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第六章 修行の時なう

130話 お帰りなさいなう

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 勢いで飛び出してそのままカリッコリーのお店に行って時間を潰し、そのまま行きつけを何軒か回って俺は帰路に着いていた。
『ああ、自分ってまだ男子高校生なんだな』と思い知らされた上に彼女らに見せてはいけないものを……。
 覇王に負けた時も、ゴーレムドラゴンと戦った時も、ずっと俺は「死にたくない」と思って戦っていた。
 そんな俺が「死にたい」と思うのだから精神的ダメージは余程のものだろう。

「とはいえそろそろ流石に帰らないと……」

 彼女らが怒っている雰囲気じゃなかった。どちらかというと「ベッドの下のエロ本を発見したお母さん」の雰囲気とも言おうか。いやそんな経験ないからわからないけど。

「ん……電話か」

 着信音が鳴ったのでケータイをとると、キアラの声が聞こえてきた。

『おお、キョースケよ。どこにおるんぢゃ? そろそろ晩御飯ぢゃ。戻ってこんか』

「あー……はいはい」

『まあお主が気にするのも分からなくもないがのぅ……セクハラをしてそうなったわけでもあるまいし。イチャイチャしてそうなったのなら普通のことぢゃろう』

 イチャイチャて……。

「キアラにはわからないよ……この、何とも言えない気恥ずかしさは……」

『ぢゃからさっさと押し倒せと言っておるんぢゃ。初めてでやり方が分からんのならば妾でもピアでも聞けばよかろう』

「だからそうじゃないでしょ……」

 どうしてこっちの世界の女性はこうも肉食なのか。いや、俺が草食過ぎるのかもしれない。異世界モノの主人公って、三話目くらいでは奴隷に手を出してるしね。
 下半身に正直なのは別に良いと思うけど、それなら娼館街にでも行けばいいのにと思う。
 そういうことのために奴隷を買うってのは、あまり快いものじゃない。

「取りあえず帰るよ。それと、俺はそんなことしないからね」

『下半身は正直だったようぢゃがの』

 ああああ……。

『ほれ、認めたらどうぢゃ? 妾の身体に欲情しておると』

「そのような事実はありません、じゃあね」

 俺はブチッと切ってポケットにケータイをしまう。最近はキアラもリャンも俺をからかう頻度が増えている気がする。
 そんなに俺の反応は楽しいだろうか。

「む……ミスター京助。今帰りかね」

 活力煙を咥えて火をつけていると、前からタローが歩いてきた。彼も今帰りのようだ。
 俺たちは家に向かって一緒に歩き出す。

「何のクエストだったの?」

「そう難しいものじゃない。ただの狙撃ヒットだ。とある犯罪者が立て籠っていたのでな」

「治安維持もSランクAGの務めか。大変だね」

「当り前だ。……私たちは人間の常識では計れない力を持っている超越者だ。国があろうとなかろうと生きていける」

 タローの顔は少し寂しそうだ。
 人の枠から外れてしまったが故の悲しみ……なのだろうか。彼は前を向いたまま話し続ける。

「だが、一人では流石に複数人の超越者たちには勝てない。超越者を敵に回したくないのなら国という機構は残した方がいい。それに国があるから住みやすいからな。そのために私たちは治安を守る」

 天川のように「強者の義務だ」とは言わず、割と現実的な視点で『他者を守る』と言うタロー。こちらの理屈の方が納得できる。

「そんなもん?」

「ああ。第一、この国を見てみろ。基本的に平和だろう?」

 治安がいいかはさておいて、皆基本的に笑顔だ。裏では後ろ暗いことが行われてはいるが、それは日本だって一緒。
 発言の自由があり、思想の自由があり、宗教の自由……はあるか分からないけど、取りあえず人間として笑顔で生活出来る基盤は整っていると言っていい。

「この平和を守っているのが自分だと思えば、胸も張りたくなるものだろう?」

 何と言うか。彼はどちらかというとヒーロー気質なのかもしれない。
 そのことにとやかく言うつもりは毛頭ないし、それ自体は尊敬に値する考え方だろう。

「ただまあ、やっぱり強いよね。強者の考え方だ」

 オルランドの部下からは、強者故の傲慢と言われた俺の考え。彼のこれもきっとそうだろう。

「無論だ。自分で言うのもなんだが私は最初から強かった。だから弱い者の気持ちを想像することは出来るが実感したことは無い。そう言われても仕方が無いだろうな」

「自分に自信があるっていうのはいいよね」

「キミとて自分に自信はあるだろう」

「そんなこと無いよ。俺は一番強いわけじゃないから」

 SランクAGの中には敵わない奴もいるだろうし、そもそも覇王には明確に負けた。
 戦闘力以外でも――

「顔だって普通で、背が高いことくらいしか取り柄は無かったし」

 さして勉強が出来るわけでも無かったしね。
 タローはそんな俺の顔を見て少しキョトンとしてから、フッと笑った。
 バカにしたような笑いではないが、どちらかというと子どもの勘違いを微笑ましく思っているような様子だ。
 誰が子どもか。

