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第五章 ターニングポイントなう

120話 狩りの時間うぃる

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 オルランドは立ち上がると、パンパンと手を打った。

「……話の前に、ちょっとお茶でも飲みましょうか。少し長くなるかもしれないし、貴方たちも疲れているでしょうし」

 まあ確かに気を張っていたし――今でも気を抜いてはいないけど――採寸されたりしたんだ。疲れているには疲れている。

「ではお言葉に甘えて」

 そう俺が言うと、ガチャリと扉が開いてメイドが入ってきて椅子、そしてティーポットを持ってきた。さらに手際よく俺たちの前にティーカップが置かれ、ふわりといい香りがする紅茶が注がれた。

「どうぞ。別に毒は入ってないわ」

 オルランドはそう言ってティーカップを口に運ぶ。流石にこのタイミングで毒殺をするとは思えないので大丈夫だろう。
 と思って俺も紅茶を飲もうとすると、リャンが「失礼します」と言って俺のカップをとって一口飲んだ。

「大丈夫なようです。どうぞ」

「ホントにいい子ねぇ」

 オルランドが楽しそうに見ているが、リャンがここまで疑うのはなんでだろうか。後で聞いてみよう。
 彼女がここまで警戒しているので、俺もやはりもう少し警戒しよう。沈む毒かもしれないので底の方は飲まないようにしながら紅茶を口に付ける。

「……美味しい」

 冬子がぼそりとこぼす。たしかに美味しい。

「気に入ったなら後で届けさせるわ。紅茶の淹れ方くらいは知っているでしょう?」

「一通りは」

 俺じゃなくてリャンが答えた。ちなみに俺はいまいち分からない、キアラは出来そうに無いし冬子はどうだろうか。
 一息ついて、さてとオルランドが足を組む。

「そもそも――この世界で『商会』と名乗るにはいくつか条件があるの。代表的なモノは二つ。一つは他の商会からの承認。最低でも5つ以上の商会から認められない限り商会を名乗ることは出来ないわ」

 なるほど、信用度みたいなものだろうか。商会を名乗ろうとするほど規模が大きいのなら、既にそのくらいの伝手はあるだろうし、その程度の伝手も無ければ商会としてやっていくのは不可能だろう。

「そして二つ目。『商会』になると、国から支援を受けることが出来るの。その代わり『商会』は国に納める義務があるの、税金をね」

 そしてニヤリと笑うオルランド。後は分かるわよね? とでも言いたげな雰囲気だ。
 税金、押し込むアイデア。
 ……ああ、なるほど。

「脱税か」

「BINGO!」

 なるほど、デカい隠し玉だ。
 詐欺事件だけじゃ無理だが――それなら、追い込むことが出来るだろう。
 アクドーイ商会、おとりつぶしだ。

「それに……少し厳しいかもしれないけど、詐欺事件の方は『新しい方法の奴隷狩り』として国に進言するわ。上手くいけばアクドーイ商会を『奴隷狩り』と『脱税』の二つの方向から潰せるわ」

 ニヤリと……悪い顔をするオルランド。俺も多分似たような顔をしているんじゃないだろうか。
 まず、手際の良さからマリルのように男に騙されて借金させられて奴隷落ちした人が多いだろうと仮定する。なので、マリルと似たような境遇の人を見付けて『結婚詐欺師』を聞きだし、出来る限り多くの『結婚詐欺師』を捕まえる。
 そして奴隷のオークションの当日。本部の警備は競売に出す奴隷を守るために薄くなるので、脱税の証拠を発見してオルランドと乗り込み逮捕する。
 こういう流れで進めるらしい。詳しいことはもう少し詰めるようだが。

「脱税だけは……徴税官を調査した時に分かっていたんだけど。それだけじゃパンチが弱かったのよ。願っても無い助けだったわ」

「なるほど……まあその流れなら暴力は極力控えてマリルを助けられそうだ」

 最後は大暴れして有耶無耶にしようとしてたからね。
 オルランドは俺の考えに思い至ったのか、少し顔を苦い物にする。

「言っておくけど、流石に何の証拠も無しに商会をぶっ潰したらその時点でAGの資格を剥奪されるわよ」

 前領主の時はリューの弟が――つまり獣人の奴隷が奴隷狩りによって捕まっていることが分かってたからね。そうじゃなくても突っ込んでた可能性はあるけど。
 あの事件からまだそんなに経っていないのに、もう一年も経っているような気すらするよ。

