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第十章 それぞれの始まりなう
242話 控室なう
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さて。その後も粛々と式典は続き……午前中で何とか終わってくれた。後は天覧試合だけだ。
今はいったん控室に引っ込み、試合の準備をしている。本当なら冬子たちも――と思ったのだが、観客席に引き上げさせられてしまった。
「……で、何でタローがいるのさ」
「セコンドだ……と、言いたいところだが、少し話したいという人がいるのでな。上だと彼女らの前になるから、ここに呼んだまでさ」
なんで冬子たちと会わせたくないのだろうか――とは思ったものの、タローのことだ。何か思惑があるのだろう。
……というか、誰がこっちに来てるのかは気配で分かってるし。
「よー、キョースケ。さっきはだいぶ縮こまってたなぁ!」
「ぽやぽや。正直、見てて面白かったでおじゃる」
「……セブン、エース。いたんだ」
ガチャ、と控室の扉を開けて男が二人入ってくる。俺が嘗て出会ったSランクAG――『巨体』のセブンと、『轟音』のエースだ。
王都を拠点に活動しているSランクAGで……今回の騒動の時にたまたま王都にいなかったって言うけど……
「まさか、これのために来てて王都にいなかったの?」
「ああ。テメェに関係あるSランカーってことで呼ばれたんだよ」
そう言ってセブンは俺のところへツカツカと歩いてくると、俺の前に仁王立ちした。
「迷惑かけたみたいだな」
「何のこと?」
俺がそう問うと、セブンはガシガシと頭を掻いて……恥ずかしそうに腕を組んだ。
「王都を守ってくれたことだよ。助かった。感謝する。……言わせんな恥ずかしい」
「ああ」
俺は一つ頷き、苦笑いする。そうか、セブンが王都にいなかったのは俺が原因で……そして王都が壊滅的被害を受けたのは、セブンたちがいなかったから。
「って考えると……むしろ俺の方が謝罪しないといけないかな」
「何言ってんだよ。オレたちがいなくても王都の守りは十分、っていう判断だから出てきてたんだ。近くの街にSランククラスのAGもいたしな。あんな特殊な攻め方されてなければ、すぐに誰かが駆けつけてたよ」
「ぽやぽや、そうでおじゃる。キョースケさんが責任を感じることは無いでおじゃるよ」
後ろから特徴的な喋り方をする太った男が一人。セブンの相棒、SランクAGにしてSランク魔法師のエースだ。
「そもそもギルド間は夜間でも連絡を密に行っているの。ああして連絡を途絶させられていなければ、それこそシリウスから腕利きが王都に派遣されていたわ」
へぇ、ギルドって夜勤もあるんだ。
「……まあ、マスターである私が出てきていたのは少し問題だったかもしれないけれど」
そう言って少ししょげた顔になる王都のギルドマスター。セブンの奥さんでもある、クラウディアだ。
「それに関しては仕方あるまい、ミセスクラウディア。そもそも長がいなくては運営出来ない、ピンチに対応出来ないのであれば組織としては下の下だ。彼らが最善手を取れる自信があったから貴方も出て来たのだろう?」
タローがそう言ってクラウディアのフォローに入る。……ぶっちゃけ、戦力的な意味では彼女がいてもどうしようもなかった気がするし。
「確かにオレたちがいればもっと被害は少なくて済んだだろう。しかしタローから聞いたんだが……」
「私の名前はアトラだ、ミスターセブン」
「ぽやぽやぽや。タローさんが言っていたでおじゃるが、昇格の際に倒したSランク魔物も魔族製だったんでおじゃろう?」
「だから私の名はアトラだ。ミスターエース」
ああ、タローって他のSランカーからも名前でいじられてるんだ。ちょっと面白い。
俺は頷き、当時のことを簡単に話した。
「ソードスコルパイダー、強かったよ」
「新種なんだろ? よくそんなヤベーのを被害無しで倒したな」
セブンはそう言うと、ニヤッと笑う。
「スゲーぜ。最初に会った時は『不気味な小僧だ』くらいに思ったが……いいぜ、見直した。人族を守る、立派なAGだよおめえは。Sランク昇格おめでとう」
