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第四章 王都なう

96話 カフェなう

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 俺は取り敢えず届いた紅茶で喉を潤す。

「いい雰囲気だねぇ」

 なんというか……ちゃんと手入れと教育が行き届いているような感じだよ。前の世界の喫茶店とかとなんら遜色ない。

「それにしても、これからどうするんだ?」

 これから天文台に行くつもりではあるが――まだ陽は沈んでいない。夜景を見に行くのに陽が出たままでは問題だろう。

「もう少し、時間を潰そうと思ってるけど……そうだなぁ。冬子はどこか行きたいところある?」

「そういえば、今朝キアラさんから聞いたお店があるぞ。なんでも――い、いや、なんでもない。とりあえずそこへ行ってみよう」

 ふむ、キアラがお勧めしてくれた場所か。
 ……嫌な予感がするよね。

「それって本当に行っていい場所?」

「うむ」

 なんか自信満々の冬子。まあこれだけ自信があるのなら大丈夫だろう。

「まあまだ入ったばっかりだし、しばらくは話してようか」

「そうだな。――にしても京助、ちゃんと活力煙を我慢しているじゃないか」

「ん? あー……まあね」

 ずっと右手は塞がれてるし、今も冬子が灰皿を店員さんに返しちゃったからね。魔法が使えるようになってからケータイ灰皿を携帯してないし、こうなると吸うに吸えない。

「今夜――晩御飯の時は別に吸っていいからな」

「そういえばそうだったね」

 それまでの我慢――と思わなくても、なんかだんだん吸わなくても平気になってきた。まあ禁煙するつもりはさらさら無いけど。

「冬子はケーキでも食べる?」

「そんなものあるのか? 砂糖とか」

「確か果物の甘さとかそういうので作ってなかったっけ」

 アンタレスだとそういう甘味があったはず。詳しいことは分からないけど、たまに「三毛猫のタンゴ」で出てた気がする。
 というわけでメニューを見てみるけど、飲み物がメインで食べ物はあまり無いね。甘味といえばジャムサンドイッチなどのパン類だね。

「まあ無いなら仕方が無いね。甘いもの食べたい気はするけど」

「お前は最近食い気が多いな」

「なんか王都は珍しい物が多いからね。うん、食べ物が美味しそうで美味しそうで」

 そう言いながらコーヒーを飲む。食レポの才能が無いことは分かったから味については割愛するけど、美味しいことは間違いない。
 二人で飲み物を飲みながらなんとなくボーっとしていると、ふと冬子と眼が合った。

「どうしたの?」

 にこりと微笑むと、冬子も微笑み穏やかな声を出した。

「……平和だと思ってな」

 平和、か。
 まあ確かに昨日強敵と戦ったばかりとは思えないほど穏やかな時間だ。

「そういえば……塔から出て、ずっと戦い詰めだったね。マリトンもしばらくちゃんと弾いてないから腕が落ちてないかな」

「大丈夫だろう。お前、ギルドのみんなが『吟遊詩人でも食べていける』と絶賛していたじゃないか」

 AGにかける言葉と考えたらむしろ罵倒なんじゃないかと思うけど。

「吟遊詩人ってどうやって稼ぐんだろうね」

「おひねりとかじゃないか?」

 未だ酒場で吟遊詩人と出会ったことが無いんだよね。だから彼らがどうやって生計を立てているか分からない。
 なんて話をしていたからか、ひょいと隣のテーブルを吹いていた店員さんがこちらへ話しかけてきた。

「吟遊詩人なら、あと一時間くらいしたら広場で演奏するらしいよ。ここからそんなに遠くないから行ってみるといい」

「へぇ」

 こっちでは歌劇場とかあるんだから、そっちに客をとられてるものだとばっかり思っていたけど、そんなことは無いらしい。

「広場って、向こうにある?」

 市場の近くに確か広場……というか公園みたいなところがあったけど、そこだろうか。
 そう思って指を指しながら尋ねると、店員さんはコクリと頷いた。

「へぇ……後で行ってみる?」

「ああ、楽しそうだな」

 というわけで次の目的地は決まった。一時間ほどここでお茶した後は広場で吟遊詩人だ。前の世界でもよく声優のライブとかに行っていたけど、そんな感覚だろうか。

「……こっちの世界にも、案外楽しみはあるものだねぇ」

 飲み物が美味しいし、食べ物が美味しいし。すめば都とはよく言ったもので。こっちの世界で手に入らないものはマンガやラノベの新刊くらいのものだろうか。ソレが無い以上もとの世界に帰ることは必然なんだけど――こっちの世界での楽しみも認めて楽しまないと損だろう。

