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第五章 ターニングポイントなう

99話 久々のクエストなう?

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 あれから一週間ほど。
 いろいろあった王都から俺たちは帰ることになった。

「やっと帰れるね」

「ああ。形だけとは言えいなくちゃいけなかったからな」

 あの日の件で話し合いはついていたのだが、ギルド側の手続きがあったので俺たちは結構な時間を王都で過ごさざるをえなくなってしまっていた。

「結構お金使っちゃったな。……ティアールにホテル代全額出して貰えなかったら結構な値段になってたね」

 といっても冬子と遊びに行ったりしなかったらもう少し出費が抑えられてたかもしれないけど。
 まあ楽しかったからいいね。

「と、いうわけで。クエストを受けようと思います」

「分かった。……そういえば、私はCランクに上がったから受けられるクエストが増えたな」

 ちなみに最後の事後処理として冬子のランクが一つ上がった。その理由をクラウディアに尋ねてみると、

「え……? アンタレスの奴隷問題の一部解決、そして高ランククエストのクリア……さらに今回の件もあってなんでDランクなんですか? セブンと打ち合えるDランクAGとか聞いたこと無いんですけど」

 ……ということらしい。そんなこと言われてもって感じはするけど。

「さて、どうしようかな。Bランク以上の魔物の討伐クエストとか無いかな」

 アンタレスへ帰る道のりで倒せる敵がいたらなおよし。基本的に討伐クエストは依頼主がいるので依頼主に報告しに行くのが筋だ。
 だけど、ギルドから発行されているクエストならばその限りではない。クエストを受ける際に「どこどこのギルドへ報告に行きます」と言っておけばそう受理される。たぶん志村が作ったケータイのような高速通信技術があるのだろう。
 というわけでギルドから出ているクエスト、もしくは報告がギルドへでいいクエストを探しているんだけど……。
 うん、無いね。

「アンタレスの周囲にはBランク魔物が最近出ているらしいけど……王都の周囲はそんなことないみたいだね」

 平和はいいことだけど、俺たちにとっては死活問題だ。街道で運よく盗賊の群れにでも出会えたらいい金づるにはなるけど、そんな偶然を頼みにするわけにはいかない。
 ってことは出会う端から魔物を狩りまくって魔魂石を剥ぎ取るしかないか。

「あ、京助」

「ん、どうしたの冬子」

 冬子がクエストボードから一枚のクエストを持ってくる。

「なんでも……アンタレスと王都の間にあるとある湖。ここに強い魚の魔物が出るから退治して欲しいというものだ。Bランク相当の魔物らしく、報酬は弾むんだと」

 見てみると、なるほどたしかに。いいクエストだ。Bランク魔物ってことは魔魂石の分も合わせて大金貨が100枚単位でもらえるクエストだ。
 実に実入りがいいクエストだ……っていうか、しかも大金貨150枚ももらえるねこれ。依頼人はどうも個人らしいけど、報酬は既にギルドに渡してある上に報告はギルドを通してでいい、か……。
 少しだけ怪しいけど、なかなかの好条件と言える。

「いいじゃん、いいの見つけたね冬子。……というか、よくこの時間まで残ってたね」

 時刻はお昼前。普通だったらこんなクエストはすぐに売り切れる。しかもここは王都。アンタレスと違ってBランクパーティーくらいいるだろう。

「いや、これはどうもついさっき追加されたクエストらしい。だからタイミングが良かったな」

「へぇ……まあいいや。じゃあクエスト受注してくるよ」

 そう言って俺は受付のお姉さんのところへ行き、クエストを受ける。

「ああ、そうそう。これはアンタレスに報告する形でいい?」

「はい、ではそのように手配しておきます。お気をつけてください、『魔石狩り』様」

 異名で呼ばれることに苦笑しながら、俺はAGライセンスとAGノートを受け取って冬子のところへ戻る。
 Bランク魔物を手ごろと言えちゃう俺は少し変なのだろうか。

「じゃあ行こうか。外で待たせてるキアラたちも心配だし」

「そうだな」

(それにしても……さっき追加されたばっかりのクエストか)

