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第四章 王都なう

80話 解呪なう

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 ティアールの話を要約するとこうだ。
 去年くらいに、彼の妻と娘は王都から少し離れた町に旅行に行った。なんでも、塔が生えてきたおかげでその町の観光収入が上がったらしく、その好景気に乗っかるためにその町に観光がてら系列のホテルを建てるのにいい土地を見に行ったんだそうな。
 だが遠くまで行かせるのが心配だった彼は、AランクAGの護衛をつけた。名前を『咆王の鬣』といって評判のいいAGだったらしい。
 腕利きのAGという話を聞いて安心して妻たちを送り出したティアールは王都で仕事をしていた。
 一週間ほどで帰ってくるというので、それに合わせて料理を作ってもらったりなどをしていたティアールだが、どうも帰りが遅い。心配になってギルドに問い合わせてみたところ、『咆王の鬣』からの連絡が途絶えたという。
 さらに三日が経って、やっと『咆王の鬣』からの報告が聞けた。パーティーメンバーを全て失ったリーダーのマック・ブラスが、少しの衣服と綺麗なブロンドの髪を持って。

「そしてマックは私にこう言った。『亜人族が襲ってきた。Cランク以上のAGでは常識的な話だが、亜人族には食人衝動というものがあり、日常的に人族を狩ってるんだ。そして……すまない、僕らのパーティーは10人以上の亜人族から襲われて……彼女らを守ることが出来なかった……』と、泣きながら、私の妻の髪を握りしめながら」

 その後、大慌てでギルドが討伐隊を出したが既に獣人たちは逃げてしまった後だった。ティアールは今でも獣人族に復讐するためにお金を貯めている。
 そんな話だった。

「うーん……」

 その話を聞き終わった後、俺は活力煙の煙を吐いてから、燃やし尽くした。

「なるほど……ってことは、マックが嘘をついてるってことになるね」

「なぜそうなる。言っておくが私は獣人族に食人衝動が無いなんて話を信じたわけじゃ――」

 俺はティアールの話を手で遮ってから、リャンを指さす。

「まず、彼女に食人衝動なんて発現したことはない。そして食人衝動なんてものがあるのなら田舎町だろうとなんだろうと、獣人は迫害されて殺されているはずだ。奴隷なんかにせず、ね」

 懐からもう一本活力煙を取り出して、咥えてから火をつける。
 煙を深々と吸い込んでから吐き出すと、俺の頭も冴えていく。

「人っていうのは、文明を手に入れてからは基本的に捕食者だ。この世界でもそうだよね? 武器と人数を持って対抗すれば大概の生物を葬れる。だからこそ、日常的に人を捕食するような生物がいた場合、それは間違いなく絶滅させようと動くはずだ。それなのに、街中では――たとえ奴隷とはいえ――獣人族は歩いている。虐げられて搾取される側ではあるが、それでも殺されてはいない」

 ティアールは黙って俺の話を聞いている。この話は殆ど推測でしかないが――それでもここで説得してしまいたいので、確信を持っているかのように話す。

「それに、食人衝動なんてものが日常的に起きているなら、本国にいる獣人たちはどうしてるの? 食人衝動ってそもそもなんなの? もしもそれを抑えられないなら、どうなるの? 辺りの人間を襲うっていうなら獣人族の国では共喰いが起きていてもおかしくないし、たぶん魔族も一緒になって獣人を滅ぼそうとしている。三国がギリギリ均等を保っている以上、そんな食人なんて起きていないという証拠だよ」

 まくしたててから、喉が渇いたなと思いテーブルを見ると……お茶は全部こぼれていた。うん、さっき俺が暴れたせいだね。
 俺は仕方なく懐から水筒を取り出して水を口に含む。

「だが! 私の妻の髪はどうする!? これこそ、食べられた証拠だろうが!」

「別にそんなもん切るなり千切るなりいくらでも方法はあるでしょ。それよりも気になるのはマックがなんでそんな嘘をついたか――もしくは、それが嘘でないのなら誰がどんな意図をもってAランクパーティーなんて危険極まりない物を襲ってまでそんなことをしたのか」

