じゃ、このチラシは貰っとくよ」
俺がそう言ってチラシを懐にしまおうとすると――タローに止められた。
「それは使い捨てじゃないんだ。私のような実力のあるAGなどに渡して、口コミで広めてもらうためのものだな」
そう言ってもう一枚取り出す。それは地図と旅館の名前だけが簡単に書かれたもの。さっきの凝ったチラシとは違い、高校の文化祭以下のデザインだ。
「こちらが配るチラシだ。ま、良ければ行ってやってくれ」
「ん」
俺は彼から貰ったチラシを懐にしまい、活力煙を咥えた。
「それじゃあ本題に戻して。……どう思う? この事件」
「どう、も何も。君の言っていることが全てだろう? これからは薬の動向に目を光らせるしかあるまい」
ただ、と言葉を切るタロー。
「王都が少し怖いな」
「……この前のアレがあったばっかりだもんね」
戦争の後みたいなものだ。心身ともに疲弊しきっている人は多いだろう。麻薬っていうのは、そういう時に心の隙間に入り込む。
「厄介だなぁ、薬」
活力煙の煙を吸い込み、天井に向かって吐き出す。ホテルの一室ではあるが、ちゃんと換気はしているから問題あるまい。
「だから勇者たちにも言っておいた方がいいだろう」
「そうだね。……ところで、女の子はいないの?」
毎度、タローの部屋に行くと必ず女の子がいたのでそう問うてみると……彼は苦い顔をして、俺から活力煙を奪った。
「あれ、吸わないんじゃないの?」
「吸いたい日もある」
ああ、フラれたんだ。
「言っておくが、フラれたわけじゃない。……中てられたんだろうな」
タローは俺の顔を真っすぐ見つめると、フッと笑みを浮かべた。イケメンはタバコを咥えても絵になるからズルいね。俺が女の子だったらときめいていたかもしれない。
「中てられたって、瘴気に?」
「どうしてそうなる。……少し、身体を動かしたくなったんだ。君らの戦いを見てな」
Sランカーの彼が満足するまで体を動かそうと思ったら、相手は限られる。そして俺もジャックも、流石にへとへとだった。
となると……
「まさかセブンとヤったの?」
「悪意のある言い方はやめるんだ。ああ、ちょっとのつもりがお互い熱が入ってな。気づいたら夜だったよ」
タローに負傷は見られない、魔法師に治してもらったんだろうけど……そんな戦いがあったのか。見たかったな。
「エースが結界でも張って隠してたの?」
「ビンゴだ。せっかくだから無観客でやらせてもらったよ」
それはそれは楽しかっただろう。
俺はタローが入れてくれた珈琲を口に含み、飲み込む。二本目の活力煙を咥えて火をつけたところで――タローが真剣な表情に変えた。
「しかし君が庇うとはな。惚れたか?」
「馬鹿言わないでよ。俺がそんなことで仲間を傷つけようとした奴を見逃すとでも? 取引だよ、取引。内容は言わないけどね」
「なんだ、結構知恵が働くようになってきたじゃないか。他者にとっては過小だが、相手にとっては重大な情報を握った時は大いに使うべきだ」
実際問題、ことを正確に報告したとして……ギルドからは「被害者」と沙汰が出るだろう。パインに実刑判決はくだらない。口頭注意でお終いだ。
精々、他のAGから「あいつは魔族に騙された情けないAGだ」と思われるくらいだろう。困ることなんて。
しかし彼女は両親に知られることを恐れた。何が何でもバレたくないと思った。彼女にとって、自身が魔族によって利用されたことを両親に知られるのは、それほど耐え難いことだったのだ。
「とはいえ、ミスター京助。君が新しくヒロインを開拓するのはいいが……さっきも言った通り、今の妻たちへのケアは欠かしてはならないぞ?」
唐突に始まるタローのプレイボーイ講座。別に興味は無いが、中断する理由も無いので一応最後まで聞くことにする。
「私のように遠く離れた地でもある程度好感度をコントロールできるのならいいが、そうでないなら積極的にケアに走るべきだ。特に新しい女を作ったらなおさらね」
「遠く離れた場所でもコントロールって……どうするのさ」
「ある程度まとまった金を渡す、マメに手紙を送る、詮索し過ぎず、開示し過ぎず。相手との適切な距離を測りつつ、自分が向かう時は必ず伝える。まずはここからだな」