最初はそんなこと思ってたのか。
とはいえ褒められたのは確か、俺も笑顔で礼を言う。
「ありがとう。んー……シンプルに嬉しいよ」
「ぽやぽや。落ち着いたら某がキョースケさんに良いアドバイスをくれそうな魔法師を紹介するでおじゃる。もっと魔法に磨きをかけて、ぜひともSランク魔法師にもなって欲しいでおじゃるなぁ。ともあれ、おめでとうでおじゃる」
「ありがとう、エース。Sランク魔法師になるかどうかは置いておいて、紹介は助かるよ」
二人に礼を言っていると、ふとクラウディアが目を細めた。
「あら、珍しいわね」
「キョースケってのはいるかぁ!」
バン! と扉を開けて入ってきたのは……ちんちくりんな女性。ギザ歯に釣り目、百五十センチ無い身長とそのツインテールのせいで小学生くらいに見える。
オレンジ色のツインテールを逆立てツカツカと俺の方に歩いてくると……ぐわしっ、と胸倉を掴もうとしてきた。
俺はその腕を掴み、捻り上げて彼女の背後に立つ。
「何の用?」
「あんた……亜人族の奴隷をSランクAGの認定式に連れてくるとは何事だ!」
ガウガウと吠える謎の女。腕を極められた状態でこれだけ元気なのは賞賛に値する。俺は彼女を壁に押し付け、もう片方の腕も拘束した。
「訂正が一つ。彼女は奴隷じゃない。俺のチームメイトだ。そして言っておくことが一つ。ギルド会長であるジョエルに『認定式に出ていい』ってお墨付きをもらっている。以上、何か文句があるなら腕ずくでどうぞ」
そう言って彼女の腕を離すと、ギリッと物凄い目で俺を睨みつけてきた。殺気すら感じるその視線を受け流し、クラウディアに話しかける。
「王都ギルドマスター、クラウディアさん」
「クラウディアでいいわよ。どうしたの?」
「彼女は何者?」
その問にはクラウディアではなく――タローが答えてくれた。
「彼女はDランクAG、パイン・ロベリー。ロベリー家の四女として生まれ、AGをやっている。最近実力が伸びてきている、有望な若手だな。……まあミスター京助よりキャリアは長いし年上なのだがね」
へぇ、貴族の出なんだ。いい意味でも悪い意味でもそんな雰囲気は感じないが。
彼女は俺に轟々と殺気をぶつけながら、口を開く。
「陛下の視界内に亜人族を入れたんだぞ! 万死に値するだろうが!」
「さっきも言った通り、文句なら俺じゃなくてジョエル会長へどうぞ。彼からの許可が出たから、俺は彼女らを連れて行った」
話が通じないタイプと見た俺は、魔力を練った。DランクAGってことは『魔圧』で十分だろう。
そう思って魔力を解放するが――
「あれ?」
――何故か、倒れない。
パインはにやりと笑うと、無いに等しい胸を張る。
「何かしたのかもしれないけど、無駄だ! あたしには加護がついている!」
「ミスター京助、君のレベルで彼女を殴ったらAGとして再起不能になる。拳で解決しようとするなよ?」
俺が『魔圧』を使ったことを察したか、そう言って諫めるタロー。失礼な、俺とて手加減くらいは出来る。
とはいえ、小学生くらいの見た目の女性を殴るというのもアレか。俺ははぁとため息をついてから腕を組んだ。
「話がそれだけなら帰って欲しいんだけど。俺は大事な試合があるんだ」
「あんたが謝罪したら考えないでもない」
「タロー、助けて」
「……ミスパイン。ミスター京助はこう見えて忙しい。話は私が聞いてあげよう」
「あんたは引っ込んでろ!」
こりゃダメだ。
セブンとエースの方を見るけど、苦笑いだけ。……前言撤回、思いっきり貴族らしいよ。俺たちが表立った暴力に出られないと承知の上でこれをやってるらしい。
「オルランド呼んでこようかな」
「ハイドロジェン家はロベリー家と事を構えたいわけないだろ」
ああ、そうか貴族間でもパワーバランスは当然あるのか。俺はポリポリと頬を掻き……彼女を無視することに決めた。
「エース、紹介してくれるって言ってた魔法師ってどんな人?」
「ぽやぽや。属性混合について研究しているんでおじゃるよ。キョースケさんの戦闘スタイルとは噛み合うでおじゃろう?」
「ああ、それは嬉しい。研究者ってことは他の例も知っているかもしれないし」
「こら、何を無視している!」