 俺がもう食人衝動なんて無い体で話すのが癇に障ったのかティアールはバン! とテーブルを叩いた。

「だから! AランクAGが言った言葉だぞ!? 何故信じない!? 亜人族は我々を食べるんだ! 亜人族はそんな悪の集団なんだ! 亜人族は! 食人をする異常な集団なんだ!」

 冷静さを失っているティアールの姿を見て……俺は、はたと思い出した。
 そう、塔で正気を失った時の天川を。

「まさか……魔族? リャン、ちゃんと耳と尻尾を隠してちょっとキアラを呼んできてくれ。風で俺も音を飛ばしておくけど直接行った方が確実だから」

「承知いたしました。では、すぐさま」

 そう言ってリャンは物凄く気配が薄くなったかと思うと、空気に溶けるように部屋から出て行った。……なんだ、その技。後で俺にも教えてくれないかな。
 俺は取りあえず魔力を探ってみる。今までは気づかなかったけど、改めて見るとかなりの魔力が彼を纏っている。しかも、それは彼が『亜人族』というワードを言う度に強くなっているようだ。
 なんなんだこれは……というか、こういうときこそヨハネスだ。俺の知らない知識は彼に保管してもらわないと。

(ヨハネス、なんか相手の言動が不安定なんだけど)

 心の中で呼びかけてみると、ヨハネスからもすぐに反応があった。

(ソウダナァ……コリャアアレダナ、随分と複雑な呪いトカ魔法トカガ絡み合ってヤガル。コレヲ解くノハ今のキョースケジャァチト厳しいナァ!)

 やっぱり、あの時の天川と似たような状態か。いや、それよりも質が悪いんだろうか。
 一応……やってみるか。
 俺は体内の魔力を活性化させ、『魔昇華』しようとしたところで――

「余計なことをせん方がよいのぅ、それは。お主が思っておるよりも危険な呪いぢゃ」

 ――そこにキアラがやってきた。

「な、なんだ君は――」

 ティアールが反応した瞬間、彼の身体が光に包まれた。魔力を『視』てみると、彼に纏わりついていた魔力が白い光になって綺麗になっていっている。なんとも神秘的な光景だ。
 空美が天川達の魅了を解いた時とはまた違った魔法なんだろうか。

「それにしても、かなりの魔法……というか呪いぢゃな。妾でないなら……そうさな、AかSランクの治癒系の魔法師が数人がかりで解呪せねばならんほどの呪いぢゃ」

 ……え、それってこの世界の人間じゃ解呪はほぼ無理なんじゃないの?
 という俺の考えが顔に出ていたのか、キアラはフッと笑った。

「何、解呪専門の魔法師はおる。妾が言ったのは専門家でない魔法師が解こうと思うとそれくらいの人出がいるということぢゃ。もっとも、専門家でもAクラス以上の実力は必要ぢゃろうがな」

 なんにせよ、そうとうな呪いがかかっていたという事は分かった。
 ティアールを見ると、意識を失っているようだ。呪いを解かれたのが体への負担になったのだろうか。
 俺はそんなことを思っていると、その後ろから冬子とリャンが入ってきた。

「そこで足止めを食らってしまってな。メイドさんみたいな恰好をした女性が警備を呼んだから事情を説明しようとキアラさんだけ先に行かせたんだが……どういうわけか警備が来なくてな。それで、メイドさんも伴って一緒に来たというわけだ」

「あー……警備の人はさっき俺がぶっ飛ばしちゃった」

「暴力は無しという話はどこに行った!?」

 自分の無力さを確認するだけに終わりました。
 取りあえず話をそらそうと俺はティアールの元へ行く。
 倒れたままのティアールだが、呼吸は安定している。すぐに目を覚ますだろう。

「ま、とりあえずこのまま待つか」

 なんて言って俺は活力煙の煙を吸い込んだところで、冬子の後ろからひょこりと女性が顔を出した。
 マズい、騒がれたら事だぞ……

「え……し、支配人が襲われっ……がくっ」

「騒がれるとまずいので落としました」

 ……何事も無かったかのように言うリャン。はは、支配人の部屋に入ってきて警備をぶっ飛ばしてさらに支配人を気絶させて挙句その様子を見たメイドすら気絶させる。
 これって完全に強盗だよね。
 なんて自嘲していると、冬子が「で、これはどうしたんだ?」と真顔で訊いてきたので、俺は最初から今まで起きたことを話すことになった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「というわけで、取りあえずキアラに来てもらって解呪したってわけ」

「なるほどな」

 一通り説明を終えたところで、「う……」とティアールが目を覚ました。ちなみに、その横にはメイドさんも寝ている。本当にごめんね?