「とはいえ、危ない橋であることに変わりはないわ」

 オルランドが再び真剣な目になって俺を見据えてくる。

「一歩間違えれば死が待っているかもしれない、そうでなくても失敗すれば貴方はお終いよ。私はトカゲのしっぽ切りをするから」

 潔くトカゲのしっぽ切り宣言。男らしく言い切られると「まあそんなもんか」と思ってしまう。
 とはいえ、貴族であるオルランドからしてみればそうだろう。今、広告塔として契約しておきながら……とは思うけど、商会の長でもあるんだから仕方があるまい。

「だけど、成功すれば貴方たちの願いはだいたい叶うし、何より私に恩を売れるわよ。……さぁ、今なら降りることを許してあげる。どうする?」

 そう言ってオルランドがスッと手を差し出してきた。その手を握るかどうかということだろう。この件が彼に恩を売れるのかは分からないけど。
 ……俺は国王と前領主以外の貴族に会ったことが無い。だから貴族がAGに対してどういう形で対応するのが正しいのか分からない。
 だけど、今目の前にいるオルランドが俺のことをAGだからと下に見ている雰囲気はない。
 あくまで対等に扱っている感じがする。
 失敗したらトカゲのしっぽ切りをすると言われた、しかしその言葉の裏から『お前が仕事を完遂出来たら、自分も絶対に失敗しない』という並々ならぬ覚悟を感じる。
 この作戦は、俺もオルランドも必ず自分の仕事を遂行しなくちゃ成功しない。言うなれば共犯者として――戦わなくてはならない。
 その覚悟を見せつけられて、引いたら男が廃る。
 俺はジッとオルランドを見返しながら、その手を握った。

「必ず仕事は完遂する」

「(……いい眼だ。いい女はいい男のところに集まるってな)」

 ぼそり、とオルランドが少しだけ口を動かした。何を言ったかまでは聞き取れなかったが、オルランドがグッと握る力を強めたのを感じ、俺の覚悟も伝わったんだということだけは分かった。
 ニッと笑うと、オルランドがばさりといろいろな資料をテーブルの上に広げた。

「大丈夫だとは思うけど、貴方たちがあまりにこの屋敷に出入りしていれば無駄にアクドーイ商会が危機感を持つかもしれないわ。だからなるべく今日中に打ち合わせをしておいて、それ以外のやり取りはティルナたちを通じて行いましょう」

「分かりました。では早速話をつめていきましょう」

 俺はそう言って――流石に作戦なのでリャンも俺の隣に呼んで――オルランドとの打ち合わせを開始する。
 ……そういえば、こっちの世界に来てすぐは狩りの仕事とかでこうしてちゃんと打ち合わせをしたりしたっけ。
 ……再び、力押しじゃどうにもならない領域に来たんだな。
 自分のレベルアップを感じつつ、俺はオルランドとの打ち合わせに集中した。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 さて、諸々の打ち合わせが終わり俺たちは新居の前にやってきていた。

「これが私たちの新しい家か……」

「ほっほっほ。取りあえず掃除からかの?」

「マスター、掃除は私にお任せを」

 ウキウキしている女子陣。かくいう俺も割と楽しみではある。
 二階建ての館だが、四人で住むにはあまりにも部屋数が多い。お手伝いさんとか雇った方がいいのかもね。
 そんなことを考えながら、俺はガチャリと鍵を開ける。軽い手応えを感じながらドアを開くと……。

「なんか小奇麗だね」

「そうぢゃの。誰かが生活していた様子は無いが、掃除が行き届いておる。あの領主、だいぶ前からお主を引き入れる算段を立てていたのかもしれんのぅ」

「かもね」

 そう言いながら一階を探索する。ロビー、食堂、応接間、談話室、キッチン、お風呂、トイレ、洗面所には水が出る魔法道具がちゃんと使ってある。
 そして二階は……十個くらい部屋が並んでいる。ここを個室にしようか。

「なんていうか、凄く広い館だね……」

「本当にお手伝いさんが必要になるかもしれんな……少なくとも、自分たちでこれを全部掃除しようと思ったら一日かかるぞ」

 まあその辺のことはおいおい、だね。
 俺たちは取りあえず談話室に入り、今日のことの整理、そしてこれからどう動くのかを改めてみんなで確認する。
 灰皿も置いてあったので俺は椅子に座ってから活力煙を咥える。あ~……疲れた。やっと一息付けたよ。