「そういえばミスター京助、今言うべきではないかもしれないが、公衆浴場の件についてだいぶ具体的になったんだ。アンタレスに戻ったらもう一度そこについて話し合おう」
「おい! なんで無視するんだ! おい!」
「おい、公衆浴場ってなんだよタロー」
「だから私の名はアトラだと言っているだろう……ミスターセブン。いや何、ミスター京助と少し話し合ってな。平たく言えば風呂屋だが、あると便利だろうということになって」
「だから無視するな!」
そう言って剣を抜いたパイン。俺はその剣を掴み、彼女の身体を持ち上げた。
「えっ……えっ、なんで斬れない? えっ、う、浮いてる。えっ、えっ?」
「流石に剣を抜いたのはやりすぎだと思うよ? 君が貴族でも何でも」
俺はそう言って彼女を放り投げる。扉の外まで風で送り、そのまま扉を閉めた。バタン! と大きな音がして……室内には静寂が訪れる。
「頭悪いね。……で、アレ何?」
「ロベリー家は過激派なんだ。国内にいる亜人族の奴隷はすべて殺し、今にでも宣戦布告をすべきだという」
タローの説明にげんなりする俺。なんでそんな危険人物がAGなんかやってんだよ……。
「王都のギルドに出入りしているAGなんだけど、たまたまシリウスにいたとは考えづらいから……貴方がシリウスに来るって聞いて駆け付けたんじゃないかしら。アンタレスが亜人族奴隷にとって暮らしやすい街になっていると聞いて、前々から憎々しく思っていたんでしょうね」
どういうこっちゃ。
「あんなのに絡まれるようなことした覚えは無いんだけどね」
「アンタレスにいる頃から何度も言っていると思うが、ミスター京助。君の亜人族との付き合い方は常軌を逸している……とは言わないが、かなり珍しいものであることは間違いないのだ。むしろ心情的にはあっちに同意する人間も多いだろう」
そういえば、過去にも何か救済がどうたらとかいう思想団体に絡まれたこともあったっけ。
俺はチラッとセブンを見ると、彼も頷いた。
「あれはあれで異常だが、テメェもテメェで異常だ。まあ、オレたちは昔の小競り合いに出たりしてるから忌避感は逆に少ないが……オレたちより上の年代だと更にあの手の輩は増えるぞ。むしろ何でアンタレスじゃ文句が少ないのか、そっちの方が不思議だ」
エースやクラウディアも頷いている。久々にこんな感覚に陥ったけど……そういえば俺の常識は非常識なことの方が多いんだった。
「アンタレスの場合は……亜人族奴隷というよりは、奴隷全般だからそこまで反発意見が出ていないのだろう。ミスター京助は二度も奴隷組織を潰しているからな。そして領主と仲が良く、自分はSランカーだ。そんな男が生み出した気風で空気だ。変えようとするよりは出て行った方がいいと考える人間の方が多数だろうな」
そうか、アンタレスに持ち家があるとかじゃない限りはさっさと別の土地に移った方がいいのか。どうりで人の入れ替わりが激しいと思った。
「何なら一度領主をぶっ潰してるからね、俺。ヤバい奴って思われてそう」
「実際ヤバい奴だろう?」
「実際ヤベー奴じゃねえか」
「ヤバい奴でおじゃるね」
「ああ……そういえばアンタレスのアルリーフが激怒していたわね……勝手なことをされても困るって」
全員からヤバい奴認定された。なんでさ、泣くぞ。
「皆だって一回はやってるでしょ? こういうこと」
俺が問うと、やはり全員が目を逸らす。ほら見ろ。
「ちなみにタローは何をやったの?」
「……公にしていいものであれば、そうだな。村を焼いたことがある」
「公にしていいのでそれかよ」
何が起きた。Sランカーに人格面で問題がある奴はいないんじゃなかったのか。
「いや、そのだな。その村はいわゆる麻薬を作っているタイプの村だったんだが……領主がそこに一枚噛んでてな。仕方が無く強引にすべてを終わらせただけだ」
「ちなみにタローがBランクの時だな。あん時は『ヤベーのがいる』って大騒ぎになったぜ」
麻薬を作っているタイプの村ってなんだよ……という当たり前のツッコミは置いておいて、やっぱりBランクの時にやらかしてるじゃないか。
「ちなみにセブンとエースは?」
「某は人前で言えるようなものは無いでおじゃる」
「オレは……酔っぱらって闘技場を一個更地にしたことがある」