すらすらと出てくるタロー。女に対してだけはマメな奴だね。
「慣れてくれば夜のテクニックを伝授してもいいが……ミスマリルはそちらの経験も豊富だろう。彼女にまずは女性の喜ばし方を教授してもらえ。その後、私が女性の悦ばせ方を教えてやる」
「違いが分からないし、そんなもの学ぶ気は無い」
ぐしゃ、と灰皿に活力煙を押し付ける。俺がそんな破廉恥なことをするわけが無い――と思っての発言だったのに、タローは少し怒ったような表情になる。
「本当に学ぶつもりが無いのか?」
「無いよ」
即答すると、タローはギラッと目つきを鋭くする。ため息をつき、クシャッと髪をかきあげた。イケメンが不機嫌だと、怖さが二倍増しだね。
「いいか、ミスター京助。真面目な話だ」
「……何さ」
ふいっと目をそらし、新しい活力煙を咥える。
「夜の営みは相手とのコミュニケーションだ。決して自分の欲望を満足させるためだけに行うものではない。そういう行為がしたいなら、プロのお店に行くんだ。君は彼女らを愛しているのだろう? であれば、コミュニケーションを疎かにするのは愚の骨頂だ」
マジトーンで説教を始めるタロー。俺たちが名前を揶揄った時の四倍くらい真剣な顔だ。
「お互いが満足するためには高度なコミュニケーションが必要なんだ。それもムードを壊さないように、言葉では無く態度で、目線で、心で伝える。よく言うだろう? 女と仲良くなるには、寝所を共にするのが一番だ、と」
「初耳なんだけど」
男女七歳にして席を同じうせず、なら知ってる。そして彼女らとはそういう関係性では無い。
……という俺の主張は的外れなのだろう。それは分かる、分かるが……どうしても、認め切れない。
という抗議を籠めて活力煙の煙を吹きかけてやろうかとも思ったが、そういう空気ではない。やむなく、しゅんとして彼の話をちゃんと聞く。
「夜の営みで相手を満足させるには、心と体、両方を満たすことが重要なんだ。前者は言葉やムード、後者はいわゆるテクニックだな。先ほどの喜ばせ方と悦ばせ方の話は――前者をミスマリルに、後者を私に、という意味だ。無論、前者と後者は密接に結びついているものだから、実際にはお互いから両方について学ぶことになるわけだが」
ヤバい、タローがいつになく饒舌だ。こいつに弓矢のコツを訊いた時の十倍くらい話してる。
色んな意味で中断するのはマズいだろう――というのはよく分かるが、そろそろマジでオルランドたちを送り届ける時間だ。
「あー、その、タロー。今日は凄いタイミングが悪くて……そろそろオルランドたちを送る時間なんだ。だからそうだな、続きは明後日辺りにアンタレスで……」
言い訳にしか聞こえないようなことを言うが、ちゃんと本当だと見抜いてくれたようでふむと頷いた。
「そうか。では手短に最低限伝えたいことだけ伝えよう。いいか? 女性は花だ。この世界で最も尊いものなのだ。それは相手の年齢、容姿を問わず。女性というだけで花なのだ。そして笑顔が最も美しい。男性の使命は、出会った女性全てを笑顔にすることだ」
断言しやがった。とはいえ、女性の笑顔が素晴らしいという意見には同意だ。
「笑ってる子っていいよね」
「そうだろう? だから男は様々なことを学ぶべきなのだ。どうすれば女性が常に笑っていられるか。そのことだけで人生の全てを使うものだ」
人生の全てって。
俺は呆れ半分、尊敬半分で――少し軽口を叩く。
「……それにしちゃ、女の子をとっかえひっかえじゃん」
俺の言葉に、タローはふふっ、と余裕の笑みを浮かべる。その光景にイラっと来ないことも無いが……しかし同時に、その余裕が羨ましくもある。
「ああ。しかし全員を笑顔にしている。君に乱入された時と――とある人を除いてね」
真剣な表情の中に、深い悲しみを覗かせるタロー。とある人、というのは……昨日言っていた好きな人なのだろうか。
悲しみ、後悔、絶望……そんな複数の感情を浮かべたタローは、フッと天井を仰ぎ見た。
「少し話し過ぎたかな。すまないな、忙しいのに」
「……いや、こっちこそごめん。今度、ちゃんと聞かせて? 明後日かその次か」
俺がそう提案するも、タローは苦笑を返す。
「私も仕事がある。……まあ、また今度だな」