「キミはおかしなことを言うな。自分に自信を持つことに何か理由がいるのか?」

 タローは口もとに微笑を携え、腕を組んだ。

「例えば……そうだな。キミと私が戦えばキミが恐らく勝つだろう。この二人の間ではキミの方が強く、私の方が弱い。そうだな?」

 確認するように問うてくるタローだけど、そもそも彼は弓兵アーチャーで俺は槍兵ランサー。戦う距離が違うのだから一概には言えない。
 だが彼の狙撃をヨハネスのおかげで感知することが出来る俺は、有利に立ち回ることが出来るだろう。

「しかし私はキミの前で力を誇ってはいけないのか? そんなことはないだろう。誰かと比較して自分の力が勝っているから自分に自信を持つのではない。自分のことを信じることが『自信』だ。誰かと比べなくては保てない自信なんて、ゴブリンにでも食わせてしまえ」

「…………」

「どうしても自分を信じるのに理由が欲しいというのなら、人に貢献したことを誇れ。『この街は俺が守った』でもいい、『あの人は私が助けた』でもいい。なんなら『迷子の少年を家まで届けた』でもいい。だから自分は誇れる人間だと、そう思えば自分を信じることもできるだろう」

 そう言った時、側を通った女性がハンカチのようなものを落とした。タローはそれをさっと拾い、彼女に渡した。

「お嬢さん、落としましたよ」

「あ、ありがとうござ……って、あ!」

 彼女はタローの顔を見るなり、驚いた顔をした。もしかすると、タローがSランクAG『黒のアトラ』だと気づいたのかもしれない。
 タローはそっと唇に手を当てると、ニヒルに微笑んだ。

「おっと、お嬢さん。もしも私のことを知ってくれているのならここで騒がないでくれると嬉しい。その代わり――」

 彼は紙切れのようなものを渡すと、パチリとウインクした。

「そこに書いてある日時、場所に来てくれたら最高の時間を贈ることを約束しよう」

「は……はいっ!」

 ……褐色のイケメンに微笑まれたからか、その女性は顔を赤らめてそそくさと帰っていった。

「――だから私はこれ以上ないくらい、いい男なわけだな」

「決めた相手はいないの?」

 そう問うと、タローは少し寂しげな笑みを浮かべた。

「私という人間も、私の愛も一人に向けるには重すぎる」

「だからこうして分散させてると?」

「そういうことだ」

 納得は出来ないけど、理解は出来なくはないかな。

「そもそも! 私という世界最高の男を一人占めさせてしまった場合、その女性がどれほどの嫉妬をむけられるか分からないからな。そのために私は一人でいるのさ」

 物凄いどや顔。自信満々に笑う姿は俺には無いもので、得難いものだと思う。

「取りあえず、俺はタローのことをキザな奴だと思ってたけど違うね」

「ふむ? ではどう思うんだね?」

「――キザなナルシストだ」

 そう言うとタローは一瞬だけ目を丸くして……そしてはっはっはと大笑いした。

「なるほど、キミは素直じゃないらしいな。ふっ……彼女らがキミに夢中になる理由が分かる気がするよ」

 分かった風な口をきく言うタロー。やっぱりムカつく。

「別に夢中になんてなってないでしょ」

「そうむくれるな。――それに、キミはちゃんと考えておいた方がいいぞ」

「何を?」

 真剣な目になると、俺をまっすぐと見据えて口を開いた。

「キミの周囲との関係性を、だ。?」

 真剣な口調。確認するような問いに……俺は、首を傾げることしかできない。
 タローは、何を尋ねているのだろうか。
 俺の反応から、分かっていないことを察したのかタローは眉をひそめてため息をついた。

「……まさかとは思っていたが、ここまで朴念仁とは。いや……違うな。まるでわざと目を逸らしているような……なるほど、これはミス冬子もミスリャンも、ミスキアラも……ミスマリルも、苦労するな」