「もうお前が優勝でいいよ」
「あの時は……本当に……もう……」
泣き出すクラウディア。セブンは豪快に笑っているが、そんな笑いごとで済ませられることじゃないだろそれ。
後、人前で言えることじゃないってエースは何してんだマジで。
「はぁ……やっぱりSランカーってヤバい人しかいないんだね。俺を除いて」
「そうかもしれないな。私を除いて」
「ああ、言えてるぜ。オレを除いて」
「ぽやぽやぽや。確かにそうでおじゃるな。某を除いて」
「全員の前に鏡を持ってきてあげるからちょっと待ってて」
クラウディアがはぁ……と深いため息をいてから、セブンの腕に自身のそれを絡ませた。エスコートされる貴婦人のように。
「行きましょう、セブン。……キョースケさん、改めてお礼に伺います。それと……昇格、おめでとうございます」
「ん、了解。……ありがとね」
王家から既に褒美は貰ってるんだけどな。とは言わず、頷くだけにしておく。
「では某も。ぽやぽやぽや、今日は本気を見れるでおじゃるかね」
「んー……キョースケがビビりじゃなけりゃ大丈夫だろ」
若干、挑発するような笑みを浮かべるセブン。そんな彼から餞別とばかりに――思いっきり闘気をぶつけられる。物理的な威力を持って当てられる『圧』。ジョエルのそれと種類は違うとはいえ、場合によっては隙を晒してしまうだろう。
「……闘気、っていうか『職スキル』かな」
「ミスターセブンはその手の能力を持っているのだろうな」
そして今見せてくれたってことは――ジャックも似たような能力を持っている可能性は高い、ってことなのかな。
「途中、余計な邪魔は入ったが……どうだ、リラックスは出来たかね? ウォームアップなら付き合うが」
「んー、柔軟だけにしておくよ。俺の場合、魔力を使うことの方が多いだろうし」
「本当は君のヒロインたちにやってもらいたかっただろうが……彼女がいたからな。ここに入れるわけにもいかなかった」
ああ、なるほど。タローは自身の経験からああなることを予測してたわけか。それなら忠告してくれればよかったのに。
「しかし君は硬いな」
「これでもだいぶ柔らかくなったんだけどねぇ」
戦うにあたって柔軟が必要――と言われるようになったのはシュンリンさんに師事を受けてからなので、柔軟を初めてまだ半年程度。流石にそこまで柔らかくなってはいない。
「普通は、最初にやるものなんだがな」
「……そりゃあ」
異世界に来てからだから。
俺はそう言いかけて……タローに、ある質問をするかどうか悩む。
『何でお前は、異世界人を知ってるの?』
俺や冬子の名を呼ぶ時、異世界人は何となく発音というかイントネーションというかが、違う気がするのだ。
しかし……タローは、まるで日本人のように発音する。いや、まるで、ではない。知っているように発音するんだ。
もちろん、偶然って言う可能性はあるだろう。彼の発音がたまたま、という可能性。しかしそれでも……
(やめとこう)
知って何になる。
俺はそう思って思考を打ち切る。ここで追及していいことなんて何もない。
「どうした、ミスター京助」
俺が黙り込んだからか、タローがそう言って問うてくる。
「いや? ……そうだな」
だから代わりに、別の質問をしよう。
「タローは、好きな人いるの?」
「いたさ」
意外な答え。タロー的にも失言だったのか、ハッと口を押さえた。
「……忘れてくれ」
「ん」
俺はそのままタローに背を押されつつ、体を伸ばす。ペタッと股割りが出来るようになるのが目標だ。
「そういえば、一時期、I字バランスってのが流行ったけど……冬子とか出来るのかな」
「なんだね、I字バランスとは」
「えーと……」
と、説明しようとして……今冬子の名を出したことが妙に恥ずかしくなって首を振る。
「なんでもないよ。……こう、股割り出来るのかなーって思っただけ」
「そんなもの、武人ならば当然だろう」
タローに言われると少し納得いかないが……そうなのか。じゃあリャンは間違いなく出来るだろうね。
「キョースケ・キヨタ様。お時間です」
受付の人が俺を呼びに来たので、柔軟を終えて俺はうんと伸びをする。
「私は君を推薦しているから、一応セコンドに着こう」