流し目を俺に寄越し、優しい笑みを浮かべるタロー。俺は一人っ子だけど……お兄ちゃんがいたら、こんな感じだろうか。
「君はまだ遅くない。君の愛する人は皆――元気で、自力で笑えるだろう? だから彼女らが、自力じゃ笑顔を作れなかったときに……笑顔にしてやれ。まずはそこを目指せ」
「タロー……」
「私の名前はアトラ。『黒』のアトラだ」
お決まりのセリフを返し、かたんと席を立つタロー。一緒に俺のカップも下げられたので、そろそろお開きという意味だろう。
俺もチラッと腕時計を見る。ここからなら、ダッシュすればギリギリ間に合うね。
「アドバイスありがとう。少し考えるよ」
「ああ。存分に悩め。とはいえ、早々に答えを出した方がいいが」
タローの言葉を背に受けながら、俺は部屋を出る。何というか、先輩って感じがして腹が立つよ。
「あーあ……お腹空いた」
朝ご飯、皆と一緒に食べないと。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「報告書、出来ましたよー」
「お疲れ、マリル」
マリルが持ってきてくれた報告書にサッと目を通す。とはいえ彼女の事務作業能力は天下一品なので、正直俺に物言い出来ることは無いんだけどね。
「ん、大丈夫そう。ありがとね。何かして欲しいこととか、ある?」
「じゃあハグをお願いします」
「……ま、いいか」
ヒョイと両手を突き出してくるマリルをハグしようとしたら、間に冬子が入り込んでギュッとマリルを抱きしめた。
「……邪魔ですトーコさん」
「お疲れのようだからついでに肩も揉んでやろう」
「……まあ、トーコさんと違って重りが重たいですからねー」
何をバチバチやっているんだ。
俺はそんな彼女らの光景を見ながら、オルランドたちを待つ。そろそろ待ち合わせというか、依頼開始の時刻なんだけど。
「ティアールは王都に事務所構えてるけど、王都動乱でぐっちゃぐちゃになったはずだから……ってそういえば、ティアールの事務所の人、大丈夫なのかな……」
よく考えたら彼の知り合いも大量にいるはずだし……と思ってそう呟くと、こつんと後ろから頭を叩かれた。
「フン、私が自分の店の人間を把握していないわけが無いだろう。ちゃんと全員の無事を確認している」
「そ、良かった」
そう言えば、彼も私兵を雇っていたし……彼らが活躍したのだろう。俺に手も足も出なかったからと言って、弱いわけじゃないし。
「被害額もそう大きいわけじゃないからな。……というわけで、出来れば私は王都に送り届けてもらえないだろうか」
「ん、了解。じゃあ先に王都へ――って、あ。オルランド」
「はぁい、キョースケ」
ティアールを連れて王都へ行こうとしたところで、やっとオルランドが現れた。ティアールもそれなりに部下を連れているけど、オルランドは相変わらず使用人が多い。
「こっちに来る時も思ったけど、こんなに大人数で来る必要があったのかな……」
「まあ仕事もあるしね、私は。貴方と違って」
さいで。いや俺のこれも仕事なんだけどね? シリウスへの遠征も、その間の護衛も。
「そういえば、交通費って出るの? 宿泊費とかも、結構な額かかってるじゃん。お仕事なら手当が出たりとか」
美沙がひょっこりと俺の後ろから出てきて、問うてくる。
「出ないよ、そんなもの」
「……交通費出ないっておかしくない? 今どき、高校生のバイトでも出るよ?」
ちょっとドン引いた様子の美沙。そんなこと言われても困るが……
「何言ってるの。その交通費も含めて依頼料を出してるんじゃない。だから護衛依頼は普通の依頼よりも謝礼が高くなるのよ」
後ろから現れたオルランドがそう言って説明しだす。
「ご飯代や、宿代、宿泊費も込みで出してるのよ。別に分けて渡す人もいるけど、少なくとも私はこみこみで出してるわね。ところでキョースケ、かわいい子じゃない。貴方の新しい奥さん?」
「あ、はい! 初めまして、ミサ・キヨタです! 京助君の奥さんで、このお腹には三か月目の子どもが!」
「はい嘘つかない。新しいチームメイトだよ」
俺がため息をつくと、さっきから後ろで俺たちの会話を聞いていたティアールが……眉間にしわを寄せてあり得ないとでも言うように首を振った。