 タイミングが良すぎる気はする。しかもちょうどアンタレスだなんて。

(まあ、いっか。別に俺たちを狙う勢力があるわけでもないし)


~~~~~~~~~~~~~~~~


 ここで俺は――
 気づく、べきだった。
 そう、タイミングも条件も、何もかもが不自然な程に良すぎるクエスト。違和感しかない、こんな怪しさ全開のクエストに、どうして気づけなかったのか。
 慢心? そう、驕っていた、油断していたのだ、俺は。
 安心しきっていたのだ。心のどこかで思っていたのだ。
 負けるわけない、と。
 誰が来ても大丈夫だろう、と――。
 今まで戦ってきた相手も悪かった。それはゴーレムドラゴンであり、領主であり、ヨダーンであり。彼らは強敵だった。強敵だったが故に、それを倒した自分というものに慢心していた。
 結局、俺はどこまで言っても日本人でしかなかったんだろう。
 平和ボケした、日本人。どれほど臆病になり、どれほど警戒して、どれほど気を付けようとも――普段から、死ぬ恐れの無い平和な世界を享受していた人間。
『自分より強い人がいる』という当たり前のことを忘れていたのだ。
 ついこの前、セブンやエースと出会ったばかりだったのに。
 もっと言うならば。
 冬子に言われた「死相が出ている」という言葉を重く受け止めておくべきだったのだろう。
 そうしていれば、あるいは――放たれなかったのかもしれない。
 後に『三種族大戦』と呼ばれる戦争の、嚆矢が――


~~~~~~~~~~~~~~~~


 王都から歩いてだいぶ経った。魔魂石も割と集まっているし、もう少しで目当ての湖につくだろう。

「どんな魔物なんだろうな」

 活力煙に火をつけていると、冬子がもっともな疑問を口にした。

「魚系の魔物だろうけど……リャン、何か知らない?」

 リャンに話を振ってみるとリャンは――のんびりしている俺たちとは対照的に――周囲を警戒しながら答えてくれる。

「確か、アーマーシャークという魚はBランク相当の魔物だったと思います。基本は海にいるようですが稀に川を上ってくることもあるとかなんとか」

 シャークなのに川を上ってくるのか……。まあ、魔物だからさもありなんってところだよね。向こうの世界の常識を当てはめるのは違うだろう。

「そういえば、京助。AGというのは拠点を決めて動き回るものなのか?」

「唐突だね。どうしたのさ」

「いや、私が『アンタレスへ帰る』と言ったら珍しいモノを見る目で見られたんだ。普通のAGは『帰る』という言葉を使わないもの……と聞いてな」

「ああ」

 たしかに、俺たちはアンタレスへ『帰る』という感覚だ。しかしこれはAGとしては極めて珍しい。基本的にAGっていうのは「明日死んでもいいように、今日を精一杯生きる」というその日暮らしの人間が多いからね。
 しかも運搬の仕事や護衛の仕事などが多いので、一か所にとどまる理由が薄いのだ。一か所にとどまれる人間というのは、副業を持っているみたいにその町を根城にする価値がある場合のみ。
 俺の場合はアンタレスが住みやすいっていうのもあるけど……俺が異世界人だという事情を知っている人がギルドにいること、そしてアンタレスに高ランクAGが少なくて高ランク向けの仕事が優先的に回ってくるからお金を稼ぎやすいということがあったりする。
 何より、俺はアイテムボックスのおかげで貯金が出来るからね。高ランクにならないとギルドにお金を預けることも出来ないから殆どのAGはその日稼いだお金をそのまま使ってしまう。
 あと、いろんな街に行ってお金を稼ぐ人が多いから定住する人が少ないってのもあるね。
 というようなことを冬子に説明する。

「なるほどな。私たちは貯金も出来るし知り合いが多いからバックアップも受けられるというわけか」

「まあAGでも、3~4個の街を根城にして活動する人が大半だけどね。ホントのホントに根無し草の人もいないことはないけど」

 あと、他の街に行くと人脈を広げられるってのもある。前の世界でもそうだけど人脈ってのは大きな武器だからね。俺が今回ティアールと人脈を築けたように、いろんな街にいかないと様々な人脈ってのは出来ない。

「ほっほっほ。しかしキョースケも一端のAGぢゃのぅ」

「俺が駆け出しの頃、知らないでしょキアラ。というか、今だって世間的に見れば駆け出しもいいところだし」

 AGになりたてほやほやの俺がBランクAGになったのもほぼほぼ運みたいなものだしね。アンタレスでマルキムに出会って無かったら仮にBランクでもどこかで命を落としていたかもしれない。

「まあこの世界は実力が全てぢゃからな。お主のことを駆け出し扱いする輩はそうおるまい」

「私から見てもマスターは未熟な部分は多々ありますが、こと戦闘力に関しては十分すぎるほどでしょう」

「よしてよ」

 肩をすくめてそう言いながら活力煙の煙を吸い込む。

「ふ~……」

 紫煙がゆっくりと青空へ上っていく。平和な世界だ。
 そんなことを考えながらさらに歩いて行くと、やっとこさ湖が見えてきた。大きめの湖だが……本当にBランク魔物がいるのだろうか。