「ん、ありがとう」
セコンドがいてもどうにもなるとは思えないが。
俺はそんなことを思いつつ――二槍を持って闘技場へ向かった。
今はいったん控室に引っ込み、試合の準備をしている。本当なら冬子たちも――と思ったのだが、観客席に引き上げさせられてしまった。
「……で、何でタローがいるのさ」
「セコンドだ……と、言いたいところだが、少し話したいという人がいるのでな。上だと彼女らの前になるから、ここに呼んだまでさ」
なんで冬子たちと会わせたくないのだろうか――とは思ったものの、タローのことだ。何か思惑があるのだろう。
……というか、誰がこっちに来てるのかは気配で分かってるし。
「よー、キョースケ。さっきはだいぶ縮こまってたなぁ!」
「ぽやぽや。正直、見てて面白かったでおじゃる」
「……セブン、エース。いたんだ」
ガチャ、と控室の扉を開けて男が二人入ってくる。俺が嘗て出会ったSランクAG――『巨体』のセブンと、『轟音』のエースだ。
王都を拠点に活動しているSランクAGで……今回の騒動の時にたまたま王都にいなかったって言うけど……
「まさか、これのために来てて王都にいなかったの?」
「ああ。テメェに関係あるSランカーってことで呼ばれたんだよ」
そう言ってセブンは俺のところへツカツカと歩いてくると、俺の前に仁王立ちした。
「迷惑かけたみたいだな」
「何のこと?」
俺がそう問うと、セブンはガシガシと頭を掻いて……恥ずかしそうに腕を組んだ。
「王都を守ってくれたことだよ。助かった。感謝する。……言わせんな恥ずかしい」
「ああ」
俺は一つ頷き、苦笑いする。そうか、セブンが王都にいなかったのは俺が原因で……そして王都が壊滅的被害を受けたのは、セブンたちがいなかったから。
「って考えると……むしろ俺の方が謝罪しないといけないかな」
「何言ってんだよ。オレたちがいなくても王都の守りは十分、っていう判断だから出てきてたんだ。近くの街にSランククラスのAGもいたしな。あんな特殊な攻め方されてなければ、すぐに誰かが駆けつけてたよ」
「ぽやぽや、そうでおじゃる。キョースケさんが責任を感じることは無いでおじゃるよ」
後ろから特徴的な喋り方をする太った男が一人。セブンの相棒、SランクAGにしてSランク魔法師のエースだ。
「そもそもギルド間は夜間でも連絡を密に行っているの。ああして連絡を途絶させられていなければ、それこそシリウスから腕利きが王都に派遣されていたわ」
へぇ、ギルドって夜勤もあるんだ。
「……まあ、マスターである私が出てきていたのは少し問題だったかもしれないけれど」
そう言って少ししょげた顔になる王都のギルドマスター。セブンの奥さんでもある、クラウディアだ。
「それに関しては仕方あるまい、ミセスクラウディア。そもそも長がいなくては運営出来ない、ピンチに対応出来ないのであれば組織としては下の下だ。彼らが最善手を取れる自信があったから貴方も出て来たのだろう?」
タローがそう言ってクラウディアのフォローに入る。……ぶっちゃけ、戦力的な意味では彼女がいてもどうしようもなかった気がするし。
「確かにオレたちがいればもっと被害は少なくて済んだだろう。しかしタローから聞いたんだが……」
「私の名前はアトラだ、ミスターセブン」
「ぽやぽやぽや。タローさんが言っていたでおじゃるが、昇格の際に倒したSランク魔物も魔族製だったんでおじゃろう?」
「だから私の名はアトラだ。ミスターエース」
ああ、タローって他のSランカーからも名前でいじられてるんだ。ちょっと面白い。
俺は頷き、当時のことを簡単に話した。
「ソードスコルパイダー、強かったよ」
「新種なんだろ? よくそんなヤベーのを被害無しで倒したな」
セブンはそう言うと、ニヤッと笑う。
「スゲーぜ。最初に会った時は『不気味な小僧だ』くらいに思ったが……いいぜ、見直した。人族を守る、立派なAGだよおめえは。Sランク昇格おめでとう」
最初はそんなこと思ってたのか。
とはいえ褒められたのは確か、俺も笑顔で礼を言う。
「ありがとう。んー……シンプルに嬉しいよ」