「……キョースケ。私は貴様に幾度となく『刺されるなよ』と忠告してきたつもりだったが……まさか増やすとは。ここまでくればいっそ天晴だ」
「いや待って、ティアール。全然違うから、彼女はちょっと頭がおかしくて妄想癖が激しいだけだから」
「京助君、酷すぎない?」
むぎゅっ、と美沙が俺の腕を胸部の脂肪で挟んでくるので……俺は彼女を振りほどきつつ、オルランドとティアールの二人に彼女を紹介する。
「改めて、彼女はミサ・アライ。うちの新メンバーで……あー、実力順だと冬子とトントンかも。少なくとも戦闘っていう一点においては頼りになるから、何かあったら頼ってくれて大丈夫」
「ご紹介にあずかりました。ミサ・アライです。流石に冬子ちゃんには勝てないんですけど、そこそこ強いつもりです!」
ぐっ、と両拳を握ってアピールする美沙。俺が冬子と同じくらいの実力と紹介したからか、二人ともちょっと引いたような表情になっている。
「んで、美沙。彼はオルランド・カーマ・ハイドロジェン伯爵。アンタレスの領主で、俺の後見人の一人でもある。うちの仕事は彼からの依頼も多いから、失礼のないように」
「よろしくね、ミサ。早速だけど今度、うちで寸法を測らせてね」
「えっ、はい」
「……あと、巨乳用の可愛いブラも作ってあげるわよ」
「え!? ほ、ホントですか!?」
「あ、私も欲しいですー」
「じゃあ二人ともちゃんと測ろうかしらね」
字面だけ見ると女性が三人喋ってることになるんだけど、一人オカマなんだよね。俺ですら慣れるのに暫くかかったのに、美沙は既に受け入れてるのか。
「そしてこちらのナイスミドルがティアール・アスキー。ティアール商会っていう宿泊施設、不動産、あと建築関係に強い商会の長。彼も俺の後見人の一人だよ」
「よろしく頼む。……彼はその、確かに気の多い男だがその分相手を大切にするやつだ。ちゃんと支えてやって欲しい」
微笑みを携え、握手を求めるティアール。待って、何でお前俺のお父さんみたいな態度で来てるの?
「えっ、あっ……は、はい! 妻として支えます!」
「だから結婚してないってば」
俺は美沙をていっと投げ飛ばし、オルランドの方を振り向く。
「オルランド、悪いんだけど……ティアールを先に送ってもいい?」
「いえ、私も王都でいいわよ。野暮用があるの」
「あら、そうなの」
まあオルランドの商会の規模を考えたら王都に支部があってもおかしくない。その様子でも見に行くのだろう。
それなら一度でいいから楽だね。
「じゃあ皆集まってー。一気に運ぶよー。キアラが」
「妾をこき使いおって……」
「普段ぐうたらしてるんですから、たまには働いてください」
「マスターのすねかじりはキアラさんだけですよ」
冬子とリャンに文句を言われ、ぶーぶーと頬を膨らませるキアラ。
俺はそんな彼女を見つつ……真っ青な空を見上げる。俺の咥えた活力煙の煙が溶けていくのを見ながら……笑みを浮かべた。
(暫く、休憩出来るといいなぁ)
ここ最近、激動だったから。
そんなことを思いながら――俺たちのシリウス遠征は幕を閉じるのであった。
「別に? 君には流石に伝えておくべきだと思っただけ。……いやごめん、正確に言おう。Sランカーで最も信頼している君にだけは、ちゃんと伝えておきたくて」
翌日。俺は朝からタローのところを尋ね、昨日の話をしていた。魔王の血、というところはぼかしたが、概ね起こったことを話した。
ギルドへの報告書はマリルが今作ってくれている。提出と話は明日になるだろう。
「相変わらず、君は事務仕事をミスマリルに任せっきりなのだな」
「……別にいいでしょ。適材適所だよ」
含み笑いをするタローに対し、仏頂面で答える。俺が全部出来るならそうしたいけれど、人間得手不得手がどうしてもあるのだから仕方が無い。
「ふっ、あまり頼りない男だと嫌われるぞ?」
「うるさいな、俺だって頑張ってるんだよ」
「はっはっは。たまには彼女らを労ってやれ、と言うことだ。温泉旅行なんてどうだ?」
そう言ってタローが懐からチラシを取り出す。四つ折りになっており、カラーでちょっと可愛らしいキャラクターまで描かれている。
「何これ」
「私の知り合いのホテルだ。広い温泉が特徴でな、特にVIPルームは露店温泉まで付いているんだ。少々値段は張るが、リフレッシュにはなるだろう」