 何か気づいたようなタロー。そしてピン、とデコピンしてきた。

「まずは自分を信じるところからだな。それが出来て初めてスタートラインだ」

「……自分を信じるって言ったって」

「すぐにとは言わない。しかしちゃんとそこから始めるんだ。――キミの周りにいる女は、いい女ぞろいだろう?」

 唐突な質問。しかし俺はノータイムで頷く。
 彼女らは所謂「いい女」だと思う。勿論、「(都合の)いい女」ではなく。俺が出会ってきた女性の中ではピカイチだ。

「……いい女はいい男の周りに集まるものだ。私のところにいい女しか集わないようにな。キミの周囲にいる女性が信じている男を信じられないのか?」

「それは……」

 言葉に詰まると、ぐしゃっと荒く頭を撫でられた。

「考えろ。私も若いが、キミはもっと若い。考える時間はいくらでもある。そして迷ったら私たち大人を頼ればいい。人はそうやって成長していくものだ」

「17は大人じゃないの?」

「年齢の問題じゃない、心の問題だ」

 ピシャリと言われる。そういえば、マリルの弟の方が俺よりしっかりしてたっけ。
 タローの横顔を見て、ぼんやりと考える。
 ……いつか俺も、こうして年下の人間を導くようになるのだろうか。
 その時、俺はどんな言葉をかけてあげるのだろう――
 ……まあ、何にせよ。

「キアラもそうだけど、大人ってなんで皆知った風なことを言うんだろうね」

 活力煙の煙を吸い込み、空に溶かす。そろそろ陽が沈むかな。
 前の世界にいた時の晩ご飯は結構遅かったけど、こちらの世界だと朝早く起きて夜はちゃんと寝るという規則正しい生活しているせいで陽が沈むくらいに晩御飯を食べている。
 ……こっちの世界に来ている方が健康にいいんじゃないかな、俺。

「ミスキアラの場合はわからないが、私の場合は一度通った道だから言えるのだ」

「そういうもん?」

「そういうものだ」

 そういうものか。

「ああ、そういえばミスター京助。相談があるんだが」

「なに?」

「実はな――」

 ――そうやって二人で話しながら帰っていると、魔法師ギルドの前を通りかかった。
 ……相変わらず闇の瘴気を纏っている建物だね。住所が変わった時に届け出を出したからつい最近きたばかりだけど、そう何度も来たくはない外観だ。

「ん?」

 黒いとんがり帽子、全身ローブ。どこからどう見ても「魔女!」って見た目の女の子。
 彼女も俺の方を見て、ぱあっと表情を明るくさせた。

「リュー!」

「ヨホホ! キョースケさん、お久しぶりデス!」

 たたたっ、と小走りで駆け寄ってきた彼女にそのまま抱き着かれる。活力煙が当たると危ないので慌てて焼き払い、彼女を抱き留める。

「久しぶり、リュー。元気にしてた?」

「ヨホホ! もちろんデス。キョースケさんもお変わりないようで何よりデス」

 邪気の無い笑顔、やはり弟を取り戻せたのが良かったのだろうか。以前アンタレスで彼女とクエストに行っていた時よりも表情がさらに柔らかくなっている。

「あー……コホン。ミスター京助。私は外で晩飯を食べてくる。私の部屋の窓の鍵だけ開けておいてくれ」

 わざとらしく咳払いするタローに「了解」と言った後、リューと二人で笑い合う。

「それにしても、例の村ではちゃんとした扱いを受けられているみたいで何より」

「そうデスね。一緒に行った人たちの中で戦闘力が高い方もいらっしゃいましたデスので、重宝されていたデスよ」

 なるほどね。
 俺はリューを放し、家まで案内することにする。

「良かったよ、リューと会えて。俺今、一軒家に住んでるからね」

「ヨホホ、魔法師ギルドでも聞きましたデス。住所が変わったと言っていましたデス。というか、お手紙出しましたデスよ?」

「うん。そうだ、晩御飯がまだならうちで食べる?」

 何度か冬子も心配していたので、顔を見せたら安心するだろう。
 そう思って提案したのだが、リューは目をパッと輝かせた。

「良いのデスか?」

「そりゃね」

 一人増えたところで問題あるまい。一応連絡は入れておくが。
 ……冬子に電話するのは気まずかったのでキアラに電話すると「ほっほっほ、承知ぢゃ」と言ってくれた。

「じゃあ行こうか」

 新しい活力煙を咥えて火を着け、家に向かって歩き出す。

「ヨホホ、ありがとうございますデス」

 軽く頭を下げるリューに……俺は言わなくちゃいけないことを思い出す。
 彼女がアンタレスに戻ってきたら、真っ先に言おうと思っていた台詞を。

「お帰り、リュー」

 リューは嬉しさ半分、照れくささ半分と言った笑いを浮かべ頬を掻いた。

「ただいまデス、キョースケさん」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「というわけで、お久しぶりデス皆さん」