「ぽやぽや。落ち着いたら某がキョースケさんに良いアドバイスをくれそうな魔法師を紹介するでおじゃる。もっと魔法に磨きをかけて、ぜひともSランク魔法師にもなって欲しいでおじゃるなぁ。ともあれ、おめでとうでおじゃる」
「ありがとう、エース。Sランク魔法師になるかどうかは置いておいて、紹介は助かるよ」
二人に礼を言っていると、ふとクラウディアが目を細めた。
「あら、珍しいわね」
「キョースケってのはいるかぁ!」
バン! と扉を開けて入ってきたのは……ちんちくりんな女性。ギザ歯に釣り目、百五十センチ無い身長とそのツインテールのせいで小学生くらいに見える。
オレンジ色のツインテールを逆立てツカツカと俺の方に歩いてくると……ぐわしっ、と胸倉を掴もうとしてきた。
俺はその腕を掴み、捻り上げて彼女の背後に立つ。
「何の用?」
「あんた……亜人族の奴隷をSランクAGの認定式に連れてくるとは何事だ!」
ガウガウと吠える謎の女。腕を極められた状態でこれだけ元気なのは賞賛に値する。俺は彼女を壁に押し付け、もう片方の腕も拘束した。
「訂正が一つ。彼女は奴隷じゃない。俺のチームメイトだ。そして言っておくことが一つ。ギルド会長であるジョエルに『認定式に出ていい』ってお墨付きをもらっている。以上、何か文句があるなら腕ずくでどうぞ」
そう言って彼女の腕を離すと、ギリッと物凄い目で俺を睨みつけてきた。殺気すら感じるその視線を受け流し、クラウディアに話しかける。
「王都ギルドマスター、クラウディアさん」
「クラウディアでいいわよ。どうしたの?」
「彼女は何者?」
その問にはクラウディアではなく――タローが答えてくれた。
「彼女はDランクAG、パイン・ロベリー。ロベリー家の四女として生まれ、AGをやっている。最近実力が伸びてきている、有望な若手だな。……まあミスター京助よりキャリアは長いし年上なのだがね」
へぇ、貴族の出なんだ。いい意味でも悪い意味でもそんな雰囲気は感じないが。
彼女は俺に轟々と殺気をぶつけながら、口を開く。
「陛下の視界内に亜人族を入れたんだぞ! 万死に値するだろうが!」
「さっきも言った通り、文句なら俺じゃなくてジョエル会長へどうぞ。彼からの許可が出たから、俺は彼女らを連れて行った」
話が通じないタイプと見た俺は、魔力を練った。DランクAGってことは『魔圧』で十分だろう。
そう思って魔力を解放するが――
「あれ?」
――何故か、倒れない。
パインはにやりと笑うと、無いに等しい胸を張る。
「何かしたのかもしれないけど、無駄だ! あたしには加護がついている!」
「ミスター京助、君のレベルで彼女を殴ったらAGとして再起不能になる。拳で解決しようとするなよ?」
俺が『魔圧』を使ったことを察したか、そう言って諫めるタロー。失礼な、俺とて手加減くらいは出来る。
とはいえ、小学生くらいの見た目の女性を殴るというのもアレか。俺ははぁとため息をついてから腕を組んだ。
「話がそれだけなら帰って欲しいんだけど。俺は大事な試合があるんだ」
「あんたが謝罪したら考えないでもない」
「タロー、助けて」
「……ミスパイン。ミスター京助はこう見えて忙しい。話は私が聞いてあげよう」
「あんたは引っ込んでろ!」
こりゃダメだ。
セブンとエースの方を見るけど、苦笑いだけ。……前言撤回、思いっきり貴族らしいよ。俺たちが表立った暴力に出られないと承知の上でこれをやってるらしい。
「オルランド呼んでこようかな」
「ハイドロジェン家はロベリー家と事を構えたいわけないだろ」
ああ、そうか貴族間でもパワーバランスは当然あるのか。俺はポリポリと頬を掻き……彼女を無視することに決めた。
「エース、紹介してくれるって言ってた魔法師ってどんな人?」
「ぽやぽや。属性混合について研究しているんでおじゃるよ。キョースケさんの戦闘スタイルとは噛み合うでおじゃろう?」
「ああ、それは嬉しい。研究者ってことは他の例も知っているかもしれないし」
「こら、何を無視している!」
「そういえばミスター京助、今言うべきではないかもしれないが、公衆浴場の件についてだいぶ具体的になったんだ。アンタレスに戻ったらもう一度そこについて話し合おう」
「おい! なんで無視するんだ! おい!」
「おい、公衆浴場ってなんだよタロー」