「へぇ……」
温泉か。
確かに、ここ最近面倒なこと続きだった。温泉旅行ってのもいいかもしれない。
「ずっと後回しにしてた、サリルからの相談事を解決したらそっちに行くのもいいなぁ」
半月くらい経ってるからね。彼には悪いことをした。
落ち着いたらでいいと言ってくれてはいたが、半月は待たせすぎたね。
「ミスターサリルの件か。取り急ぎ私が対応しておいたぞ」
「え?」
なんでさ。
俺がキョトンとした顔になると、タローはやれやれと首を振る。
「あの案件については確かに君でなければ対処できまい。根本的なことは、な」
「どんな相談事なのさ……」
「言っても構わないが、言ったところでどうにもならないぞ」
何というか、厄介ごとの臭いがプンプンする。
「何を言っているんだ。厄介ごとになりそうなところは私がやっておいてやった、と言っているんだ。安心して彼のところへ行きたまえ」
ますます意味が分からない。
「さようですか。……じゃ、このチラシは貰っとくよ」
俺がそう言ってチラシを懐にしまおうとすると――タローに止められた。
「それは使い捨てじゃないんだ。私のような実力のあるAGなどに渡して、口コミで広めてもらうためのものだな」
そう言ってもう一枚取り出す。それは地図と旅館の名前だけが簡単に書かれたもの。さっきの凝ったチラシとは違い、高校の文化祭以下のデザインだ。
「こちらが配るチラシだ。ま、良ければ行ってやってくれ」
「ん」
俺は彼から貰ったチラシを懐にしまい、活力煙を咥えた。
「それじゃあ本題に戻して。……どう思う? この事件」
「どう、も何も。君の言っていることが全てだろう? これからは薬の動向に目を光らせるしかあるまい」
ただ、と言葉を切るタロー。
「王都が少し怖いな」
「……この前のアレがあったばっかりだもんね」
戦争の後みたいなものだ。心身ともに疲弊しきっている人は多いだろう。麻薬っていうのは、そういう時に心の隙間に入り込む。
「厄介だなぁ、薬」
活力煙の煙を吸い込み、天井に向かって吐き出す。ホテルの一室ではあるが、ちゃんと換気はしているから問題あるまい。
「だから勇者たちにも言っておいた方がいいだろう」
「そうだね。……ところで、女の子はいないの?」
毎度、タローの部屋に行くと必ず女の子がいたのでそう問うてみると……彼は苦い顔をして、俺から活力煙を奪った。
「あれ、吸わないんじゃないの?」
「吸いたい日もある」
ああ、フラれたんだ。
「言っておくが、フラれたわけじゃない。……中てられたんだろうな」
タローは俺の顔を真っすぐ見つめると、フッと笑みを浮かべた。イケメンはタバコを咥えても絵になるからズルいね。俺が女の子だったらときめいていたかもしれない。
「中てられたって、瘴気に?」
「どうしてそうなる。……少し、身体を動かしたくなったんだ。君らの戦いを見てな」
Sランカーの彼が満足するまで体を動かそうと思ったら、相手は限られる。そして俺もジャックも、流石にへとへとだった。
となると……
「まさかセブンとヤったの?」
「悪意のある言い方はやめるんだ。ああ、ちょっとのつもりがお互い熱が入ってな。気づいたら夜だったよ」
タローに負傷は見られない、魔法師に治してもらったんだろうけど……そんな戦いがあったのか。見たかったな。
「エースが結界でも張って隠してたの?」
「ビンゴだ。せっかくだから無観客でやらせてもらったよ」
それはそれは楽しかっただろう。
俺はタローが入れてくれた珈琲を口に含み、飲み込む。二本目の活力煙を咥えて火をつけたところで――タローが真剣な表情に変えた。
「しかし君が庇うとはな。惚れたか?」
「馬鹿言わないでよ。俺がそんなことで仲間を傷つけようとした奴を見逃すとでも? 取引だよ、取引。内容は言わないけどね」
「なんだ、結構知恵が働くようになってきたじゃないか。他者にとっては過小だが、相手にとっては重大な情報を握った時は大いに使うべきだ」
実際問題、ことを正確に報告したとして……ギルドからは「被害者」と沙汰が出るだろう。パインに実刑判決はくだらない。口頭注意でお終いだ。