「ふぅ~……。さて、マリルを救出するリミットは六日後。それまでに俺たちがやらなくちゃいけないことは……」

「マリルさんと同じ境遇にある人を見付け、そして詐欺師も見付けて逮捕することだな」

「うん」

 マリルと同じ境遇にある人を見付けるのは、忍び込めばOKだ。幸い、奴隷舎には前回忍び込んだし、あっちは割と警備が薄い。たぶんあそこから人を連れ出すのは容易じゃないって向こうも分かっているんだろう。

「明日にはマリルのことをハメた奴の情報も届くだろうから、今夜中に他の人から話を聞いておきたいね」

「そうぢゃの。陽が沈んだらマリルへの差し入れを持っていくついでに情報を集めようでは無いか」

 マリルへの差し入れは帰ってくるついでにもう買ってきている。これを届けるのと同時になるべく多くの人から詐欺師についての情報を仕入れたい。
 リャンがガサガサと紙袋の中から食材を取り出しながら口を開く。

「では今夜はまたキアラさんとマスターは二人で忍び込むのですか?」

「そうだね。あと、買い出しにも行かないと」

 食材に関しては問題ないんだけど……。

「この屋敷、水が出る魔道具はたくさんあるのに魔魂石が設置されてないんだよねぇ……」

 魔道具には様々なパターンがある。俺や冬子、キアラが着けている魔道具は魔道具そのものが魔力を持っているタイプ。魔魂石が練り込んであるとでも言おうか。これは小型化することが出来る分高価なものが多い。
 一方、この館に設置されている魔道具は電池みたいに魔魂石を設置しないといけないタイプ。大型な代わりに安くて修理もしやすい。

「だから二人にはこの屋敷で必要な分の魔魂石の買い出しをお願い。それでついでにご飯作ってお風呂沸かしといて」

 活力煙の煙を大きく吸い込む。甘い煙が肺から体に染み渡っていく感覚がする。

「お風呂を沸かすというのは……」

 リャンがはて、と首を傾げた。
 お風呂が最初から館についているから、こっちの世界にお風呂という概念が無いことはないと思うんだけど……。

「キョースケよ、風呂というのは金がかかるんぢゃ。水浴びの数倍、一度に使うんぢゃ。言ってはなんぢゃが、貴族の遊びのようなものぢゃぞ。この館にある風呂場も元々は水浴び用のようなものぢゃぞ」

「え、ちゃんと湯船あったのに!?」

 チラッと見ただけだけど、たしかに湯船があったはずだ。それもかなり大きめの。大浴場……とまでは言わないが、中浴場くらいの大きさはあったはずだ。

「あれは暑い日に水を張って涼むためものぢゃ。しかし湯が出る魔道具が置いてあったぢゃろう? ぢゃから、この館はお主用に建てられたと分かるんぢゃ。お主、アンタレスで事あるごとに湯船に浸かりたいと言っておったそうぢゃな。それのせいぢゃろ」

 なるほど……オルランドは貴族だからお風呂を知っている、そして俺がお風呂を欲していたことを知り作っておいた、と……。

「おのれオルランド」

 やっぱり手のひらで転がされている気がしていい思いはしない。しかも提案に乗るのが一番俺に特になるやり方っていうのがもっとムカつく。

「ほっほっほ。まあ取りあえず冬子なら分かるぢゃろ。ほれ、急がんで良いのか?」

 珍しくキアラから勤労意欲を感じる。ならば俺がサボっているわけにもいくまい。

「いや行くよ。……じゃあ冬子、リャン、お願い」

 俺は灰皿に活力煙を押し付け、立ち上がる。
 前はちょっと行き当たりばったり的な感じで忍び込んだから、今回はもう少し作戦を練って――。

「というか、一度行ったからのぅ。転移できるぞ」

「……チートだねぇ」

 一度行ったところなら転移出来るのかぁ……。

(カカカッ! キアラの魔法を舐めるんジャァネェゾォ!?)