「ああダメだ、本当にダメだね」

「……何がだ?」

「ゲームもマンガもラノベも無い世界。それ以外の楽しみしかない世界なんて――どうやって楽しめばいいのか分からないよね」

 肩をすくめてそう言うけれど、たぶん今までよりも覇気が無かったことだろう。
 活力煙を吸おうとして――ダメだったことに気づく。なるほど、こういう時か。少し自嘲気味に笑みを浮かべる。
 そんな俺に向かって、冬子も少しさびしげな笑みを浮かべる。

「……京助は、どうだ?」

「何が?」

「いや、その……やっぱり、帰りたい、か?」

 冬子は、どっちの意味でそう問うているのだろう。
 帰りたいのか、帰りたくないのか。

「……前も言ったかもしれないが、こちらの世界にいる時のお前は楽しそうだ」

 少し言いにくそうに、冬子は口を開く。

「お前は――こっちの世界にいる時の方が、イキイキとしているように私は見える。人は自分の才能を発揮できるところではイキイキとするものだ。お前には……戦闘の才能があったのかもな」

「……まあ確かに、好き放題やれるよね。こっちの世界は」

 でもそれは俺の能力というよりもチートのおかげだ。そして、セブン戦でも思い知らされたけど――俺は、まだまだ。
 今まで生きていたのは、たまたま俺より弱い奴とだけ戦っていただけだ。

「でもお前、戦ってる時楽しそうだぞ」

「そう?」

「ああ。まるで強敵と戦うことを楽しんでいるようだ」

 強敵と戦うことを――楽しんでいる。
 そんなことは無い。そう言いたかった。しかし何故か声が出なかった。
 だから代わりに、少しだけ拗ねる。

「……人をバーサーカーみたいに」

 冬子は俺の反応を見て少し可笑しそうに笑うと、ドヤ顔をかましてきた。

「意思の疎通が出来ているから狂化はEマイナスだな」

 ……狂化EXでも人語を介して人語を操る人もいるからその判定は微妙じゃないかな。けど、アレは深く突っ込むと火傷するからやめておこう。
 俺はそんな冬子に苦笑を返し、デコピンする。

「俺は仕方なく戦ってるの。楽しんでるわけ無いでしょ」

「どうだかな」

 冬子は紅茶を飲み、その長くて綺麗な足をこれ見よがしに組んだ。
 ……これ見よがしに組んだ。
 俺だって、思春期真っ盛りの男の子。そんなの眼が行くでしょ俺は悪くない。

「お前は、特に自分より強い奴と戦う時、とても不安そうだが物凄く楽しそうだ。いや、楽しいともちょっと違うのだろうが……そうだな。充足を求めているがだんだん期待はずれになっていく……そんな感じだ」

 冬子の評価は、なんとなく真理をついているような気がする。
 俺はコーヒーを飲みながら外へと顔を向ける。

「不安だけど、楽しんではいないよ。きっと……楽しんで戦うなんて、強い人だけの特権だと思うよ」

「だがマンガの主人公は自分より強い相手と戦うことを喜ぶじゃないか」

「それは死の危険が無い場合じゃない? 俺は少なくとも、負ける可能性がある戦いはしたくないよ」

 そう、負けるかもしれない戦いはやりたくない。そんな戦いはゴーレムドラゴンとの一戦でこりごりだ。
 あくまで勝算がある戦いしかしない奴は、戦いを楽しんでるなんて言えないでしょ。そんなこと、本当のバーサーカーに失礼だもんね。