「私は……そうだ、無礼なAGと話していて、そして……あれ? 何故部屋が元通りになっている? というか、この感覚はなんだ? 今まで頭にかかっていたモヤが取れているような……」

 今、俺のことを無礼なAGって言ったよね。喧嘩を売っているのだろうか。
 ティアールは俺を一瞥すると、何とも言えないような表情になった。

「その……なんだ、すまん」

「ん、食人衝動については?」

「なんで私はあんな一言を妄信してしまっていたんだろう……」

 本当に分からない、という顔をするティアール。
 俺はその顔を見て、やはり操られていたんだと確信する。
 天川ほど完全に正気を失っている様子じゃなかっただけに気づけなかったけど。

「にしても、これでやっと落ち着いて話が出来るね。誰にその呪いをかけられたか分かる?」

 俺が問うと、ティアールは「たぶん、マックと会った時だな」と言った。

「マックは、魔法師なの?」

「いや、彼は剣士だったと聞く。それも大分優秀な。しかし、私は彼から食人衝動という言葉を聞いた時からどうにもモヤがかかったようになっていて……」

 そこで呪いにかけられたってわけか。
 キアラは「ふむ……」と顎に手を当てると、かなり神妙な目つきになった。

「呪い……と妾は言ったがの。正確にいうなればあれは『闇魔術』の一種なのぢゃ」

「闇魔術……ってことは、魔族か。魔族がAGになったとかそんな感じなのかな」

 俺が言うと、ティアールは「バカな!」と言って立ち上がった。

「ギルドではステータスプレートの開示が求められる! もしも魔族だったとしたらAGになれるわけが――」

「AGになった後、入れ替わればいい……そうだろう? 京助」

「ま、そうだろうね。それなら、彼一人が生き残っていたことも頷ける」

 AGになればAGライセンスがもらえるから、ステータスプレートじゃなくても身分の証明が可能になる。
 もしも殺して入れ替わっていたとしたら、ステータスプレートには「死亡」と書かれてしまって殺して入れ替わったことがばれてしまうが、AGライセンスならその辺は大丈夫だ。

「ということは、彼と入れ替わるために全員を襲った……ということでしょうか」

 リャンが言うと、ティアールはよろめいてから座り直した。

「……なら、妻と娘はとばっちりで殺された、ということか?」

 先ほどリャンに向けた眼は、怒りに満ちたものだった。しかし、今のティアールの眼に浮かんでいるのは……深い、闇。
 諦めとも絶望とも違う、闇。彼の心にはいったいどんな感情が渦巻いているのかは分からないが……少なくとも、ポジティブな感情ではないだろう。
 俺はその眼を見たことがある。あの時、見たあの眼。
 クライルの奥さんが……最後に俺に向けた眼だ。

「……それは分からない。ただ、その可能性は高いかもしれない」

 ゴン!
 ティアールがテーブルをまた叩いた。今度はお茶を俺が避難させていたからお茶はこぼれなかったけど……ティアールの拳から血が滲んでいる。
 ぶるぶると震えるティアールその震えは怒りから来るものだろうか。

「その話が本当なら……私の妻と娘は亜人族ではなく、魔族に殺されたということか……?」

「そうなるだろうね」

「京助! もっと……オブラートに包んでだな」

 特にティアールに気を遣うことなく言った俺を咎めるように冬子が俺の服の袖を引っ張る。リャンも心なしか俺のことを睨んでいる。
 俺は彼女らに肩をすくめてから、キアラの方を向く。

「街中に、ティアールと同じ呪いをかけられた人はいた?」

「そうぢゃのぅ……そんなにはおらんかったのぅ」

「ってことは、少しはいたってことか」

 王都のセキュリティはどうなってるんだ。魔族に完全に入り込まれてるじゃないか。
 ティアールの眼は相変わらず闇に沈んでいる。

「魔族……魔族か。Aランクパーティーを壊滅させた魔族だって……? そんなの、どうやって仇を討てばいいんだ……」

 打ちひしがれているティアール。その姿を見た冬子が「その……京助」と言いにくそうに声をかけてきた。
 何を言ってくるか大体の予想がついていた俺はため息をついてからティアールにむかって提案する。