「だから私の名はアトラだと言っているだろう……ミスターセブン。いや何、ミスター京助と少し話し合ってな。平たく言えば風呂屋だが、あると便利だろうということになって」
「だから無視するな!」
そう言って剣を抜いたパイン。俺はその剣を掴み、彼女の身体を持ち上げた。
「えっ……えっ、なんで斬れない? えっ、う、浮いてる。えっ、えっ?」
「流石に剣を抜いたのはやりすぎだと思うよ? 君が貴族でも何でも」
俺はそう言って彼女を放り投げる。扉の外まで風で送り、そのまま扉を閉めた。バタン! と大きな音がして……室内には静寂が訪れる。
「頭悪いね。……で、アレ何?」
「ロベリー家は過激派なんだ。国内にいる亜人族の奴隷はすべて殺し、今にでも宣戦布告をすべきだという」
タローの説明にげんなりする俺。なんでそんな危険人物がAGなんかやってんだよ……。
「王都のギルドに出入りしているAGなんだけど、たまたまシリウスにいたとは考えづらいから……貴方がシリウスに来るって聞いて駆け付けたんじゃないかしら。アンタレスが亜人族奴隷にとって暮らしやすい街になっていると聞いて、前々から憎々しく思っていたんでしょうね」
どういうこっちゃ。
「あんなのに絡まれるようなことした覚えは無いんだけどね」
「アンタレスにいる頃から何度も言っていると思うが、ミスター京助。君の亜人族との付き合い方は常軌を逸している……とは言わないが、かなり珍しいものであることは間違いないのだ。むしろ心情的にはあっちに同意する人間も多いだろう」
そういえば、過去にも何か救済がどうたらとかいう思想団体に絡まれたこともあったっけ。
俺はチラッとセブンを見ると、彼も頷いた。
「あれはあれで異常だが、テメェもテメェで異常だ。まあ、オレたちは昔の小競り合いに出たりしてるから忌避感は逆に少ないが……オレたちより上の年代だと更にあの手の輩は増えるぞ。むしろ何でアンタレスじゃ文句が少ないのか、そっちの方が不思議だ」
エースやクラウディアも頷いている。久々にこんな感覚に陥ったけど……そういえば俺の常識は非常識なことの方が多いんだった。
「アンタレスの場合は……亜人族奴隷というよりは、奴隷全般だからそこまで反発意見が出ていないのだろう。ミスター京助は二度も奴隷組織を潰しているからな。そして領主と仲が良く、自分はSランカーだ。そんな男が生み出した気風で空気だ。変えようとするよりは出て行った方がいいと考える人間の方が多数だろうな」
そうか、アンタレスに持ち家があるとかじゃない限りはさっさと別の土地に移った方がいいのか。どうりで人の入れ替わりが激しいと思った。
「何なら一度領主をぶっ潰してるからね、俺。ヤバい奴って思われてそう」
「実際ヤバい奴だろう?」
「実際ヤベー奴じゃねえか」
「ヤバい奴でおじゃるね」
「ああ……そういえばアンタレスのアルリーフが激怒していたわね……勝手なことをされても困るって」
全員からヤバい奴認定された。なんでさ、泣くぞ。
「皆だって一回はやってるでしょ? こういうこと」
俺が問うと、やはり全員が目を逸らす。ほら見ろ。
「ちなみにタローは何をやったの?」
「……公にしていいものであれば、そうだな。村を焼いたことがある」
「公にしていいのでそれかよ」
何が起きた。Sランカーに人格面で問題がある奴はいないんじゃなかったのか。
「いや、そのだな。その村はいわゆる麻薬を作っているタイプの村だったんだが……領主がそこに一枚噛んでてな。仕方が無く強引にすべてを終わらせただけだ」
「ちなみにタローがBランクの時だな。あん時は『ヤベーのがいる』って大騒ぎになったぜ」
麻薬を作っているタイプの村ってなんだよ……という当たり前のツッコミは置いておいて、やっぱりBランクの時にやらかしてるじゃないか。
「ちなみにセブンとエースは?」
「某は人前で言えるようなものは無いでおじゃる」
「オレは……酔っぱらって闘技場を一個更地にしたことがある」
「もうお前が優勝でいいよ」
「あの時は……本当に……もう……」
泣き出すクラウディア。セブンは豪快に笑っているが、そんな笑いごとで済ませられることじゃないだろそれ。
後、人前で言えることじゃないってエースは何してんだマジで。