「死の危険が無いならそれはスポーツだからね。スポーツなら楽しめるよ。でも殺し合いを楽しむような狂気は俺には無いよ」

「そうか? ……そうかもしれないな」

「どっちだよ、冬子」

 俺が苦笑すると、冬子は困ったような笑顔を浮かべる。

「最近、お前が分からないんだ。キアラさんや、ピアさんのほうがお前のことを分かっているような気がする」

「そう?」

 困ったような笑顔。
 その笑顔があまりに儚く見えて――俺は、つい冬子の手を握ってしまう。
 そこにちゃんと冬子がいるということを確認するように。

「……なんだ? この手は。さっきまでつないでいたから、寂しくなっちゃったのか?」

 からかうように言う冬子。その冬子を見て、やっぱり普段とはなんだか違うんじゃないかと思う。

「冬子、どうしたのさ。一体」

 俺が尋ねると、冬子は寂しげな笑みを浮かべたまま……少し、ほんの少しだけ強く俺の手を握った。

「怖いんだ」

 ポツリと呟かれた一言。

「それも――もしも帰れなかったらとか、死んでしまったら、とかじゃない」

 冬子は手をさらに強く握り、引き寄せるようにして――

「お前が。死んでしまわないか、私の前からいなくならないか。……それが、とても恐ろしい」

 いきなり何を言い出すのさ。
 俺はどこにも行かないよ。
 ホームシックになっちゃった?
 ――そう、いくらでも言えることはあった。
 なのに何故か、冬子の目は真剣で。
 冗談で笑って流すことなど出来なくて。

「……俺は、自分が負ける戦いはしない。勝てる戦いだけ選んで戦う。だから平気だよ」

 そう、少しだけおどけるけど、やはり冬子は納得がいっていないみたいで。
 やむなく、俺は真剣な目を向ける。

「まず、どうしていきなりそんなこと言い出したの?」

 冬子は言いにくそうにしていたが……意を決したように言った。

「……キアラさんが、今朝言ったんだ。お前に……死相が出てるって」

「あいつ、その手の魔法もあるのか……マジでなんでもありだね」

 死相か……死兆星でも降ってくるんだろうか。
 それとも、Sランク魔物でも現れるとか。

「本当かどうか分からないでしょ」

「ああ、そうだな。だが……やっぱり怖いんだ。私は」

 怖い、そう言った冬子の手が少しだけ震える。
 以前、冬子は自分だけ防御力が上がらないことが怖いと言っていた。そして今は俺を失うことが怖いと。
 それをつなげて考えたら俺がいなくなることで自分の身の危険があるから怖いと考えるところだが……。
 冬子はそんな人じゃないことは知っている。
 まあ……俺だって、冬子に死んでほしくない。友人を、仲間を、失いたくないと思うことは自然なことだよね。

「怖いのは、仕方ないよ冬子。それは人間として当然のことだ」

 俺は紅茶を飲みながら口もとだけ笑みを浮かべる。

「俺は死ぬほど怖い。毎日、毎日、毎日……いろんな怖さと戦ってる。そんな中で、恐いことが俺を失うことだけだって言うなら……むしろ強いさ」

 毎朝、俺の身体能力が失われていないか。
 毎朝、冬子がいなくなっていないか。
 毎朝、キアラが裏切っていないか。
 毎朝、毎朝、毎朝……。

「俺は臆病者だよ。臆病者だからこそ……絶対に生き残る。冬子の不安はこれで一つ消えたと言ってもいいかな」

 笑いながら言うと、冬子は少しだけ目を丸くしてふふふと笑う。

「本当に……私はお前に甘えてばかりだな。そう言ってもらうことを待ってるんだろう、私は……面倒な女だと思ったか?」

「全然。いきなり『女にも性欲はあるんデスよ?』とか言ってベッドに押し倒してきたり、訳の分からないことを言って押し倒してきたり、朝食に媚薬を混ぜてきたりする女よりだいぶマシさ」

「それは比べる相手が悪すぎないか!? というか誰だそいつら!」

 しまった、口が滑ったか。
 俺は店員さんにお代わりを注文しながら、咳ばらいをする。

「んんっ。ま、まあ。取りあえずパーティーメンバーのメンタルとか健康を管理するのもリーダーとして重要だからね。……そう言えば、まだパーティー申請してないこと言ってたっけ」

 話題を変えると、冬子がキョトンとした顔になった。

「なんだ、まだしてないのか」

「うん。そもそもAGのパーティーって三人からなんだよね」

「なら問題な……ああ」

「そうなんだよ」

 今、俺の仲間は冬子とリャン。そのうち冬子はDランクAGだけど、キアラはAGじゃないし、リャンはAGどころか人族ですらない。
 最低でも三人……となると、もう一人探さなくちゃならなわいわけだ。
 というわけで、実は正式なパーティーというわけじゃないんだよね。

「パーティーを組むとなにかメリットはあるのか?」

「んー……まず、パーティーじゃないと受けられないクエストがあるよ。1人でやってた時はテキトーなパーティーに入れてもらってたけど、今はそういうわけにいかないし」

 冬子たちがいるからってのも理由の一つだけど、もう一つ。
 さすがに俺は人に言えない力をつけすぎた。特に神器。
 これがある限り――おいそれとパーティーを組むわけにはいかない。