「ま、いいか……。ん、魔力の反応もあるね」

 かなり大きい。Bって書いてあったけどAランク相当の魔力量はあるね。

「どうやって誘い出すんだ? 京助」

「私が囮になりましょうか? マスター。糸の先にでも吊り下げていただければ……」

「いや危険すぎるから」

 というかその人間釣りは危険なんてレベルじゃなくて使い潰すレベルじゃないだろうか。リャンを犠牲にするくらいなら湖を干上がらせた方が、労力が少なくていい。

「まー……湖を干上がらせようか。その後で水魔法で湖を満ちさせた方がいいでしょ」

「いや京助。そんな簡単に出来ることか?」

「これを満たすとなると、普通の水魔法だとかなり大変ぢゃぞ。それよりもどうにかして魔物を吊り上げた方がよいぢゃろう」

 冬子の疑問にキアラが答える。まあそう言われればそうか。

「じゃあどうしようかな」

(カカカッ! 別に相手はタダノ魔物ナンダ。魔力で脅してヤレバスグニ出てくるサァ!)

 俺が迷っているとヨハネスがそんなことを言ってきた。

(そういうものなの?)

(カカカッ! ソリャソウダロォ!)

「じゃあやってみるか」

 俺は体内で魔力を練り上げ、爆発させて周囲へと放出する。吹き荒れる魔力の奔流が物理的な力となって辺りの木々を揺らした。
 すると……ゴ、ゴ、ゴ! と湖の真ん中が渦を巻いて黒い影が浮かび上がってくる。

「出てきそうだね」

「そうだな。……おお、来るぞ」

「リャン、ナイフはたぶんあんまり効かないだろうから援護を頼む。キアラはバフでも撒いといて。冬子、俺の魔法で倒すから相手がなんか吐いてきたら打ち落として」

「分かった」

「承知しました。マスター」

「ほっほっほ。了解ぢゃ」

「ゴガァァァァアァアアアアア!」

 四人で武器を構えると……ザザザッ、と水が周囲にまき散らされ巨大な魚が現れた、って魚っていうかワニ……だよね。それがのしのしと歩いて湖の中から出てくる。
 背中から剣山のように尖った棘が生えていて、体長は二十メートルくらいか。だいぶ大きいね。色は緑色で目つきはかなり鋭い。何より……大きな口からは鉄でも貫けそうな牙が生えている。
 ふむ……ソードマウンテンアリゲーターとでも言おうか。