精々、他のAGから「あいつは魔族に騙された情けないAGだ」と思われるくらいだろう。困ることなんて。
しかし彼女は両親に知られることを恐れた。何が何でもバレたくないと思った。彼女にとって、自身が魔族によって利用されたことを両親に知られるのは、それほど耐え難いことだったのだ。
「とはいえ、ミスター京助。君が新しくヒロインを開拓するのはいいが……さっきも言った通り、今の妻たちへのケアは欠かしてはならないぞ?」
唐突に始まるタローのプレイボーイ講座。別に興味は無いが、中断する理由も無いので一応最後まで聞くことにする。
「私のように遠く離れた地でもある程度好感度をコントロールできるのならいいが、そうでないなら積極的にケアに走るべきだ。特に新しい女を作ったらなおさらね」
「遠く離れた場所でもコントロールって……どうするのさ」
「ある程度まとまった金を渡す、マメに手紙を送る、詮索し過ぎず、開示し過ぎず。相手との適切な距離を測りつつ、自分が向かう時は必ず伝える。まずはここからだな」
すらすらと出てくるタロー。女に対してだけはマメな奴だね。
「慣れてくれば夜のテクニックを伝授してもいいが……ミスマリルはそちらの経験も豊富だろう。彼女にまずは女性の喜ばし方を教授してもらえ。その後、私が女性の悦ばせ方を教えてやる」
「違いが分からないし、そんなもの学ぶ気は無い」
ぐしゃ、と灰皿に活力煙を押し付ける。俺がそんな破廉恥なことをするわけが無い――と思っての発言だったのに、タローは少し怒ったような表情になる。
「本当に学ぶつもりが無いのか?」
「無いよ」
即答すると、タローはギラッと目つきを鋭くする。ため息をつき、クシャッと髪をかきあげた。イケメンが不機嫌だと、怖さが二倍増しだね。
「いいか、ミスター京助。真面目な話だ」
「……何さ」
ふいっと目をそらし、新しい活力煙を咥える。
「夜の営みは相手とのコミュニケーションだ。決して自分の欲望を満足させるためだけに行うものではない。そういう行為がしたいなら、プロのお店に行くんだ。君は彼女らを愛しているのだろう? であれば、コミュニケーションを疎かにするのは愚の骨頂だ」
マジトーンで説教を始めるタロー。俺たちが名前を揶揄った時の四倍くらい真剣な顔だ。
「お互いが満足するためには高度なコミュニケーションが必要なんだ。それもムードを壊さないように、言葉では無く態度で、目線で、心で伝える。よく言うだろう? 女と仲良くなるには、寝所を共にするのが一番だ、と」
「初耳なんだけど」
男女七歳にして席を同じうせず、なら知ってる。そして彼女らとはそういう関係性では無い。
……という俺の主張は的外れなのだろう。それは分かる、分かるが……どうしても、認め切れない。
という抗議を籠めて活力煙の煙を吹きかけてやろうかとも思ったが、そういう空気ではない。やむなく、しゅんとして彼の話をちゃんと聞く。
「夜の営みで相手を満足させるには、心と体、両方を満たすことが重要なんだ。前者は言葉やムード、後者はいわゆるテクニックだな。先ほどの喜ばせ方と悦ばせ方の話は――前者をミスマリルに、後者を私に、という意味だ。無論、前者と後者は密接に結びついているものだから、実際にはお互いから両方について学ぶことになるわけだが」
ヤバい、タローがいつになく饒舌だ。こいつに弓矢のコツを訊いた時の十倍くらい話してる。
色んな意味で中断するのはマズいだろう――というのはよく分かるが、そろそろマジでオルランドたちを送り届ける時間だ。
「あー、その、タロー。今日は凄いタイミングが悪くて……そろそろオルランドたちを送る時間なんだ。だからそうだな、続きは明後日辺りにアンタレスで……」
言い訳にしか聞こえないようなことを言うが、ちゃんと本当だと見抜いてくれたようでふむと頷いた。
「そうか。では手短に最低限伝えたいことだけ伝えよう。いいか? 女性は花だ。この世界で最も尊いものなのだ。それは相手の年齢、容姿を問わず。女性というだけで花なのだ。そして笑顔が最も美しい。男性の使命は、出会った女性全てを笑顔にすることだ」
断言しやがった。とはいえ、女性の笑顔が素晴らしいという意見には同意だ。
「笑ってる子っていいよね」