「リューさん。よく来てくれました」

 冬子とリューはハグしながら挨拶している。リューの挨拶スタイルってハグだっただろうか。

「ヨホホ、実は村の挨拶がハグなのデス。それが移ってしまって」

「なるほどね」

 なんてことを言いながらみんなで食卓につく。
 今日のメニューは芋(のような野菜。トポロイモンというらしい)の煮物と、パン。あとスープ。

「それにしても、急にお邪魔してしまい申しわけないデス」

「大丈夫です、マスターのお客さんですから」

「しかし本当にお久しぶりですねー。あの事件、もうそんなに前なんですね」

 マリルが言っている事件というのは、領主をぶっ飛ばした時のことだろう。そんなに前な印象も無かったが、そういえば一ヵ月くらいは経っているんだった。

「ただ、な……。一ついいですか、リューさん」

「ヨホホ、なんデスか?」

 キアラは早速お酒を取り出して、グラスに注いでいる。今日は白ワインかな。
 美味しそうに飲んでいる彼女をぼんやり眺めながら、苦笑する。

「なんで京助にぴったりとくっついているんですか!」

「村ではこの距離感が常識だったんデス」

 そっぽを向いて、耳をぴょこぴょこと動かしながら答えるリュー。

「いや村は関係ないでしょう!? というか、京助も食べづらいだろう! 何か言え!」

「左手側だからそんなに食べにくくはない」

「だそうデス」

「そういう問題じゃない!?」

 うん、俺もそういう問題じゃないのはわかってる。ただ、何となく彼女にそれを言えない。
 何でかというと……。

「それにしてもリューさんって、亜人族……いや、獣人族だったんですねー。初めて知りました」

 そう、今の彼女は帽子を外しているのだ。
 緑……いや、黄緑色が近い髪をショートカットにしており、夏場でも涼しそうだ。
 俺に帽子の中身を見られて酷く狼狽えていたというのに。『家の中だから』――そう言って彼女がそれを外した時、俺は言いようのない気持ちに襲われた。
 それは安堵なのか、それとも喜びなのか。
 とにもかくにも、リューが一人じゃないとそう思えて。彼女の過去をあの時知ってしまったから、余計に。
 その帽子を外すというのがどれほど重要な意味を持つのだろうと考えると、どうしても怒る気になれなかった。
 だって、羽を伸ばしているのだから。
 今の彼女は、本当の意味で『自由』なのだから。
 今日くらいは何でも許してあげたい、とそんな気持ちになる。俺にくっついていることに何の意味があるのかは分からないけど、彼女がそうしたいのならそうさせてあげよう。別に減る物でも無いし。

「今思ったが、京助はリューさんに甘いな」

「別にそんなつもりは無いけど」

「んー、なんかギルドでもちょっとリューさんにだけ優しかったですもんねー」

「アレは彼女が魔法の師匠だから……」

「……キスされた時だって躱しませんでしたよね、マスター」

「それは……不意をつかれたからであって」

「ヨホホ、またしますデスか?」

「「「ダメだ(です)!」」」

 リューがニヤッと悪戯めいた笑みを浮かべると、冬子、リャン、マリルが声をそろえて止めた。

「付き合ってもいない男女がキスなんて……破廉恥だ!」

 冬子なんて真っ赤になって怒っている。冗談をまともに受け止めなくても。
 取りあえず、俺はリューと離れ全員を席に座らせる。

「流石にお腹が減ったよ。取りあえずご飯を食べよう」

 みんなにそう言うと、全員が肩をすくめて料理に口をつけだした。
 ……やっぱり平和な食卓が一番。
 何だかんだ言って、笑顔で話しているのだからリューが帰ってきてホッとしているのは俺だけじゃないのだろう。
 そんな彼女らを、俺は微笑みながら眺めるのであった。

「京助は私でもちゃんと欲情していたんだからな!」

「どことは言いませんが、マスターの一部が――」

「言わせねえよ!?」

 ああホント、帰ってこなければよかった……。
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