「さすが京助、ネーミングセンスがないな」

「ちなみにこれはスティングゲーターというBランク魔物ですね」

 冬子のツッコミと、リャンの解説が入り俺は苦笑する。
 見た目的には雷撃とか効きそうだけど……俺雷撃の魔法持ってないんだよね。

「さてこれには何が有用かなぁ」

「ゴアアアアアアア!!」

 取りあえず炎の弾丸を十発ほど撃ち込んでみると、背中の剣山から棘を飛ばしてそれを全て相殺してきた。

「ありゃ」

「気の抜けた声を出すんじゃない。京助」

 冬子はそう言いながら俺の周囲に飛んでくる棘を全て剣で弾き落としていく。流石は冬子、安定感があるね。

「なら俺も少し本気でやるか」

「マスター。下を見てください」

 リャンに言われて下を見ると、そこには細かい魔物がたくさんいた。っていうか小型のスティングゲーターって感じだね。

「厄介だね。……仕方ない、蹴散らそう」

 俺は槍を構えて、足に風を巻く。

「さて、スティングゲーターって言ったよね」

 俺は一歩、二歩と空へ駆けながら右腕に炎を集めて――ニヤリと笑った。

「――俺の経験値になってくれよ?」


~~~~~~~~~~~~~~~~


「で……結構怠かったね」

「割と時間がかかったな」

「途中で水の中に潜りましたからね」

「ほっほっほ」

 あれからニ十分後。水の中にもぐりこんだスティングゲーターと潜って戦ったりしてなんだったりして取りあえず魔魂石を取り出すことに成功した。

「強かったねー」

 俺はそう言いながら、小型のスティングゲーターから魔魂石を取り出してアイテムボックスにしまう。
 活力煙の煙を吹かしながら俺は最後の一匹から魔魂石を取り出す。

「さて、これで大金貨150枚。それと魔魂石の分も含めてだいぶいい値段になるね」

 そう言いながら皆の方へ振り返ったところで――

「え?」

 ドン! と。
 何故かキアラに突き飛ばされた。

「――」

 何を、そう言おうとしたその刹那――

「がっ――」

 ――ブシュッ! と、まるで噴水のようにキアラの胸から鮮血が飛び散った。

「キアラッ!?」

 俺は咄嗟にキアラを抱き留めて水魔法で止血を試みる。傷が深い、マズい、マズいぞこれは……ッ!!

「リャン! 冬子! 気配を探れ!」

 魔力は一切感じなかった。それどころか何者かの気配すら一切感じなかった!

(ヨハネスっ!)

(カッ! アリエネェ、枝神を傷つケラレルダト……ッ!?)

 かなり傷は深い、それどころかキアラの意識がない。やばい、ヤバい、ヤバいヤバいヤバいヤバい!!

「誰だ! 姿を表せ!」

 さっきのスティングゲーターが生き残っていたのか――一瞬それが頭をよぎったけど、それはあり得ない。あの程度の攻撃だったら俺たちなら誰でも知覚出来るからだ。
 俺が虚空に向かって叫んだその時、暢気な声が湖の上から聞こえてきた。

「……キョースケって奴を一撃で仕留めるつもりだったんだがな。クハッ! 女に気づかれるなんざおれもまだまだってことか」

 その男は――湖の上に立っていた。
 筋骨隆々で、上半身は裸。しかしその筋肉の鎧はどんな剣でもはじき返すだろう。精悍な顔立ちで髪をオールバックに撫でつけており、口元には獰猛な笑みを浮かべている。
 しかし何よりも目を引くのは――頭。恐らく犬のものであろう耳が生えている。
 こいつ……獣人族、か。

「……貴様ァ!」

「おっと」

 冬子が剣を抜いて一瞬にして間合いをつめようとしたところで――俺も、冬子も、そして援護に入ろうとしていたリャンすらも動きを止める。

「ッ……!」

 敵の男がただ腕を上げただけ。構えですらないその動き。ただのそれだけで――俺たちは、『死』を感じる。
 ――ああ、わかる。
 セブンやエースの時は、『怒気』を『殺気』と間違えてしまうほどに実力差があった。それは彼らの怒りに任せた攻撃は俺たちの命を容易に刈り取るだろうことが分かってしまったからだ。
 しかし、こいつは違う。
 こいつの場合、は――。

「クハッ! おいおい、そんなに固くなるんじゃねえよ。己はそこにいるキョースケってのを殺しに来ただけなんだからよ」

 ――へらへらと、まるで世間話のように、近所のコンビニに飲み物を買いに行くような感覚で俺を『殺す』と言う相手の男。
 そう――こいつにとって

「あ……ぐ……」

 冬子の膝がかくかくと震えている。アレは武者震いじゃないだろう。そんな俺ですら、ブワッと全身から汗が噴き出る。まさかこんなところで蛇に睨まれた蛙の気持ちを味わうことになるとは……ね。
 殺気では無いだろう。しかし奴の『気』が充満している空間で、俺は口もとに笑みだけ浮かべて活力煙の煙を吸い込み、吐き出す。

「ねぇ……人を殺そうとしてるんだから、名前くらい名乗ってもいいんじゃない?」

「ん? 今から死ぬのにそんなの訊く必要あるのか?」

「はは……今から俺が殺す相手の名前くらい知りたいでしょ」

 そう言うと、獣人の男は「クハハ、クハハハハハハハハハハ!」と大声をあげて笑い出した。

「クハハハハハハハハハハ!! いいねぇ! 最高にいいぜ! この状態でも俺に喧嘩を売ってくるか! いいな、いいよ最高だ! こんな出会いかたじゃなけりゃいい喧嘩相手になれたかもなぁ!」

 げらげらと、腹を抱えて笑う獣人の男。
 ひとしきり笑ったからか、口元に先ほどまでよりもさらに笑みを獰猛なモノに変えて、胸を張った。

「クハッ! いいだろう。名乗ってやろうか。しかし、己は名前を棄てた。王になった時にな。だから獣人王とでも名乗っていいんだが――何の因果か、いろんなところで呼ばれてる名で名乗ろう」


 ――この日。
 俺は出会った。出会ってしまった。
 終生の強敵ともとなる、最高に気の狂った男に――


「己の名前は、覇王。獣人族を統べる至高の王にして、世界最強の男だ」
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