「そうだろう? だから男は様々なことを学ぶべきなのだ。どうすれば女性が常に笑っていられるか。そのことだけで人生の全てを使うものだ」
人生の全てって。
俺は呆れ半分、尊敬半分で――少し軽口を叩く。
「……それにしちゃ、女の子をとっかえひっかえじゃん」
俺の言葉に、タローはふふっ、と余裕の笑みを浮かべる。その光景にイラっと来ないことも無いが……しかし同時に、その余裕が羨ましくもある。
「ああ。しかし全員を笑顔にしている。君に乱入された時と――とある人を除いてね」
真剣な表情の中に、深い悲しみを覗かせるタロー。とある人、というのは……昨日言っていた好きな人なのだろうか。
悲しみ、後悔、絶望……そんな複数の感情を浮かべたタローは、フッと天井を仰ぎ見た。
「少し話し過ぎたかな。すまないな、忙しいのに」
「……いや、こっちこそごめん。今度、ちゃんと聞かせて? 明後日かその次か」
俺がそう提案するも、タローは苦笑を返す。
「私も仕事がある。……まあ、また今度だな」
流し目を俺に寄越し、優しい笑みを浮かべるタロー。俺は一人っ子だけど……お兄ちゃんがいたら、こんな感じだろうか。
「君はまだ遅くない。君の愛する人は皆――元気で、自力で笑えるだろう? だから彼女らが、自力じゃ笑顔を作れなかったときに……笑顔にしてやれ。まずはそこを目指せ」
「タロー……」
「私の名前はアトラ。『黒』のアトラだ」
お決まりのセリフを返し、かたんと席を立つタロー。一緒に俺のカップも下げられたので、そろそろお開きという意味だろう。
俺もチラッと腕時計を見る。ここからなら、ダッシュすればギリギリ間に合うね。
「アドバイスありがとう。少し考えるよ」
「ああ。存分に悩め。とはいえ、早々に答えを出した方がいいが」
タローの言葉を背に受けながら、俺は部屋を出る。何というか、先輩って感じがして腹が立つよ。
「あーあ……お腹空いた」
朝ご飯、皆と一緒に食べないと。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「報告書、出来ましたよー」
「お疲れ、マリル」
マリルが持ってきてくれた報告書にサッと目を通す。とはいえ彼女の事務作業能力は天下一品なので、正直俺に物言い出来ることは無いんだけどね。
「ん、大丈夫そう。ありがとね。何かして欲しいこととか、ある?」
「じゃあハグをお願いします」
「……ま、いいか」
ヒョイと両手を突き出してくるマリルをハグしようとしたら、間に冬子が入り込んでギュッとマリルを抱きしめた。
「……邪魔ですトーコさん」
「お疲れのようだからついでに肩も揉んでやろう」
「……まあ、トーコさんと違って重りが重たいですからねー」
何をバチバチやっているんだ。
俺はそんな彼女らの光景を見ながら、オルランドたちを待つ。そろそろ待ち合わせというか、依頼開始の時刻なんだけど。
「ティアールは王都に事務所構えてるけど、王都動乱でぐっちゃぐちゃになったはずだから……ってそういえば、ティアールの事務所の人、大丈夫なのかな……」
よく考えたら彼の知り合いも大量にいるはずだし……と思ってそう呟くと、こつんと後ろから頭を叩かれた。
「フン、私が自分の店の人間を把握していないわけが無いだろう。ちゃんと全員の無事を確認している」
「そ、良かった」
そう言えば、彼も私兵を雇っていたし……彼らが活躍したのだろう。俺に手も足も出なかったからと言って、弱いわけじゃないし。
「被害額もそう大きいわけじゃないからな。……というわけで、出来れば私は王都に送り届けてもらえないだろうか」
「ん、了解。じゃあ先に王都へ――って、あ。オルランド」
「はぁい、キョースケ」
ティアールを連れて王都へ行こうとしたところで、やっとオルランドが現れた。ティアールもそれなりに部下を連れているけど、オルランドは相変わらず使用人が多い。
「こっちに来る時も思ったけど、こんなに大人数で来る必要があったのかな……」
「まあ仕事もあるしね、私は。貴方と違って」
さいで。いや俺のこれも仕事なんだけどね? シリウスへの遠征も、その間の護衛も。
「そういえば、交通費って出るの? 宿泊費とかも、結構な額かかってるじゃん。お仕事なら手当が出たりとか」