「はぁ……やっぱりSランカーってヤバい人しかいないんだね。俺を除いて」
「そうかもしれないな。私を除いて」
「ああ、言えてるぜ。オレを除いて」
「ぽやぽやぽや。確かにそうでおじゃるな。某を除いて」
「全員の前に鏡を持ってきてあげるからちょっと待ってて」
クラウディアがはぁ……と深いため息をいてから、セブンの腕に自身のそれを絡ませた。エスコートされる貴婦人のように。
「行きましょう、セブン。……キョースケさん、改めてお礼に伺います。それと……昇格、おめでとうございます」
「ん、了解。……ありがとね」
王家から既に褒美は貰ってるんだけどな。とは言わず、頷くだけにしておく。
「では某も。ぽやぽやぽや、今日は本気を見れるでおじゃるかね」
「んー……キョースケがビビりじゃなけりゃ大丈夫だろ」
若干、挑発するような笑みを浮かべるセブン。そんな彼から餞別とばかりに――思いっきり闘気をぶつけられる。物理的な威力を持って当てられる『圧』。ジョエルのそれと種類は違うとはいえ、場合によっては隙を晒してしまうだろう。
「……闘気、っていうか『職スキル』かな」
「ミスターセブンはその手の能力を持っているのだろうな」
そして今見せてくれたってことは――ジャックも似たような能力を持っている可能性は高い、ってことなのかな。
「途中、余計な邪魔は入ったが……どうだ、リラックスは出来たかね? ウォームアップなら付き合うが」
「んー、柔軟だけにしておくよ。俺の場合、魔力を使うことの方が多いだろうし」
「本当は君のヒロインたちにやってもらいたかっただろうが……彼女がいたからな。ここに入れるわけにもいかなかった」
ああ、なるほど。タローは自身の経験からああなることを予測してたわけか。それなら忠告してくれればよかったのに。
「しかし君は硬いな」
「これでもだいぶ柔らかくなったんだけどねぇ」
戦うにあたって柔軟が必要――と言われるようになったのはシュンリンさんに師事を受けてからなので、柔軟を初めてまだ半年程度。流石にそこまで柔らかくなってはいない。
「普通は、最初にやるものなんだがな」
「……そりゃあ」
異世界に来てからだから。
俺はそう言いかけて……タローに、ある質問をするかどうか悩む。
『何でお前は、異世界人を知ってるの?』
俺や冬子の名を呼ぶ時、異世界人は何となく発音というかイントネーションというかが、違う気がするのだ。
しかし……タローは、まるで日本人のように発音する。いや、まるで、ではない。知っているように発音するんだ。
もちろん、偶然って言う可能性はあるだろう。彼の発音がたまたま、という可能性。しかしそれでも……
(やめとこう)
知って何になる。
俺はそう思って思考を打ち切る。ここで追及していいことなんて何もない。
「どうした、ミスター京助」
俺が黙り込んだからか、タローがそう言って問うてくる。
「いや? ……そうだな」
だから代わりに、別の質問をしよう。
「タローは、好きな人いるの?」
「いたさ」
意外な答え。タロー的にも失言だったのか、ハッと口を押さえた。
「……忘れてくれ」
「ん」
俺はそのままタローに背を押されつつ、体を伸ばす。ペタッと股割りが出来るようになるのが目標だ。
「そういえば、一時期、I字バランスってのが流行ったけど……冬子とか出来るのかな」
「なんだね、I字バランスとは」
「えーと……」
と、説明しようとして……今冬子の名を出したことが妙に恥ずかしくなって首を振る。
「なんでもないよ。……こう、股割り出来るのかなーって思っただけ」
「そんなもの、武人ならば当然だろう」
タローに言われると少し納得いかないが……そうなのか。じゃあリャンは間違いなく出来るだろうね。
「キョースケ・キヨタ様。お時間です」
受付の人が俺を呼びに来たので、柔軟を終えて俺はうんと伸びをする。
「私は君を推薦しているから、一応セコンドに着こう」
「ん、ありがとう」
セコンドがいてもどうにもなるとは思えないが。
俺はそんなことを思いつつ――二槍を持って闘技場へ向かった。
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