「俺でよければ、調べようか? どのみち呪いがかけられていたのは事実みたいだし」

「……いや、しかし相手はAランクパーティーを壊滅させるほどの戦力だぞ? 君はBランクAG、そこの彼女らはまだDランクだというじゃないか」

 当然の疑問をぶつけられる俺だが、煙を吐いてから答える。

「何とかなると思うよ、だって俺らSランク魔物倒したことあるし」

 ゴーレムドラゴンって、Sランク相当だってキアラは言ってたし。
 そういうと、ティアールはぽかんとした表情になり……

「う、嘘じゃないだろうな」

「証人はいないね。だけど、事実ではあるよ。それに、あんたは俺たちの身を案じる必要も無いでしょ」

「……確実なものにするために助っ人などはいらないのかと思っただけだ」

「それは失敬。――けどまあ、大丈夫だよ」

 ふぅ~……と煙を吐き、二ッと笑う。

「相手の方が強かったら強かったで何か策を考えるだけだから」

 そう言ってから俺は冬子とリャンとキアラに「行くよ」と言って部屋から出ていく。部屋の中にとあるメモ帳を残すことを忘れずに。
 ――まだ魔族と決まったわけじゃないけど、厄介な事件に巻き込まれた。いや、今回は自分から首を突っ込んだな。
 やる必要も無かったのに……とは思うけど、まあいいだろう。

「これで王都でのパイプが出来そうだ。貴族よりもこういう人間の方がよほど取引しやすいからね」

「また京助が照れ隠ししてるな」

「そうぢゃのぅ。まあ、本人は隠せているつもりみたいぢゃしほっといたらよかろう」

「マスターはかわいらしいですね」

 女性三人から俺に向けられる謎の視線を受けながら、俺は風の結界で姿を消した。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「まず、いろいろ言い忘れてたけどこれを皆に」

 リャンの姿がばれないようにこっそりとホテルの部屋に戻ってきた俺たちは、部屋の中で取りあえず武器の手入れをしていた。会議は武器の手入れをしながらということになったからね。
 その中で、俺は志村から貰った物を皆に配っていた。

「志村曰くケータイ。来る途中で確認したけど登録した相手とだけ喋れるスタイルみたい」

 形状は卵型で番号が9つ振られている。相手のケータイと近づけて同じタイミングで同じ番号を押すと同期完了。そしてその番号を押せば電話がかかる。どのケータイも1番は親機である志村の番号と繋がっているらしいので、実質的な選択肢は2~9の8つだ。

「取りあえず、冬子と俺でやってみようか。冬子、2番を押して」

「あ、ああ」

 お互いが自分のケータイの2番を押すと……ポンと音がして、番号のところの色が緑色に変わった。どんな仕組みなんだこれ。

「本当にかかるか試してみるか。ちょっと待ってて」

 俺は姿を消して窓から上空にむかって飛ぶ。そして十分離れたかな……って距離で冬子にかけてみた。

「ん……冬子、聞こえる?」

『あ、ああ聞こえるぞ。凄いなこれは』

「ホントにケータイみたいだね。実際に使うかどうかはさておいて、便利なものであることは間違いないね」

 どれくらいの距離離れても問題ないのかとかを実験してみたいが、少なくともトランシーバーよりは長い距離で会話できるのは分かっただけでも十分だろう。
 俺は自由落下してからホテルの部屋に戻る。だんだん感覚が麻痺してるけど俺って今空飛んでるんだなぁ……。
 しみじみとしながら部屋に戻り、残りの皆とも同期を済ませる。

「これで遠くにいても連絡が可能になったね。……もっとも、そんなに使う機会があるかどうかわからないけど」

 ちなみに着信したら音が鳴って番号の部分が光るらしい。そして光った番号を押せば通話が開始するんだとか。

「では……会議を始めようかのぅ」

「そうだね」

 いつのまにかリャンが紅茶のようなものを用意してくれていた。
 さて、会議でも始めますか。
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