「冬子も俺も、ちょっと隠し事が多すぎるからね。……大概のAGは大なり小なり隠し事はあるものだけど、俺らの隠し事は特殊だからね」

 というか冬子は勇者パーティーとして活動してたのに、人から覚えられてないのだろうか。

「天川達と回ったところでは顔は覚えられているだろうが、そもそもそんな場所に一度も行っていないからな。ネットもテレビも無いこの世の中でいったことも無い場所に顔が伝わることは稀だろう」

「そう言われてみるとそうだね」

 写真も無い世界で、新聞も無いのに顔バレしてる方が珍しいか。

「悪事は千里を奔るのにねぇ」

 そう言いながら紅茶を飲み干す。

「さて、じゃあ吟遊詩人のところへ行ってみる? 今から出たらちょうどいいくらいだろうから」

「ああ。……京助、お前いきなりステージに上がって対抗しだしたりしないよな?」

「冬子は俺のことを何だと思ってるのさ……」

 苦笑いしながら冬子の手をとる。
 冬子は少し恥ずかしそうにしながらも俺の手をそっと握りかえし……ニコリとほほ笑んだ。

「なんか、いいなこういうの」

「そうだね。……さ、行こうか」

 ふと気になったんだけど。
 俺、なんで彼女でもない女の子と手を繋いでるんだろう。
 ……まあ、冬子が嬉しそうだからいいか。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「凄かったな」

「そうだねー。まさかあそこで風林火山からの花鳥風月とは」

「その前の鉄山鋼翼龍泉鷹揚も凄かったな」

「うん。あれは確かに金がとれるよ」

 先ほど見た吟遊詩人について感想を言い合いながら、俺たちはキアラが紹介してくれたという場所へ向かっていた。

(……うん、嫌な予感しかしないよね)

 とはいえ、冬子は自信満々だから大丈夫だと信じたい。

「こっちだぞ」

 冬子に手を引かれながら歩いて行くと……なんだか、少し暗い路地に入っていった。

「ここは?」

 目の前の建物は、一件普通の民家だが……看板が立っており、中は薄暗く見えにくくなっている。

「ああ、なんでも大人の男女が仲を深めるために行く場所だとかなんとか。中はゆっくりと休めるスペースになっていると聞いたぞ」

 うん、嫌な予感が最高潮になってまいりました。
 そう思いながら冬子が入ろうとしているお店の看板を見ると……。

『休憩大銀貨5枚。宿泊大銀貨8枚』

 ――よし、キアラはしばく。というか異世界にもこういうお店はあるんだね。
 ちなみに相場はよくわからないけど、これくらいのものなんだろうか。

「? ……どうしたんだ、京助」

 少し不思議そうな顔をする冬子。いや、俺からしてみればむしろこれで分からない冬子の方が不思議だよ。

「冬子。俺は確かに君のことを大切に思っているけど、ここは早い。速すぎる」

 そう言って足早に離れようとすると、冬子は少しだけ顔を赤くした。

「ど、どうしたんだ、その、そんな大切とかいきなり……ゴニョゴニョ」

 そしてその赤くした顔のままその場から離れようとしない。何故だろうか。

「冬子、ここがどこだかわからない?」

 俺の態度に流石に何かおかしいと感じたのか、冬子は訝し気な顔をする。

「え?」

 その隙をついて冬子の手を引いてその場から離れようとしたところで――

「今夜は寝かせナイゼ?」

「やーん、ダーリンエッチ~」

「ん? なんだ先客か。若いのにお盛んだねぇ」

「あはは~。私たちもこれくらいの歳の時は流石にもうちょっと日暮れからしてたよねぇ」

 ――と、お客さんが俺たちの後ろからやってきた。
 手を繋いで、それはそれは中のよさそうにしながら。
 ……流石に街中で女性の胸を揉みながら歩くのはどうなんだろう。

「な、な、な……」

 さすがに冬子もここがどんな場所か分かったらしい。口をパクパクさせながら俺の方を見てくる。

「冬子……君はキアラに騙されたんだ。帰ったら俺と一緒にキアラを倒そう」

「ああ……。私も全力を出す」

「じゃあ行こうか」

「ああ」

 という決意を固めて。
 俺たちは(異世界の)ラブホを後にした。
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