(分かってるよヨハネス……)

 思いだしたように喋る|神器(あいぼう)に返事をしながら、キアラの肩に手を置く。

「じゃあお願い」

「了解ぢゃ。……どさくさに紛れて胸とか触っても良いんぢゃぞ?」

「触るわけないでしょ」

 溜息をついてからヒュンと転移する。以前も来たアクドーイ商会が持っている牢屋などがある施設だ。

「って、中に入るんじゃないの?」

「それじゃ修行にならんぢゃろう」

 この阿呆、とでも言いたげな目で見られる。あんな言い方だったら皆そう思うでしょ。

「何の修行?」

「隠密の修行ぢゃ。ほれ、行くぞ」

 そう言ってキアラが歩き出したので、俺も彼女の後をついていった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ただいまー」

 へとへとになって館に戻ると、玄関の時点でいい匂いがした。

「お帰りなさい、マスター。ご飯は出来ていますよ」

「京助、よく帰ってきたな。魔魂石の設置は終わったぞ。ご飯を食べる頃には風呂も沸くだろう」

「……なんだろう、この感覚」

「これが家庭を持つということぢゃ、キョースケ……いや、あ・な・た」

「誰があなただ誰が」

 しかしまあ……何となく、帰ってきたという感覚がする。
 家……自分の家、か。

「周囲が静かなところでご飯を食べるのも久しぶりだね」

 基本的に酒場とか宿屋の一階とかで食べていたから、こういう形式で食べるのは久々だ。洗面所で手洗いうがいをして、食卓に着く。

「じゃあいただきます。リャンが作ったの?」

「はい。どうもトーコさんはまだ修行中なようですから」

 ちなみにメニューは何の肉か分からないハンバーグと、スープにパンだ。

「うぅ……焦げにくいフライパンって本当に便利だったんだな……」

 なるほど、焦げ焦げのハンバーグが冬子の前に並んでるなーって思ったらそういうことか。まあ料理すること自体久々だろうし。
 ちょっと恥ずかしそうにしている冬子を見ながらハンバーグをパクリと食べる。美味しい。

「美味しいね」

「たまにはこういうのもいいものですね」

「そうだな。……明日は私も頑張ろう」

 冬子は焦げているハンバーグをもしゃもしゃと口に運んでいる。……まあ焦げてない部分だけ食べれば普通のハンバーグだもんね。
 スープは野菜メインで、パンによく合う。バゲットもスープに浸せば柔らかくなるからね。

「しかし酒はないのかの?」

「残念ですがお酒はありません。飲みたければ自分のお金で買ってきてください」

 リャンのにべもない対応。まあ酒代が俺たちの会計を圧迫しつつあったのも事実。毎日何杯飲んでるんだか。
 俺もため息をついてからキアラの頭を小突く。

「そもそも、キアラにはお小遣い渡してるでしょ」

「……だってお小遣いぢゃとすぐになくなるんぢゃ……」

 しょんぼりするキアラ。じゃあ飲まなきゃいいのに……。

「そういえば、枝神でなくなったのならばAGとして登録できるのではないですか?」

 リャンが小首をかしげて尋ねると、キアラはアメリカンに肩をすくめた。

「……枝神としての力を失ったが、そうは言っても現世の人間ではないのぢゃ。極力記録に残ることは避けねばならんのぢゃよ」

 そんなものか。

「ぢゃから妾は働けんのぢゃ」

「けど仕事の手伝いはしていいんだよ。ってかして」

 働かざる者食うべからず……というかキアラなら水からワインでも作れそうだ。

「流石にそれは無理ぢゃよ。妾ぢゃって水をワインに変えたりなど……待てよ。あの魔法を応用してああすれば……」

 ぶつぶつといきなり考え込みだすキアラ。えっと……え、マジでそんなことが出来るのキアラは。
 相変わらずの規格外感を感じていると、ノックの音が聞こえてきた。

「ん? ……こんな時間に誰だろう」

「宗教の勧誘じゃないか?」

「だとしたら神様うちにいるんでって言おうか」

 酒を造るためにうんうん唸っている元神様に苦笑しながら俺は玄関に向かう。

「はいはい、今出ますよっと」

 俺が扉を開けると……そこにはシェヘラが。

「あ、ああああ、あのあの、えっと!」

「はい、落ち着いて。俺は別にとって食ったりしないから」

 相変わらず落ち着きがないね、シェヘラは。
 さっきとは違う意味で苦笑いしながらシェヘラが落ち着くのを待っていると、なんとか落ち着きを取り戻したシェヘラが俺に一通の封筒を渡してきた。

「ふぇ……そ、その、ご依頼の件について……お、お問い合わせが……」

 もじもじと言うシェヘラだけど……ああ。ご依頼、ね。

「ありがとう」

「ひっ」

 シェヘラが軽く悲鳴をあげた。……そんなに悪い顔をしているかな、俺は。

(さもありなん、だけどね)

 ニヤリと俺は口の端を吊り上げて、口の中だけで呟く。
 さあ――狩りゲームを始めよう。
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