美沙がひょっこりと俺の後ろから出てきて、問うてくる。
「出ないよ、そんなもの」
「……交通費出ないっておかしくない? 今どき、高校生のバイトでも出るよ?」
ちょっとドン引いた様子の美沙。そんなこと言われても困るが……
「何言ってるの。その交通費も含めて依頼料を出してるんじゃない。だから護衛依頼は普通の依頼よりも謝礼が高くなるのよ」
後ろから現れたオルランドがそう言って説明しだす。
「ご飯代や、宿代、宿泊費も込みで出してるのよ。別に分けて渡す人もいるけど、少なくとも私はこみこみで出してるわね。ところでキョースケ、かわいい子じゃない。貴方の新しい奥さん?」
「あ、はい! 初めまして、ミサ・キヨタです! 京助君の奥さんで、このお腹には三か月目の子どもが!」
「はい嘘つかない。新しいチームメイトだよ」
俺がため息をつくと、さっきから後ろで俺たちの会話を聞いていたティアールが……眉間にしわを寄せてあり得ないとでも言うように首を振った。
「……キョースケ。私は貴様に幾度となく『刺されるなよ』と忠告してきたつもりだったが……まさか増やすとは。ここまでくればいっそ天晴だ」
「いや待って、ティアール。全然違うから、彼女はちょっと頭がおかしくて妄想癖が激しいだけだから」
「京助君、酷すぎない?」
むぎゅっ、と美沙が俺の腕を胸部の脂肪で挟んでくるので……俺は彼女を振りほどきつつ、オルランドとティアールの二人に彼女を紹介する。
「改めて、彼女はミサ・アライ。うちの新メンバーで……あー、実力順だと冬子とトントンかも。少なくとも戦闘っていう一点においては頼りになるから、何かあったら頼ってくれて大丈夫」
「ご紹介にあずかりました。ミサ・アライです。流石に冬子ちゃんには勝てないんですけど、そこそこ強いつもりです!」
ぐっ、と両拳を握ってアピールする美沙。俺が冬子と同じくらいの実力と紹介したからか、二人ともちょっと引いたような表情になっている。
「んで、美沙。彼はオルランド・カーマ・ハイドロジェン伯爵。アンタレスの領主で、俺の後見人の一人でもある。うちの仕事は彼からの依頼も多いから、失礼のないように」
「よろしくね、ミサ。早速だけど今度、うちで寸法を測らせてね」
「えっ、はい」
「……あと、巨乳用の可愛いブラも作ってあげるわよ」
「え!? ほ、ホントですか!?」
「あ、私も欲しいですー」
「じゃあ二人ともちゃんと測ろうかしらね」
字面だけ見ると女性が三人喋ってることになるんだけど、一人オカマなんだよね。俺ですら慣れるのに暫くかかったのに、美沙は既に受け入れてるのか。
「そしてこちらのナイスミドルがティアール・アスキー。ティアール商会っていう宿泊施設、不動産、あと建築関係に強い商会の長。彼も俺の後見人の一人だよ」
「よろしく頼む。……彼はその、確かに気の多い男だがその分相手を大切にするやつだ。ちゃんと支えてやって欲しい」
微笑みを携え、握手を求めるティアール。待って、何でお前俺のお父さんみたいな態度で来てるの?
「えっ、あっ……は、はい! 妻として支えます!」
「だから結婚してないってば」
俺は美沙をていっと投げ飛ばし、オルランドの方を振り向く。
「オルランド、悪いんだけど……ティアールを先に送ってもいい?」
「いえ、私も王都でいいわよ。野暮用があるの」
「あら、そうなの」
まあオルランドの商会の規模を考えたら王都に支部があってもおかしくない。その様子でも見に行くのだろう。
それなら一度でいいから楽だね。
「じゃあ皆集まってー。一気に運ぶよー。キアラが」
「妾をこき使いおって……」
「普段ぐうたらしてるんですから、たまには働いてください」
「マスターのすねかじりはキアラさんだけですよ」
冬子とリャンに文句を言われ、ぶーぶーと頬を膨らませるキアラ。
俺はそんな彼女を見つつ……真っ青な空を見上げる。俺の咥えた活力煙の煙が溶けていくのを見ながら……笑みを浮かべた。
(暫く、休憩出来るといいなぁ)
ここ最近、激動だったから。
そんなことを思いながら――俺たちのシリウス遠征は幕を閉じるのであった。
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